姫金魚乙女の溺愛生活 〜「君を愛することはない」と言ったイケメン腹黒冷酷公爵様がなぜか私を溺愛してきます。〜

水垣するめ

文字の大きさ
26 / 57

26話 ローラとの遭遇

「偶然ねリナリア。こんな夜会で会うなんて」

振り返るとそこには義妹のローラが立っていた。
ローラはいつものように派手なドレスで着飾っていた。
派手な赤髪に吊り上がった目と、キラキラと眩しいほどに飾り付けられた装飾品はいつも通りだ。

「何でここに……」
「私? 私はこの夜会にアーノルド王子がいらっしゃるかもって聞いたからきたの。本当は別の夜会に行くつもりだったんだけどこっちに来ちゃった」

どこから聞いたのか知らないがこの夜会でまさか出会うとは思っていなかった私はかなり衝撃を受けていた。
しかし考えてみれば確かにライネル侯爵の屋敷とマリヤック家の屋敷は近くにあるし、夜会好きのローラがここにいても何らおかしくはなかった。
ローラは笑顔を浮かべて私に話しかけてきた。

「さっきリナリアが広間から出て行くのが見えたから挨拶だけしようと思ったんだけど、会えてよかったわ」
「そう、ですか……」

そんなことは思ってないくせに。
私は心の中でそう毒づいた。

「あ、ご挨拶が遅れました公爵様。ご機嫌よう」
「こんばんは。ローラ嬢」

ローラは思い出したかのようにノエル様に挨拶をする。
目上の貴族に対して真っ先に挨拶を行わないのは本来なら失礼に当たることで、ましてや思い出したかのような口ぶりは本来不敬に値するのだが、ローラは気づいていないのだろうか。
しかしノエル様はそんな無礼な態度を取られても全く気にしていないかのように胸に手を当てて挨拶をする。

「そうだ、リナリア。アーノルド王子がどこにいるのか知らない? さっきいらっしゃったのは知ってるんだけど、すぐに広間から出ていったからどこに行ったのか知らないの」

(なるほど、本命はそっちか)

私は何故ローラがこんなところまでやって来たのか腑に落ちた。
恐らくローラは広間にて私とノエル様、そしてアーノルド王子が一緒に広間から出ていったのを目撃したのだろう。
そして王子を探して廊下に出てきたのはいいもののどれだけ王子を探しても見つからず、偶然目に入った私に質問しにきたのだろう。

「残念だけど、私は何も存じません」
「ふぅん……」

流石にアーノルド王子の居場所をローラに教える訳にはいかないので私は知らないフリをする。
私が嘘をついていることに気がついたのか、ローラの私を見る目が変わった。
嫌な予感がした。

「ああ、そう言えばハモンド伯爵は何か言ってた?」
「え?」

私は何故ここでハモンド伯爵の名前が出てくるのだろうかと考えているとローラがニタリ、と笑った。

「あの人、さっき私があんたの境遇を教えてあげたら喜んであんたに近づいていってたけど、何て言われたの?」

私は悟った。
何故ハモンド伯爵が私の過去を知っていたのか。
それは会場にいて、私を見ていたローラが嫌がらせでハモンド伯爵にそう言ったからだったのだ。

「さっきからあなたは何の話をして……」
「ノエル様……」
「リナリア?」

ノエル様は先ほどから意味の分からないことばかり言っているローラに質問しようとしたが、私はノエル様の裾を引いて『帰りましょう』と合図をした。
今すぐローラから離れた方がいい気がしたからだ。
このままここにいたらきっと──。

「あれ? 名前で呼び合ってる……?」

しかしローラは私たちが名前で呼び合っていることに目ざとく気がついた。
ローラはわざとらしく驚いた口調で口元に手を当てる。

「えー! もうそんなに仲良くなったんですか!?」
「婚約者ですから」
「でも生贄の婚約者ですよね? それなのにこんなに親密になるって、すごいわねリナリア! 頑張って公爵様に取り入ったのね!」
「……」

公爵様はローラの言葉に黙った。

「やめて」

私は必死に訴えるがローラはやめない。
何故ならローラは私が嫌がることをするのが大好きだからだ。

「あんなに家では媚を売ってたんだから、そりゃ取り入るのだって上手よね」
「やめてっ!」
「それとも、家でやってたみたいに泣き脅しをしたのかしら? あの時は滑稽だったわね! 『食事をください』って惨めに土下座なんかして! 私は見たことがないけど、スラムにいる乞食ってこんな感じなんだって思ったわ!」
「──あ」

