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20話 お礼のクッキー
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「アンナさん。私、クッキーを作りたいと思います」
「クッキー?」
「はい。クッキーです」
「なんで急にまた……」
急にクッキーを作りたいと言い出した私にアンナは呆れたように尋ねて来た。
「それは……」
私は「公爵様に面白い小説を紹介していただいたお礼にあげたいんです」と言おうとして、止まった。
そう言えば、あの時の公爵様は自分が恋愛小説が好きだということを他人に知られたくなさそうにしていた。
そのため私もあまり公爵様が小説好きだとは言わない方がいいと思ったので誤魔化すことにした。
「じ、自分で食べるために……」
「それなら料理長に言って作ってもらった方が美味しいんじゃないの?」
「そっ、それではダメなんです!」
「何でよ。本職の料理人に任せた方が良いに決まってるじゃない」
「それは、その……」
私は何とかそれらしい理由を探す。
「きょ、今日は自分で作ってみたい気分なんです……!」
「はあ……分かったわ。じゃあ厨房を使えるか聞きに行きましょう。でも使えなくても知らないわよ」
「それはもちろん! お邪魔させていただく立場ですので!」
そして私とアンナは厨房へと向かった。
「料理長」
「はい……ってリナリア様!?」
振り返った料理長が私を見て驚愕する。
私と料理長は初日に公爵様の連れてきた婚約者だと発覚して以来顔を合わせていなかった。
「あの時はとんだご無礼を……!」
「お、お顔をあげてください!」
「貴族の方自ら厨房にいらっしゃるとは……! もしかして私の料理に何か問題でも……?」
「いえ、別の用事で……あ、料理はいつも美味しくいただいてます。ありがとうございます」
「恐縮です」
私は早速本題切り出す。
「今日はですね、少し厨房をお借りしたくて来たんです」
「厨房を、ですか?」
「はい。クッキーを焼いてみたくて」
「クッキー?」
「あ、もちろんお仕事のお邪魔にならないように端っこで作業させていただくので厨房をお貸しいただけませんか」
「は、はい。大丈夫ですが……クッキーなら時間さえいただけたら私がお作りいたしますよ?」
確かに本職の人間に作ってもらった方が美味しいとは思う。
だがこれは私が公爵様に対するお礼として作るものなので自分で作りたかった。
「それではダメなんです。どうしても自分で焼きたくて」
「はあ……わかりました」
あまり貴族は料理なんかしたりはしないのだろう。料理長は不思議そうにしながらも厨房を貸してくれた。
「よし! 作りますよ!」
私はエプロンを巻くと腕まくりをして揃えてもらった材料を見る。
今回作るのは至って普通のクッキーなので、特殊な材料だったりは必要ない。
「自分でクッキー焼く貴族なんて初めて見たわ……」
早速料理し始めた私をアンナは呆れたように見ていた。
「そういえばアンナさんはお仕事しなくて大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。あんたの料理を手伝うって言って来たから。主人の補佐も側付きの大事な役目だし」
「と言いながらサボりたいだけでは……?」
「さ、料理するわよ。これを混ぜればいいのよね?」
アンナは白々しく自分もエプロンを巻いて料理に加わってきた。
私はこうして誰かと料理をした経験は初めてだったのだが、なんだかんだ楽しい。
「あんた、手際良すぎない……?」
「え? そうですか?」
「そうよ、前の時も思ったけど私だってかなり料理の腕は高いはずなのに、あんたはその何倍も手際がいいわ。その証拠に本職が釘付けになってるし」
アンナにそう言われて振り返るといつの間にか厨房の料理人の人たちが私のことを見ていた。
私はびっくりして「うぇっ」と変な声が漏れてしまう。
後ろから「何だあの手際……」とか「ここで調理してた時も思ったけど、俺たちより料理できるんじゃないか?」とか聞こえてきて居心地が悪い。
違うんです。ただ早く作らないと命に関わってくるのでそうなっただけなんです……!
