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6話 「あなたを愛するつもりはありません」

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「お姉様! 元気でね!」
「リナリア! 体には気をつけるんだぞ!」
「私の愛する娘が婚約だなんて寂しいわ!」

私が馬車に乗り込むとローラと父とカトリーヌがわざとらしく別れを惜しむふりをした。
体に気をつけるなんて心にも思っていないだろうし、私がいなくなってくれて清々してるはずだが、私は彼らに合わせて家族のフリをした。

「はい、ローラさんにカトリーヌさん、そしてお父様。行ってきます」

馬車の窓から別れの挨拶をする。
そしてゆっくりと馬車が動き出した。
私は窓から身を乗り出して手を振ろうとしたが、後ろを見た時にはもう既に彼らは屋敷の中へ戻っていくところだった。
あくまでも家族のフリだったので当然と言えば当然だが、私は少し胸がチクリとした。

「素敵なご家族ですね」

対面に座っている公爵様が素敵な笑顔を浮かべて私に話しかけてきた。
慌てて馬車の中に身を戻して座り直す。

「い、いえ……とんでもないことでございます」
「あれだけ別れを惜しむだなんて、相当ご家族と仲がよろしいのですね」
「……そう、ですね。きっとすごく仲が良いと思います」

私を除いてはですけど、と心の中で付け足す。
実際に私を除いた父とローラとカトリーヌはすごく仲が良いと思う。
ずっと引き離されていた反動からか父はローラとカトリーヌの望むことはなんでも叶えようとするし、ローラとカトリーヌもそんな父のことを好きなようだ。
休日になるとよく外に出かけるし社交界は家族で参加している。
そのため休日は私にとっては父もローラもカトリーヌもいない平和な日なのだが、幸せそうに笑い合っている三人を見ると少し寂しくなってしまうこともあった。

「リナリア嬢」

公爵様に名前を呼ばれて思考に没頭していた私はハッと顔を上げる。
公爵様が心配そうに私のことを見ていた。

「何か険しい表情をしていましたが大丈夫ですか?」
「は、はい。すこし寂しくなってしまっただけですので……」
「急に婚約を受け入れてくださりありがとうございます」

公爵様が私に少し頭を下げてお礼を言ってきたので、私は慌ててしまう。

「こ、公爵様!? 良いんです。私もずっと婚約したいと思っていましたから!」

ずっと婚約したかった、というのは嘘だが流石に屋敷をずっと出たかったとは言えないが、婚約でもすれば家を出られるとは思っていたので全てが嘘では無い。

「そう言ってもらえて光栄です。私もリナリア嬢という婚約者を迎え入れることができて嬉しく思います」

公爵様は胸に手を当てて微笑んだ。
それにしても、私のことを気遣ってくれるなんてなんて優しいのだろう。
婚約したのがこの人で良かったかもしれない。

(あ、でも私は仮初の婚約者だから酷いことをさせられるんですよね……!?)

ローラが言っていたことを思いだして私は戦々恐々とする。
仮初であり、婚約破棄前提の私が公爵様の屋敷に行ったら何をさせられるか分からない、とローラは言っていた。

(もしかして、実家みたいなことをさせらるのでしょうか……!) 
もしそうならこの婚約を受け入れてしまったのは失敗だったかもしれない、と考えて私は首を振った。

(そもそも私には拒否権はありません)

もしどれだけ私が公爵様との婚約を嫌がろうと、最終的には父に婚約させられていただろう。

(それならしょうがない! どんなことがあっても頑張って乗り切るだけです!)

私は自身に気合いを入れるために、ペチペチと頬を叩いた。

「……何をしているのですか」

するとそれを見ていた公爵様が若干呆れた目で私を見ていた。

「い、いえこれはその……」
「何をしていたのかは深く問いませんが、貴方の顔に傷がつくようなことはやめてください。私が悲しいので」
「は、はい……」

少し憂いを帯びた表情で今さっき私が叩いて頬に触れる公爵様は絶世、という言葉がつくくらい美しかったので私は不覚にも少しドキリとしてしまった。
仮初の婚約でこうして接してくるのも演技とはいえ、美人が近くにいたら心臓がドキリとしてしまうのは否めない。
しかし同時に疑問も湧いた。

(ここには私しかいないのに、なんでまだ演技をしているんでしょう……?)

もう父たちの目は無いのだから、私に婚約者として接する必要はないはずなのに。
考えていると私はとある可能性に思い至った。

(いやまさか演技じゃ無いのかもしれません)

公爵様は本当に私を婚約者に迎え入れることができて嬉しいのかもしれない。
だってこんなに嬉しそうなのだから。
そうなら、とても嬉しい。

「わ、私も公爵様と婚約できて嬉しいです……!」

少し照れながらも私は公爵様にそう言った。
きっとそう言えば喜んでもらえる、と思ったのだが公爵様の反応は微妙だった。
私の言葉に公爵様は少し眉を寄せて私を見つめている。

「あの……公爵様?」
「あ、いえ。それは良かったです」

何かおかしなことを言ったでしょうか? と思いながら私が質問すると公爵様はすぐに笑顔に戻った。

「おっと、そろそろ到着しますね」

公爵様が馬車の窓の外を見ながら呟いた。
どうやらそろそろ公爵様の屋敷に到着するらしい。
私が窓の外を見ると一際大きな屋敷が見えた。

「あれが公爵様のお屋敷……!」

私は新たな生活に心を躍らせながら呟いた。
そして馬車がネイジュ公爵様の屋敷へと到着した。
王都でも一等地に建っている公爵家の屋敷は実家の屋敷よりも大きく、それでいて豪華だった。

馬車から降りようとすると公爵様が私の手を取ってエスコートしてくれる。
さっきは両親がいたからポーズでエスコートしてくれたのかと思ったが、どうやらそうでは無く、本当に私を婚約者として扱ってくれているようだ。
すぐに婚約破棄するというのにこんなに私を丁寧に扱う理由が分からない。
それとも、すぐに婚約破棄するからこその誠意というものなのだろうか。

そして屋敷の中に入るとまずは公爵様の書斎へと通された。

「それでは早速婚約について話をまとめたいのですが……よろしいですか?」

そう言って公爵様は私に質問して来た。

「はい! 今すぐに婚約しましょう!」

私は何度も勢いよく頷く。
あっちの屋敷には戻りたく無いので今すぐに婚約してここに住まわせてもらいたい。
どんな部屋を当てがわれるのかは分からないが、少なくとも実家の屋敷のボロ小屋よりはマシなはずだ。

「ではこちらにサインを」

スッと紙を差し出される。
私はそれにサラサラとサインをした。
実家にいた頃、私が望んで紙を触ることはできなかったが、父の書類や仕事をしていたので文字を書くのは問題無くできる。

その時、公爵様が目を細めたが、私は特に気にすることはなかった。
そしてサインをすると公爵様が私のサインを確認し、頷いた。

「はい、これで婚約は成立しました」
「やっ……!」
「ですが、先に説明させていただきます」

私が婚約が成立したことで喜ぼうとした途端、公爵様が言葉を重ねてきた。

「はい、何でしょうか」

私は大人しく公爵様の言葉を聞く。
公爵様はニッコリと笑ってこう言った。

「婚約したとはいえ、私はあなたを愛するつもりはありませんので」
「え?」
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