一妻多夫の奥様は悩み多し

たまりん

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一章

1話

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その日は母が和泉の邸にくる日だった。

 美琴の父はそう癖のある性格ではないものの、正夫や第三夫と 和気藹々わきあいあいというわけではない。子供達はともかく本人達はそれぞれどことなく敵視している。これは世のことわりでもあり一妻多夫制にはつきものの悩みである。その為今は同じ敷地内ではあるもののそれぞれ邸宅を分けている。美琴が生まれる前、母は負担を減らす為に一度、3人の夫と共に同居することにチャレンジしたらしい。が、一週間でものの見事に関係修復不可能な程に3人の夫の仲は崩壊したという。長年にわたり勤めている本宅の使用人と軽く世間話をした時教えてくれた。通常妻側のほとんどは、同じ敷地内ないし、悪くて近場のそれぞれの夫の住まいに通い婚というのが通例だ。余程相性が良くない限り夫達を集めて同居することは滅多に成功しないのだ。

昼頃こちらに来た母を出迎えた時、

「美琴さん、今日はお父様がお帰りになったら、応接間でお話しがあります。」

と美しい母は微笑みを湛えながら美琴に告げた。
美琴は少しドキッとしてから何か叱られるようなことしただろうか、と一瞬狼狽えたが母からは終始穏やかな雰囲気が漂っている。もしや!?と常日頃気にしているそのことが早くもよぎった。

そわそわしながら午後を過ごし夕刻、父が仕事を早く切り上げ邸宅に帰ってきた。着いて早々父は出迎えた母と一言二言交わした後、遅れて玄関まで出てきた美琴に応接間にくるように告げた。
応接間に大きなソファに腰掛けることを促され素直に腰を下ろした。

向かいに座った父はにこやかにそれを告げた。


「美琴、お前の最初の縁談が決まったよ。お前に釣り合うように選びに選び抜いたお前の初めての夫になるかもしれない人だ。」

母も継いで、
「美琴さんに恥じぬ優秀なお方ですよ。」


母のその言葉に美琴は安心するどころか急に不安が込み上げてきた。
美琴に恥じない人なのは結構だが、果たしてその人にとって美琴は恥ずべき汚点になり得ないのだろうか?

いずれその時が来たならば受け入れられるだろうと思っていた美琴だがいざ話が進むとなると全く自信がない。
父はめでたしとばかりに話を進めようとしたが母が美琴のただならぬ様子をみて口添えた。

「おや、美琴さんたら、また堅苦しく考えているのですね。相変わらず素直で可愛いらしいこと…。
けれどね、そう怖がることではないのですよ。まあ、先ずはお父様のお話をお聞きなさい。」

母がこちら側に回ってそのしなやか手で美琴の肩を抱いてさすってくれた。

「美琴、これから相手とは形ばかりの見合いをするが結婚は内定しているようなものだ。身上はしっかり調べてあるし、父様と母様で全てはつつがなく済ませるから美琴は何も心配することはないんだよ。何よりこれ以上ない相手を確保できたんだ。」

父が優しくそう言った。母は美琴の心中を見透かすように、黙って優しく微笑んでいる。

 産胎の結婚はこの世界において大義であり家や世間体というものが、大きく関わる。余程、相思相愛で産胎が真性のひとりに執着して「この人と結婚しないと死ぬ!」というような場合ではない限り、家の都合で結婚相手が決まることが常識だ。前者の場合、その真性はもちろん正夫にはなれないが正式な側室として結婚できることがほとんどだ。
 好きな人との結婚が容易に出来ないなんて!と思われるかもしれないがこれは産胎の安全にも関わることだ。どの家も産胎の幸せを願っている。どこの馬の骨かわからない真性と結婚させて悲しい人生なんて歩んでほしくはない。そのため真性たちは産胎の家に選ばれるように努力をする。身上がしっかりして産胎を崇め愛する夫を見つけることが周囲の義務なのである。
それにこれは“結婚”に限った話であって産胎の恋愛に関してはそれなりに自由だ。妊娠にさえ気をつければ例え結婚後であっても大きな問題にはならない。まあ、夫達の気持ちが波立って多少ごたつくことはあるだろうが世間的には全く問題のないことだ。


「相手は間宮清鷹さんという。誠実で美琴が嫌いなタイプではないと思うよ。父様の会社でも懇意にしている裾野重工の跡取りだよ。今は専務を務めている。どうだい?美琴にも釣り合うそれなりに大きな企業だろう?」


父は満面の笑みでほくほくと言葉を紡ぐ。
それなりに、というか老舗の名の知れ渡る大企業じゃないか…と美琴は目を見張った。釣書を見ると国内最高峰の帝都大を卒業している。

「美琴さん、写真を見てみなさい。とってもハンサムな方ですよ。お父様達には負けるけれど。」

美琴は母に渡された見開きの写真を覗いた。
そこには旧代の軍人風を思い起こさせる精悍な真性の美丈夫がいた。黒々とした目と艶やかな髪で切長の目、真っ直ぐな鼻筋。薄めの唇。
ちょっと他人に対して厳しそう、と美琴は第一印象で思った。


「全身写真も…。ほら、とっても脚も長いでしょう。」


これが重要、とばかりに母が付け足してきた。
美琴はこういう母のちょっと現金な物言いが可愛くて好きだ。


(清鷹さんか…とってもかっこいい人みたいだけれど、優しい人だったらいいな)


自分はおっちょこちょいで間抜けだと思っている美琴には抜け目のないこの夫候補は少々荷が重い気がするのだった。


「僕には勿体無いような方ですね。」


美琴を観察していた両親は、特に拒絶をしていないのを見て少し安堵したようだった。


「いいかい?じゃあ、美琴、早速だが3日後に初顔合わせをセッティングしてある。急で済まないけれど話は早い方がいい。ちゃんと父様も出席するから怖がらなくていいよ。」

「美琴さん、たんとおめかししていきましょうね。」

「はい。お父様、お母様。」



美琴は忙しい母をしばらく独り占めできることに気がついて嬉しくなった。


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