そうこうしている内にクッキーの形を整え終え、オーブンに焼く直前まで準備ができた。
「これを後は焼くだけね」
「はい」
私たちはオーブンへとクッキーを持っていき焼いていく。
アンナはその時間は流石に仕事へと戻り、私は暇なので持ってきた小説を読むことにした。
そして数時間後。
「焼けました」
「見た目はかなりいいわね」
クッキーはいい焼け具合だった。
「味見してみましょう」
「そうね。やっぱり作ったからには味見しないとね」
私とアンナはクッキーを一枚摘み、食べる。
「っ! 美味しいです!」
「うん、まあ予想通りの味ね」
「え?」
「いや、別に何か特別なことをした訳じゃないしこの味になるのは予想できるでしょ」
「あ、そうですよね。私は久しぶりに誰かと作ったから美味しく感じただけで、アンナさんにとってはそうでも無いですよね……」
それはそうだ。私にとっては久々に誰かと一緒に食べたから美味しく感じるだけで、アンナにとっては日常的なことなのだろう。
私は少ししょんぼりと落ち込んだ。
「う、嘘よ! ものすごく美味しいわ!」
「っ! 良かったです!」
「あんた、時々闇チラつかせるのやめなさいよ……」
ということで焼き上がったクッキーを持って公爵様のところへ行くことになった。
アンナに聞いたところ、公爵様はこの時間帯は大抵書斎にいるそうだ。
ラッピングされたクッキーの袋を持って書斎の扉をノックする。
「リナリアです。少しお時間よろしいでしょうか」
「どうぞ」
私は扉を開けて書斎の中に入る。
書斎の中では公爵様が書類に向かって仕事をしている最中だった。
「お仕事中のところ申し訳ありません」
「リナリア嬢。いかがなさいましたか」
「はい。先日紹介していただいた小説がとても面白かったので、お礼を言いたくて……」
「面白かったですか……それは良かった」
公爵様はほっと安堵したような表情になった。
「それでですね、これをお渡ししたくて」
私は本題を切り出し、公爵様の前に袋を差し出す。
「これは?」
「クッキーです」
「クッキー?」
公爵様は不思議そうな顔になった。
「はい、お礼と言っても私が公爵様にできることと言ったらこれぐらいしかなくて……!」
公爵様はクッキーの袋を受け取り、しばらく沈黙する。
「あの……もしかしてお気に召しませんでしたか?」
「いえ……そうでは無いのですが」
公爵様は何か言いずらそうにしていたが、息を吐くと私に説明し始めた。
「リナリア嬢はおそらくご存知無いのでしょうが……基本的に私はこういった貰い物はその場で食べることができません」
「えっ」
「公爵家当主ですからね。貰い物の食材に毒が盛られているなんてこともあります。特に貴方に婚約を申し込んだ経緯を考えればこのクッキーは申し訳ないですが、今は食べれません」
「そ、そうですよね……」
全く思い至ってなかった。
そう言えば私はこの公爵家に脅されて仮の婚約者としてきた身であり、こうして差し出されたクッキーは怪しさ満点で迷惑極まりないだろう。
いつの間にか独り善がりになっていたことに気づいて顔が赤くなる。
「ですから今はそのお気持ちだけいただいて後で──」
「も、申し訳ありませんでした!」
私は公爵様に謝罪してその場を後にした。
「え、あっ」
後ろから公爵様の声が聞こえてきたような気がしたが、恥ずかしさに耐えきれなかった私は急いでその場を離れた。
「クッキー?」
「はい。クッキーです」
「なんで急にまた……」
急にクッキーを作りたいと言い出した私にアンナは呆れたように尋ねて来た。
「それは……」
私は「公爵様に面白い小説を紹介していただいたお礼にあげたいんです」と言おうとして、止まった。
そう言えば、あの時の公爵様は自分が恋愛小説が好きだということを他人に知られたくなさそうにしていた。
そのため私もあまり公爵様が小説好きだとは言わない方がいいと思ったので誤魔化すことにした。
「じ、自分で食べるために……」
「それなら料理長に言って作ってもらった方が美味しいんじゃないの?」
「そっ、それではダメなんです!」
「何でよ。本職の料理人に任せた方が良いに決まってるじゃない」
「それは、その……」
私は何とかそれらしい理由を探す。
「きょ、今日は自分で作ってみたい気分なんです……!」
「はあ……分かったわ。じゃあ厨房を使えるか聞きに行きましょう。でも使えなくても知らないわよ」
「それはもちろん! お邪魔させていただく立場ですので!」
そして私とアンナは厨房へと向かった。
「料理長」
「はい……ってリナリア様!?」
振り返った料理長が私を見て驚愕する。
私と料理長は初日に公爵様の連れてきた婚約者だと発覚して以来顔を合わせていなかった。
「あの時はとんだご無礼を……!」
「お、お顔をあげてください!」
「貴族の方自ら厨房にいらっしゃるとは……! もしかして私の料理に何か問題でも……?」
「いえ、別の用事で……あ、料理はいつも美味しくいただいてます。ありがとうございます」
「恐縮です」
私は早速本題切り出す。
「今日はですね、少し厨房をお借りしたくて来たんです」
「厨房を、ですか?」
「はい。クッキーを焼いてみたくて」
「クッキー?」
「あ、もちろんお仕事のお邪魔にならないように端っこで作業させていただくので厨房をお貸しいただけませんか」
「は、はい。大丈夫ですが……クッキーなら時間さえいただけたら私がお作りいたしますよ?」
確かに本職の人間に作ってもらった方が美味しいとは思う。
だがこれは私が公爵様に対するお礼として作るものなので自分で作りたかった。
「それではダメなんです。どうしても自分で焼きたくて」
「はあ……わかりました」
あまり貴族は料理なんかしたりはしないのだろう。料理長は不思議そうにしながらも厨房を貸してくれた。
「よし! 作りますよ!」
私はエプロンを巻くと腕まくりをして揃えてもらった材料を見る。
今回作るのは至って普通のクッキーなので、特殊な材料だったりは必要ない。
「自分でクッキー焼く貴族なんて初めて見たわ……」
早速料理し始めた私をアンナは呆れたように見ていた。
「そういえばアンナさんはお仕事しなくて大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ。あんたの料理を手伝うって言って来たから。主人の補佐も側付きの大事な役目だし」
「と言いながらサボりたいだけでは……?」
「さ、料理するわよ。これを混ぜればいいのよね?」
アンナは白々しく自分もエプロンを巻いて料理に加わってきた。
私はこうして誰かと料理をした経験は初めてだったのだが、なんだかんだ楽しい。
「あんた、手際良すぎない……?」
「え? そうですか?」
「そうよ、前の時も思ったけど私だってかなり料理の腕は高いはずなのに、あんたはその何倍も手際がいいわ。その証拠に本職が釘付けになってるし」
アンナにそう言われて振り返るといつの間にか厨房の料理人の人たちが私のことを見ていた。
私はびっくりして「うぇっ」と変な声が漏れてしまう。
後ろから「何だあの手際……」とか「ここで調理してた時も思ったけど、俺たちより料理できるんじゃないか?」とか聞こえてきて居心地が悪い。
違うんです。ただ早く作らないと命に関わってくるのでそうなっただけなんです……!
