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第五話 その一線は越えられない
Chapter13
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―怜二―
「…最悪。」
鏡の前でため息をつく。首筋に大きな赤い鬱血の痕。これじゃ、誰がどう見ても。
救急箱を探り、いつ買ったのか思い出せないような古い湿布を取り出す。もう一度鏡の前に戻って、どうにか隠れるように貼ってみる。
肌色だから目立たないかと思ったが、やけに不自然だった。
「まあええか、ネクタイ締めたら分からんやろ…。」
独りごちて、寝間着のスウェットを脱ぐ。クローゼットからシャツを出し、スーツに着替えて姿見の前に立ってみた。
ネクタイを何度も締め直してみるが、どうにも湿布がはみ出る。
「はあ…。」
ため息が止まらない。これも全部、昨日急に押し掛けてきた、あの馬鹿のせいだ。
あの馬鹿―しばらく連絡を取っていなかった、”元”恋人。
こっちはとっくに終わったつもりでいたのに、向こうは違ったらしい。
連絡していなかった言い訳をだらだら並べ立て、俺が別れたいと言うと、露骨に不満げな顔をされた。背後に誰かがいる気配がしていたから部屋で話をしようとしたけれど、急に強引にキスされて。俺も俺で何だかどうでも良くなってしまって、ついそのまま部屋に上げ、寝てしまった。
けれど―事が済んで相手がシャワーを浴びている時、急にスマホが鳴り出した。
自分のスマホの着信音とは明かに違ったから無視していたが、あんまり何度もしつこく鳴るので気になって、ベッド脇に放置されていた”元”恋人のスマホ画面を見てしまった。画面に表示されていたのは、知らない女の名前だった。
それだけだったら何も思わなかったが、着信音が鳴りやんだ後に表示された待ち受け画面の写真を見て―さすがに真顔になった。
”元”恋人と、知らない女性。女性の腕には、生まれたばかりの赤ん坊が大切そうに抱かれていた。
会社の駐車場に車を止め、降りる前にバックミラーで首元を確認する。
やはりはみ出たままの湿布をどうにか隠そうと襟元を引き上げてみるが、どうしても見えてしまうので諦めて車を降りた。
脱いで助手席に置いていたトレンチコートを羽織り、マフラーを巻く。外はこれでごまかせるが、社内に一歩足を踏み入れればしっかり暖房が効いているだろう。
地下駐車場の階段を上り外へ出ると、一気に冷たい風が吹き付けてきた。
「寒…っ」
思わずマフラーを鼻先まで引き上げる。季節はすっかり冬らしくなり、通りをよく見れば街路樹にはイルミネーション用の電球が飾り付けられていた。
クリスマスまで、もう少しやな。…独り身には、あまり関係ないイベントやけど。
心の中で独りごちて、自嘲気味な苦笑が漏れる。
そもそも、恋人同士らしいイベント事を楽しめるような付き合いなんて、何年もしていないくせに。
マフラーを締め直すと、首元に貼った湿布が存在感を主張してきた。…そう。どうせ付き合ったって、こんな風に、いつもカラダを求められるだけで。
「…おはようございます。」
「あ、おはよ三浦…。」
返事をしながら振り返ると、駅から歩いて来たらしい三浦の鼻先は、ほんのり赤くなっていた。
「今日、寒いよな。鼻真っ赤やで。」
「…佐伯さんは暖かそうですね。マフラーそんなにしっかり巻いて。車なのに。」
「え?!ああ…今日寒そうやったでなあ。」
意味も無くマフラーの結び目を触る。
「早よ入ろ、風邪ひくわ。」
「あ…はい。」
促し、会社の入り口のガラス戸を開ける。エントランスに入ると、思った通り強めに暖房が効いていた。
「温度差がすごいな。」
三浦と並んでエレベーターを待ちながら、無意識にマフラーをほどいて手に持ってしまった。
「どうかしたんすか、首。」
目敏く指摘され、咄嗟に湿布を隠すように手を置く。
「こ…これか?ちょっと、寝違えたんかな。」
誤魔化すように首を傾けてみる。三浦は訝し気に目を細めた。
「寝違えて、そんなに首動きます?」
「…。」
どう言い訳したものか迷っているうちに、エレベーターの戸が開いた。
それ以上触れられたくなかったので、三浦には何も答えずにエレベーターに乗り込む。他にも何人か乗ってきたので、詰めるふりをしてさりげなく、三浦から湿布を貼った首元が見えない位置に移動した。
営業フロアのある階に着き、エレベーターから降りる。
「佐伯さん。」
「ん?何。」
「ちょっと…。」
呼び止められ、何故か人気のない片隅に連れていかれる。
「どうかしたん?」
「これ…」
三浦が差し出してきたのは、白地に雪の結晶が描かれた小ぶりの紙袋だった。
「何?これ。」
「昨日渡したかったんだけど、佐伯さん帰っちゃってたから。お弁当のお礼です。」
「おお!ありがと。何やろ…」
中を覗くと、ガラスのケースに色とりどりのビー玉のようなものが入っているのが見えた。
「キャンディです。」
「へえ!ありがとな、大事に食べるわ。」
「…。」
「どうした?」
何か言いたそうな表情の三浦の顔を覗き込む。
途端に、目を逸らされた。
「何でもないです。朝礼始まるし、行きましょうか。」
