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第3章 王子様たちの複雑な事情

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「誰を雇っても、いろんなリスクがあります。たった一日程度しか知らない仲ですが、アイシスのことも含めて、ライナスさんを信用したいと思っています」

 まっすぐ視線を向ける多希に対し、ライナスは正面から受け止めた。そしてやんわりと微笑むと、右手を胸にやった。

「そう言ってもらえたら光栄だ。正直、右も左もわからない異世界で、幼いアイシスを連れ、どうやって生活すればいいのか困っていた。タキさんの申し出は、願ってもないありがたいことだ。誠心誠意尽くすので、よろしくお願い申し上げる」

 確かに本人が言うように、高貴な生まれなだけあって腰低く人に頭を下げることはないのだろう。どこか上からなのだが、所作や言葉遣いがあまりに優美なので、多希は圧倒されて、一瞬返事に詰まった。

 だが、考えていたことがうまく進んでほっとした。

 これで祖父母の喫茶店を存続させることができるばかりか、いつでも大喜の様子を見に施設に出向くことができる。さらには大人の男性がいれば用心にもなる。

 あとはアイシスの学校や健康保険などの細かな問題があるが、それはまたおいおい考えていけばいいだろう。

「ライナスさんは、日中は私と喫茶店を開くため手順を学んでもらって、それ以外の時間は自由なので好きに過ごしてください。私も同様にさせてもらいます。アイシスに関しては必ずどちらかが傍にいて、安全を見守る形ですね。お店については、祖父の時はお正月以外無休だったんですが、私は週に一日定休日を設けようと考えています。その日は私がいろいろご案内するので、覚えてほしいです」

「承知した。ところで」
「はい」
「正月とはなんだ?」
「新年の祝いです」
「なるほど。この国では新年の祝いのことを正月と言うんだな。わかった」

 話がひとまず終わった。多希は夕飯の支度に取りかかろうと思いながらも、気になっていることがあって立ち上がることができなかった。しかしながら、言ってもいいものなのかどうか迷ってしまう。

「他になにかあるのかな?」

 さり気なくライナスが話を振ってくれた。

「はい。あの、私が口を挟むことではないのですが、アイシスのこと、です」
「アイシスがなにかしでかしたかな」
「いえいえ、そうではありません。その……今までお母さんの顔色を見て、いろいろ我慢していたようなので……」

 多希の声は次第に力を失っていき、途切れてしまった。顔も俯き加減になっていて、視線は完全に下を向いている。

 それでもここでやめてはいけないと思い直し、膝の上に置いて握りあっている手に力を入れて話を再開させる。

「ここでは自由にさせてあげてほしいんです。服もそうだし、遊ぶこと、食べることも。この世界では、アイシスは王子様でも王女様でもないから、だから」
「わかっている」

 その言葉にはっと目を見開き、ぱっと顔を上げる。

「そもそも、もとよりそのつもりだった。王家の事情、大人の事情を自分なりに理解して、従わなければならないと頑張る姿は私も見ていて痛々しかったし、申し訳ないとずっと思っていたが、私がなにか言うことは事実上許されず、アイシスはそんな私を気遣って慕ってくれる。この世界では、あらゆるしがらみから解放されて、自由に過ごしてほしいと思っているんだ。だが、服装にはまったく意識はいかなかった。ダメだな、私は。頭でっかちで、肝心の細部への気配りがまるでできていない」

 苦笑を浮かべるライナスに多希は必死に何度もかぶりを振る。そして身を乗りだした。

「そんなことありません。一番大事なのは、安全です。ライナスさんはアイシスの安全を守ろうとされていたんです。お願いです。大きなこと、身の安全とか、店を守るとか、そういう大局的なことを担ってほしいんです。実生活の細かなことは私が見ます。それで協力しあっていきたいんです」

 ライナスが、うんうん、と頷く。それと同時に多希の顔にも笑みが浮かぶ。

「それでいいと思う。私も自分にできることをする。まずは少しでも早くこの世界、この国のことを勉強して、タキさんの役に立つように努力する。どうか、アイシスをよろしく頼む」
「はい! こちらこそよろしくお願いします!」

 元気よく応じると、多希は立ち上がった。

「これから私は夕食の支度をします。できたら呼びますので、その間、ライナスさんはお勉強に勤しんでください」
「承知した」

 立ち上がってダイニングルームを去っていくライナスの背を見送りながら、多希は小さくガッツポーズをしたのだった。

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