そうこうしている内にクッキーの形を整え終え、オーブンに焼く直前まで準備ができた。
「これを後は焼くだけね」
「はい」
私たちはオーブンへとクッキーを持っていき焼いていく。
アンナはその時間は流石に仕事へと戻り、私は暇なので持ってきた小説を読むことにした。
そして数時間後。
「焼けました」
「見た目はかなりいいわね」
クッキーはいい焼け具合だった。
「味見してみましょう」
「そうね。やっぱり作ったからには味見しないとね」
私とアンナはクッキーを一枚摘み、食べる。
「っ! 美味しいです!」
「うん、まあ予想通りの味ね」
「え?」
「いや、別に何か特別なことをした訳じゃないしこの味になるのは予想できるでしょ」
「あ、そうですよね。私は久しぶりに誰かと作ったから美味しく感じただけで、アンナさんにとってはそうでも無いですよね……」
それはそうだ。私にとっては久々に誰かと一緒に食べたから美味しく感じるだけで、アンナにとっては日常的なことなのだろう。
私は少ししょんぼりと落ち込んだ。
「う、嘘よ! ものすごく美味しいわ!」
「っ! 良かったです!」
「あんた、時々闇チラつかせるのやめなさいよ……」
ということで焼き上がったクッキーを持って公爵様のところへ行くことになった。
アンナに聞いたところ、公爵様はこの時間帯は大抵書斎にいるそうだ。
ラッピングされたクッキーの袋を持って書斎の扉をノックする。
「リナリアです。少しお時間よろしいでしょうか」
「どうぞ」
私は扉を開けて書斎の中に入る。
書斎の中では公爵様が書類に向かって仕事をしている最中だった。
「お仕事中のところ申し訳ありません」
「リナリア嬢。いかがなさいましたか」
「はい。先日紹介していただいた小説がとても面白かったので、お礼を言いたくて……」
「面白かったですか……それは良かった」
公爵様はほっと安堵したような表情になった。
「それでですね、これをお渡ししたくて」
私は本題を切り出し、公爵様の前に袋を差し出す。
「これは?」
「クッキーです」
「クッキー?」
公爵様は不思議そうな顔になった。
「はい、お礼と言っても私が公爵様にできることと言ったらこれぐらいしかなくて……!」
公爵様はクッキーの袋を受け取り、しばらく沈黙する。
「あの……もしかしてお気に召しませんでしたか?」
「いえ……そうでは無いのですが」
公爵様は何か言いずらそうにしていたが、息を吐くと私に説明し始めた。
「リナリア嬢はおそらくご存知無いのでしょうが……基本的に私はこういった貰い物はその場で食べることができません」
「えっ」
「公爵家当主ですからね。貰い物の食材に毒が盛られているなんてこともあります。特に貴方に婚約を申し込んだ経緯を考えればこのクッキーは申し訳ないですが、今は食べれません」
「そ、そうですよね……」
全く思い至ってなかった。
そう言えば私はこの公爵家に脅されて仮の婚約者としてきた身であり、こうして差し出されたクッキーは怪しさ満点で迷惑極まりないだろう。
いつの間にか独り善がりになっていたことに気づいて顔が赤くなる。
「ですから今はそのお気持ちだけいただいて後で──」
「も、申し訳ありませんでした!」
私は公爵様に謝罪してその場を後にした。
「え、あっ」
後ろから公爵様の声が聞こえてきたような気がしたが、恥ずかしさに耐えきれなかった私は急いでその場を離れた。
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