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7、イシスの占い師、星の予言
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ラトゥタは沙良の背が消えたことを確認し、ホッと吐息をついた。それから息子の名を呼び、厳しい目を向ける。
「今日からあなたは一族の当主です。今更自覚を、などと申しませんが、今までのような勝手気ままはできなくなります。よく、おわかりか?」
「心得ております」
「お父上様のことは突然でしたが、実は先日、天から降ってきた黄金の星に、あなたが胸を射ぬかれるという夢を見ました。そのことであなたと話がしたかったのです。お父上様のこと、サーラのこと、すべてはイシスのお導きかもしれません」
「…………」
「射ぬかれた瞬間、あなたの体が黄金に包まれました。そこで目を覚ましました。吉星なのか凶星なのか、わかりません。何度占っても、その答えは出てきませんでした。おそらく、吉星と成すか、凶星と成すかは、あなた次第なのだと思います」
ラトゥタの厳しい視線を正面から受けつつ、ラムセスは無言で立っている。微動だにしない。
「それからもう一つ。イシスの水鏡に一瞬だけ女性の影が映りました。夢の星は、おそらく先の娘でしょう。そう考えるのが自然だと思います。イシスの占いの結果を伝えます。よく心に刻んでおきなさい」
ラトゥタの目がさらに厳しく、鋭くなった。
「星の奥底に秘められた『秘密の扉』で世界は変わるだろう。星の心を信ずる者が世界を支配するだろう」
「……秘密の、扉?」
「私が解釈するに、星があの娘であるとするならば、彼女が知っている知識を無理に手に入れようとするのではなく、出てくる言葉を純粋に信じよということではないでしょうか。秘められたるものは、秘められているからこそ効力を発揮するのです。力ですべてを白昼に曝すのではなく、静《しず》と語られた言葉を大切にし、糧とせねばなりません。彼女を大切にし、守ってゆかねばならないと考えます」
「母上は――サーラの希望をかなえてはくださらないのか?」
ラトゥタは目を閉じ、首を左右に振った。
「とても難しい問題です。仮になんらかの魔力が作用したとして、それを元に戻すためには完全なる復元が必要です。カルトゥーシュの絵柄はいくらでも描けますが、あの紙は――」
ラトゥタは困ったように顔を歪めた。
「パピルスではありません」
「…………」
「あの紙と同じものは、エジプトはもとより世界中を探しても存在しないでしょう。おそらく最上のパピルスでも、あの紙の質には及ばないと思います。異なるものを用いれば、彼女を元の世界に戻せる可能性は低くなってしまいます」
「……それは、もしかしたら、まったく違う世界に飛ばしてしまうかもしれないということですか?」
「そうです」
明瞭な返答に、ラムセスは言葉を失った。
「どうしても彼女がそれを望むのなら、できる限りのことはします。しかし――そんな危険なことをしていいのかどうか、判断に迷います。あなたも勘づいていると思いますが、あの衣服の布や持ち物、紙は、どれも見たことのない代物です。彼女は単に場所を移動したのではなく、時空を超えてここへ飛ばされたのではないかと思うのです。であるなら、尚更難しい。時間と空間の二つの世界を正確に操ることは不可能に近い……至難の業です」
「時空……」
「それに、あの娘があなたにとっての吉星であるならば――母としては複雑です」
「凶星かもしれませんよ」
ラムセスは苦笑した。つられてラトゥタもわずかに口元を弛めた。
「とても礼儀正しい方ではありませんか。吉星だと信じたいですね。第一、凶星と思うならば、あなたも協力しようなどとは思わないでしょう?」
「おっしゃる通りです」
「いずれにしても、よく考えなさい。正しく助言して差し上げねばなりません。吉星であれ、凶星であれ、人一人の命と人生がかかっているのです。重々気をつけて接しなさい」
「心得ております」
ラトゥタはホウッと深い息を吐き出した。同時に、彼女の体から発していた厳しい気迫が薄れる。
