俺と蛙さんの異世界放浪記~八百万ってたくさんって意味らしい~

くずもち

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10巻

10-1










   プロローグ


「ねぇ母さん、母さん。魔法使いって本当にいるのかな?」

 それは曖昧あいまいで、イメージにかすみがかかるほど古い記憶だった。
 そうだ、あれは確か童話の絵本を読んでいたときだったと思う。
 いたらいいな、そんなふうに考えながら、幼い俺は尋ねた。
 大した考えもない思い付きの質問だったが、それを聞いた母は笑い、俺の頭をなでて答えた。

「もちろんいるわよ? だって母さん、魔法使いだもん」
「ホントに!」
「本当よ。お母さん嘘つかない」

 正直子供心にも、これは嘘だろうなと思った。
 ただ、自分のことを魔法使いだと言った母さんがものすごく自信満々だったから、まだけがれていなかった当時の俺は、ちょっとは信じて喜んでいたのである。

「そうね……、いい機会だから教えてあげる。貴方のおじいちゃんもすごい魔法使いだったのよ。もしこの先、貴方あなたがとっても不思議な目に遭うようなことがあったら、貴方のおじいちゃんを探してみなさい。その人の名前はね――」



   1


「はっ……、走馬灯そうまとうか? 今のがそうなのか?」

 遠のいていた意識が戻ってきた。
 地面に放り出されて転がっていた俺、紅野太郎こうのたろうは、ぼんやりとする頭で状況を整理した。
 俺は確か、空飛ぶ船で、「謎の星」に突っ込んだんだった。
 いやぁ驚いた。ジェットコースターくらいを想定していたのだが、甘すぎたらしい。
 赤く燃える岩塊が、火山が噴火したかのごとく飛び交う中、敵意むき出しの防衛網を突っ切って中央突破。そんなこと正気でやるもんじゃない。
 ぐしゃぐしゃになってしまった黒髪を触ると、髪の毛に引っ付いていたピクシーのトンボを見つけた。

「……トンボちゃん生きてる?」
「うにゅー……。なんとかー」

 トンボの方も返事をする余裕はあるみたいだ。
 俺は目を閉じ、軽く深呼吸する。
 よし、もう大丈夫。
 気合いを入れて身を起こす。するとそこにあったのは、蛙顔かえるがおのアップだった。
 咄嗟とっさに俺が放ったのは、ツッパリである。

「どすこい!」
「なぜじゃ!」

 あっさりかわされたところで我に返った俺は、その手をおもむろに頭の後ろに持っていってごまかした。

「……いやぁ懐かしいわ、この感じ。相変わらず心臓に悪い」
「え? 今なんでどつこうとした? わざとじゃろ? わざとだって言ってもいいぞ? わざとじゃなけりゃ、あんなえぐりこむような一撃は出んよな?」

 ゆらりとした動きで、カワズさんが妙にすごみのある拳法チックな構えを取ったので、俺はすぐに謝った。

「ゴメンゴメン……。いや、気が遠くなってて、いきなりカワズさんのどアップだったから、普通にびっくりした」
「あのくらいで気が遠くなるとか、肝っ玉小さすぎじゃろ」
「いや、肝っ玉は関係なくないか? カワズさんの顔のおかげで頭ははっきりしたけどさ……。正直死ぬかと思ったわ」
「安心せい。世界が滅んでもお前は助かる」

 すげなく俺の文句をはねのけたカワズさんだったが、そもそも着陸にしくじったのは、この蛙である。

「まぁ……、死ぬかと思った一番の原因は、ちゃんと着陸させなかったからだけどな。がっかりだわ、カワズさん」
「そうだよ! 危うくぺらっぺらになるところだったよ!」

 トンボも、人の髪の毛を引っ張りながらご立腹だ。
 だが俺達の非難にひるむことなく、カワズさんはジト目で言う。

「……死ぬどころか、かすり傷一つ負ってないじゃろうが」
「……ええまぁ。そう、なんですけどね」

 俺は基本、身の守りの備えだけは常にしている。だからトンボも俺の頭の上に隠れるのだし。


 俺達は星の結界に突入すると、急に重力に引っぱられて墜落した。
 そうしてやって来た空に浮かぶ謎の星の風景は、木々の生い茂る密林だった。
 思えば遠くに来たものである。
 セーラー戦士を追ってここまで来たが、それにはいろんな人の協力があった。
 番人の天使を引き付けてくれた巨人達。そして殿しんがりを買って出たデビニャンとエルエルの悪魔天使コンビが、今も爆音の収まらない戦場で戦っていると思うと落ち着かない。

「……任せて来てしまったけど、大丈夫だろうか?」

 そう俺は心配するが、カワズさんにあっさりと言われてしまった。

「大丈夫じゃよ。誰も簡単にやられはせんさ。今は好意に甘えておけ。お前さんには、お前さんの役目がある。しっかり魔力の温存に努めておけよな?」
「……ん、……いや、わかった。あとでお礼を言うことにするよ」
「そうしとけ。みんな好きでやっとることじゃ」
「そうだね。助かる」

