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2章
とある同居ドールの思い出01
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♢ ♢ ♢
俺が初めて仕えたマスターは齢42の売れない画家の男だった。かつて身分違いにも、とある上流貴族の娘に恋をしたというその男の恋は、結局娘の両親に引き裂かれる形で幕を下ろしたという。それから年十年も彼女のことを忘れられず、いわゆる世捨て人というような生活を送っていた。
『月明かりに照らしたのが、契約だったのかい。初めて出会ったのが俺なんて、“お前”はついてないよ』
初めて言葉を交わしたとき、彼が自嘲気味に笑ったのは今でも覚えている。
『俺に安らぎを与えるのが仕事ねぇ。それは難儀なことだよ』
火のついたキセルを縁側で吹かせながら、筆を執るのが彼の日課だった。
『“お前”と出会って10年も経つのに、“お前”は変わらないね』
流行りの病で床に伏せていた彼の枕元に座ると眩しいものでも見るように彼は俺を見ていた。
『一人っきりの寂しい人生だと思っていた。最後の最期で、“お前”が一緒にいてくれてよかったよ』
彼は亡くなる直前そう語り、満足そうに笑って俺の目の前で息を引き取った。
♢ ♢ ♢
次に俺が仕えたのは余命いくばくもない17の娘だった。生まれつき体が弱かったその娘は両親に田舎にある親戚の屋敷に預けられた。養生費として毎月お金を支払っていたが、当の親戚はその娘を屋敷の離れに隔離し、その娘は自分のわずかな余命を悟りながら生きていた。
『人形が動くんですね。驚きましたわ』
初めて話した日、そう言いながらもどこか嬉しそうに微笑む彼女は陶器のように白い肌をしていた。
『やりたいこと、やり残したこと、たくさんあります。けれど、天命なんですよ。人はいつか死ぬ。それがこの世の真理ですから』
窓辺に置いた椅子に座り、窓から入ってくる太陽の光が床に反射しているのを憂いを帯びた表情を浮かべて見ていたのが何よりも印象的だった。
『後悔はないですよ。“貴方”が話し相手になってくれたおかげで、心休まる時間を送ることができたのですから。ありがとうございます』
病床の上、以前よりも増して肌白い手を俺の手の上に重ね彼女はゆっくりと目を閉じた。
♢ ♢ ♢
それからどれほどの月日が経ったのだろう。
数えきれない歳月の中で、俺は多くのマスターたちに出会った。
どのマスターも過ごした日々は何事にも代えられない幸せな時間だった。
でも、同時に自分の無力さを思い知った。
多くのマスターに仕え、安らぎを与えようが、人の命は限りある。
俺たちの命は終わりはないけれど、マスターたちの命はいつか終わってしまう。
出会いがあれば、別れは必然。
マスターに安らぎを与えるのが俺の……『同居ドール』の存在意義だ。
だからこそ、俺は仕えたマスターたちに精一杯安らぎを与えるためにできる限りのことをやろうと決めた。
そんなとき、俺は“彼女”に出会った。
今まで多くのマスターに仕えていたけれど、彼女は今までのマスターとは何かが違っていた。
俺が初めて仕えたマスターは齢42の売れない画家の男だった。かつて身分違いにも、とある上流貴族の娘に恋をしたというその男の恋は、結局娘の両親に引き裂かれる形で幕を下ろしたという。それから年十年も彼女のことを忘れられず、いわゆる世捨て人というような生活を送っていた。
『月明かりに照らしたのが、契約だったのかい。初めて出会ったのが俺なんて、“お前”はついてないよ』
初めて言葉を交わしたとき、彼が自嘲気味に笑ったのは今でも覚えている。
『俺に安らぎを与えるのが仕事ねぇ。それは難儀なことだよ』
火のついたキセルを縁側で吹かせながら、筆を執るのが彼の日課だった。
『“お前”と出会って10年も経つのに、“お前”は変わらないね』
流行りの病で床に伏せていた彼の枕元に座ると眩しいものでも見るように彼は俺を見ていた。
『一人っきりの寂しい人生だと思っていた。最後の最期で、“お前”が一緒にいてくれてよかったよ』
彼は亡くなる直前そう語り、満足そうに笑って俺の目の前で息を引き取った。
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次に俺が仕えたのは余命いくばくもない17の娘だった。生まれつき体が弱かったその娘は両親に田舎にある親戚の屋敷に預けられた。養生費として毎月お金を支払っていたが、当の親戚はその娘を屋敷の離れに隔離し、その娘は自分のわずかな余命を悟りながら生きていた。
『人形が動くんですね。驚きましたわ』
初めて話した日、そう言いながらもどこか嬉しそうに微笑む彼女は陶器のように白い肌をしていた。
『やりたいこと、やり残したこと、たくさんあります。けれど、天命なんですよ。人はいつか死ぬ。それがこの世の真理ですから』
窓辺に置いた椅子に座り、窓から入ってくる太陽の光が床に反射しているのを憂いを帯びた表情を浮かべて見ていたのが何よりも印象的だった。
『後悔はないですよ。“貴方”が話し相手になってくれたおかげで、心休まる時間を送ることができたのですから。ありがとうございます』
病床の上、以前よりも増して肌白い手を俺の手の上に重ね彼女はゆっくりと目を閉じた。
♢ ♢ ♢
それからどれほどの月日が経ったのだろう。
数えきれない歳月の中で、俺は多くのマスターたちに出会った。
どのマスターも過ごした日々は何事にも代えられない幸せな時間だった。
でも、同時に自分の無力さを思い知った。
多くのマスターに仕え、安らぎを与えようが、人の命は限りある。
俺たちの命は終わりはないけれど、マスターたちの命はいつか終わってしまう。
出会いがあれば、別れは必然。
マスターに安らぎを与えるのが俺の……『同居ドール』の存在意義だ。
だからこそ、俺は仕えたマスターたちに精一杯安らぎを与えるためにできる限りのことをやろうと決めた。
そんなとき、俺は“彼女”に出会った。
今まで多くのマスターに仕えていたけれど、彼女は今までのマスターとは何かが違っていた。
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