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ペールブルーアイズパートⅡ
ペールブルーアイズ
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十一
小さな町のかなり古びた駅に列車が到着すると、小さな町が一応首都圏近郊と言う枠組みに収まっている所為かそれなりの数の乗客が降りて来る。そして、ホームを歩く乗客はみんな何か決まった物があるかの様に同じ様な速さで歩いている。その中に少しだけゆったりと歩いている所為もあるが、他とは違っていて際立って見える黒っぽい人影かある。乗客が階段を上がり出すと黒っぽい人影の後ろ姿がはっきりと確認出来て黒いスカートを纏っている事が判る。女性で、それも恐らくかなり若い女性だとその後ろ姿は思わせるが、その後ろ姿は妙な位の存在感を感じさせてもいる。黒っぽい女は階段を下って改札を出てから、こじんまりとした駅前に出て立ちどまる。
そして、久し振りだったからそうしたのかそれを確かめる為にそうしたかは判り様がないが、黒っぽい女が生まれた町の空気を吸った事は間違いないし、その後ろ姿はそれが間違いなく美味しくなかったと言う事を物語っていた。それだけ黒っぽい女の後ろ姿は何かを語っていた。
十二
小さな町の一角に、竹内の実家であるこじんまりとした家が立っている。その玄関の前には黒っぽい女の真っ直ぐに立っている後姿があるが、それは来るべき所にやって来て立つべき所に立っている事を表わしていた。黒っぽい女がこの家を訪れるのは勿論初めてではない。幼い頃からの親友と言うよりそれ以上の存在である竹内の家には数え切れない程訪れていて、黒っぽい女には目の前のこじんまりとした家が作る見慣れた景色が何も変わっていない事も見て取れる。なのに、自分と竹内と関わる人が作る小さな世界はすっかり変わって仕舞っている。
そんな世界で黒っぽい女の後ろ姿は、何も変わっていないこじんまりとした景色を不思議な物の様に見ている感じも受けるが、それよりどんな判断も拒んでいる様に感じさせられる。
それだけ黒っぽい女の後ろ姿は、何かを語っている。
玄関が開いて竹内の母である有里子か顔を出すと、黒っぽい後ろ姿が頭を下げて、有里子の驚いた様な顔が来るべき人がやっと現われたと言う様な嬉しそうな顔に変わるのを見せてくれる。
十三
飛鳥文化共生女子大の女子大らしい小奇麗なカフェテリアも似合っているが、それ以上に付属校の制服姿が好く似合っている白間と太田がそこのテーブルに着いている。その二人に作り笑顔の本山と小山田が向き合って座っていて、其々の前にはドリンクが置かれているが白間と太田の前には其々チョコレートとイチゴのケーキも置かれている。話はそれなりに上手く進んでいる様で、それがケーキの所為か持ち掛けられた話による物なのかは判断し辛いが何処となく笑顔の白間と太田に、本山が更に話を続ける。
「取り敢えず、オーディション受けるだけ受けてみてよ」
「全然、構わないですよ」と白間が答えると
「アイドル、成ってみたかったです」と太田が上ずった様な声で続いて来る。
「絶対、いけると思うで」と小田山が言うと、太田を一回見てから
「アイドルに、本当に成れゆうとる訳やないけどな」と呟く様に言う本山。
「本気が大事、大事」と太田をフォローしてから、本山を一瞥する小山田。
本山はそれに胡散臭そうな顔をするだけで、言葉までは返して来ない。
十四
手を合わしている黒っぽい女、島本春香の閉じられていた目が開く。その目は仄かに青い。
そして、美しい。
黒っぽい女をかなり若い女だと推定したのは、間違いでは無いものの正解とは言い難かった。島本が、半分位はまだ少女と言った方が好かったからだ。只、後ろ姿は少女から程遠かった。大人っぽく見えた訳ではない。全く少女に見えなかったと言う事だ。少女にしてはと言うより人として孤独感が在り過ぎたし、妙な位の存在感は少女にはそぐわなかった。
それは島本が十七歳の女子高生にしては、悲し過ぎたと言う事を表わしているとしか言い様が無い。後ろ姿から受けた印象と寸分違わぬ印象を与えてくれている事も事実だった。
お茶を持って来た有里子が竹内の家の仏壇の前に座っているその島本の前にそれを置く。
島本が少し頭を下げると、その横に座った有里子が。
「美侑まだ帰って来てないんですよ、司法解剖されるそうで―」と口を開く。
「警察も自殺だと思ってないと言う事ですよね」
「それは―判らないですけど―」
そう言う有里子を確りと見つめて、言わないといけない事を言い始める島本。
「お母さんに謝らないといけないんです」
勿論意味の判らないその言葉に、只島本を見つめ返しているだけと言う様な有里子。その有里子に島本は更に言葉を続ける。
「美侑からメールが来たんです。もううんざり、春香の言う通りだわあの瑠璃華って女、手下も最悪。久し振りに逢って話がしたいの、愚痴る訳じゃないけど気になる事があるの、明日駄目。って言う様なメールだったんですけど、兄の病院に行く日だったんで断わっちゃったんです。丁度、二週間前位ですけど―」
「謝る事じゃないです。春香さんが行かないと誰がお兄さんの所に行くんですか」