 カワズさんにはっきり言われて、ようやく俺も目が覚めた。
 そもそも助けに行くと決めたのは俺だ。その時点で危険なのはわかっていた。
 それでも協力してもらえているのだから、感謝する以外はやめておこう。

「ところで、ナイトさんとクマ衛門は? 姿が見えないけど?」

 一緒にここまで来たはずの二人のダークエルフがいないことに気がついて、俺はカワズさんに尋ねた。
 まさかどこかに吹っ飛んでしまったかと思ったが、そういうわけではないようだ。

「あの二人はもう偵察に出ておるよ。しばし待て」
「おお! さすがだ!」

 あの派手な墜落のあとに迅速な行動が取れるとは、さすがナイトさん達である。
 二人に任せておけばセーラー戦士の向かった場所くらいすぐに見つけてきそうだが、ただ待っているというのも申し訳ない。俺はさっそく頭の上のトンボに尋ねた。

「ここからはトンボも頼りだぞ? セーラー戦士のいそうなところを教えてくれよ」
「え? わたし?」

 トンボは以前、セーラー戦士とともにここに来た。つまりセーラー戦士の最後の目撃者である。持っていたアイテムで運良く逃げ出してきたそうだが、自分達がたどった道くらい覚えているだろう。
 結構期待していたのだが、しかしトンボは、頭の上のゴーグルを指でいじって考え込むばかり。そしてようやく口を開いた。

「……えっとね、確か……。そう! でっかい扉があったよ! その前に竜っぽいのがいた……、気がする」

 微妙に曖昧なトンボだったが、漠然ばくぜんながらも話された内容は、またとんでもないものだった。

「竜って……、あの竜?」
「うん! でもアレをどうにかするのはわりと簡単だったかな? わたしのマジカル☆トンボソードで、一撃のもとに粉砕したからね! 今回も余裕でしょ!」

 剣を振る身振りを交えて、自分の武勇伝だけはしっかり語るトンボである。
 ちなみにマジカル☆トンボソードとは、抜けばどんな勝負にも必ず勝てる、必勝の魔剣のことだ。
 そんな魔剣を持ち出したことで、セーラー戦士とトンボは、未知のダンジョンの奥まで進むことができたわけだが、トンボはその魔剣が壊れてしまったことを忘れているらしい。

「……今ないだろ、マジカル☆トンボセット。同じ感覚でやったらたぶん死ぬよ?」

 一応、念のため忠告しておく。するとトンボは、そんなことはわかっているとばかりにうなずいて、今度はカワズさんのところへ飛んで行った。

「そうだけど! ビビる必要はないよね! ね? カワズさん! 必殺の拳に期待しているからね! わたしのためにがんばって!」

 なるほど、魔剣の代わりは今回もあるということか。納得した。

「嫌じゃよ。あんまり調子に乗っておるとゴーグル割るぞ?」
「ふふん。あら? こわいのかな? わたしは全部一回やっつけたんだからね! それともカワズさんにはできないのかなぁー? ちょっと難しいかもなー」
「……」

 トンボもようやく調子が出てきたようでなによりだ。
 じゃれ合うカワズさんとトンボを放っておいて、俺はトンボから教えられた情報を整理しながら唸った。

「ふーむ、竜か」

 竜はこっちの世界で相当な強さを誇る生物である。どんな種類だとしても、俺抜きでは簡単に倒せないのは確実だろう。
 謎の星にここまで本格的な防御網が存在しているなら、もう少し準備を整えてくるべきだったかもしれないと、今さらながらに後悔した。

「あーあれだな。黒歴史だからってほうむった『マジカル☆トンボちゃん・ジャスティス』の封印を解いてくるべきだったか?」
「「まだそんなものが!」」

 おっと、うっかりぽろっと秘密を漏らしてしまった。
 慌てて口を閉じたがもう遅い。二人の食いつきが思いのほかよいので、これ以上突っ込まれると、またいらないぼろが出そうである。
 どう話を逸らそうかと考えていたら、ちょうどいいタイミングで上空を大きな影が横切った。

「やば……、噂の竜かな?」

 身構える俺にトンボが告げる。

「たぶん違うよ。登場の仕方が違うもん」
「……登場の仕方って何だ?」

 俺は手のひらをかざして、じっと空を観察する。
 木々をなぎ倒し、粉塵ふんじんを巻き上げるド派手な登場である。空の彼方かなたからこちらにまっすぐ降りてきた黒い巨竜きょりゅうは、俺達の目の前に着地した。
 だが当人は登場の荒々しさとはまったく印象が違う、さわやかな声で挨拶あいさつしてきた。

