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第二章

芽吹く想い

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 休憩と昼食を済ませた午後。
 建物内を案内されながら説明されたのは、私が一人で行動出来るのは寝室と続き間とベランダのみ。
 想像以上に狭い範囲ということだった。
 ただしセイさんに付き添われてなら、敷地内の大半の場所には行くことは可能で、庭などにも出られるとのこと。

「私にも他の仕事があって外せない時がありますので、そのような時は自習したり、部屋に閉じこもっていて下さい」

 つまりセイさんが忙しい時の私は引きこもり状態……。

 なんだかこれってまるで籠の鳥みたい。
 いくら公爵令嬢で大聖女様候補だからって、ここまで行動を制限される理由はない気がするんだけど……。
 凄く疑問だし、不満だった。



 あくる日は、いよいよ聖女見習いの勉強&修行一日目。

「フィーネ様、違います!」
「今説明したばかりですよね?」
「こんな初級も理解出来ないんですか?」

 初日からさっそく私のあまりの駄目駄目ぶりにセイさんが鬼教官化する。
 午前中はもちろん、午後の実習でもかなり絞られることとなった。

 思い返せば前世の私は真面目に勉強していた割に成績は下のほうだった。
 つまり地頭がかなり悪いのだ。
 しかもすべてに及んで要領も飲み込みも悪いうえ、運動神経も下の下だったし……。
 あ、なんだか自分の無能さに物凄ーく落ち込んで来たかも……。

「はぁ……フィーネ様は優秀な方だとうかがっていたのですが……雷に打たれたせいでしょうか……?」

 白く繊細な指を自身の顎に絡ませ、セイさんが真剣に悩みだした。

 すいません。フィーネの脳みそに私の低脳と無能さを上書きしちゃって……!
 不甲斐なさに私がうなだれていると、

「今日はもうお終いにして、散歩でもしましょうか」

 気を取り直すようにセイさんが嬉しい提案をしてくれた。

 私は待ってましたとばかりに顔を上げる。
 や、やっと修行から解放される!

「どうします。気晴らしに外でも歩いてみますか?」

「はい!」


 二つ返事でセイさんに連れられて中庭へ向かうと、そこには色取りどりの花が咲き乱れ、豪華な造りの噴水がキラキラと高く水を噴き上げていた。

 わ、この風景、確か「恋プリ」の背景で見たおぼえがある!

 セイレム様ルートが大好きだった私は、嬉しくて無駄にきょろきょろしてしまう。
 そんな無邪気な子供みたいな私をセイさんが生温かい目で見守っていた。

 現時点では残念ながら「滅多に人前に姿を現さない」という大神官セイレム様に出会える要素は見つからないけど。
 すべてのENDを回収し、スチルを集めきったあとも、35周するぐらいセイレム様好きだった私なのだ。
 実物に会ったら感激し過ぎてどうにかなってしまいそうだったから、むしろそのほうが良かったかも。

 たしか屋上で二人で抱き合うスチルもあったんだよね。
 なんて思いつつ建物の上方を見上げていると、

「屋上にも登ってみますか?」

 私の視線の先を追ったらしいセイさんが尋ねてきた。

「いいんですか?」

 思わぬ展開に心が弾む。

「はい、では、着いてきて下さい」




「うわーーー、すごーい」

 運動不足の私にとっては長い階段は苦行だったけど、登りきったあとの景色が疲労を吹き飛ばしてくれた。

「神殿自体が丘の上にあるので、とても見晴らしがいいでしょう?」

 セイさんの言うように屋上からは首都を囲む城壁は当然のこと、遥か遠くの森林や湖、草原や山々まで見通せた。
 何より強い風が気持ちのいい。

 やが風景を眺める私の瞳は自然に公爵家の屋敷がある方角へと吸い寄せられる。

 エルファンス兄様は元気にしているかな……。
 と、ついしんみりしかけていたとき、

「私もここから見える景色が好きでたまに来るんです。
 飛べなくても高いところに立てば、同じ景色が見えるでしょう?」

 白髪を風に踊らせたセイさんが長身をかがめ、灰色の瞳で私の顔を覗き込んで言った。

「え?」

「羨ましいと言っていたので……」

 言葉の意味を理解するとともに私の顔は熱くなる。
 もう話題にされることはないと思って油断してところに、今さら毛虫との会話を持ち出すとか!

「そのことは忘れて下さい」

 恥ずかしがる私の様子がよほどおかしかったのか、セイさんは初めて声をたてて笑う。

「あはは、あなたは本当に面白い人ですね。
 表情が豊かで、見ていて飽きない。一緒にいると楽しい」

「え?」

 面白い?
 一緒にいると楽しい?

 意外な言葉に私は驚く。

 自慢じゃないけど、前世の私は興味や趣味の範囲がごく狭く、他人と共通する話題が乏しかった。
 周りの会話についていけないことが多く、たまに話しかけられても上手く受け答えできない。
 我ながら他人にとってつまらない人間だったと思う。
 そのおかげで、生まれてこのかたただの一人も友達がいたことがない。
 アパートで一人暮らししていたので、職場でも家でもつねにぼっち。
 趣味や妄想で時間をつぶすだけの孤独な毎日を送っていた。

 そんな私なので、当然ながら一緒にいて楽しいと言われたのは生まれて初めてだった。
 思わず嬉しさで胸を熱くしていると、

「あそこに見える湖がとても綺麗だと思いませんか?」

 一方を指さしてセイさんが訊いてきた。

 私はすぐに目を向ける。

「はい、見たこともないぐらい鮮やかな青緑色で、夢みたいに美しいかと」

 私の答えにセイさんが「ええ」と頷き、ふわりと笑いかけきた。

 あ、なんだろうこの胸が満たされる感覚……。

 一緒に美しいものを見て感想を言い合う、ただそれだけのことがこんなに幸せだなんて知らなかった……。

 思えば私は生まれ変わってからも孤独だった。
 他人の気持ちなんかに興味はなく、ひたすら自分勝手に生きていたから。
 つまり35年間+12年間も生きていたのに、まともに他人と交流したことがない。

 ――生きていた――それは果たして本当の意味で生きていたと言えるのだろうか。
 前世の私はただ息をして「死ななかった」だけ。
 今世の私はもっと悪く「死を望むように」破滅の道を進んでいた。

 誰かと見る世界はこんなにも鮮やかで美しかったんだ……。

 そう実感した瞬間、私の瞳からは自然に涙が溢れだしていた。

「フィーネ様、どうかしましたか」

「いいえ、私も……私も……楽しいなと……思って……綺麗だと……」

 喉が詰まって続きの言葉が出なくなり、ただ涙をこぼしている私に、セイさんはそれ以上何も訊かなかった。
 代わりに無言でスッと手を伸ばし、慰めるように肩を抱き寄せてくれる。

「ここが気にいったなら、たびたび来ましょう」

 そう言うと身を寄せたまま、しばらく無言で並んで風景を眺め続けた。

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