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第8話:密室の“指導”
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玲のプライベートスタジオの最も奥まった場所には、彼専用の仮眠室兼書斎がある。
重厚な防音扉を開けると、外の音はすべて遮断された。別世界のように静まり返っている。
その室内は、玲の研ぎ澄まされた美意識と、どこか歪んだ価値観で統一されていた。
ミニマルで隙のない美しさを備えながら、どこか圧迫感のある息苦しい空間。
壁一面を埋め尽くす専門書や楽譜。
威圧的なほど大きな漆黒のデスク。
そして部屋の隅には、祭壇のように鎮座するキングサイズのベッドが置かれていた。
樹がこの密室に通されるのは、決まって玲の機嫌が深海の底のように沈みきっている時か、あるいは音楽以外の「指導」を欲した時だった。
「突っ立っているな。そこに座れ」
玲はデスクの重厚な革張りの椅子に深く腰掛け、完璧な角度で脚を組む。無言のまま顎でベッドの端を示した。樹は死刑宣告を受けた罪人のように硬い表情で、言われるがままそこに腰を下ろした。心臓が破裂しそうなほど嫌な音を立て、肋骨の内側を激しく打ち鳴らしている。
「今日の歌は、お前のポテンシャルの十分の一も出ていなかったな。何が原因だ?俺の指示が理解できないほど、お前の頭は空っぽなのか?」
地を這うような低い声で玲が問う。樹は俯いたまま、血が滲むほど唇を噛んだ。
「…別に」
「別に、で済むと思っているのか?あの国民的プロジェクトを任された自覚はあるのかと聞いているんだ。それとも、俺の名声に泥を塗るのが目的なのか?」
玲の声がさらに一段と低く、脅迫的な響きを帯びる。樹は玲の理不尽な言葉の暴力についに堪忍袋の緒が切れ、反射的に顔を上げた。
「あんたの要求が異常なんだよ!俺だって人間だぞ!あんたが頭の中で鳴らしてる音を、寸分違わず完璧に再生できる機械じゃねえんだよ!」
「ほう、ようやく口答えか。反抗するだけの気概はまだ残っていたようだな。それはそれで、少しは楽しめそうだ」
玲は獲物を見つけた獣のように、酷薄な笑みを浮かべた。音もなく立ち上がると、ゆっくりと樹の前へ歩み寄る。見下ろされる強烈な圧迫感に樹は息を詰める。
「いいか、樹。何度言ったら理解できる?お前は俺の音楽を、俺の魂を、この世に具現化するための唯一無二の『道具』だ。道具は使い手の意のままに応え、完璧な音を奏でるのが仕事だろう?」
「俺はあんたの道具じゃねえ!」
「そうか?だが俺の曲がなければ、お前はただの才能を持て余したガキに過ぎない。そのガキにプロの世界で歌う資格と、身に余る名声を与えているのは誰だと思っている?」
玲の冷たい指が鉄の鉤爪のように樹の顎を乱暴に捉え、無理やり上を向かせる。黒曜石のような瞳が吐息がかかるほどの至近距離で、容赦なく樹を射抜いた。その瞳の奥には以前よりも濃く、明確になった嗜虐の炎が揺れていた。樹はそこから目を逸らせなかった。
「…っ!」
「良い声を出すには、まず体の力を抜くことだ。そして心を完全に解放しろ。恐怖も羞恥も反抗心も、全て捨て去れ。俺がお前に、その方法を特別に教えてやる」
玲の言葉は、一見すると慈悲深い教師が劣等生を諭すかのようだ。だがその声音の奥底には、抗えない絶対的な力が込められていた。玲の熱く、どこか乾いた手が樹の着ていたTシャツの裾から蛇のように滑り込む。汗ばんだ素肌を、所有物であることを確認するように執拗に撫で上げた。
彼の歪んだ美学が、今、牙を剥こうとしていた。
