聖女追放。

友坂 悠

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デウス。

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 ☆☆☆☆☆


「どういう事だ!?」

「ですから、マリアンヌ嬢の遺体は発見できずとの報告が有りました」

「いや、そうではない。聖都を追放しただけの筈のマリアンヌが死んでいるだろうだなんて、なぜそういう言い切れる? わたしは彼女の死など望んでいたわけではないぞ?」

「しかし殿下。魔力を封じ魔の森に放てば生きてはいられますまい。 あえてかよわい女性が生きて通り抜ける事の叶わぬ魔の森に追放したのですから」

「なんと。それでは貴殿は最初から……?」

「殿下もそうお望みだと拝察しておりましたが」

「ばかな! わたしはそんな」

「どちらにしろ、聖女を廃したのですから次代の聖女を立てねばなりませぬ。このまま聖女がおらぬでは民草の安寧もままなりませんからな。わたしは聖女認定の儀の準備に入りますゆえ殿下もどうぞご協力の程を」

「しかし、聖女のあてなどと……」

「聖女というものは祭り上げることに意義があるのですよ。その者の能力など意味をなしませぬ。所詮、この世は権力が全て。それは殿下とてよくお分かりでしょう?」

「しかし」

「しかしも何も、殿下が望まれた通りもはや聖女は存在しないのです。このわたくし、シルビアン・パプキマスの手によって選ばれた者が新たな聖女となりこの世に安寧をもたらすのですよ」

 意味深に微笑むそのシルビアン大教皇の顔に、ジーク皇太子はたじろぎ。
 それ以上の言葉を紡ぐことができなかった。

 ■■■

 全てを諦めて。
 いや、諦めようとして。
 そうしてそんな泣き言を漏らし。

 彼女はその森の中の木陰にしゃがみこんだ、その時だった。


 ガルル


 気がつくと野獣の群れに囲まれていた。

 多分あれはハウンドウルフ。
 灰色の毛に金の瞳がぎらりと光る。
 ここまで、かな。
 そうは思ったけれどそれでも少しはあらがってみよう。そう立ち上がり駆け出すマリアンヌ。

 走って走って。追走する野獣の気配を感じながらそれでも走る。
 それでも。
 その逃走はそう長くは続かなかった。
 張り出した木の根っこを避けようとしてそのまま足がもつれ転んだ彼女。
 そしてそれを合図に背後から飛びかかる野獣たち。
 彼女の細腕一本なら容易く噛み砕いてしまえそうな牙を剥き出しに、襲いかかる野獣に。

 もはやここまで、と、天を仰いだ。


 #############################


 その鋭い牙に強烈な痛みを感じたのは一瞬だった。
 戒めの数珠が切れ飛び散った瞬間、あたし、マリアンヌ・フェルミナスはその魔力を解き放った。
 魂のゲートから金色に輝くマナを放出し力に変換する。
 やわな肉体だけど、これもせっかくの今世の身体だしね?
 亡くしちゃうのはまだもうちょっと早いかな。

 そんなことを思いながら自身を回復し周囲の空間に結界を張る。
 次元の壁、匂いも何もかも断絶するから野獣たちもそれ以上近づくことはできず、そのうちに三々五々散っていった。

 薬液によって爛れていた喉も回復した。
「あー、あー」
 うん、大丈夫ちゃんと元通り。
 それにしても酷いよね。乙女の喉をなんだと思ってるんだろう。
 声を奪われるのは髪を奪われるよりも非道だよ。
 あれはひょっとしたらお姉さまの仕業?
 ほんと嫌だ嫌だ。

 今世は今までと違って人の世が腐り切ってる。
 人を貶めるとかそういう事に罪悪感とかないのかしら?

 ——魔王が必要か?

 ふうわりと。
 目の前に黄金の立髪を靡かせた美丈夫が現れた。
 風もないのにその身に纏う純白のキトンがゆうらりと揺れる。

 もう。デウスさまったら。ずっと観ていらっしゃったの?

 ——わたしはいつもお前のそばにいるよ、愛するマリア。どうする? もうこの世界のことは捨て置いてわたしの元に帰ってくるかい?

 はう。でも。

 ——かつてのお前が魔王を封じたことで、人の世は平和になった。しかしその反面、段々と人の心は堕ちていった。

 いえ。それでもあたしは魔王との戦いがあった前世が良かったとは思えないです……。

 ——しかし。お前も先ほどはこの世界から逃げようとしていたではないか?

 それは、でも……。

 ——では、あらがってみよ。そうだな、お前ができなかった時は再び魔王を召喚しよう。

 そういうとデウスは再び空気に溶けて見えなくなった。

 あたしは。
 彼の残してくれた気配を胸いっぱいに吸い込んで。
 そして。吐き出した。

 ふう。
 無茶を言うよね。デウスさま。

 まあでもこれであたしは人間社会からのくびきはとれたわけだし割と自由に動けるかな?
 このままこの世界に再び魔王を召喚し、人の世に恐怖の重石を載せるのは気に入らない。

 もうちょっとだけ、あらがってみよう。

 あたしはそうひとりごち、ちょうど昇ってきた朝日を眺めた。
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