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第六章「結びあう魂」
2、聖王の進軍
「まったく、シアのことを何も分かっていない癖に口説くとは、無神経なうえに図々しい男だな」
毎度の地獄耳に呆れつつ、例によって皮肉が口をついてしまう。
「あなただって同じでしょう。幻想を抱いて勝手に酔っているだけだわ」
言いながら、ふっと、自分こそデリアンの真実の姿を見ていたのかという疑念が頭をかすめる。
対してカエインは相変わらずぞっとするような美貌を寄せ、確信をこめるようにきっぱりと断定した。
「幻想なんかではない。俺はまごうことなき生身のシアを愛している」
そのいっさい迷いのない台詞にイラ立った私は、血まみれの手を差し出してみせる。
「いったいこの私のどこに愛しようがあるというのよ?」
己の復讐のために利用するだけして何も返さない私は、肉体を与えたエルメティアよりもずっと性質たちが悪い。
ところがカエインはすべてを受け止めるように私の手を掴み、愛おしそうに血染めの指先に口づけた。
「すべてだ」
「……っ!?」
思わず息を飲んで見上げたカエイン金色の瞳には、苦しそうに歪んだ私の顔が映っていた――
夜明け後、兵を引き連れて砦に駆けつけてきたセドリックに、生首入りの袋を見せながら経緯を説明する。
意外にも勝手な行動を咎められることはなく、すぐに今後の計画の打ち合わせに入った。
「デヴァン城を守るウォルシュ卿は降伏を拒否してきたよ」
セドリックの言葉を受けてレスター王子が溜め息混じりに言う。
「まあ、攻城戦は守る側に有利で長引きやすいから、主君が来るまで籠城するのは当然の選択だろう」
「もうリューク王に連絡が届いている頃でしょうね」
森で出会った騎士達を思い出して言う私に、セドリックが頷く。
「そうだね。レイクッド大公国方面から、今頃、こちらに戻り始めている頃だろう」
エルナー山脈入りに合わせ、陽動としてレイクッド大公国にも国境まで軍を進めて貰っていた。
ギモスの情報によるとリューク王を始め、デリアンとエルメティアも釣られてそちら側へ向かったらしい。
現時点ではバーン家は出ていないようだけど、所領であるローア侯領はレイクッド大公国に行く途中にあるので、取って返すときに合流してくる可能性が高い。
「広大なブリューデ平原を挟んでいるから多少猶予はあるとはいえ、問題はアスティリア軍が来るまでにデヴァンを攻略できるかだ。
――そこでだが、ギモス、坑道の準備はどうだ?」
レスター王子が腕組みして隣のギモスに尋ねる。
「はい、半月前から弟子五名に人数分の巨大ワームを操らせて掘り進めておりますので、すでに城壁の一部を下から崩せる範囲には達しておりますし、侵入経路としてもご利用頂けます」
相手に気づかれないように盗み見や影飛ばし、行軍や侵入の下準備をするなど、シュトラスのギモスはアスティリアのアロイスよりもかなり有能かもしれない。
しかし、できるなら城壁を破壊して攻め入るよりも、素直に開門して貰うほうがいいに決まっている。
そう思って考えを巡らせた私は、カエインの顔を見た。
「ねぇ、カエイン、たしかあなたは極地的なら雲を操れるんだったわね?」
物資の補給を終えてボーク砦を出ると、城塞都市であるデヴァンを目指し、夜も休まずに最速で行軍する。
その間、カエインには一足早く現地に飛んで、雲を操作しておくように頼んであった。
おかげで翌々日の昼過ぎに到着したときには、目的地周辺はすっかりぶ厚い雲に太陽を遮られ、夜のように暗かった――
朝どころか昼になっても明けない夜に、デヴァンの人々は今頃さぞや怯えていることだろう。
ほくそ笑みつつ馬で近づいていった私は、薄暗闇に目を凝らし、城壁の上にズラリと並んでいる兵士達の姿を確認する。
矢の届かない距離を取ってこちらの軍を並べたところで、カエインが空から舞い戻り、いよいよ私の発案した作戦の始まりだった――
