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《春だけに君と》
【凛:自覚】
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蕾む桜の芽を前に、教室の中に暖かな日差しが差し込む。
長々と続いた担任の挨拶は、二年生最後の時を知らせるチャイムと共に一礼を交えて終わった。
教室内は一気に解放され、空気が軽くなる。
皆の気分はもう春休み真っしぐらだ。
最後の最後に日直に当たった俺は、手軽に日誌を書き終えると席を立った。
職員室に向かう途中で2年4組の前を通り過ぎる。
ちらりと教室を覗くと、いつも通り碧人は沢山の友達に囲まれ楽しそうにしていた。
朝から放課後まで、……いや、学校を出るその時まで、碧人の周りにはいつも人が集まっている。
去年までは自分もあの中の一人だった。
取り囲む中には女子も沢山いるし、あのツインテールの子なんか碧人の隣がよく似合う。
「おーい、長谷川。進んで」
「あ、悪い」
同じく日直の西森が沢山のプリントを抱えながら俺をせっついた。
碧人に背を向けて一歩ずつ離れると、笑い声はすぐに遠くなった。
今考えても、やっぱり謎でしかない。
どうして俺なんだろう。
俺とじゃ人前で手は繋げない。
声を大にして付き合ってるとも言えない。
ずっとポンコツな俺を抱えて、二人だけの空間でしか生きられなくて。
碧人は本当にそれでいいのだろうか。
「……はぁ」
無意識に重いため息がこぼれると、仕事を終えた西森がくすりと笑った。
「何だよ長谷川。さっきから悩ましいぞ」
「何だよ悩ましいって」
「最近ちょっと変だよな。浮かれてたり、ため息ついたり。好きな子でも出来たのか?」
「えっ」
「お、脈あり」
「ち、違う違う!」
思わず焦ると、西森はにやりと笑った。
「いい事教えてやるよ。もし誰かを目で追ってたら、もうアウトだから」
「え……」
「自覚なし?さっき、誰見てたの?」
脳天に突然風が吹き抜ける。
衝撃という名の風を受けた桜が、花びらを足元に散らしていく。
ドク、ドクと、少しずつ速まる鼓動。
俺は居た堪れなくなると、教室に戻り鞄を掴んですぐに学校を出た。
気がつけば、いつも碧人はそばにいた。
俺にとっては居心地のいい友だちの一人だった。
クラスが分かれても、俺は別にそこまで何も気にしていなかった。
仕方がないことだし、関係は何も変わらないと思っていたし、正直言えば自分のことで精一杯だったから。
全てが変わったのはあの夏の日。
夕立に打たれたあの時。
俺を映した碧人の瞳に、熱が混ざったあの瞬間。
「……」
追ってる。
あの日から、俺の目は碧人を追っている。
ずっと気になって、あれが何だったのか知りたくて、だから勉強をダシにしてまで、俺の手が碧人を掴まえたんだ。
自覚なし?
そうだよ西森。
自覚なんてしたくなかった。
だって俺は、こんな形で今更碧人を手放せんの?
「どうしたんだよ、凛。今日全然集中出来てなくないか?」
「え……?」
手にしていたシャーペンの芯が折れる。
いつも通り、いつもの俺の部屋で、いつもと同じように斜め前に座った碧人が俺を見ている。
俺は目が合わないように俯いた。
「う……ん、ちょっとつまずいてて」
「どれ?」
碧人は俺の問題集を手に取ると真剣に考え始めた。
その横顔に、何度も浮かんだ疑問がまた広がっていく。
「で、ここでどれを使えばいいのかが分かるだろ?」
「……」
「…凛?」
碧人は完全に上の空な俺に手を伸ばした。
俺は思わず身を固くしたが、骨ばった手はよしよしと頭を撫でてきた。
「どうした?疲れたてる?」
「……それ、半分癖だよな」
「うん?」
「俺は猫じゃないってば」
今謎の包容力を発揮されるのは困る。
どうすればいいのか、分からなくなるから。
そして困ったことに、碧人は人の心の機微にすごく敏感だ。
「凛、ほんとに熱でもあるんじゃないのか?」
「ないよ」
「じゃあ何か悩んでる?」
俺が踏み出せば、どうなるのかな。
碧人は……喜んでくれる、と、思う。
でもその先は?
上手くいかなければ、きっと友だちにすら戻れない。
もし俺まで「思っていたのと違う」と言われたら?
今までのことも全部、全部がなくなって、俺は……
「え、り、凛⁉︎」
我慢できずにこぼれ落ちた涙に、碧人が本気で狼狽えた。
「ごめん、何でもない……」
「何でもなくて凛が泣くわけないだろ⁉︎お、俺?俺のせい?」
違うって、言えばいい。
碧人は関係ないからって。
嘘ついて、誤魔化して、知らぬふりをして。
碧人が俺から、離れてしまわないように。
……でも。
俺にそんな器用な真似が出来るわけがない。
「碧人。お、俺……碧人の気持ちには、応えられない。ごめん……」
絞り出した声に、碧人の動きが止まる。
その顔を見ることなんて出来るわけもなかった。
「そっ……かぁ」
俺に触れていた大きな手が離れる。
胸の奥に音もなく穴が空いた。
「泣くほど悩ませてごめん。明日から春休みだし、また生活スタイル戻すにはちょうど良かったかもな」
碧人に浮かぶ、ぎこちない笑顔。
……ちがう。
「じゃあ俺、帰るわ」
ちがう。
ちがうんだよ、碧人!