と言う有里子の言葉に返す言葉のない島本。他に言葉がないかと探っている様な島本を助ける様に
「お互いに、寂しくなりましたね」と言葉を続ける有里子。その言葉にやっとと言うか何とかと言うか、他に言葉を探し当てた島本が
「あたしにはよねがいますから」と言って少し笑う。笑顔を見せて
「そうでしたね、すっかり御無沙汰してて―」と言う有里子の言葉を遮る様に、自分の考えを言葉にする島本。
「美侑は自殺じゃないです、お母さん一人残して絶対自殺なんてしないです。事故何て言うのも有り得ないし―」
「私も全く自殺だと思っていませんし、海とは何の縁もない美侑が海で事故死何て―」
「真実を突き止めようと思っています」
その言葉の真意を掴みかねて、仄かに青い目を見つめるかの様に島本を見つめる有里子。
「それが美侑に出来る最後の事だと思うので―」
「でも、どうやって―」
「考えがあります。全てを賭ける積りです」
と言う島本の強度を内包した声に、尋常でないものを感じた有里子は
「春香さん―」と言うが、島本の強い意志が宿った顔に言葉が続かなくなる。
どんな考えなのか聞かないといけないと思ったし危険な香りも感じたのでそうであれば止めないととも思ったが、
娘の一番の友達であり自分にとってもそれ以上存在でもある春香のその強くて何か決意を示した言葉は重く響いて自分の力では変えれないと感じたのも間違いのない事実だった。有里子はそれでも
「春香さん、お気持ちだけで―」と形だけの言葉を口にしたが、それ以上言葉は続かなかった。それに続く言葉は既に有里子の中に存在していなかった。
美侑への真っ直ぐな気持ち、仮にそれが真っ直ぐ過ぎるとしても自分がそれを曲げるのは馬鹿げていると感じさせる春香の気持が伝わって来ていた。一人の大人としての分別を考える時間より、どんな考えであれ島本がそれを突き通してくれればいいと思う時間がどんどん長くなっていった。すると、それを察したかの様に島本が
「美侑との友情はずっと続きます、永遠に」と余りにすんなりと言う言葉が、すんなりと有里子の中に入って来て、有里子の目から涙を一粒零れ落ちさせていく。
十五
女子大のカフェテリアで本山と小田山と制服姿の白間と太田が囲んでいるテーブルに、渋沢が同じ制服姿の萌木と北山を連れて来る。その二人に空いている席を促して
「まあ、座ってよ」と言ってから、本山に
「連れて来ましたよ、合格候補を」と言う渋沢。
「よく来てくれたな、万が一受かっても普通にアイドルやってくれればええだけやから」
と本山が言うと、小田山が
「万が一は無いよな、五か六はあるで」と続いて来る。
笑えない冗談に愛想笑いもない制服姿の四人に、渋沢が
「オバサン連中が口が悪いのは、まあ当たり前やから気にせんといて」と言って場を和ます。
白間と太田と北山は笑顔を見せるが、萌木は無愛想なままである。
「勿論受かってくれた方がええんやけど、駄目なら駄目で好いから」
と言う本山の言葉には、一応頷く白間と太田と北山だが、萌木は全く無視と言う様である。
十六
島本の実家である大きな屋敷の立派な大きな門の横手に在る通用口の前に無表情な顔の島本が立っている。
久し振りに実家に戻って来た島本であるが、その無表情な顔は大きな屋敷の中の記憶が今はもう悲しい物でしかない事を物語っている様に見えた。
すると通用口の戸が開いてよねが顔を見せると、島本に表情が戻って来る。
そして、驚いた顔のよねに笑顔を見せる事が出来る島本になっている。
十七
都内の竹内が住んでいたごく普通のマンションの廊下を、管理人と荒波署の刑事である新山と山田と柚木を含む鑑識員達が歩いている。竹内の部屋の前に来ると、管理人が
「此処です」と言ってドアに鍵を差してそれを開ける。
中へ入って行く新山と山田と柚木と他の鑑識員達。
十八
実家の大きな屋敷の縁側では、島本とよねが並んでお茶を飲んでいる。
そのよねが、どちらかと言うと嬉しそうな顔で
「吃驚しました―」と言うと
「よねの驚いた顔がみたかったの」と返す島本である。
「お嬢様は本当に人が御悪い所がおありになる」
「ちょっと驚ろかすぐらいで人悪い」
「それはお嬢様がよねがお嬢様の顔を見れるのがどれだけ嬉しいか判って居られないからです」とよねにきっばりと言われて少し口を膨らました島本が、反論と言うより正直な気持ちと言った方が好いかも知れない言葉を吐く。
「そお―だったら帰って来ようか、あんな高校辞めてこっちに転校すればいいんだから」
その言葉に、更にきっぱりと
「それは駄目です。お嬢様が東京の名門校に進学されるのを決めたのは旦那様と奥様ですから、守らないと」
と言うよねに、笑顔になって
「守った方がいい」と優しく言う島本。
「勿論です」と再びきっぱり言ってから、声を押さえて
「お兄様の御具合は、如何ですか」と問うて来るよね。
「変わらない」と言う島本からは笑顔が消えている。
判っていた答えだが、返す言葉か出ないよねに
「お葬式があるんだけど、母の喪服で行きたいの」と告げる島本
誰の御葬式で何処であるのかと思うよねだが、詮索するのは自分の仕事ではないので
「ご用意して置きますけど」と伝えるだけのよねである。
「お願い」
と言う島本に頷くよねだが、その顔は詮索したいと言うか、もっといろいろ詳しく話して欲しいと言う気持ちが表れている様である。
