想いの名残は淡雪に溶けて

叶けい

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第五話 その一線は越えられない

Chapter14

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―匠海―
朝礼が済んだタイミングで、何故か佐伯さんと二人で部長の席まで呼ばれた。
また何かやらかしたっけ、と考えを巡らせていると、部長が資料の入った茶封筒を差し出してきたので受け取る。
「来週末、急な話だが佐伯と二人で京都まで出張に行ってもらうから。」
「はい。」
「泊りがけで…あー、二日目は大阪支社で三浦は研修を受けて。佐伯は…」
部長は言葉を切ると、ちらりと佐伯さんを何故か見た。
「…三浦、あとで色々教えるわ。先に席戻って仕事しとって。」
佐伯さんに小声で言われ、え、と顔を見ると、軽く腕を押された。
「ええから。」
「はい…。」
部長を見ると無言で頷かれたので、仕方なく自分の席に戻って茶封筒を置いた。
席に着き、肩越しに部長と話している佐伯さんの姿を見る。遠くて、何を話しているのか全く分からない。
「すごいなぁ、初出張だね。」
向かいの席からひょっこり顔を出して、名木ちゃんが話しかけてくる。
「どうだったか教えてね、俺まだ経験ないからさ。」
「うん…。」
曖昧に頷く。朝一でどこか出かける予定でもあるのか、鞄を持った渡辺さんが、にやにやしながら名木ちゃんの席に近づく。
「何、名木ちゃん。出張行きたいの?俺がいつでも連れてってやるよ、どこ行きたい?」
「ちょ、渡辺さん。そんな旅行行くみたいに…。」
「半分そんなもんじゃん。取引先の接待とかだるいけど、泊まりなんだろ?…にしても。」
俺が机に置いた茶封筒から勝手に指示書を取り出すと、渡辺さんは小さく眉をひそめた。
「佐伯と、京都にねえ…。なんか意味深だよなー…。」
「え?それって、どういう…。」
渡辺さんは部長とまだ話し込んでいる佐伯さんを横目で見遣ると、指示書を元通り茶封筒にしまった。
「ま、しっかりやって来いよ。」
軽く俺の肩を叩き、渡辺さんは外回りに出て行った。
改めて、茶封筒の中身を取り出す。京都にある取引先のパンフレットや会社の情報が書かれた資料と、大阪で受ける研修の案内が入っている。
取引先の社名に見覚えがある。よく佐伯さんが電話をかけているところだ。もしかして、担当の引継ぎだろうか。
『―なんか意味深だよな』
渡辺さんが言っていたことが引っかかる。…まさか。
「中身確認したか?」
急に後ろから声をかけられて慌てて振り返る。
「あの、佐伯さん。」
「何や?」
小首を傾げる佐伯さんを、座ったまま見上げる。
「まさか、辞めるとかじゃないですよね。」
えっ、と、向かいの席から名木ちゃんが驚いた声を上げる。
「そうなんですか、佐伯さんっ?」
「何を言い出すんよ、そんな事誰が言ったん?」
目を丸くする佐伯さんの様子を見て、どうやら違うらしいと分かり、ひとまず安心する。
「いや、急に出張行けとか言われるし、それに」
周囲を気にし、声を潜める。
「…部長と、何話してたんですか。」
「…何も、別に。」
気まずそうに目を逸らされた。
「え、佐伯さん?」
「とにかく、辞めるとかやないから。余計な事気にせんと、取り敢えず…。」
遮るように、佐伯さん内線です、と事務の女性から声がかかる。
「はい。…出張の打ち合わせ、後でしよ。」
「…分かりました。」
自分の席に戻って電話を取る佐伯さんを見ながら、喉の奥に小骨が刺さった様な違和感が頭から消えなかった。
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