「あ、うん…。」
先に歩いて行ってしまう三浦を追って、自分のデスクに向かった。
「…最悪。」
鏡の前でため息をつく。首筋に大きな赤い鬱血の痕。これじゃ、誰がどう見ても。
救急箱を探り、いつ買ったのか思い出せないような古い湿布を取り出す。もう一度鏡の前に戻って、どうにか隠れるように貼ってみる。
肌色だから目立たないかと思ったが、やけに不自然だった。
「まあええか、ネクタイ締めたら分からんやろ…。」
独りごちて、寝間着のスウェットを脱ぐ。クローゼットからシャツを出し、スーツに着替えて姿見の前に立ってみた。
ネクタイを何度も締め直してみるが、どうにも湿布がはみ出る。
「はあ…。」
ため息が止まらない。これも全部、昨日急に押し掛けてきた、あの馬鹿のせいだ。
あの馬鹿―しばらく連絡を取っていなかった、”元”恋人。
こっちはとっくに終わったつもりでいたのに、向こうは違ったらしい。
連絡していなかった言い訳をだらだら並べ立て、俺が別れたいと言うと、露骨に不満げな顔をされた。背後に誰かがいる気配がしていたから部屋で話をしようとしたけれど、急に強引にキスされて。俺も俺で何だかどうでも良くなってしまって、ついそのまま部屋に上げ、寝てしまった。
けれど―事が済んで相手がシャワーを浴びている時、急にスマホが鳴り出した。
自分のスマホの着信音とは明かに違ったから無視していたが、あんまり何度もしつこく鳴るので気になって、ベッド脇に放置されていた”元”恋人のスマホ画面を見てしまった。画面に表示されていたのは、知らない女の名前だった。
それだけだったら何も思わなかったが、着信音が鳴りやんだ後に表示された待ち受け画面の写真を見て―さすがに真顔になった。
”元”恋人と、知らない女性。女性の腕には、生まれたばかりの赤ん坊が大切そうに抱かれていた。
会社の駐車場に車を止め、降りる前にバックミラーで首元を確認する。
やはりはみ出たままの湿布をどうにか隠そうと襟元を引き上げてみるが、どうしても見えてしまうので諦めて車を降りた。
脱いで助手席に置いていたトレンチコートを羽織り、マフラーを巻く。外はこれでごまかせるが、社内に一歩足を踏み入れればしっかり暖房が効いているだろう。
地下駐車場の階段を上り外へ出ると、一気に冷たい風が吹き付けてきた。
「寒…っ」
思わずマフラーを鼻先まで引き上げる。季節はすっかり冬らしくなり、通りをよく見れば街路樹にはイルミネーション用の電球が飾り付けられていた。
クリスマスまで、もう少しやな。…独り身には、あまり関係ないイベントやけど。
心の中で独りごちて、自嘲気味な苦笑が漏れる。
そもそも、恋人同士らしいイベント事を楽しめるような付き合いなんて、何年もしていないくせに。
マフラーを締め直すと、首元に貼った湿布が存在感を主張してきた。…そう。どうせ付き合ったって、こんな風に、いつもカラダを求められるだけで。
「…おはようございます。」
「あ、おはよ三浦…。」
返事をしながら振り返ると、駅から歩いて来たらしい三浦の鼻先は、ほんのり赤くなっていた。
「今日、寒いよな。鼻真っ赤やで。」
「…佐伯さんは暖かそうですね。マフラーそんなにしっかり巻いて。車なのに。」
「え?!ああ…今日寒そうやったでなあ。」
意味も無くマフラーの結び目を触る。
「早よ入ろ、風邪ひくわ。」
「あ…はい。」
促し、会社の入り口のガラス戸を開ける。エントランスに入ると、思った通り強めに暖房が効いていた。
「温度差がすごいな。」
三浦と並んでエレベーターを待ちながら、無意識にマフラーをほどいて手に持ってしまった。
「どうかしたんすか、首。」
目敏く指摘され、咄嗟に湿布を隠すように手を置く。
「こ…これか?ちょっと、寝違えたんかな。」
誤魔化すように首を傾けてみる。三浦は訝し気に目を細めた。
「寝違えて、そんなに首動きます?」
「…。」
どう言い訳したものか迷っているうちに、エレベーターの戸が開いた。
それ以上触れられたくなかったので、三浦には何も答えずにエレベーターに乗り込む。他にも何人か乗ってきたので、詰めるふりをしてさりげなく、三浦から湿布を貼った首元が見えない位置に移動した。
営業フロアのある階に着き、エレベーターから降りる。
「佐伯さん。」
「ん?何。」
「ちょっと…。」
呼び止められ、何故か人気のない片隅に連れていかれる。
「どうかしたん?」
「これ…」
三浦が差し出してきたのは、白地に雪の結晶が描かれた小ぶりの紙袋だった。
「何?これ。」
「昨日渡したかったんだけど、佐伯さん帰っちゃってたから。お弁当のお礼です。」
「おお!ありがと。何やろ…」
中を覗くと、ガラスのケースに色とりどりのビー玉のようなものが入っているのが見えた。
「キャンディです。」
「へえ!ありがとな、大事に食べるわ。」
「…。」
「どうした?」
何か言いたそうな表情の三浦の顔を覗き込む。
途端に、目を逸らされた。
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「あ、うん…。」
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