十九
マンションの竹内の部屋の風呂場では、柚木と他に二人の鑑識が鑑識作業を行っていて、浴槽の残っている水を汲み取ったりタイルの上の指紋や足跡などを採取したりしている。
新山と山田は部屋の方を調べている様だが、調べているのは新山だけで山田の方はJPBイレブンが何か賞を取った時のメンバーの写真が入っているスタンド式の額を手に取って眺めている。その山田が
「こんな可愛い子の土佐衛門はないよな、処で誰かな、浮かんで来たのは―」
と恍けた言葉を吐くと、山田の方をチェストの中を探る手を止めて一応チラッとは見る新山である。
「爺になると見分けが付かなくなるのよ。ホント、歳は取りたくないわ」
と山田が続けるので、仕方なく山田の方に寄っていって瑠璃華の後に立っている竹内を指差す新山。
「この子ねぇ、何処で溺死させられたのかね」とその竹内を見つめて呟く山田。
「まだ殺人事件にはなって無いですけどね」
「海に浮かんで来たのに胃の中は真水で一杯だったなんて、殺人事件でしょ」
「ええ、でも胃の中の水が水道水じゃないって事なんでどんな水か特定出来れば大きな手掛かりになるかも知れないですね」
「風呂場じゃないって事だろ。何時まで風呂場に居るの、鑑識さんは―」
「此処に手掛かりは無さそうですね。こんな可愛くて多分何の罪もない子を殺した奴、早く捕まえたいのは山々ですけど水だけですね、手掛かりは」その言葉に頷いてから
「まあ自殺でも事故でもなくなったんだから、一課の方々が御出ましになって解決してくれるんだろ」
と半分吐き捨てる様に言う山田。その山田にどちらかと言えば同意した様に頷いて
「殺人事件には変えずにこのまま風呂敷拡げたままで捜査するんですかね」と呟く新山。
「そうだろ、自殺だと言う報道が多く出て犯人安心してるかも知れねえから、変える必要ないって事なんだろ」
その言葉に、新山が一応頷くが、山田の方と言えば改めて額の写真を眺めている。そして
「やっぱりナンバーワンだな、真ん中が」と呟く山田。
その写真の中央には、当然の様にそこに立っている瑠璃華の姿がある。
二十
竹内の葬儀が行われている小さな町の寺院の門の前には、かなり数のマスコミと沢山のファンの姿がある。
門の中ではそれ程でもない参列者の、一様に悲痛と言うと大袈裟にかも知れないが其れが一番近いと思える厳しい顔がある。
その中に黒い着物姿の島本と黒いスーツの立川の顔もあるが、JPBのメンバーの顔は見る事が出来ない。
その中で表情が無いと言うか、その解釈を許さない島本の顔が際立っている。
その不思議な程強度を感じさせる顔は美しい。
葬儀が終わって寺院から出て来た霊柩車に、竹内のファンが群がって来て「美侑」と言う悲鳴にも似た声を上げる。その車に群がるファンの群れを引き剥がす警備員と、車に追い縋るファンの群れとの攻防は少しの間続くが、霊柩車は難なく直ぐに走り去って行く。
警備員が寺院の中に消えると立ち尽すファンの群れだけが残ってし仕舞うが、その中には怒りを露にした田中と有吉の顔がある。
二十一
探偵団の事務所の壁に掛けてあるダーツの的にダーツが突き刺さる。
その事務所では、本山と横田とダーツを持った森崎と制服姿の西野がテーブルを囲んでいる。テーブルの上には結構大型のテレビが置かれていて、CMを映しているが音は低く抑えられている。
「もう直ぐ来ると思います」と本山が横田に向かって言うと、西野が
「如何してあたしに声掛けてくれなかったんですか、アイドルなんてあたしが一番ピッタリでしょ」
と本山に向かって言う。本山は気持ちの無い
「あー、ちょっと忘れてたわ―」と言う言葉を、西野を見もしないで返すだけである。そして
「受かりそうなのに声掛けてんの」と言う森崎の言葉で西野は完全に否定される。
そうされた西野は、顰めた顔を膨れ面に変えて反撃のチャンスを窺うしかないと決めた様である。
「でもアイドルになるだけゆうても団員じゃないし、成れない高等部の子に仕事さすのは不味いな」
と横田が口を開くと、本山が
「小嶋さんのご提案なんですけど」と小嶋をを持ち出す。
「小嶋さん―まだまだなんか文句言い難いなあ―」
と小嶋を持ち出されて横田が決断しかねていると、副団長なら確り決断しろとばかりに再びダーツが的に刺さる。それが気に障ったのか
「ゆりあ、誰の許可得てそんなもん此処へ持ち込んだんや」と言う横田の声が森崎に飛ぶ。
「何事も副団長の許可が必要になったんですか」
と森崎にあっさり言われて怒り心頭の様子の横田だが、そう言うルールは探偵団には無いので言葉が続かない。
すると、チャンスが来たと思ったのか
「ゆりあさん、この前のもんじゃ御馳走様でした」
とゆりあが面白くない西野がちゃちを入れて来る。
何を今頃と言った様なゆりあに、西野が続ける。
「ゆりあさん、この前凄く美味しいってのをデラ旨いって言ってましたよね。それをパパに言ったんです、名古屋弁って面白いねって。そしたらパパに名古屋弁は、どえりゃあ旨いでよ、だよって言われたんですけど、どっちが正しいんですか」
「オヤジじゃあるまいし―」
と言う森崎に向かってふざけた顔を作って声のトーンも調子が出て来た様な西野が更に続ける。
「ゆりあさん、どえりゃあ旨いでよ、が合ってますよ」