言われてしまった。
今のローラの言葉で恐らくノエル様は気づいただろう。
私があの家でどんな扱いを受けてきたのか。
本当は私が公爵家の婚約者として全く相応しくないことを。
そして、私が醜い嘘つきだということも。

「言いたいことはそれだけだから! じゃあね!」

私の表情が絶望に染まっていったのを見届けてローラは笑顔で去っていった。
ローラが去った後、沈黙が場を支配していた。
私はノエル様がどんな表情をしているのか見るのが怖くて顔を上げることができない。

「……」
「……帰りましょう」

俯いて沈黙するだけの私にノエル様は腕を引いた。
私は腕を引かれるままついていく。
腕を引かれながら私はノエル様がの声色が怒っていないことにホッとしていた。
そしてホッとしている私に嫌悪していた。
ライネル侯爵の屋敷を出ると門の前に来ていた馬車に乗り込む。
馬車の中は沈黙が支配していた。

「さっきのことについてですが……」

ノエル様が口を開いた。
心臓が跳ねた。

「…………いえ、また今度にしましょう」

そんな状態の私を見た公爵様は話すのをやめた。
そのまま屋敷へと帰ってきて、私たちはそれぞれの部屋に戻った。
会話は無かった。
部屋の中にはアンナがいた。

「おかえり、どうだった──」

アンナは社交界のことを私に質問したが、私の表情を見てすぐにやめた。
そして私は取り合えず椅子に座らせる。

「何があったの?」
「ノエル様に、バレました」

拳をぎゅっと握る。

「バレたって……」
「私が実家でどんな扱いを受けてきたのかも、私が嘘をついてたことも全部、バレちゃいました」
「そんな……何で」
「私の義妹がパーティーに来てたんです」

息を呑み込んで、私は何とか笑顔を保つ。

「今まで、ありがとうございました」
「え?」
「多分、明日にはこの屋敷を追い出されると思います。ですからお世話になったアンナさんにお礼しておきたくて……」

ぽた、ぽた、と手の甲に雫が落ちる。
笑顔を保っていたかったが、どうしても涙が我慢できなかった。

「そんな……」
「それとごめんなさい。側付きじゃなくなったらお給料下がっちゃいますよね」
「そんなの……そんなのどうでも良いわよ!」

アンナが叫んだ。

「追い出されるって、どうするのよ! 行くあてもないんでしょ! それにあんたの実家って……!」
「大丈夫です。何とかします」
「何とかって……」
「大丈夫です。こんな日のために勉強してきたんですから。元の計画に戻るだけです。だから、大丈夫、そのはずです」

私は一つずつ言葉を区切ってアンナにそう言った。
だけどアンナへ言った言葉なのか自分へ言った言葉なのかは分からなかった。

「嫌よ」
「え?」

アンナの声が震えていたのでそちらを見ると、アンナも涙を流していた。
アンナは私に抱きつく。

「嫌だって言ってるの! あんたがいなくなったら嫌なの! まだ借りも返しきれてないのに今居なくなられたら困るのよ!」
「……ごめんなさい」

これは嘘の代償だ。
真実を隠して普通の人間のフリをした罰だ。

「ごめんなさい……っ!」

何度も、何度も謝る。
もう涙は止めることが出来なくて、アンナと一緒に泣き叫んだ。

「ごめん、なさい……っ!」

もう誰に謝っているのかも分からなかった。
でも、どうか。
お願いだから、誰か私を許して。





──本当は、ずっと悲しかった。
見る夢は悪夢ばかりだった。
毎朝、涙を流して目が覚める。
誰にも見られないように涙の跡を拭って私は起き上がる。

『リナリア! 早く持ってきなさい!』
『本当にあんたは使えない子ね!』
『お前など生まなければよかった!』

そんな言葉をかけられながら私は働く。
顔には作り物の笑顔を浮かべて。
本当は暴言を一つ浴びせられる度に泣き叫び出したい気持ちになったけれど。

思えば、私が嘘をつき始めたのはここからだった。
彼らの機嫌を損ねないように。標的にされないように。
そしてそんな生活を続けているうちに私が本心で笑顔を浮かべることは無くなった。
だけど、この屋敷に来てアンナと本音をぶつけ合ってからは心の底から笑顔を浮かべることが出来た。
そして公爵様とも話すようになって少しずつ本当の笑顔が増えていった。

まるで夢みたいだった。
ずっと絶望の中にいた私にとって、この屋敷での生活は幸せすぎてまるで他人事のように感じることもあった。
でも、その夢のような時間ももう終わりだ。
その夢は、私の嘘によって形作られていたからだ。
嘘が剥がれ落ち、その下の醜い私を見たら誰だって気持ち悪いと感じるだろう。