「そうだ、その顔だ。恐怖と屈辱に歪んだ顔。それこそが、最も美しい音色を生む源泉なんだ」
重厚な防音扉を開けると、外の音はすべて遮断された。別世界のように静まり返っている。
その室内は、玲の研ぎ澄まされた美意識と、どこか歪んだ価値観で統一されていた。
ミニマルで隙のない美しさを備えながら、どこか圧迫感のある息苦しい空間。
壁一面を埋め尽くす専門書や楽譜。
威圧的なほど大きな漆黒のデスク。
そして部屋の隅には、祭壇のように鎮座するキングサイズのベッドが置かれていた。
樹がこの密室に通されるのは、決まって玲の機嫌が深海の底のように沈みきっている時か、あるいは音楽以外の「指導」を欲した時だった。
「突っ立っているな。そこに座れ」
玲はデスクの重厚な革張りの椅子に深く腰掛け、完璧な角度で脚を組む。無言のまま顎でベッドの端を示した。樹は死刑宣告を受けた罪人のように硬い表情で、言われるがままそこに腰を下ろした。心臓が破裂しそうなほど嫌な音を立て、肋骨の内側を激しく打ち鳴らしている。
「今日の歌は、お前のポテンシャルの十分の一も出ていなかったな。何が原因だ?俺の指示が理解できないほど、お前の頭は空っぽなのか?」
地を這うような低い声で玲が問う。樹は俯いたまま、血が滲むほど唇を噛んだ。
「…別に」
「別に、で済むと思っているのか?あの国民的プロジェクトを任された自覚はあるのかと聞いているんだ。それとも、俺の名声に泥を塗るのが目的なのか?」
玲の声がさらに一段と低く、脅迫的な響きを帯びる。樹は玲の理不尽な言葉の暴力についに堪忍袋の緒が切れ、反射的に顔を上げた。
「あんたの要求が異常なんだよ!俺だって人間だぞ!あんたが頭の中で鳴らしてる音を、寸分違わず完璧に再生できる機械じゃねえんだよ!」
「ほう、ようやく口答えか。反抗するだけの気概はまだ残っていたようだな。それはそれで、少しは楽しめそうだ」
玲は獲物を見つけた獣のように、酷薄な笑みを浮かべた。音もなく立ち上がると、ゆっくりと樹の前へ歩み寄る。見下ろされる強烈な圧迫感に樹は息を詰める。
「いいか、樹。何度言ったら理解できる?お前は俺の音楽を、俺の魂を、この世に具現化するための唯一無二の『道具』だ。道具は使い手の意のままに応え、完璧な音を奏でるのが仕事だろう?」
「俺はあんたの道具じゃねえ!」
「そうか?だが俺の曲がなければ、お前はただの才能を持て余したガキに過ぎない。そのガキにプロの世界で歌う資格と、身に余る名声を与えているのは誰だと思っている?」
玲の冷たい指が鉄の鉤爪のように樹の顎を乱暴に捉え、無理やり上を向かせる。黒曜石のような瞳が吐息がかかるほどの至近距離で、容赦なく樹を射抜いた。その瞳の奥には以前よりも濃く、明確になった嗜虐の炎が揺れていた。樹はそこから目を逸らせなかった。
「…っ!」
「良い声を出すには、まず体の力を抜くことだ。そして心を完全に解放しろ。恐怖も羞恥も反抗心も、全て捨て去れ。俺がお前に、その方法を特別に教えてやる」
玲の言葉は、一見すると慈悲深い教師が劣等生を諭すかのようだ。だがその声音の奥底には、抗えない絶対的な力が込められていた。玲の熱く、どこか乾いた手が樹の着ていたTシャツの裾から蛇のように滑り込む。汗ばんだ素肌を、所有物であることを確認するように執拗に撫で上げた。
彼の歪んだ美学が、今、牙を剥こうとしていた。
「そうだ、その顔だ。恐怖と屈辱に歪んだ顔。それこそが、最も美しい音色を生む源泉なんだ」
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