脱サラニートになるつもりが、白魔導士の婚約者になりました

九条りりあ

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2章 白魔導士の婚約者になりまして

01

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♢ ♢ ♢






ーーチュンチュン、さわやかな小鳥のさえずりが聞こえて、重い意識がハッキリとしてくる。



「……んっ……」


 微睡みながらも心地よい太陽の日差しが体を照らしているのを感じる。風が体の上を滑っていく。

 私にしては珍しく目覚ましよりも先に目が覚めたかと頭の中で思った。いつもは朝ご飯の時間を削ってでも時間ギリギリまで死んだように寝ているのに。


「……もう、朝か」


  たまには朝ご飯でも食べていくかと、冷蔵庫に何が入っていたかなと思い出しながら頭を掻いて起きようと、まだ意識のハッキリしない体に力を入れかけて、ふと思い出した。


(……もう、あのクソみたいな会社に行かなくていいんだ)


  昨日心のこもっていない『これから頑張ってね』という上長や同僚の上辺だけの言葉を聞いて帰ってきたのだ。

  罵倒する上司の顔も金切り声をあげるお局様の声も聞かなくていいんだ。

  これからは行きたくない気持ちを奮い立たせて無理やり体を動かすことも、無駄な涙を流す必要もない。

  自室に引きこもって、私はあんな『クソ』みたいな世界、私は遮断して『脱サラニート』になると決めたのだから。


「二度寝しよう……」


  どうせ二度寝したとしてももう誰にも咎められることもない。私は布団をもう一度被り直すために布団を引き寄せる……そのとき。


「ーー……ひっ!!」


頰に何かが掠めて私は飛び引いた。柔らかくて、暖かい何かが、一瞬頰に触れたのだ。バッと布団ごと起きあがる。

ぼんやりとしていた意識が一瞬で冷めた。


「あれ?ここは……?」


 そして、私は見知らぬ部屋にいることに気がついた。


落ち着いた色合いの木で作られたタンスと机。私が寝ていたベットには真新しいシーツが引かれていて、清潔な匂いがある。
身につけている服も少し大きめの白いシャツ。少なくとも私のものではない。
  

窓から入ってくる風で、白いカーテンがひらめいていて、私のくたびれたスーツがかかっている。
見知らぬ部屋を目の前にどうしてここにいるのか思い出そうとしたその時。


「イチカ、うるさいもんね!」


愛らしい声聞こえた。
声の聞こえた方を見ると白い毛玉が丸まっていた。
よくよく見るとそれは小さな猫で、振り返って右前足で眠そうに目をこする仕草をしている。
おまけに怒ったように頰を膨らませてきた。紅色の大きな瞳は今は眠たそうに細められている。
長い尻尾がゆらゆらと左右に動いた。どうやら、それが頰に当たったものの正体のようだ。


(そうだ、ここは……)


 そして、その白猫……否、ルビーを見て昨日の全てを思い出した。


自室に入ろうとして、湖に落ちたのも、異形の生き物に出くわして捕まりかけたのも……。
光の矢、白いマントの男。そして、偽りの婚約契約。


「夢……じゃなかったんだ」


ここは魔法のある世界、ファンタジア。私の住んでいた世界とは全く異なる世界。

魔法がない世界の住人であった私はどうしてだか、魔法が効かない。

地球とファンタジアの月が交わる時まで、“彼”の家に住むことになったんだ。


「……ルビー、ライトは?」


 私はシーツの上で再び丸まり寝る体制に入ったルビーを揺する。


「ライトは、朝から城で会議だもんね。僕はイチカを守るように言われたからお留守番だもんね」
「そっか……」


 ルビーの言葉に頷いてから、私は昨夜の出来事を改めて思い出す。


 魔法を無力化することが出来る私の存在はこの世界に異質。そんな私をライト・ハワードという男は婚約者に迎え入れた。


(悪い人には見えないけど……。これから一体どうなるんだろう……。)


 と、純粋な不安を考えかけていた時、別の種類の熱が顔に集まり、私は昨晩のある出来事を思い出した。


「イチカ、顔赤いぞ?」


 完全に目が覚めてしまったのかルビーは体を起こして、不思議そうに首を傾げている。


そして、昨夜の記憶が鮮明に蘇る。


「ちょ、ちょっと、暑いなってだけ」


  私はというとルビーの言葉に思わず挙動不審な対応を取ってしまう。


(ダイエットしとくんだった……)


 心の中でそっとため息をつく。

 自分の身の安全のためライトの婚約者となると決めた私は王都の外れにあるライトの家に住むことになった。それも了承済みだ。見知らぬ世界で一人で暮らすなど出来るわけがない。


(でも、冷静に考えると、一つ屋根の下にいい年頃の男女が住むだなんて……)

 
あのときは命に関わることだから、そう言ったけれど、後になってみるととんでもない決断をしたと思う。


(契約とは言え、一つ屋根の下。……駄目だ。あまり深く考えないでおこう)

 
婚約者という契約関係を結んだ私たちは、彼の家に戻ることになった。あの湖には馬に乗ってきたと言うことで馬を繋いでいる場所まで戻ることになったのだが、あの時の私は完全に腰が抜けていてまともに歩けなかった。そして、私は魔法が効かないため瞬間移動の魔法も使えないと来た。

とどのつまりどう言うことになったのかと言うと、ライトが私を抱えて馬を繋いでいる場所まで歩いて連れて行ってくれたのだ。軽々と抱えて颯爽と歩くライトの首に手を回したのはいいけれど、自分でもいうのもなんだが心臓の音がうるさくて……。


(お姫様抱っことか小さい頃父親がやってくれた以外で初めてされたし……。絶対重たい女だと思われたよ)


おまけに馬も私を前に座らせた。そして、自らはその後ろで手綱を取るもんんだから、彼が綱を引くたびに彼の体温と、逞しい胸板の感触に緊張してしまったのである。
長い道のりを経て彼の家に着いた頃には辺りは夜が明けようとしていた。
そして、彼の家の客室に通され、申し訳なさそうに『俺の服しかないんだが……』と差し出してきたシャツをありがたく借りて、びしょ濡れになっていた服から着替えて、そのまま寝てしまった。


(は!朝から城で会議だということは全然寝てないんじゃ……)

(っていうか、これ、冷静に考えてみると彼シャツというものでは……!)


 あの時は濡れて気持ちの悪い服を早く脱ぎたくて、彼から受け取ったシャツを身に纏ったのだけれども、何だかイケナイことをしているような気分になる。袖から除く自分の腕がやけに小さく見える。


(と、とにかく平常心よ、平常心!他意はないのよ!ライトは親切でやっていることなんだから!)


 そんなことをあれやこれやと考える私を


「イチカ、悪いものでも食べたのか?赤くなったり、青くなったり……」


ルビーは怪しいものでも見るように見てから


「お腹が空いたぞ、イチカ……」


ぐるるととお腹を鳴らした。壁にかかっている時計を見れば、お昼の時間を過ぎようとしていた。



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