「碧人!」
俺は立ち上がろうとした碧人の手を掴んだ。
長々と続いた担任の挨拶は、二年生最後の時を知らせるチャイムと共に一礼を交えて終わった。
教室内は一気に解放され、空気が軽くなる。
皆の気分はもう春休み真っしぐらだ。
最後の最後に日直に当たった俺は、手軽に日誌を書き終えると席を立った。
職員室に向かう途中で2年4組の前を通り過ぎる。
ちらりと教室を覗くと、いつも通り碧人は沢山の友達に囲まれ楽しそうにしていた。
朝から放課後まで、……いや、学校を出るその時まで、碧人の周りにはいつも人が集まっている。
去年までは自分もあの中の一人だった。
取り囲む中には女子も沢山いるし、あのツインテールの子なんか碧人の隣がよく似合う。
「おーい、長谷川。進んで」
「あ、悪い」
同じく日直の西森が沢山のプリントを抱えながら俺をせっついた。
碧人に背を向けて一歩ずつ離れると、笑い声はすぐに遠くなった。
今考えても、やっぱり謎でしかない。
どうして俺なんだろう。
俺とじゃ人前で手は繋げない。
声を大にして付き合ってるとも言えない。
ずっとポンコツな俺を抱えて、二人だけの空間でしか生きられなくて。
碧人は本当にそれでいいのだろうか。
「……はぁ」
無意識に重いため息がこぼれると、仕事を終えた西森がくすりと笑った。
「何だよ長谷川。さっきから悩ましいぞ」
「何だよ悩ましいって」
「最近ちょっと変だよな。浮かれてたり、ため息ついたり。好きな子でも出来たのか?」
「えっ」
「お、脈あり」
「ち、違う違う!」
思わず焦ると、西森はにやりと笑った。
「いい事教えてやるよ。もし誰かを目で追ってたら、もうアウトだから」
「え……」
「自覚なし?さっき、誰見てたの?」
脳天に突然風が吹き抜ける。
衝撃という名の風を受けた桜が、花びらを足元に散らしていく。
ドク、ドクと、少しずつ速まる鼓動。
俺は居た堪れなくなると、教室に戻り鞄を掴んですぐに学校を出た。
気がつけば、いつも碧人はそばにいた。
俺にとっては居心地のいい友だちの一人だった。
クラスが分かれても、俺は別にそこまで何も気にしていなかった。
仕方がないことだし、関係は何も変わらないと思っていたし、正直言えば自分のことで精一杯だったから。
全てが変わったのはあの夏の日。
夕立に打たれたあの時。
俺を映した碧人の瞳に、熱が混ざったあの瞬間。
「……」
追ってる。
あの日から、俺の目は碧人を追っている。
ずっと気になって、あれが何だったのか知りたくて、だから勉強をダシにしてまで、俺の手が碧人を掴まえたんだ。
自覚なし?
そうだよ西森。
自覚なんてしたくなかった。
だって俺は、こんな形で今更碧人を手放せんの?
「どうしたんだよ、凛。今日全然集中出来てなくないか?」
「え……?」
手にしていたシャーペンの芯が折れる。
いつも通り、いつもの俺の部屋で、いつもと同じように斜め前に座った碧人が俺を見ている。
俺は目が合わないように俯いた。
「う……ん、ちょっとつまずいてて」
「どれ?」
碧人は俺の問題集を手に取ると真剣に考え始めた。
その横顔に、何度も浮かんだ疑問がまた広がっていく。
「で、ここでどれを使えばいいのかが分かるだろ?」
「……」
「…凛?」
碧人は完全に上の空な俺に手を伸ばした。
俺は思わず身を固くしたが、骨ばった手はよしよしと頭を撫でてきた。
「どうした?疲れたてる?」
「……それ、半分癖だよな」
「うん?」
「俺は猫じゃないってば」
今謎の包容力を発揮されるのは困る。
どうすればいいのか、分からなくなるから。
そして困ったことに、碧人は人の心の機微にすごく敏感だ。
「凛、ほんとに熱でもあるんじゃないのか?」
「ないよ」
「じゃあ何か悩んでる?」
俺が踏み出せば、どうなるのかな。
碧人は……喜んでくれる、と、思う。
でもその先は?
上手くいかなければ、きっと友だちにすら戻れない。
もし俺まで「思っていたのと違う」と言われたら?
今までのことも全部、全部がなくなって、俺は……
「え、り、凛⁉︎」
我慢できずにこぼれ落ちた涙に、碧人が本気で狼狽えた。
「ごめん、何でもない……」
「何でもなくて凛が泣くわけないだろ⁉︎お、俺?俺のせい?」
違うって、言えばいい。
碧人は関係ないからって。
嘘ついて、誤魔化して、知らぬふりをして。
碧人が俺から、離れてしまわないように。
……でも。
俺にそんな器用な真似が出来るわけがない。
「碧人。お、俺……碧人の気持ちには、応えられない。ごめん……」
絞り出した声に、碧人の動きが止まる。
その顔を見ることなんて出来るわけもなかった。
「そっ……かぁ」
俺に触れていた大きな手が離れる。
胸の奥に音もなく穴が空いた。
「泣くほど悩ませてごめん。明日から春休みだし、また生活スタイル戻すにはちょうど良かったかもな」
碧人に浮かぶ、ぎこちない笑顔。
……ちがう。
「じゃあ俺、帰るわ」
ちがう。
ちがうんだよ、碧人!
「碧人!」
俺は立ち上がろうとした碧人の手を掴んだ。
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