「参りましょう。お父上様の葬儀の段取りを決めねばなりません。アメン神の儀式が終わるまでは動けませんが、それだけに慌ただしくなるでしょうから」
「今日からあなたは一族の当主です。今更自覚を、などと申しませんが、今までのような勝手気ままはできなくなります。よく、おわかりか?」
「心得ております」
「お父上様のことは突然でしたが、実は先日、天から降ってきた黄金の星に、あなたが胸を射ぬかれるという夢を見ました。そのことであなたと話がしたかったのです。お父上様のこと、サーラのこと、すべてはイシスのお導きかもしれません」
「…………」
「射ぬかれた瞬間、あなたの体が黄金に包まれました。そこで目を覚ましました。吉星なのか凶星なのか、わかりません。何度占っても、その答えは出てきませんでした。おそらく、吉星と成すか、凶星と成すかは、あなた次第なのだと思います」
ラトゥタの厳しい視線を正面から受けつつ、ラムセスは無言で立っている。微動だにしない。
「それからもう一つ。イシスの水鏡に一瞬だけ女性の影が映りました。夢の星は、おそらく先の娘でしょう。そう考えるのが自然だと思います。イシスの占いの結果を伝えます。よく心に刻んでおきなさい」
ラトゥタの目がさらに厳しく、鋭くなった。
「星の奥底に秘められた『秘密の扉』で世界は変わるだろう。星の心を信ずる者が世界を支配するだろう」
「……秘密の、扉?」
「私が解釈するに、星があの娘であるとするならば、彼女が知っている知識を無理に手に入れようとするのではなく、出てくる言葉を純粋に信じよということではないでしょうか。秘められたるものは、秘められているからこそ効力を発揮するのです。力ですべてを白昼に曝すのではなく、静《しず》と語られた言葉を大切にし、糧とせねばなりません。彼女を大切にし、守ってゆかねばならないと考えます」
「母上は――サーラの希望をかなえてはくださらないのか?」
ラトゥタは目を閉じ、首を左右に振った。
「とても難しい問題です。仮になんらかの魔力が作用したとして、それを元に戻すためには完全なる復元が必要です。カルトゥーシュの絵柄はいくらでも描けますが、あの紙は――」
ラトゥタは困ったように顔を歪めた。
「パピルスではありません」
「…………」
「あの紙と同じものは、エジプトはもとより世界中を探しても存在しないでしょう。おそらく最上のパピルスでも、あの紙の質には及ばないと思います。異なるものを用いれば、彼女を元の世界に戻せる可能性は低くなってしまいます」
「……それは、もしかしたら、まったく違う世界に飛ばしてしまうかもしれないということですか?」
「そうです」
明瞭な返答に、ラムセスは言葉を失った。
「どうしても彼女がそれを望むのなら、できる限りのことはします。しかし――そんな危険なことをしていいのかどうか、判断に迷います。あなたも勘づいていると思いますが、あの衣服の布や持ち物、紙は、どれも見たことのない代物です。彼女は単に場所を移動したのではなく、時空を超えてここへ飛ばされたのではないかと思うのです。であるなら、尚更難しい。時間と空間の二つの世界を正確に操ることは不可能に近い……至難の業です」
「時空……」
「それに、あの娘があなたにとっての吉星であるならば――母としては複雑です」
「凶星かもしれませんよ」
ラムセスは苦笑した。つられてラトゥタもわずかに口元を弛めた。
「とても礼儀正しい方ではありませんか。吉星だと信じたいですね。第一、凶星と思うならば、あなたも協力しようなどとは思わないでしょう?」
「おっしゃる通りです」
「いずれにしても、よく考えなさい。正しく助言して差し上げねばなりません。吉星であれ、凶星であれ、人一人の命と人生がかかっているのです。重々気をつけて接しなさい」
「心得ております」
ラトゥタはホウッと深い息を吐き出した。同時に、彼女の体から発していた厳しい気迫が薄れる。
「参りましょう。お父上様の葬儀の段取りを決めねばなりません。アメン神の儀式が終わるまでは動けませんが、それだけに慌ただしくなるでしょうから」
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