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第九話
しおりを挟む二週間程前ーー
『クリスタ嬢、どうされましたか』
ライムントは歩みを止めたクリスタを心配そうに見ている。
『……』
暫し瞳を伏せ気持ちを落ち着かせた後、クリスタは再びライムントを見て口を開いた。
『ライムント様に聞いて頂きたいお話があります』
『何でしょうか』
『ご気分を害されるかも知れませんが、ご容赦下さい』
本来はこんな話を彼にするべきではない。
ライムントとは政略的な間柄であり、言われた所で困惑するか怒りを買うかのどちらかだろう。
ただ怖くなった。
疾うに諦め捨てた筈の感情がまだ自分の中に残っている事に気付いてしまった……。
こんな気持ちのまま結婚なんて出来ない。
『構いません。お話し下さい』
ライムントは真っ直ぐにクリスタの目を見つめると頷いてくれた。
『実は……私にはお慕いしている方がいます。と言いましても私が一方的に想っているだけなんですが』
自分で言った癖に虚しさを感じ思わず苦笑してしまう。
昔はまだ恋だの愛だの分からなくて、ただただ彼が大好きなだけだった。なので婚約が解消になった時は寂しくてひたすら悲しかった。それが今になって自覚するなんてしょうもない話だ。
『最近は、何をしていても気付くと彼の事ばかり考えてしまうんです。ライムント様とこうやってお話をしたりお茶をしたり散歩をしていてもずっと……。最低だと自覚しています。ライムント様に対して凄く失礼だと分かっています。でもどうする事も出来なくて……』
『クリスタ嬢……』
『家同士の婚姻で、私がどうこう言える立場ではありません。でもそれを踏まえた上で、ライムント様にお願いがあります。この婚約を破棄して下さいませんか』
あんなに行き遅れになってしまうと焦っていた癖に、まさか自ら婚約破棄を願い出るなど思いもしなかった。
それに今回、ライムントと婚約を回避出来たとしてもまた次の婚約者が出来るだけで無意味だと頭では理解しているが、彼とこのまま結婚してしまったらきっと後悔をする。
もういっその事、結婚なんてしなくても良いかも知れないとすら思ってしまう。
ライムントは表情を変える事なく黙り込んだ。
その様子から呆れているのか或いは怒っているのかは分からない。
そして暫しの沈黙後、彼は口を開いた。
『クリスタ嬢のお気持ちは分かりました。幾ら政略結婚といえ無理強いはしたくありません。父には私の方からお話致します』
正直罵倒されても仕方がないと思っていたので、ライムントの反応に脱力する。
『ただ一つ条件があります』
『条件ですか?』
『はい。一日だけ私とデートして下さい』
『え……』
予想外の言葉に思わず間の抜けた声が洩れた。
『この三ヶ月でお気付きかも知れませんが、私は女性への接し方が下手でして……。練習といいますか、次に活かしたいんです。協力して頂けませんか?』
『私などで良ければ』
デート当日ーークリスタはライムントと街へと来ていた。
普段、街中を馬車で通る事があっても歩く事は滅多にないので新鮮に感じる。
クリスタはこれまでブラッドは疎か歴代の婚約者達とデートなどした事がない。
経験がないのに自分などが練習相手で本当に大丈夫なのか不安だ。
「この先に公園があるので、そこまで歩けますか?」
「大丈夫です」
隣を歩くライムントを歩きながら盗み見る。
庭で散歩する時は腰に手を回されたりしていたが、今はクリスタの意思を尊重して手すら繋いでくる事はない。
程よい距離感とスピードで歩いてくれる様子から優しさを感じる。
ライムントに心内を告げた時は正直どうなるか分からず怖かった。でも彼は怒る事も責める事もせず、理解を示してくれた。
(本当に良い方だわ)
「やあクリスタ、奇遇だね」
「ブラッド様、どうして……」
もう少しで公園に到着する筈だったが、ブラッドと出会し足を止めた。
久々に彼と顔を合わせ心臓が煩いくらいに高鳴っているのに、動揺して目を逸らした。
あんな別れ方をしたのだから普通なら気不味くなるのは当然だ。それなのに彼は何時もと何ら変わらず、笑みを浮かべている。
彼にとってはきっと些末な事だったのかも知れない。
こうやって何事もなかったように声を掛けてくる事が何よりの証拠だ。
「そちらは……」
「お初にお目に掛かります、ライムント・ソシュールです」
戸惑っていると、ライムントがクリスタの様子がおかしい事に気付き背に隠してくれた。
それからブラッドはライムントと何やら話していたが、動揺し過ぎて内容までは頭に入ってこなかった。
「クリスタ」
「……」
名前を呼ばれ我に返るが、返事をする前にライムントが助け舟を出してくれた。
(ブラッド様に謝りたいけど……)
彼はもう忘れているみたいだが、あの日彼に失礼な態度をとってしまった事を謝罪したい。
「ブラッド殿、申し訳ありませんが予定が押していますので私達はこれで」
「……えぇ、良い一日を」
ライムントに促されたクリスタは、結局ブラッドと会話らしい会話も出来ずにその場を立ち去った。
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