婚約者の王子に追放されたら魔族の少年の餌になりました

睡眠不足

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気付き ◯

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「いらっしゃい! ゆっくりしていってね」
「ゆっくりする気はないよ」
「お招きいただきありがたく存じますわ」

 約束通り弟夫妻の元に来たのだが、予想とは違うその様相にヴィクトワールは戸惑っている。
 陽光を反射する白亜の城。
 明るく美しい外観は、何となく思い描いていた魔王の居城のイメージを覆すものだ。山の上にあるから少しばかり気温は低い筈なのだが、色とりどりの花が咲き乱れる様はそれを感じさせない。


「驚いた? 凄く綺麗でしょ」
「ええ、本当に」

 でも美しい兄弟が育った場所としては違和感はない。と考えて、この城はそこまで古いのだろうかと疑問を覚えた。

「この城は、いつから?」
「僕はここで生まれ育ったよ」

 ヴィクトワールの疑問を的確に読みとってくれたアンブロワーズの返答に驚かされる。あまりにも保存状態が良い。

「まだ新しく見えるのに」
「そんなのは魔法で何とでもなるよね」

 ごく微弱な魔力しか持たず、契約に利用するのが関の山な人間には無理な話だ。
 案内された庭園は肌寒さを全く感じない気温で、ここも何らかの魔法で管理されているのが分かる。


「お茶もお菓子も凄く美味しいのよ。ここで作られるものは、食が充実していた国から来た私でも満足できるものなの」
「普通の食事、あるんですね」

 一緒に暮らしている間、アンブロワーズがヴィクトワール以外の食事をとるのを見たことがない。

「食べなくても生きていけるけど、アンちゃん以外の人たちは普通に食べるのよ」

 美味しいものを食べるのも楽しみの一つだから。そう言われて、アンブロワーズは自分との営み以外にも興味を持つべきではないかと考える。

「僕は君だけで満足だから」

 見透かすように言われ、腰を撫でられ肩が跳ねた。抗議しようとしたらすぐに悪戯をやめてくれたが、油断も隙もない。



「よく来てくれたな」

 お茶を飲んでしばらくするとユーゴーがやって来て、当然のように智香を抱きしめ口付けを落とす。少し驚かされたが、これが魔族の普通なら、昨日のアンブロワーズの振る舞いも納得できる。

「私が生まれ育った国でも、人前でこんなことをする人は少ないから、最初は嫌がったのよ」

 笑いながら智香が言うには、魔族は心から愛する者しか伴侶にしない。そして、そういう相手と共にいると触れ合いたいという気持ちを抑えるのは難しく、人前だろうと口付けるのは至って普通のことだとか。
 でも自分は餌だから、単に彼が空腹だっただけ。同じように見えて全然違う。そう思い顔を曇らせるヴィクトワールを見て、少し困った表情を浮かべた智香が気分を変えるように話しかけた。

「ヴィクトワールちゃん、って長いなぁ。ヴィーちゃんって呼んで良い?」
「えっ?」
「嫌?」
「そんなことは」

 少し眉尻を下げて訊かれると罪悪感が込み上げる。血の繋がりはない筈なのに、アンブロワーズに通じるものを感じるのは何故だろう。

「アンタ、悲しそうな顔をされたら嫌と言えないんだろう?」

 ユーゴーに言われ驚く。意識していなかったが、思い返すと確かにそうだ。

「人の懐に入り込むのが上手いヤツらは、そこを突くんだ。気にしないで嫌なことは嫌だと言えよ」
「ちょっとユーちゃん、余計なこと言わないでよ」
「全くだよ」

 揃って嫌そうな顔をする二人は、やはりどこか似ている。

「俺たちが結婚して百年以上になるからな。この二人、人の弱みを突くのが上手いところが元から似てたけど、それが悪化したんだよ」
「悪化って、酷い!」
「百年、以上?」

 どう見ても若い女性にしか見えない智香は、やはり夫と同じ時を刻んでいるのだろうか。

「私たちが同じ時を生きられるように、アンちゃんが新しい魔法を考えてくれたの」

 元から人間以外の種族が相手の場合は、婚姻したら寿命が長い方に合わせて身体が変わっていたらしい。だが魔力が皆無に近い人間だけはどうしようもなかった。
 弟夫妻が共に過ごせる時間のあまりの短さを不憫に思ったアンブロワーズが試行錯誤の末に編み出したのが、例の紋章らしい。

「今は僕も利用しているから、結局は自分のためになったけどね」

 そう言いながらヴィクトワールを見つめる瞳に宿る熱を見て、二人揃って何故これに気付かないのかと呆れて顔を見合わせる夫妻。
 このままでも時間が解決するとは思うが、ヴィクトワールの憂いに満ちた表情を見ていると放っておけない。自分たちの子供より若い彼女に、いわば孫を見守るような目線になる智香は、何とかしようと考えた。

「ねえ、ヴィーちゃん。せっかくだから女同士、二人きりでお話しない?」
「え?」
「ちょっと、何勝手に」

 戸惑うヴィクトワールと、あからさまに難色を示すアンブロワーズ。予想通りの反応を見せる二人に笑いながら智香は言葉を重ねる。

「良いじゃない、私なら変なコトする心配もないでしょ?」
「いいや、トモカは綺麗で可愛い女の子に目がないから信用できない」

 そう言いながらヴィクトワールを抱き上げ、膝に乗せて腕で囲い込む様子は嫉妬深いどころではない。

「兄貴、俺の妻は不貞を働くような女じゃない。相手の性別に関わらず、な」
「そうよ。可愛い子を絵に描いたり着飾らせたりして愛でるのは好きだけど、別に欲情するワケじゃないから」
「よく……!」

 明け透けな言い方に赤くなるヴィクトワールを見て可愛いと喜ぶ智香と、ますます警戒して見るなと牽制するアンブロワーズ。
 それを見て馬鹿らしくなったユーゴーが突っ込む。

「兄貴、好きな女が心配なのは分かるが、この先ずっと閉じこめておくワケにもいかないだろう」
「好きな……女?」
「まだ気付かないとか、大丈夫か? 今の兄貴、どう見ても番を抱え込む雄だぞ」

 言われて腕の中のヴィクトワールに目をやった。
 ユーゴーの言葉に違う、私は餌だからと反論する彼女に言いようのない不快感が募る。苛立ち、悲しみ、虚しさなどがぜになった、抱えるには嬉しくない感情。
 昨日感じたものと同種のそれを自覚し、弟の言葉を素直に受け入れる。

「年をとると頑固になるって、本当なんだね。思い込みがなかなか抜けないや」

 考えるまでもない。彼女と出会ってからの半年近くを振り返り、少し客観的にみれば明らかだった。

「そっか。僕、もうずっと君のことが好きだったんだ」
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