まずは打ち合わせ通り、先にレスター王子が一部の歩兵を連れて坑道経由で城壁内部に侵入する。
カエインには巨鳥姿になって、その背にセドリックを乗せて飛び立って貰う。
残された私は準備が整ったのを確認してから、ラッパを持った兵士に指示して、合図のための音を盛大に辺りに鳴り響かせて貰った。
――暗い空に光が灯ったのはその直後だった――
巨大な鳥の背に乗ったセドリックが、城壁内の人々からも見える高い位置で、光り輝く剣を抜き放って掲げてみせる。
使い手の心そのもののような聖王の剣から放たれる純白の光は、夜明けの太陽よりも美しく、暗い世界を明るく照らし出した。
それは心が闇に染まりきった私が見ても、胸を打たれるような劇的な光景だった。
充分に注目が集まるのを待ってから、煌めく銀髪を靡かせてセドリックが雄々しく叫ぶ。
「城門を開あけよ! 我こそは正統なアスティリアの王、セドリックだ!」
そこで計画通り、先に潜入させておいた仕込みの兵士達が声をあげる。
「聖王だ!」
「聖王万歳!」
やがてその声は城壁内外に瞬く間に伝播して、大きな音のうねりとなった。
「聖王万歳!」
「真の王を迎え入れよ!」
ほどなく城門が開かれ、殺到している人々の間を騎兵を率いて馬に乗って進んでいく。
砦を守っていた老騎士と違い、デヴァン城の留守を預かるウォルシュ卿は、手土産の生首を渡す前にあっさり投降した。
「セドリック様、ご立派になられましたな」
「ウォルシュ卿はお変わりなく」
城の前で私達を出迎えた初老の男性は、リューク王の側近であるとともに、セドリックにとっても親戚であるらしい。
話し合いのためにデヴァン城の一室に移動すると、ウォルシュ卿は酷く疲れたような表情で語りだした。
「これも因果なのだと、正直私はこうなってほっとしております。リューク様はセレーナ様がお亡くなりになってから、すっかり人が変わられてしまった」
「母が?」
セドリックは意外そうに反応した。
毎度の地獄耳に呆れつつ、例によって皮肉が口をついてしまう。
「あなただって同じでしょう。幻想を抱いて勝手に酔っているだけだわ」
言いながら、ふっと、自分こそデリアンの真実の姿を見ていたのかという疑念が頭をかすめる。
対してカエインは相変わらずぞっとするような美貌を寄せ、確信をこめるようにきっぱりと断定した。
「幻想なんかではない。俺はまごうことなき生身のシアを愛している」
そのいっさい迷いのない台詞にイラ立った私は、血まみれの手を差し出してみせる。
「いったいこの私のどこに愛しようがあるというのよ?」
己の復讐のために利用するだけして何も返さない私は、肉体を与えたエルメティアよりもずっと性質たちが悪い。
ところがカエインはすべてを受け止めるように私の手を掴み、愛おしそうに血染めの指先に口づけた。
「すべてだ」
「……っ!?」
思わず息を飲んで見上げたカエイン金色の瞳には、苦しそうに歪んだ私の顔が映っていた――
夜明け後、兵を引き連れて砦に駆けつけてきたセドリックに、生首入りの袋を見せながら経緯を説明する。
意外にも勝手な行動を咎められることはなく、すぐに今後の計画の打ち合わせに入った。
「デヴァン城を守るウォルシュ卿は降伏を拒否してきたよ」
セドリックの言葉を受けてレスター王子が溜め息混じりに言う。
「まあ、攻城戦は守る側に有利で長引きやすいから、主君が来るまで籠城するのは当然の選択だろう」
「もうリューク王に連絡が届いている頃でしょうね」
森で出会った騎士達を思い出して言う私に、セドリックが頷く。
「そうだね。レイクッド大公国方面から、今頃、こちらに戻り始めている頃だろう」
エルナー山脈入りに合わせ、陽動としてレイクッド大公国にも国境まで軍を進めて貰っていた。
ギモスの情報によるとリューク王を始め、デリアンとエルメティアも釣られてそちら側へ向かったらしい。