「お前、舐めてんのか」と言って立ち上がる森崎。表情を怯えた物に変えて
「全然―」と言う西野だが、言うより先に逃げ出している。
その西野を捕まえ様とする森崎。しかし西野も狭い部屋を必死に逃げる。その二人に
「此処は遊び場やないで」と言う声を浴びせる横田。
西野を部屋の隅に追い詰める森崎。横田が
「いい加減―」と言うと、ドアが開いてマユと制服姿の白間と太田と萌木と北山が入って来る。
「如何してマユさんまで一緒なん」と白間に向かって言う本山。
「そこで出会ったんですけど―」と返す白間。
「ああ、久し振りに仕事が入ったって聞いたのと、護身用の催涙スプレーを多摩薬科大の連中と一緒に作ったの。至近距離で掛ければ一発で気絶するわよ」とマユが得意げに話すと、横田が
「まだ仕事になるかどうか判らへんけどな―」と言って制服姿の四人を見る。そしてマユに
「そんなもん作って大丈夫なんか」と言う横田。
「法的にですか―」
「結局、大丈夫なんですね」と本山が言うと
「仕方ないやろ、もう勝手に動き出しとんやから」
と横田が返す。すると本山が白間達四人を見て
「君達に掛かってますから、判ってる」と声を掛ける。
反応の薄い白間達四人に、既に横田の隣に座っているマユの向かい側を促して
「まあ、座って」と言う本山。四人が座ると改めてその四人を見て
「誰か受かる子、いてるかな」と否定的な言葉を吐く横田。その言葉に
「アイドルのオーディションぐらい何とかしますよ、任せといて下さい」と強気の白間に対して
「あたしはあんまり自信ないです。ダンスとか得意じゃないし―」と全く弱気な太田。
そんな太田から気を逸らす様に
「北山さんは如何かな」と本山が声を掛けると
「―分かりません」と気の無い返事の北山。
その北山に苦笑する面々だが萌木だけは憮然とした顔で立っている。入って来た時から、勿論その前からかも知れないが、憮然とした様な顔でいる萌木なので、声が掛からないのがその原因とは思えない。だが、何故かマユが勘違いしたのか気を使ったのか声を掛けて仕舞う。
「萌木ちゃんの自信の程は―」
「アイドルのオーディションの一つや二つ軽いしょ、でもあんなグループ好きでもないし何の興味も無いっすよ」
と返って来る萌木の言葉とその言い様に、人生最大は言い過ぎだとしても少なくない後悔をするマユだが、取り敢えず
「如何して―」と言って仕舞い、再び萌木の言葉を聞く事になる。
「あのセンターの瑠璃華って女、好きに為れないっす」
その萌木の言葉には流石に返す言葉がなく無言のマユであるが、横手の方から本山の
「何処が合格候補や、ホンマ渋沢は―」と言う本山のぼやき声が聞こえて来る。
呆れ顔の横田がその本山の方に顔を向けて来るが、本山は知らない振りである。それでも横田の視線が突き刺さって来るのを感じた様で、愚にも付かないと言うか、愚に着いて行くと言うか、兎に角打開策を講じる本山である。それは、部屋の隅の方で首を絞めている森崎と絞められている西野の方を見て
「何時までそんなとこで何やってんの」と声掛ける事である。その本山に呆れ顔を憮然とした物に変えた横田が
「誰も受からんかったら終わりなだけか」と呟く。一方、部屋の隅では
「子分になれば、許してやるわ」と森崎が首を強く絞めながら殆ど脅迫している。
「なんでー」と西野が応えた為に首は更に強く絞められる。すると
「成ります、成ります」と言う西野だが、その言葉にJPBの楽曲が小さく重なって来る。
それは、テレビがJPBのライブを映し出した為だが、そのテレビの方に自然と森崎と西野以外の目が引きつけられて行く。そこではJPBが見事な唄と踊りを見せていて、瑠璃華が中央で唄っている。その完璧なパーフォーマンスが本山の
「この子に色々良くない噂が流れてるゆうてもガセネタやと思いますよね」
と言う言葉を引き出す。すると、テレビは瑠璃華のアップになり、白間が
「完全無欠のアイドル、絶体王者ですか―」と少し笑って冷ややかに言うと、太田が
「すっごい憧れの的です」と素直に自分の気持ちを表現する。その太田の言葉より前の白間のそれに
「確かにそうやな―」と横田が言うと、隅の方から聞こえる
「センターの瑠璃華って、なんかマユさんに似てません」と言う声の方にみんなの目が向く。それは、まだ森崎の手が首に掛かったままの西野が発した物で、何故か茶目っ気のある笑顔をみんなに向けている。そんなもんを見ても仕方かないが、その言葉には引っ掛かった様でみんなの目がマユに移って行く。その視線にマユは
「先輩をからかうもんじゃないっつうの、こんな断トツ人気ナンバーワンのパーフェクトアイドルと言われてる子とあたしが似てる訳ないでしょ」
と言って、全く満更でもなさそうにメガネを弄る。そして、その顔が何かにやけた物になっていくと
「そろそろ昼休み終りやから、高等部の子は午後の授業に遅れない様にしてな」
と横田が声を上げる。それに午後の授業の始まりのチャイムの予備のチャイムの音が重なって来る。
その音に、高等部の生徒は直ぐに立ち上がって部屋出て行こうとするが、大学生の方はまちまちである。
テレビはまだJPBを映していて再び瑠璃華大きく捉えている。
それを見つめているのはもうマユだけである。
