婚約者の王子に追放されたら魔族の少年の餌になりました

睡眠不足

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転居 ◯

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「もしも、の話だけど」

 朝食後、いつもなら今度は自分の食事だと言いつつベッドに引きずり込む彼から、唐突に仮定の話をされて戸惑う。

「何?」
「この国を離れることになっても大丈夫?」

 不安そうに訊く彼に、ヴィクトワールは思わず笑いそうになった。

「今更すぎるわ。そもそも、この場所がどこかも知らないのに」
「そう言えば教えていなかったね」

 迂闊だった、と気まずそうに言う彼に更に笑いが込み上げる。

「私に夢中で頭が回ってなかったのね」

 勿論、そんな訳はないということは百も承知だ。単なる餌にそこまで夢中になる筈もない。ただ冗談が言いたかっただけ。

「そうだね、君に夢中だったから」

 なのに真顔で肯定されてしまっては反応に困る。

「うわあ、顔が真っ赤。ホントに可愛いなあ、僕のヴィヴィは」
「うるさい」

 きまりが悪くて憎まれ口を叩く。それでも笑って抱き上げる彼を前にして、ヴィクトワールにはなす術もない。
 せいぜい目を逸らすだけだ。


「話を戻すけど、ここはあの森の中だよ」

 抱き上げたまま伝える彼を思わず見つめる。

「実は大して移動してないんだ。人間には認識できない保護魔法をかけているから、君の知り合いに会うことはないけど」

 恋しいかと暗に訊かれている気がした。微かに不安を滲ませているような声音に、思わず頬に口付けて微笑む。

「もう戻れなくても平気だって言ったでしょう? 会いたい人もいないわ」

 これから先、彼と過ごす時間がどれ程に長いのかを何度も想像してはいる。だけど恐らくそれは正しくないのだろう。まだ十八歳の自分には考えもつかない程の長い時を、彼と生きていく。
 ただの人間でしかない自分がそれに耐えられるのか、きっと彼は案じている。紋章を刻まれてから一月が経過したけれど、何を望むのかを前以上に探られているのは気のせいではない筈。
 その心遣いが嬉しい。
 単に食糧の状態を良好に保つだけではない、と思えるから。単なる思い込みなのかもしれないけれど。


「そっか。じゃあ、そろそろ移動したいんだ」
「なら行きましょう、私のことなら気にしないで」

 安堵の色を隠そうともしない彼の頭を撫でてしまい、慌てて引っ込める。遥かに年上の相手にするようなことではない。
 なのに「もっとして」と言われ、その微笑みの愛らしさに目が眩む。普通にしていたら本当に天使のようだ。
 実態は数百年もの歳月を重ねた、容赦なく人を快楽で攻め立てる魔族なのに。

 複雑な気分で頭を撫でるヴィクトワールの鼻先に口付けを落とし瞳を覗き込む彼は、何一つ見落とさないように慎重に問いかける。

「人間は生まれ育った土地には思い入れがあるものじゃないのかなって」
「そういう人は多いでしょうね、でも私は違うわ」

 生まれ故郷を長く離れていたら、望郷の念に駆られることもあるだろう。でも数か月ほど森に引きこもっていただけのヴィクトワールには、そのようなものはない。この国を離れて何十年か経ったその時ならともかく。
 それを聞き、あからさまに喜んだ顔をする彼。

「良かった。実はお気に入りの場所があるんだ。きっと君も気に入るよ」

 だがそこは海を隔てた先の、別の大陸にある場所。だからこそアンブロワーズは躊躇した。慣れ親しんだ国とは全く違う場所で暮らすことを、ヴィクトワールは嫌がるのではないかと。
 彼女にはなるべく快適に暮らしてもらいたい。でないと美味しくなくなるから。
 でも最近は、それだけではないような気がする。
 彼女の悲しそうな顔を見たくない。たとえ自分が満腹の時でも、ほんの少しでも塞ぎ込んだ様子を見ると、嫌だと思う。
 何故なのか分からない。最近は自分でも理解できない何かに動かされることが多く、それを普通に受け入れている。


「ヴィヴィ、ねえ、」

 そっと彼女を下ろし問いかけ、口を噤む。

「どうしたの?」
「……お腹、空いてない?」
「空いて、ないわよ」

 もしも僕が変わってしまっても、一緒にいたいと思ってくれるのだろうか。
 その質問を口に出せない。
 仮定の話をしたところで、実際にそうなってみないと本当のところは分からないから。
 それに、そんな自分を拒絶されたなら、取り返しのつかないことをしてしまいそうな気がする。

 しっかりデザートまで平らげた直後にお腹が空いている筈もない。どう見ても様子のおかしいアンブロワーズを何とかしてやりたいと、ヴィクトワールは思った。

「……その、えっと、する?」
「…………え?」

 だからと言って、これはないと恥ずかしくなった。彼が困惑して言葉を失っているのが、それに拍車をかける。
 だけど自分たちには、それしかない。寝て食べて身体を繋げるだけ。
 それでも彼の気分を引き立てる方法を艶事以外に思いつかないなんて。あまりの情けなさに身を翻して部屋を出ようとした瞬間、後ろから抱き寄せられた。

「僕たちって変なところで似てるよね。相手に差し出そうとするものが同じだなんて」
「全然違うじゃない」
「僕にとっては食事でしょ?」

 君とのそれは、もう食事の枠を超えてしまっているけどね。
 耳に囁きながら身体を撫でる手に身体を震わせ、確かにそうだとヴィクトワールは納得した。

「君から誘ってくれるなんて光栄だけど、それは後のお楽しみにとっておくよ」

 彼女から誘われただけで不思議と満たされている。それと同時に、早く気に入った場所で彼女を堪能したくなった。

「今すぐに引っ越そうか?」
「良いわね」

 それで彼の憂いが晴れるのかは分からない。でも環境を変えるのは良いきっかけになると思う。
 何より、ヴィクトワール自身が早くこの国を出てしまいたい。今の彼女が望むことはそれだけだ。


 アンブロワーズ程の魔力があれば、ここと移動先の住居間の転移はすぐに終わる。彼一人なら望めばいつでも行き来できた。
 でも一瞬たりともヴィクトワールから離れ、別の大陸になど行きたくなかった。

「今の君なら、転移魔法にも耐えられるからね」

 すっかり自分の魔力にも馴染んで、もはや眷属と言っても過言ではない。
 本当はもっと早くても大丈夫だったとは思う。だが僅かながらでも不安要素があるうちは避けたかった。
 ほんの少しでも、つらい思いをさせたくない。彼女にそれを言うと、閨事で虐めておきながら今更だと嗤われるだろうが。

「覚悟はいい?」
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