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第3章 王子様たちの複雑な事情
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ちゃぷん、とバスルームで水音が響く。
「兄上」
「ん?」
湯船に浸かるアイシスが体を洗っているライナスに呼びかけた。
「タキ、いい人だと思う」
「そうだな」
「それにこの世界、好きだよ」
「…………」
「兄上は好きじゃない?」
返事はないのでアイシスは不安そうな声音になった。
「どうだろう。まだわからない。あまりにも文明の発達がすごくて、頭の中で処理しきれない。なにもかもがけた違いに異なっている」
「だけど便利で楽しいよ!」
「そうだな。それは私もそう思う。我が国でも取り入れたいことがたくさんあるが、根本的な技術に差がありすぎて、まるで魔法のようだ」
「秘術じゃ追いつけない?」
ライナスはかぶりを振った。
「秘術は空間転移を可能にするものだ。鉄の塊を操って速く走ったり、空を飛んだりするものではない」
「……うん」
「こんなに便利なことを経験して身についてしまうと、帰ってから大変だろうな」
その言葉にアイシスがガバッと立ち上がった。
「僕、帰りたくない」
「アイシス?」
「あんなところ帰りたくない。兄上と一緒にここで暮らしたい」
「バカな話だ。お前は皇太子だぞ。そもそもここにいていい存在じゃない」
「イヤだよ。もうイヤだ。ここにいたい。タキの傍がいい」
アイシスの緑色の瞳が揺れ、大粒の涙が溢れて流れ落ちた。ライナスがそれをじっと見つめる。
「母上なんて嫌いだ。兄上が一生懸命頑張ってるのに、嫌いだからってひどいことしいて」
半分とはいえ血の繋がっている妹から、王妃が自分を嫌っているとはっきり言われ、ライナスの顔に苦笑が浮かんだ。
「権力が絡んでいるからだ。子どものお前でもわかるだろう?」
「…………」
「私が王位を継げば、なんのためにお前の母は父の妃になったんだ。男児を産んでいないと周囲から責められ、苦しんでいるのは他ならぬ王妃だ。それにアイシス、王妃は恐れているんだよ、それをわかってやりなさい」
「恐れている?」
「そうだ。自分が男児を埋めなかったら王位は継子《けいし》に移り、その継子に世継ぎができれば、自分は不要になる。役立たずの烙印を押され、嘲笑の対象になる。それは自分だけではなく、その子たちも同様だ。腹の子が男児であることを必死に祈っていることだろう」
ライナスはシャワーをかけて石鹸の泡を洗い流すと湯船に入り、後ろからアイシスをそっと抱きしめた。
「お前の母は麗しい人だった。独身の時、夜会や舞踏会で見た姿は、世界の光を集めたように輝いていた。それが今や、常にイライラしていて、なにかに取りつかれたようにヒステリックになっている。そうさせてしまったのは、私の母と私だ。だから私は王妃に対して怒りなんて抱いていない」
「だけど、命を狙った」
「きっと部下たちの早とちりだ」
「兄上!」
「私はけっして王妃を嫌っていないよ」
「…………」
アイシスの頭を撫でるライナスの手には力がこもっていた。それ以上言うな、ライナスがそう言っていることを察し、アイシスは口を噤んでしょぼんと肩を落とした。
「今はそれよりもこの世界で生活することに全力を尽くさねばならない。タキさんの世話になっている以上、迷惑はかけられないし、どんな形であれ恩を返さねばならない」
「うん!」
「そのためには、よく学ぶこと、健康でいること」
「わかってる。ちゃんと食べて、いっぱい寝る」
「そうだ。よくわかっているな。偉いぞ」
アイシスは兄に褒められ、うれしそうに大きく頷いた。
「兄上」
「ん?」
湯船に浸かるアイシスが体を洗っているライナスに呼びかけた。
「タキ、いい人だと思う」
「そうだな」
「それにこの世界、好きだよ」
「…………」
「兄上は好きじゃない?」
返事はないのでアイシスは不安そうな声音になった。
「どうだろう。まだわからない。あまりにも文明の発達がすごくて、頭の中で処理しきれない。なにもかもがけた違いに異なっている」
「だけど便利で楽しいよ!」
「そうだな。それは私もそう思う。我が国でも取り入れたいことがたくさんあるが、根本的な技術に差がありすぎて、まるで魔法のようだ」
「秘術じゃ追いつけない?」
ライナスはかぶりを振った。
「秘術は空間転移を可能にするものだ。鉄の塊を操って速く走ったり、空を飛んだりするものではない」
「……うん」
「こんなに便利なことを経験して身についてしまうと、帰ってから大変だろうな」
その言葉にアイシスがガバッと立ち上がった。
「僕、帰りたくない」
「アイシス?」
「あんなところ帰りたくない。兄上と一緒にここで暮らしたい」
「バカな話だ。お前は皇太子だぞ。そもそもここにいていい存在じゃない」
「イヤだよ。もうイヤだ。ここにいたい。タキの傍がいい」
アイシスの緑色の瞳が揺れ、大粒の涙が溢れて流れ落ちた。ライナスがそれをじっと見つめる。
「母上なんて嫌いだ。兄上が一生懸命頑張ってるのに、嫌いだからってひどいことしいて」
半分とはいえ血の繋がっている妹から、王妃が自分を嫌っているとはっきり言われ、ライナスの顔に苦笑が浮かんだ。
「権力が絡んでいるからだ。子どものお前でもわかるだろう?」
「…………」
「私が王位を継げば、なんのためにお前の母は父の妃になったんだ。男児を産んでいないと周囲から責められ、苦しんでいるのは他ならぬ王妃だ。それにアイシス、王妃は恐れているんだよ、それをわかってやりなさい」
「恐れている?」
「そうだ。自分が男児を埋めなかったら王位は継子《けいし》に移り、その継子に世継ぎができれば、自分は不要になる。役立たずの烙印を押され、嘲笑の対象になる。それは自分だけではなく、その子たちも同様だ。腹の子が男児であることを必死に祈っていることだろう」
ライナスはシャワーをかけて石鹸の泡を洗い流すと湯船に入り、後ろからアイシスをそっと抱きしめた。
「お前の母は麗しい人だった。独身の時、夜会や舞踏会で見た姿は、世界の光を集めたように輝いていた。それが今や、常にイライラしていて、なにかに取りつかれたようにヒステリックになっている。そうさせてしまったのは、私の母と私だ。だから私は王妃に対して怒りなんて抱いていない」
「だけど、命を狙った」
「きっと部下たちの早とちりだ」
「兄上!」
「私はけっして王妃を嫌っていないよ」
「…………」
アイシスの頭を撫でるライナスの手には力がこもっていた。それ以上言うな、ライナスがそう言っていることを察し、アイシスは口を噤んでしょぼんと肩を落とした。
「今はそれよりもこの世界で生活することに全力を尽くさねばならない。タキさんの世話になっている以上、迷惑はかけられないし、どんな形であれ恩を返さねばならない」
「うん!」
「そのためには、よく学ぶこと、健康でいること」
「わかってる。ちゃんと食べて、いっぱい寝る」
「そうだ。よくわかっているな。偉いぞ」
アイシスは兄に褒められ、うれしそうに大きく頷いた。
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