そのマユの耳にチャイムの向こう側から聞える筈のないメトロノームの様な音楽と何かの掛け声が聞こえて来る。
小さな町のかなり古びた駅に列車が到着すると、小さな町が一応首都圏近郊と言う枠組みに収まっている所為かそれなりの数の乗客が降りて来る。そして、ホームを歩く乗客はみんな何か決まった物があるかの様に同じ様な速さで歩いている。その中に少しだけゆったりと歩いている所為もあるが、他とは違っていて際立って見える黒っぽい人影かある。乗客が階段を上がり出すと黒っぽい人影の後ろ姿がはっきりと確認出来て黒いスカートを纏っている事が判る。女性で、それも恐らくかなり若い女性だとその後ろ姿は思わせるが、その後ろ姿は妙な位の存在感を感じさせてもいる。黒っぽい女は階段を下って改札を出てから、こじんまりとした駅前に出て立ちどまる。
そして、久し振りだったからそうしたのかそれを確かめる為にそうしたかは判り様がないが、黒っぽい女が生まれた町の空気を吸った事は間違いないし、その後ろ姿はそれが間違いなく美味しくなかったと言う事を物語っていた。それだけ黒っぽい女の後ろ姿は何かを語っていた。
十二
小さな町の一角に、竹内の実家であるこじんまりとした家が立っている。その玄関の前には黒っぽい女の真っ直ぐに立っている後姿があるが、それは来るべき所にやって来て立つべき所に立っている事を表わしていた。黒っぽい女がこの家を訪れるのは勿論初めてではない。幼い頃からの親友と言うよりそれ以上の存在である竹内の家には数え切れない程訪れていて、黒っぽい女には目の前のこじんまりとした家が作る見慣れた景色が何も変わっていない事も見て取れる。なのに、自分と竹内と関わる人が作る小さな世界はすっかり変わって仕舞っている。
そんな世界で黒っぽい女の後ろ姿は、何も変わっていないこじんまりとした景色を不思議な物の様に見ている感じも受けるが、それよりどんな判断も拒んでいる様に感じさせられる。
それだけ黒っぽい女の後ろ姿は、何かを語っている。
玄関が開いて竹内の母である有里子か顔を出すと、黒っぽい後ろ姿が頭を下げて、有里子の驚いた様な顔が来るべき人がやっと現われたと言う様な嬉しそうな顔に変わるのを見せてくれる。
十三
飛鳥文化共生女子大の女子大らしい小奇麗なカフェテリアも似合っているが、それ以上に付属校の制服姿が好く似合っている白間と太田がそこのテーブルに着いている。その二人に作り笑顔の本山と小山田が向き合って座っていて、其々の前にはドリンクが置かれているが白間と太田の前には其々チョコレートとイチゴのケーキも置かれている。話はそれなりに上手く進んでいる様で、それがケーキの所為か持ち掛けられた話による物なのかは判断し辛いが何処となく笑顔の白間と太田に、本山が更に話を続ける。
「取り敢えず、オーディション受けるだけ受けてみてよ」
「全然、構わないですよ」と白間が答えると
「アイドル、成ってみたかったです」と太田が上ずった様な声で続いて来る。
「絶対、いけると思うで」と小田山が言うと、太田を一回見てから
「アイドルに、本当に成れゆうとる訳やないけどな」と呟く様に言う本山。
「本気が大事、大事」と太田をフォローしてから、本山を一瞥する小山田。
本山はそれに胡散臭そうな顔をするだけで、言葉までは返して来ない。
十四
手を合わしている黒っぽい女、島本春香の閉じられていた目が開く。その目は仄かに青い。
そして、美しい。
黒っぽい女をかなり若い女だと推定したのは、間違いでは無いものの正解とは言い難かった。島本が、半分位はまだ少女と言った方が好かったからだ。只、後ろ姿は少女から程遠かった。大人っぽく見えた訳ではない。全く少女に見えなかったと言う事だ。少女にしてはと言うより人として孤独感が在り過ぎたし、妙な位の存在感は少女にはそぐわなかった。
それは島本が十七歳の女子高生にしては、悲し過ぎたと言う事を表わしているとしか言い様が無い。後ろ姿から受けた印象と寸分違わぬ印象を与えてくれている事も事実だった。
お茶を持って来た有里子が竹内の家の仏壇の前に座っているその島本の前にそれを置く。
島本が少し頭を下げると、その横に座った有里子が。
「美侑まだ帰って来てないんですよ、司法解剖されるそうで―」と口を開く。
「警察も自殺だと思ってないと言う事ですよね」
「それは―判らないですけど―」
そう言う有里子を確りと見つめて、言わないといけない事を言い始める島本。
「お母さんに謝らないといけないんです」
勿論意味の判らないその言葉に、只島本を見つめ返しているだけと言う様な有里子。その有里子に島本は更に言葉を続ける。
「美侑からメールが来たんです。もううんざり、春香の言う通りだわあの瑠璃華って女、手下も最悪。久し振りに逢って話がしたいの、愚痴る訳じゃないけど気になる事があるの、明日駄目。って言う様なメールだったんですけど、兄の病院に行く日だったんで断わっちゃったんです。丁度、二週間前位ですけど―」
「謝る事じゃないです。春香さんが行かないと誰がお兄さんの所に行くんですか」
と言う有里子の言葉に返す言葉のない島本。他に言葉がないかと探っている様な島本を助ける様に
「お互いに、寂しくなりましたね」と言葉を続ける有里子。その言葉にやっとと言うか何とかと言うか、他に言葉を探し当てた島本が
