【完結】侯爵令嬢は破滅を前に笑う

黒塔真実

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番外〜前世編〜「東へと続く道」

8、戦女神の剣士

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 とにかく雨をしのげる場所でデニスを休ませなくては――

 そう思い巡らした視線が、遠くに霞む崖の岩肌に空いた洞穴を捉える。
 ちょうど乗り手を失ったばかりの馬がいたので、大重量のデニスを乗せて移動する。

 近づいてみるとそれなりに奥行きのある洞窟で、頭を下げれば途中まで馬も入れることができた。
 中に寝かせて確認すると、すでにデニスの身体は冷えきり、呼吸も浅かった。

「……リ…オ……ど……こ……?」

「ここよ、デニス」

 意識を朦朧とさせたデニスの手を握りながら、罪悪感で胸が押し潰れそうになる。 

「ごめんなさいデニス……ごめんなさいユーリ……!」

 思えばレダに負けないぐらい私は自分勝手で残酷だった。
 ユーリの想いを利用するだけで同じように愛を返さなかった。
 にもかかわらずユーリはいつでも自分より私の身を案じ、最期はその命まで犠牲にしてくれた。

 比べて一体私は愛するデニスに何をしただろう。
 信頼を裏切って薬を飲ませ、リディアの王である彼に自国の兵士を大量に殺させた。

「……デニス、お願いだから、死なないで……!」

 自責の念に涙を流しながら、ひたすら自身の肌でデニスの身体を温め続けていると、いつしか雨音は止み――代わりに派手な馬蹄の轟きが響いてくる。

 ――もしかしたらレダがやってきたのかもしれない――

 緊張しながら立ち上がった私は、素早く身支度を終えると、眠っているデニスの顔を見下ろす。
 この上、彼を死なせるわけにはいかない。

「デニス、あなたは必ず私が守るわ」
 
 固く誓ってから馬に飛び乗り、単騎で戦いの場へと赴く。

 

 ほどなく出会ったのはレダではなく、ローア兵を率いた姉のカロだった。
 
 私の姿を目にしたカロは馬に拍車をかけ、青い髪と濃紺のマントを広げて一気に距離を詰めてくる。

「リオ! 珍しく根性を見せているじゃない!」

 デニスのいる洞窟を背にした私も合わせて前進する。

「初めて褒めてくれたわね、カロ!」

「ええ、大勢を敵に回した選択は尊敬に値する――でも、残念ね――あなたも知っての通り、反逆者は一族総出で殺しに行くのがバーン家の掟よ。さあ、命が惜しければ、尻をまくって逃げなさい!」

「いいえ、もう逃げないわ!」

 後ろにデニスが控えている以上、絶対にここを通すわけにはいかない。

 ユーリ、あなたは命を賭けて私への無償の愛を示してくれた。

 ならば、私もこの命、全身全霊を、デニスへの愛に捧げてみせる!!

 覚悟と決意を胸に浮かべた途端、かつてない力が身の内から溢れだし、握った守護剣へと伝わってゆく。

 白銀に輝き出した戦女神の剣をしっかりと握り直し、

「はっ――死ぬ心の準備はできているようね!」

 叫びざま突っ込んできたカロの攻撃を軽くいなす。
 勢いのまま通り過ぎたカロは、驚いたように馬ごと振り返る。

「リオ、お前、守護剣の力を引き出せるようになったの!?」

「どうやらそうみたい」

 答えながらも、生まれて初めての剣との一体感をおぼえる。
 皮肉なものだ。
 主君であるユーリが死んだ今更、戦女神の剣の力を使いこなせるようになるなんて――

「カロこそ、命が惜しいなら逃げるがいいわ」

「馬鹿言わないで! バーン家に生まれた者なら、戦場で死ぬことが一番の誉れだと、あなたも知っているでしょう!」

「そうね、カロ!」

 大声で会話しながら互いに向けて馬を走らせる。
 幼い頃からずっと私は姉に遅れを取ってきた。
 しかし、今こそデニスの元で鍛えた馬術が役に立った。
 突進しながら――間一髪――カロの鋭い攻撃をかわした私は、姉への敬意として持てる力をすべてを「戦女神の剣」に込めて奮う。
 刹那、強烈な白銀の光が縦に走り、馬ごとカロの身体を両断した。

「――っ!?」

 ――と、実の姉を手にかけた感傷に浸る間もなく、逃げる事を知らない勇壮なローア兵達が続けて私の元へ押し寄せてくる――
 
 しかし、今や真の意味で伝説の剣の使い手となり一騎当千の力を得た私は、自国の兵士達も次々大地ごと容赦なく引き裂いた。
 そうしていくらもかからず大量の死体の山を築きあげると、重たい心と身体を抱え洞窟へと戻る。



 すると中で意外な人物が私を待ち受けていた。

「ネヴィル!」

 暗がりから銀糸の髪を揺らし、歩いてきたのはネヴィルだった。

「デニスには解毒剤を飲ませておいた。もう呼吸は安定している」

「……デニスを、助けに来たの?」

「いや、お前に、デニスに飲ませた魔法薬の効果が、あと数日で切れることを伝え忘れたと思ってな……」

 私は近づいてきたネヴィルの胸ぐらを掴む。

「このっ、嘘つき! 何が、レダの事などなんとも思っていないよ!  
 世継ぎであるユーリを優先させると言った癖にっ! 何もしなかったばかりか、代わりにレダを守るなんて!!」

 なじりながら激しく身体を揺すりあげたが、ネヴィルは全く抵抗せず、無表情に立ったまま静かな声で言う。

「お前に責められても仕方がない――正直、自分でもわからない――なぜあの時、レダを庇ってしまったのか――どうしていつもレダを前にすると言いなりになってしまうのか――なぜ、幼児返りして何もわからなくなる薬を作れと言われたのに、はるばる龍石を取りに行ってまで『愛する者への想いだけは忘れない』という余計な要素を付け加えてしまったのか……」

 私はネヴィルから手を離し、苛立ち任せに洞窟の壁を殴る。

「わからないなら、私が教えてあげる! あなたは人間らしい感情はないと言ったけど、それは嘘よ。
 あなたはレダを愛している!! ただ自分の心から目を反らし続けているだけなんだわ」

「お前に俺の何がわかる?」

「わかるわ! だって、あなたはあの時、私と同じ瞳をしていた」

「――!?」

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