現時点ではバーン家は出ていないようだけど、所領であるローア侯領はレイクッド大公国に行く途中にあるので、取って返すときに合流してくる可能性が高い。
「広大なブリューデ平原を挟んでいるから多少猶予はあるとはいえ、問題はアスティリア軍が来るまでにデヴァンを攻略できるかだ。
――そこでだが、ギモス、坑道の準備はどうだ?」
レスター王子が腕組みして隣のギモスに尋ねる。
「はい、半月前から弟子五名に人数分の巨大ワームを操らせて掘り進めておりますので、すでに城壁の一部を下から崩せる範囲には達しておりますし、侵入経路としてもご利用頂けます」
相手に気づかれないように盗み見や影飛ばし、行軍や侵入の下準備をするなど、シュトラスのギモスはアスティリアのアロイスよりもかなり有能かもしれない。
しかし、できるなら城壁を破壊して攻め入るよりも、素直に開門して貰うほうがいいに決まっている。
そう思って考えを巡らせた私は、カエインの顔を見た。
「ねぇ、カエイン、たしかあなたは極地的なら雲を操れるんだったわね?」
物資の補給を終えてボーク砦を出ると、城塞都市であるデヴァンを目指し、夜も休まずに最速で行軍する。
その間、カエインには一足早く現地に飛んで、雲を操作しておくように頼んであった。
おかげで翌々日の昼過ぎに到着したときには、目的地周辺はすっかりぶ厚い雲に太陽を遮られ、夜のように暗かった――
朝どころか昼になっても明けない夜に、デヴァンの人々は今頃さぞや怯えていることだろう。
ほくそ笑みつつ馬で近づいていった私は、薄暗闇に目を凝らし、城壁の上にズラリと並んでいる兵士達の姿を確認する。
矢の届かない距離を取ってこちらの軍を並べたところで、カエインが空から舞い戻り、いよいよ私の発案した作戦の始まりだった――
まずは打ち合わせ通り、先にレスター王子が一部の歩兵を連れて坑道経由で城壁内部に侵入する。
カエインには巨鳥姿になって、その背にセドリックを乗せて飛び立って貰う。
残された私は準備が整ったのを確認してから、ラッパを持った兵士に指示して、合図のための音を盛大に辺りに鳴り響かせて貰った。
――暗い空に光が灯ったのはその直後だった――
巨大な鳥の背に乗ったセドリックが、城壁内の人々からも見える高い位置で、光り輝く剣を抜き放って掲げてみせる。
使い手の心そのもののような聖王の剣から放たれる純白の光は、夜明けの太陽よりも美しく、暗い世界を明るく照らし出した。
それは心が闇に染まりきった私が見ても、胸を打たれるような劇的な光景だった。
充分に注目が集まるのを待ってから、煌めく銀髪を靡かせてセドリックが雄々しく叫ぶ。
「城門を開あけよ! 我こそは正統なアスティリアの王、セドリックだ!」
そこで計画通り、先に潜入させておいた仕込みの兵士達が声をあげる。
「聖王だ!」
「聖王万歳!」
やがてその声は城壁内外に瞬く間に伝播して、大きな音のうねりとなった。
「聖王万歳!」
「真の王を迎え入れよ!」
ほどなく城門が開かれ、殺到している人々の間を騎兵を率いて馬に乗って進んでいく。
砦を守っていた老騎士と違い、デヴァン城の留守を預かるウォルシュ卿は、手土産の生首を渡す前にあっさり投降した。
「セドリック様、ご立派になられましたな」
「ウォルシュ卿はお変わりなく」
城の前で私達を出迎えた初老の男性は、リューク王の側近であるとともに、セドリックにとっても親戚であるらしい。
話し合いのためにデヴァン城の一室に移動すると、ウォルシュ卿は酷く疲れたような表情で語りだした。
「これも因果なのだと、正直私はこうなってほっとしております。リューク様はセレーナ様がお亡くなりになってから、すっかり人が変わられてしまった」
「母が?」
セドリックは意外そうに反応した。
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