「あたしにはよねがいますから」と言って少し笑う。笑顔を見せて
「そうでしたね、すっかり御無沙汰してて―」と言う有里子の言葉を遮る様に、自分の考えを言葉にする島本。
「美侑は自殺じゃないです、お母さん一人残して絶対自殺なんてしないです。事故何て言うのも有り得ないし―」
「私も全く自殺だと思っていませんし、海とは何の縁もない美侑が海で事故死何て―」
「真実を突き止めようと思っています」
その言葉の真意を掴みかねて、仄かに青い目を見つめるかの様に島本を見つめる有里子。
「それが美侑に出来る最後の事だと思うので―」
「でも、どうやって―」
「考えがあります。全てを賭ける積りです」
と言う島本の強度を内包した声に、尋常でないものを感じた有里子は
「春香さん―」と言うが、島本の強い意志が宿った顔に言葉が続かなくなる。
どんな考えなのか聞かないといけないと思ったし危険な香りも感じたのでそうであれば止めないととも思ったが、
娘の一番の友達であり自分にとってもそれ以上存在でもある春香のその強くて何か決意を示した言葉は重く響いて自分の力では変えれないと感じたのも間違いのない事実だった。有里子はそれでも
「春香さん、お気持ちだけで―」と形だけの言葉を口にしたが、それ以上言葉は続かなかった。それに続く言葉は既に有里子の中に存在していなかった。
美侑への真っ直ぐな気持ち、仮にそれが真っ直ぐ過ぎるとしても自分がそれを曲げるのは馬鹿げていると感じさせる春香の気持が伝わって来ていた。一人の大人としての分別を考える時間より、どんな考えであれ島本がそれを突き通してくれればいいと思う時間がどんどん長くなっていった。すると、それを察したかの様に島本が
「美侑との友情はずっと続きます、永遠に」と余りにすんなりと言う言葉が、すんなりと有里子の中に入って来て、有里子の目から涙を一粒零れ落ちさせていく。
十五
女子大のカフェテリアで本山と小田山と制服姿の白間と太田が囲んでいるテーブルに、渋沢が同じ制服姿の萌木と北山を連れて来る。その二人に空いている席を促して
「まあ、座ってよ」と言ってから、本山に
「連れて来ましたよ、合格候補を」と言う渋沢。
「よく来てくれたな、万が一受かっても普通にアイドルやってくれればええだけやから」
と本山が言うと、小田山が
「万が一は無いよな、五か六はあるで」と続いて来る。
笑えない冗談に愛想笑いもない制服姿の四人に、渋沢が
「オバサン連中が口が悪いのは、まあ当たり前やから気にせんといて」と言って場を和ます。
白間と太田と北山は笑顔を見せるが、萌木は無愛想なままである。
「勿論受かってくれた方がええんやけど、駄目なら駄目で好いから」
と言う本山の言葉には、一応頷く白間と太田と北山だが、萌木は全く無視と言う様である。
十六
島本の実家である大きな屋敷の立派な大きな門の横手に在る通用口の前に無表情な顔の島本が立っている。
久し振りに実家に戻って来た島本であるが、その無表情な顔は大きな屋敷の中の記憶が今はもう悲しい物でしかない事を物語っている様に見えた。
すると通用口の戸が開いてよねが顔を見せると、島本に表情が戻って来る。
そして、驚いた顔のよねに笑顔を見せる事が出来る島本になっている。
十七
都内の竹内が住んでいたごく普通のマンションの廊下を、管理人と荒波署の刑事である新山と山田と柚木を含む鑑識員達が歩いている。竹内の部屋の前に来ると、管理人が
「此処です」と言ってドアに鍵を差してそれを開ける。
中へ入って行く新山と山田と柚木と他の鑑識員達。
十八
実家の大きな屋敷の縁側では、島本とよねが並んでお茶を飲んでいる。
そのよねが、どちらかと言うと嬉しそうな顔で
「吃驚しました―」と言うと
「よねの驚いた顔がみたかったの」と返す島本である。
「お嬢様は本当に人が御悪い所がおありになる」
「ちょっと驚ろかすぐらいで人悪い」
「それはお嬢様がよねがお嬢様の顔を見れるのがどれだけ嬉しいか判って居られないからです」とよねにきっばりと言われて少し口を膨らました島本が、反論と言うより正直な気持ちと言った方が好いかも知れない言葉を吐く。
「そお―だったら帰って来ようか、あんな高校辞めてこっちに転校すればいいんだから」
その言葉に、更にきっぱりと
「それは駄目です。お嬢様が東京の名門校に進学されるのを決めたのは旦那様と奥様ですから、守らないと」
と言うよねに、笑顔になって
「守った方がいい」と優しく言う島本。
「勿論です」と再びきっぱり言ってから、声を押さえて
「お兄様の御具合は、如何ですか」と問うて来るよね。
「変わらない」と言う島本からは笑顔が消えている。
判っていた答えだが、返す言葉か出ないよねに
「お葬式があるんだけど、母の喪服で行きたいの」と告げる島本
誰の御葬式で何処であるのかと思うよねだが、詮索するのは自分の仕事ではないので
「ご用意して置きますけど」と伝えるだけのよねである。
「お願い」
と言う島本に頷くよねだが、その顔は詮索したいと言うか、もっといろいろ詳しく話して欲しいと言う気持ちが表れている様である。
十九
マンションの竹内の部屋の風呂場では、柚木と他に二人の鑑識が鑑識作業を行っていて、浴槽の残っている水を汲み取ったりタイルの上の指紋や足跡などを採取したりしている。
