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一章

3.エンカウント feat.ともだち

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 王城にやって来た。
 苦節……半年くらいだろうか?
 まあ、細かい期間はどうでもいい。マナーやら礼儀の勉強を続け、ようやく王城に入るお許しを得た。
 流石にフリーパスなんてことはないが、それでも以前よりもずっと彼に会いやすくなった。
 何せ、今までは会いに来てくれるのを待つことしかできなかったのだ。
 それはそれでドキドキして悪くないのだが、やはり会う回数が多くて悪いことはない。

 豪奢な門を潜り抜け、手続きやら何やらを済ませると、そこはもう王城である。
 馬車から降りて、近衛の案内を受ける。
 折角なら彼に案内してほしい気持ちはあるが、そこまでの贅沢は言えない。
 どうせ毎回人は付けられるだろうから覚えておく必要はないと思うが、それでも知っておくに越したことはないだろう。

 そして、辿り着いたのは王城の庭園である。

 お洒落指数が高い場所だ。
 庶民感覚が抜けていないせいでこういう所はあまり得意ではないのだが、まあ我慢できなくはない。

「お招きいただきありがとうございます」
「あぁ、エイラ嬢、ようこそいらっしゃいました」

 庭園を見渡せる位置に置かれたテーブル。
 その上には湯気を立てる紅茶とチェス盤がある。
 対戦相手の姿は見えないが、駒の配置から察するに試合中のようだ。
 しかしチェスをやったことのない私には、白と黒、どちらが有利なのかは分からない。

「お邪魔でしたか?」
「いえ、一人で時間を潰していただけですから」

 そう言って、彼は駒たちを片付け始めた。
 一人でチェスを行う、というのはどういうことだろう。
 自分同士で対戦とか、あるいは詰将棋のようなものかもしれない。
 どちらにせよ、頭が良いなと感心するばかりだ。
 私は今一つボードゲームが得意ではないので、少し羨ましい。

「よければ、エイラ嬢もやってみますか?」
「……申し訳ありません、光栄なお誘いですが、ご遠慮させてください」

 誘ってもらえるのは嬉しいが、未経験では駄目だろう。
 せめて駒の動かし方くらいは覚えておかなければなるまい。
 それに、地頭のよろしくない私は本気でやってもそれほど強くなれないだろうから、あまりやりたくない気持ちもある。彼になら負けたって構わないが、馬鹿だと思われたら流石にショックだ。

「そうですか……」

 しゅんとする姿を見た瞬間前言を撤回したくなったが、なんとか堪えた。
 でも、次会う時までに勉強はしておこう。



 ◆



 ところ変わって、今度は私の家でお茶会である。
 しかし、残念ながら彼は来ていない。
 本日は婚約者様との仲を深めるためではなく、私が友達を作るための会だ。

 友達、友人と呼ばれる存在は、現代では可能であれば居た方が良いものとして扱われる。
 私はあまり多くなかった方だが、やはりそれでも一人も居ないのとは雲泥の差だ。
 主に学校生活でその差は歴然に現れ、陽キャだの陰キャだのぼっちだのという断絶が発生する地獄のような概念と言ってもいい。

 そして、友達の不在はこの貴族社会ではより致命的になる。

 この世界での争いは、基本的に肉体的暴力ではなく身分という暴力で決まる。偉い奴が強いというのはこの世の心理だ。
 では、同じ身分だった場合はどうだろう。
 一応、この場合でも肉体的暴力は発生しない。偶に決闘とかいうイベントが発生することはあるが、極稀だ。故に大半は、多数決という暴力で決まる。

 そう、正しさやら真実、正義などというものは正直あまり関係ない。
 まず一番に偉い奴、次に友達が多い奴が優先されて、それからようやく正義が出張ってくるわけだ。
 それで良いのかとか思わないでもないが、私は偉いから別に気にしなくても良いだろう。特権階級万歳だ。

 ともかく、そんな年賀はがきの枚数で殴り合う小学生的価値観の世界で生きる以上、友達の多さとはそれ自体がパワーになる。
 故に、友達を作るためのお茶会とかいうものが開かれるわけだ。

 もちろん私も参加、というか主催することに異論はなかった。
 むしろ、友達とか碌にいなかったのでウェルカムだったと言ってもいい。

「エイラ様、すごいです!」
「知りませんでした!」
「流石です!」

 ただ、私は友達が欲しかったのであって、イエスマンが欲しかったわけではない。
 いや、女の子しかいないからウーマンか。どっちでもいい。
 茶会というよりキャバクラにでも来たような気分だ。
 薄っぺらい誉め言葉は別に悪い物ではないかもしれないが、今の私には不要なものだ。生憎と、心は既に満たされているのだから。