「……」

目が覚める。
部屋は暗く、誰もいなかった。
目元を触ると、濡れていた。
途端にさっきの悲しい気持ちが蘇ってくる。

「うっ、ううっ……」

泣いても泣いても涙が溢れてきた。

「うわあああんっ!」

こんな幸福、知らなければよかった。
知らなければこんなに悲しい気持ちになることもなかった。
一度幸せを味わってしまったからこそ、またそれを失うのがとても怖かった。
部屋の中に私の声だけが響いていた。
感想 67

あなたにおすすめの小説

誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』

富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間―― 目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。 そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。 一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。 選ばれる側から、選ぶ側へ。 これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

笑い方を忘れた令嬢

Blue
恋愛
 お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。

妹の身代わりに殺戮の王太子に嫁がされた忌み子王女、実は妖精の愛し子でした。嫁ぎ先でじゃがいもを育てていたら、殿下の溺愛が始まりました・長編版

まほりろ
恋愛
 国王の愛人の娘であるアリアベルタは、母親の死後、王宮内で放置されていた。  食事は一日に一回、カビたパンやまふ腐った果物、生のじゃがいもなどが届くだけだった。  しかしアリアベルタはそれでもなんとか暮らしていた。  アリアベルタの母親は妖精の村の出身で、彼女には妖精がついていたのだ。  その妖精はアリアベルタに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。  ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたアリアベルタは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。 「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろうとカクヨムにも投稿しています。 ※中編を大幅に改稿し、長編化しました。2025年1月20日 ※長編版と差し替えました。2025年7月2日 ※コミカライズ化が決定しました。商業化した際はアルファポリス版は非公開に致します。 ※表紙イラストは猫様からお借りしています。

「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。 だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」 追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。 一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。 誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。 「その言葉は、もう翻訳できません」

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

精霊の愛し子が濡れ衣を着せられ、婚約破棄された結果

あーもんど
恋愛
「アリス!私は真実の愛に目覚めたんだ!君との婚約を白紙に戻して欲しい!」 ある日の朝、突然家に押し掛けてきた婚約者───ノア・アレクサンダー公爵令息に婚約解消を申し込まれたアリス・ベネット伯爵令嬢。 婚約解消に同意したアリスだったが、ノアに『解消理由をそちらに非があるように偽装して欲しい』と頼まれる。 当然ながら、アリスはそれを拒否。 他に女を作って、婚約解消を申し込まれただけでも屈辱なのに、そのうえ解消理由を偽装するなど有り得ない。 『そこをなんとか······』と食い下がるノアをアリスは叱咤し、屋敷から追い出した。 その数日後、アカデミーの卒業パーティーへ出席したアリスはノアと再会する。 彼の隣には想い人と思われる女性の姿が·····。 『まだ正式に婚約解消した訳でもないのに、他の女とパーティーに出席するだなんて·····』と呆れ返るアリスに、ノアは大声で叫んだ。 「アリス・ベネット伯爵令嬢!君との婚約を破棄させてもらう!婚約者が居ながら、他の男と寝た君とは結婚出来ない!」 濡れ衣を着せられたアリスはノアを冷めた目で見つめる。 ······もう我慢の限界です。この男にはほとほと愛想が尽きました。 復讐を誓ったアリスは────精霊王の名を呼んだ。 ※本作を読んでご気分を害される可能性がありますので、閲覧注意です(詳しくは感想欄の方をご参照してください) ※息抜き作品です。クオリティはそこまで高くありません。 ※本作のざまぁは物理です。社会的制裁などは特にありません。 ※hotランキング一位ありがとうございます(2020/12/01)

婚約破棄され家を出た傷心令嬢は辺境伯に拾われ溺愛されるそうです 〜今更謝っても、もう遅いですよ?〜

八代奏多
恋愛
「フィーナ、すまないが貴女との婚約を破棄させてもらう」  侯爵令嬢のフィーナ・アストリアがパーティー中に婚約者のクラウス王太子から告げられたのはそんな言葉だった。  その王太子は隣に寄り添う公爵令嬢に愛おしげな視線を向けていて、フィーナが捨てられたのは明らかだった。  フィーナは失意してパーティー会場から逃げるように抜け出す。  そして、婚約破棄されてしまった自分のせいで家族に迷惑がかからないように侯爵家当主の父に勘当するようにお願いした。  そうして身分を捨てたフィーナは生活費を稼ぐために魔法技術が発達していない隣国に渡ろうとするも、道中で魔物に襲われて意識を失ってしまう。  死にたくないと思いながら目を開けると、若い男に助け出されていて…… ※小説家になろう様・カクヨム様でも公開しております。