新山と山田は部屋の方を調べている様だが、調べているのは新山だけで山田の方はJPBイレブンが何か賞を取った時のメンバーの写真が入っているスタンド式の額を手に取って眺めている。その山田が
「こんな可愛い子の土佐衛門はないよな、処で誰かな、浮かんで来たのは―」
と恍けた言葉を吐くと、山田の方をチェストの中を探る手を止めて一応チラッとは見る新山である。
「爺になると見分けが付かなくなるのよ。ホント、歳は取りたくないわ」
と山田が続けるので、仕方なく山田の方に寄っていって瑠璃華の後に立っている竹内を指差す新山。
「この子ねぇ、何処で溺死させられたのかね」とその竹内を見つめて呟く山田。
「まだ殺人事件にはなって無いですけどね」
「海に浮かんで来たのに胃の中は真水で一杯だったなんて、殺人事件でしょ」
「ええ、でも胃の中の水が水道水じゃないって事なんでどんな水か特定出来れば大きな手掛かりになるかも知れないですね」
「風呂場じゃないって事だろ。何時まで風呂場に居るの、鑑識さんは―」
「此処に手掛かりは無さそうですね。こんな可愛くて多分何の罪もない子を殺した奴、早く捕まえたいのは山々ですけど水だけですね、手掛かりは」その言葉に頷いてから
「まあ自殺でも事故でもなくなったんだから、一課の方々が御出ましになって解決してくれるんだろ」
と半分吐き捨てる様に言う山田。その山田にどちらかと言えば同意した様に頷いて
「殺人事件には変えずにこのまま風呂敷拡げたままで捜査するんですかね」と呟く新山。
「そうだろ、自殺だと言う報道が多く出て犯人安心してるかも知れねえから、変える必要ないって事なんだろ」
その言葉に、新山が一応頷くが、山田の方と言えば改めて額の写真を眺めている。そして
「やっぱりナンバーワンだな、真ん中が」と呟く山田。
その写真の中央には、当然の様にそこに立っている瑠璃華の姿がある。
二十
竹内の葬儀が行われている小さな町の寺院の門の前には、かなり数のマスコミと沢山のファンの姿がある。
門の中ではそれ程でもない参列者の、一様に悲痛と言うと大袈裟にかも知れないが其れが一番近いと思える厳しい顔がある。
その中に黒い着物姿の島本と黒いスーツの立川の顔もあるが、JPBのメンバーの顔は見る事が出来ない。
その中で表情が無いと言うか、その解釈を許さない島本の顔が際立っている。
その不思議な程強度を感じさせる顔は美しい。
葬儀が終わって寺院から出て来た霊柩車に、竹内のファンが群がって来て「美侑」と言う悲鳴にも似た声を上げる。その車に群がるファンの群れを引き剥がす警備員と、車に追い縋るファンの群れとの攻防は少しの間続くが、霊柩車は難なく直ぐに走り去って行く。
警備員が寺院の中に消えると立ち尽すファンの群れだけが残ってし仕舞うが、その中には怒りを露にした田中と有吉の顔がある。
二十一
探偵団の事務所の壁に掛けてあるダーツの的にダーツが突き刺さる。
その事務所では、本山と横田とダーツを持った森崎と制服姿の西野がテーブルを囲んでいる。テーブルの上には結構大型のテレビが置かれていて、CMを映しているが音は低く抑えられている。
「もう直ぐ来ると思います」と本山が横田に向かって言うと、西野が
「如何してあたしに声掛けてくれなかったんですか、アイドルなんてあたしが一番ピッタリでしょ」
と本山に向かって言う。本山は気持ちの無い
「あー、ちょっと忘れてたわ―」と言う言葉を、西野を見もしないで返すだけである。そして
「受かりそうなのに声掛けてんの」と言う森崎の言葉で西野は完全に否定される。
そうされた西野は、顰めた顔を膨れ面に変えて反撃のチャンスを窺うしかないと決めた様である。
「でもアイドルになるだけゆうても団員じゃないし、成れない高等部の子に仕事さすのは不味いな」
と横田が口を開くと、本山が
「小嶋さんのご提案なんですけど」と小嶋をを持ち出す。
「小嶋さん―まだまだなんか文句言い難いなあ―」
と小嶋を持ち出されて横田が決断しかねていると、副団長なら確り決断しろとばかりに再びダーツが的に刺さる。それが気に障ったのか
「ゆりあ、誰の許可得てそんなもん此処へ持ち込んだんや」と言う横田の声が森崎に飛ぶ。
「何事も副団長の許可が必要になったんですか」
と森崎にあっさり言われて怒り心頭の様子の横田だが、そう言うルールは探偵団には無いので言葉が続かない。
すると、チャンスが来たと思ったのか
「ゆりあさん、この前のもんじゃ御馳走様でした」
とゆりあが面白くない西野がちゃちを入れて来る。
何を今頃と言った様なゆりあに、西野が続ける。
「ゆりあさん、この前凄く美味しいってのをデラ旨いって言ってましたよね。それをパパに言ったんです、名古屋弁って面白いねって。そしたらパパに名古屋弁は、どえりゃあ旨いでよ、だよって言われたんですけど、どっちが正しいんですか」
「オヤジじゃあるまいし―」
と言う森崎に向かってふざけた顔を作って声のトーンも調子が出て来た様な西野が更に続ける。
「ゆりあさん、どえりゃあ旨いでよ、が合ってますよ」
「お前、舐めてんのか」と言って立ち上がる森崎。表情を怯えた物に変えて
「全然―」と言う西野だが、言うより先に逃げ出している。
その西野を捕まえ様とする森崎。しかし西野も狭い部屋を必死に逃げる。その二人に