 微笑みを作り、私は心の中で溜息を吐いた。
 まあ、仕方がないことだ。
 私の考える友達とは対等な存在だが、身分社会でそれを作るのは難しいと理解している。
 私がそうありたいと願っても、彼女たちにもその気がない。より厳密には、彼女らの親がそれを許さないだろう。
 私が彼女たちを庇護する代わりに、彼女たちは私の味方である。
 どこまでも対等でない庇護者と被庇護者の関係が、私たちの全てなのだろう。
 彼女らは友人ではなく手駒。そう割り切るのが楽だ。

 諦念が、心を包む。

 いつかよりはずっと少ないが、また身体を巡るものを感じる。
 これは魔力だ。闇魔法を使うための魔力。
 私の感情に呼応する力は、以前よりもずっと私に馴染んでいる。

「あら? 少し曇りましたか?」

 ほんの少しだけ、魔力が身体の外に溢れた。
 指向性を与えられない力はその属性を遺憾なく発揮し、周囲の光を隠した。

 まずい、と自覚した。
 慌てて魔力を支配下に置き、外に溢れようとしたものを抑えつける。
 まさかこの程度の感情で暴れようとするとは思わなかった。
 深く呼吸し、感情を落ち着ける。アンガーマネジメント、とは少し異なるが、悪感情をコントロールする訓練が必要だ。

 幸い、溢れた量は大したものでもない。
 魔力はすぐに霧散していき、周囲は明るさを取り戻した。
 雲なんて少しも掛かってはいなかったが、友人たちはそれで納得したようだ。

 しかし、危ないところだ。
 今回は誰にも疑われるようなことはなかったが、あのヒロイン、リリアが居たらほぼ確実に気付かれていただろう。
 今が入学後でなくて良かった。



 そして、私は無事にことに成功し、お茶会は無事に終了した。
 あとは帰宅する友人たちを見送るだけ、という時に。

「……あの、エイラ様」

 一人の少女から、声を掛けられた。
 名前は確か、ニーナだったか。あまり発言していた記憶はなく、目立たない印象だったように思う。

「あら、何か忘れ物でも?」
「い、いえ、それは特に」

 では何だろうか。
 軽く首を傾げ、彼女の言葉の続きを待つ。
 手元をあわあわと震わせる姿はどこか小動物的で、可愛らしい。
 目を細めた私の姿を威圧とでも感じたのか、ニーナは手元どころか全身を震わせ始めた。
 とても話を聞けそうにない。
 これではまるで私が脅しているようではないか。悪役令嬢になる気はないというのに。

「はあ、別に怒っているわけではありません」

 大きく溜息を吐いて、返答を促す。
 緊張がほぐれたわけではなさそうだが、彼女はおずおずと話し始めた。

「あの、エイラ様はもう魔法が使えるのですか?」

 さて、どうしてくれようか。

「えと、あの、わたしも最近魔法の勉強を始めたんです」

 口を開かない私を見て、言葉が足らなかったとでも思ったのか、ニーナは言葉を続ける。
 処理を考えるのはまだ早いか。
 魔法に感づかれたのだとしても、闇魔法だと気付かれていないなら問題ない。
 まずはそれを確かめなければ。

「それで、魔力を感じられるようになったので、あの、属性は土なんですけど」

 要領を得ない話し方に苛立たなくもないが、これは仕方ない。
 年齢を考えれば、むしろ話せている方かもしれないくらいだ。

「それで?」
「は、はい。その、それで、さっきエイラ様から魔力が出てきた気がして」

 なるほど、随分と勘が良いらしい。
 周囲に影響を与えたとはいえ、漏れ出た魔力はごく少量。
 例えばこれが水の魔力であったなら、影響としては精々がカップに結露ができるか、ほんの少しだけお茶が薄くなるとか、その程度のものだ。
 もしも、私が彼女の立場なら気付けなかったに違いない。

「……それで?」
「そ、それで? えと、えと、き、気になったから、聞いただけなんです。ごめんなさい!」

 つまりは好奇心か。
 ふむ、いや本当にどうしてくれようか。
 聞く限り、魔力を感じただけで闇魔法がどうとかは分かっていないようだ。
 であれば別に私から何かをする必要はないが、放置しておいたら何か察するかもしれない。

 少し面倒なことになった。
 もしも闇魔法だと気付かれていたら、洗脳することも視野に入れていたが、そうでないなら過剰な処置になる。
 となると。

「ニーナ」
「へ……?」
「また家に来てね。今度は二人で遊びましょう?」

 一先ずは手元に置いておいて、少し様子を見るとしよう。

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