「おお! タロー殿! 遅くなりました!」
「ああ! スケさん! 来てくれたのか!」

 スケさんの姿を見た俺は、拳を突き出しフィストバンプを交わす。竜の姿でやられると押しつぶされそうだが、そんなことはまったく気にならない。


 俺はスケさんが来てくれたことに感動して胸が熱くなった。

「まさか本当にこんなところにまで来てくれる奴がいるとは思わなかった」

 もはやここからは何が起こるかわからないし、ひょっとしたら帰れなくなるかもしれない。だがスケさんは、あくまで自然体でうれしそうに言ってくれた。

「当たり前ではないですか! タロー殿の人生の勝負時! 友人としては放っておけますまい!」
「人生の勝負時? 何のことだかさっぱりわからないけど、とにかく感動した! そうだ! そんな君に、これを!」

 思わず泣きそうになったのをごまかすために、俺は手のひらサイズのガラス玉をスケさんに差し出した。

「何ですこれ?」

 困惑顔を浮かべてそれを爪の先で摘み上げたスケさんは、ガラス玉から浮かび上がった3D映像を見てクワッと目を見開く。

「こ、これは!」

 浮かび上がった光の中では、小さな女の子が可愛く歌い、踊っている。
 そう、これは、今人気絶頂のネットアイドル! 少女Bの立体映像投射装置(仮)である。
 手を震わせるスケさんに、俺はまだ流通させていないこのレアアイテムについて解説してあげた。

「こないだ思いついて作ってみたのだ。コンサートの映像を鑑賞できるから、よかったらもらってやってくれい」
「ここまで小型化できようとは……。こ、これは危険なのでは!? ローアングルから見ようものなら……」
「いけない。紳士はその程度のことで取り乱さない。いいね?」
「……心得ました! 一生ついていきます!」

 そんな心温まるやり取りだったのに、周囲から基本白い目で見られた。
 ちなみに少女Bがどんなに短いスカートを穿いていても、見えそうで絶対見えないのが仕様になっているので健全である。

「……で、人生の勝負時? ってなに?」

 俺はうっすらとにじんだ感動の涙をぬぐいながらスケさんに尋ねた。
 ところがスケさんから返ってきたのは、見覚えのあるいやらしい笑顔だったものだから、この時点で嫌な予感がした。

「ふふふのふ! わかりますよ! 普段浮いた話もありませんからな、タロー殿は! 危うく男性が好きなのか、と勘ぐってしまうほどでしたが、安心しました!」
「そんな疑惑があったのかよ、大好きだよ女の子! つうかなんだよ、そのハイテンション!」
「またまたー。私以上に盛り上がっているくせにー。とはいえ、メールが一斉送信された今、ネット中で祭りですよ?」
「な、なにそれ?」

 にこやかに言うスケさんの台詞には、胃痛の種になりそうな言葉がそこかしこにちりばめてあって、俺は困惑した。
 この状況のどこに、祭りになることがあるのかと?
 聞きたくなかったが、聞かないわけにもいかないだろう。

「……ちなみにメールの内容は?」

 俺がおそるおそる尋ねると、スケさんは言った。

「『魔法使いが女を追いかけてこくりに行ったぞ!』ですが?」
「……さっきは感動して損したよ! おいカワズこの野郎! なんてことしてくれたんだ!」

 これまでの感動が一気に崩れ去った瞬間だった。

「ええー、似たようなもんじゃろー?」
「ぜんっぜん! 違うから!」

 カワズさんは反省する素振りなど少しも見せず、口笛を吹きながら楽しそうに自供してくるから、たまったものではない。
 どうやらカワズさんに連絡を任せたのが、そもそも間違いだったらしい。
 打ちひしがれた俺は、己の馬鹿さ加減に絶望した。
 落ち込む俺を、カワズさんとスケさんがうれしそうに茶化してくる。

「たぶんもう何人かは来てくれるんじゃないかの? ザックリ説明も付けておいたし」
「大丈夫ですよ! 恥ずかしがっていては始まりません、ロマンスは! それで、相手はやっぱり彼女なんですか? 早く実況したいのですが」
「だまらっしゃい! させるかそんなもん! あーもう俺の感動を返せよ! つーか、スケさん含めてこのあと誰が助けに来ても、手放しで喜べなくなったでしょうが!」

 今後の展開を想像して、俺は頭を抱えた。
 普通はこんなばかばかしいメールじゃスルーされそうなものだが、うまい具合に燃料になってしまったようだ。
 ためらうどころか、むしろ嬉々として命を懸けに来るであろう面子めんつがあっさりと想像できるのは恐ろしいところである。
 あいつらならたぶん来る。しかもかなりの高確率でだ。その代表格であるスケさんは実にやる気に満ちていた。

「はっはっは、心配せずとも露払つゆばらいに専念させていただきますよ! タロー殿は安心して、自らの戦場で思いのたけをぶつけていただきたい!」
「うるさいよ! そもそも告白とかじゃねーから! もう手遅れかもしれないですけどね!」

 この誤解は簡単には解けそうにないな。
 こりゃあセーラー戦士を助け出すことができても、こんな騒ぎになっていることを知った彼女が襲いかかってくるかもしれない……。そのときは責任を取ってもらって、カワズさんバリアーでも発動しようと思う。

「うぅ……。まったくろくなことしない蛙だよ」

 俺が諦めの境地に達していると、今にも死にそうな声がずいぶん高い位置から聞こえてきた。


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