鬱陶しい勇者が背後霊になった件

りん

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 ベルを探すための手掛かりがあった。
 あのとき、ベルは買い物をしていた。食料品が主で、それ自体はなんら不思議ではない。食べ物がなければ、人は生きていけないのだから。

 ただ、思い出してみると、ベルは結構な量を買い込んでいたような気がするのだ。
 もちろん、エイラは普通どれくらいの量を買うのかなんて知らない。けれど、間違いなく一人分には多いだろうと、そう思う程度には多かった。

 だが、それが正しいのかは分からないし、実際どの程度の人数なら適正なのかも分かるはずがない。

 だから。

「目立つと困るから、フードが欲しいな」
「…………では、こちらをお使いください」

 何か言いたげなリーファを意図的に無視して、エイラは図々しく提案する。
 そして、目立つ髪の毛をフードの中に仕舞えば、魔術を使ったときほどではないが、変装には十分だろう。

「サロンも、目立たないように武装しないこと。良い?」
「はぁ、いや、構いませんが……」

 サロンと呼ばれた護衛騎士が、ちらりとリーファに目配せをする。
 目配せされた彼女は、目頭を軽く揉んで応える。

「……鎧はともかく、帯剣だけは外さないようにお願いします」
「はい。エイラ様も、それで構いませんか?」
「むぅ、まぁ、仕方ないか。良いよ」

 どこまでも上から目線に――実際上なのだが――エイラはそう言った。

 彼らが何をしているのかと言えば、端的に言えば買い物の支度である。
 あのとき、エイラはリーファに次の買い物に連れて行ってほしいことを伝えた。
 リーファはそんな雑用にエイラを付き合わせるのは、と渋っていたが、基本的に勇者のイエスウーマンである彼女はエイラが本気で頼めば断らない。交渉は容易だった。
 そして、エイラが付いてくるのなら、と現在連れている護衛を総動員しようとするリーファを止め、目立たないようにサロンという騎士一人に任せるようにした。
 しかも、その際は武装を外すようにという命令付きで。

 これにはリーファどころかサロンや他の騎士たちも渋っていたが、所詮彼らは勇者のイエスマンである。エイラの勝利は揺らがなかった。
 実際、護衛とはエイラに最も必要のないものだ。
 この町の人間と護衛たちがまとめて襲ってきたところで、エイラ一人の方が強いのだから。

 と、そんな感じでかなりの強権を利用して、エイラは目立たず買い物に付いて行く権利を得た。
 理由はただ一つ。ベルの買い物の量が、何人分ほどなのかを知るためだ。



 ベルと会った次の日、エイラはまたも商業街へやって来た。
 昨日と何かが変わっているわけではないが、相変わらずエイラにとっては新鮮で楽しい場所だ。

「今日は何を作るの?」
「カボチャのスープと、羊の煮込みの予定です。何かご希望がありますか?」
「リーファが作るのは美味しいから何でも良いよ。サロンたちも同じものを食べるんだよね?」
「えぇ、いつもリーファ殿にはお世話になっています」
「はい。エイラ様にはご不快かと存じますが……」
「いや、それは別に構わないよ。買う物はこれで全部?」

 荷物は全てサロンが持っているが、結構な量だ。

「はい、これだけあれば十分かと」
「へぇ、これで八人分? 普通の家でもこれくらい買うのかな」
「そうですね……騎士の皆様はよく食べますから、多く買っています。一般的な家庭なら、八人分でももう少し少ないでしょう」

 なるほど、とひとつ頷いて、エイラは薄く笑った。
 良い情報だ。何せ、ベルはサロンが持っている量に匹敵するほどの荷物を持っていた。どうやら、随分な大家族らしい。

 その後、何のトラブルもなく屋敷へ戻り、リーファは食事の準備を始めていた。
 エイラは手伝うようなこともなく、自室で寛ぎながら思考を巡らせる。

 八人分以上の量の食料品を買い込んでいたベル。
 この六年の間に結婚して子沢山になった可能性もなくはないが、現実的とは言えない。

 そうなると、次に考えられるのは、どこかの大家族か、大家にでも仕えている可能性だ。ベルは城で王女に付けられていた侍女だ。その手の働き口には困らないだろう。こちらの方が余程可能性としては高いように思える。
 ただ、エイラを放り出したベルが、遠い地とはいえ大家、貴族などと繋がりのある場所で働くかと言われると少し疑問が残る。エイラにその気はなかったが、捜索されている可能性は大いにある。それに、働くにしても出自などを疑われるだろうし、そんな怪しい人間をわざわざ雇うのかどうか、エイラには判断がつかない。
 それに、お金を持った家で働いているにしては、少々身なりが良くないように見えた。フードを被っていたのは、街に来ている勇者の噂を聞いていたためかもしれないが、それでももう少し綺麗な物を選びそうな気がする。

 他に考えられるのは。

『教会でシスターをしている、なんていうのはどうだろう』

 考え込むエイラに、ウィレームが語りかける。

「教会?」
『そう。どこの街にも大抵一つはあるからね。勇者教会は来るものを拒まないから、身元が判らなくても働ける』
「……わたし、勇者なのに行ってないけど」
『規模の小さな教会なんだろうね。勇者を招くには見窄らしい場所だと、そういうこともある』

 案外、リーファが言っていたエイラに会いたい人たちもその関係者かもしれないね、そんな風にウィレームは笑った。
 しかし確かに、もしベルが教会に居るのなら、あの買い物の違和感は少ない。規模が小さいと言っても、教会を維持できる程度には人がいるのだから。

 それに、大家を探すのは面倒だが、教会を探すのはそう難しいことでない。
 先に教会に行き、そこに居なければまた探す、という方針で問題ないだろう。



 教会はすぐに見つかった。
 町に一つしかなく、隠されてもいないのだから当然だろう。

 建物としてはそれほど小さくないのだが、全体的に薄汚れていて、故に寂れたような印象を受ける。
 もしも聖国にこんな教会があったなら、管理者はその日のうちに首を飛ばされるだろう。

 まぁ、エイラはそれほど熱心な信者ではないから、さほど気にはならない。物珍しくはあるが。

「さて」

 扉の外に居ても仕方がない。
 緊張で胸が苦しくなるが、大丈夫だ。
 そもそも、ここに居ると決まったわけではないし、どうあれ、会うと決めたのだから。

「こんにちは」

 ゆっくりと、扉を開いた。
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