「此処は遊び場やないで」と言う声を浴びせる横田。
西野を部屋の隅に追い詰める森崎。横田が
「いい加減―」と言うと、ドアが開いてマユと制服姿の白間と太田と萌木と北山が入って来る。
「如何してマユさんまで一緒なん」と白間に向かって言う本山。
「そこで出会ったんですけど―」と返す白間。
「ああ、久し振りに仕事が入ったって聞いたのと、護身用の催涙スプレーを多摩薬科大の連中と一緒に作ったの。至近距離で掛ければ一発で気絶するわよ」とマユが得意げに話すと、横田が
「まだ仕事になるかどうか判らへんけどな―」と言って制服姿の四人を見る。そしてマユに
「そんなもん作って大丈夫なんか」と言う横田。
「法的にですか―」
「結局、大丈夫なんですね」と本山が言うと
「仕方ないやろ、もう勝手に動き出しとんやから」
と横田が返す。すると本山が白間達四人を見て
「君達に掛かってますから、判ってる」と声を掛ける。
反応の薄い白間達四人に、既に横田の隣に座っているマユの向かい側を促して
「まあ、座って」と言う本山。四人が座ると改めてその四人を見て
「誰か受かる子、いてるかな」と否定的な言葉を吐く横田。その言葉に
「アイドルのオーディションぐらい何とかしますよ、任せといて下さい」と強気の白間に対して
「あたしはあんまり自信ないです。ダンスとか得意じゃないし―」と全く弱気な太田。
そんな太田から気を逸らす様に
「北山さんは如何かな」と本山が声を掛けると
「―分かりません」と気の無い返事の北山。
その北山に苦笑する面々だが萌木だけは憮然とした顔で立っている。入って来た時から、勿論その前からかも知れないが、憮然とした様な顔でいる萌木なので、声が掛からないのがその原因とは思えない。だが、何故かマユが勘違いしたのか気を使ったのか声を掛けて仕舞う。
「萌木ちゃんの自信の程は―」
「アイドルのオーディションの一つや二つ軽いしょ、でもあんなグループ好きでもないし何の興味も無いっすよ」
と返って来る萌木の言葉とその言い様に、人生最大は言い過ぎだとしても少なくない後悔をするマユだが、取り敢えず
「如何して―」と言って仕舞い、再び萌木の言葉を聞く事になる。
「あのセンターの瑠璃華って女、好きに為れないっす」
その萌木の言葉には流石に返す言葉がなく無言のマユであるが、横手の方から本山の
「何処が合格候補や、ホンマ渋沢は―」と言う本山のぼやき声が聞こえて来る。
呆れ顔の横田がその本山の方に顔を向けて来るが、本山は知らない振りである。それでも横田の視線が突き刺さって来るのを感じた様で、愚にも付かないと言うか、愚に着いて行くと言うか、兎に角打開策を講じる本山である。それは、部屋の隅の方で首を絞めている森崎と絞められている西野の方を見て
「何時までそんなとこで何やってんの」と声掛ける事である。その本山に呆れ顔を憮然とした物に変えた横田が
「誰も受からんかったら終わりなだけか」と呟く。一方、部屋の隅では
「子分になれば、許してやるわ」と森崎が首を強く絞めながら殆ど脅迫している。
「なんでー」と西野が応えた為に首は更に強く絞められる。すると
「成ります、成ります」と言う西野だが、その言葉にJPBの楽曲が小さく重なって来る。
それは、テレビがJPBのライブを映し出した為だが、そのテレビの方に自然と森崎と西野以外の目が引きつけられて行く。そこではJPBが見事な唄と踊りを見せていて、瑠璃華が中央で唄っている。その完璧なパーフォーマンスが本山の
「この子に色々良くない噂が流れてるゆうてもガセネタやと思いますよね」
と言う言葉を引き出す。すると、テレビは瑠璃華のアップになり、白間が
「完全無欠のアイドル、絶体王者ですか―」と少し笑って冷ややかに言うと、太田が
「すっごい憧れの的です」と素直に自分の気持ちを表現する。その太田の言葉より前の白間のそれに
「確かにそうやな―」と横田が言うと、隅の方から聞こえる
「センターの瑠璃華って、なんかマユさんに似てません」と言う声の方にみんなの目が向く。それは、まだ森崎の手が首に掛かったままの西野が発した物で、何故か茶目っ気のある笑顔をみんなに向けている。そんなもんを見ても仕方かないが、その言葉には引っ掛かった様でみんなの目がマユに移って行く。その視線にマユは
「先輩をからかうもんじゃないっつうの、こんな断トツ人気ナンバーワンのパーフェクトアイドルと言われてる子とあたしが似てる訳ないでしょ」
と言って、全く満更でもなさそうにメガネを弄る。そして、その顔が何かにやけた物になっていくと
「そろそろ昼休み終りやから、高等部の子は午後の授業に遅れない様にしてな」
と横田が声を上げる。それに午後の授業の始まりのチャイムの予備のチャイムの音が重なって来る。
その音に、高等部の生徒は直ぐに立ち上がって部屋出て行こうとするが、大学生の方はまちまちである。
テレビはまだJPBを映していて再び瑠璃華大きく捉えている。
それを見つめているのはもうマユだけである。
そのマユの耳にチャイムの向こう側から聞える筈のないメトロノームの様な音楽と何かの掛け声が聞こえて来る。
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