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マキナ。
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きっとそれは、天使がここに降臨したのだと。
そうとしかマキナには思えなかった。
白銀に輝くその髪、無地でゆったりとしたワンピースに身を包んだその女性。
まだ少女、少なくとも成人した女性には見えないそんな可憐な姿がそこにあった。
野獣の森の奥深く、樹々を抜けたその先にある泉。
マキナはそこに咲くというフローレンシアの花を摘みにきたのだ。父の病を癒す薬の材料となるその女神の花を。
ここ、野獣の森は冒険者であってもあまり奥まで行きたがらないそんな危険な森だった。
個々の魔物の類であれば、腕に覚えのある冒険者であればそれほど脅威では無い。
だけれども。
野獣というものは群れを作る。
特にこの森に多いウルフハウンドはそんな野獣の中でもひときわ危険度が高い。
集団で襲いくるそれから逃れる術はあまり無い。一匹一匹の強さではハイゴブリンにさえ負けるそんなウルフハウンドも、数十、数百、数千ともなる群れともなれば、それを殲滅することもまたそれから逃れることも容易では無かったのだ。
マキナの魔力の特性は、そんな野獣や魔物を素で避けることができるもので。
特に他の人間と一緒ではなくソロで活動する限り、彼に襲い掛かろうとする魔物はほぼ存在しなかった。
まるで。
かつてこの世界に存在したとされる漆黒の魔王の様に。
真っ黒な髪を持った彼は、魔物にとって忌避される存在ではなく主人のように付き従うべき存在だとでもいうかのように。
マキナのその魔力は魔物を魅了する、そんな力を持っていたのだった。
子供の頃からのそんなマキナの特異性は村の人々からは逆に忌避され恐れられた。
ペットとでも遊ぶようにホワイトタイガーの子供と戯れるマキナを見て、人々は恐れ恐怖し。
マキナの両親もまた、そんな隣人たちから距離を置かざるをえなかったのだ。
「ねえ、あなた。そんなところでじっと観てられると恥ずかしいわ」
泉に服のまま浸かり、髪には雫を垂らしたままで。
マリアンヌは自分を見つめるマキナにそう語りかけた。
冷たい清浄な泉に心まで洗い流すように。
そんな行水中に気がつくと自分を覗き見る少年に、少し恥ずかしかったけれどそれでも興味の方が優った。
こんな場所に、少年がこんな軽装で現れるとは正直思っていなかった。
大人でも踏み込むことに二の足を踏む、そういった場所だという認識はマリアンヌにもあったのだ。
その分、こうして少しくらい羽目を外して命の洗濯をしても大丈夫。そう思っていたのに。
「俺は、えっと、そこの花を。花を摘みにきただけ、だから」
真っ赤になってそういう少年に。
「ふふっ」
マリアンヌは思わず吹き出すと。
「ああ、ごめんなさい。あまりにもあなたが可愛いものだから」
と、そう謝って。
ふわっとした笑顔を彼に向けた。
よく見ると泉のふちにピンク色の可愛らしい花が咲いている。
ああこれは、とマリアンヌはその一輪を手折ると彼のそばまで近づいていった。
「これ、必要なのよね?」
「ええ、ありがとうございます。父に飲ませる薬を煎じようと思って」
顔を赤くしたままのマキナは手渡されたその花を見つめ、そして腰のビクに仕舞うと、もう一度マリアンヌの顔を見た。
水に濡れ、きらきらと輝いている白銀の髪。肌も透き通るように白く碧い瞳はどこまでも見通すように澄んでいる。ほおと唇だけ、うっすらとピンクに色づいて。
着ている服は粗末な生成りの布のように見えるけれど、それでも彼女が羽織っているだけで綺麗に見えてくる。
「お父さん、ご病気なの?」
鈴の音のような声で彼女がそう尋ねた。
「はい……。もう何年も寝たきりなので少しでも滋養がつくようにと思って」
「そう。このお花を煎じたものは確かに色々な病気に対する効能があるけれど……、それでも何にでも効くわけじゃないわ。ねえ、もしよかったらあたしもついて行っていい? これでも医術の心得が少しはあるのよ?」
「あ、ありがとうございます!」
「ふふ。ごめんねいきなりで」
「いえ。ありがたいです。うちには教会の方も近づかないですから」
「え? どうして? 曲がりなりにも正教会は弱者の保護を謳っているでしょ? 病のあるものも助けを求めれば答えてくれるのではなくて?」
「俺の、せいなんです。俺がいるから……」
そうとしかマキナには思えなかった。
白銀に輝くその髪、無地でゆったりとしたワンピースに身を包んだその女性。
まだ少女、少なくとも成人した女性には見えないそんな可憐な姿がそこにあった。
野獣の森の奥深く、樹々を抜けたその先にある泉。
マキナはそこに咲くというフローレンシアの花を摘みにきたのだ。父の病を癒す薬の材料となるその女神の花を。
ここ、野獣の森は冒険者であってもあまり奥まで行きたがらないそんな危険な森だった。
個々の魔物の類であれば、腕に覚えのある冒険者であればそれほど脅威では無い。
だけれども。
野獣というものは群れを作る。
特にこの森に多いウルフハウンドはそんな野獣の中でもひときわ危険度が高い。
集団で襲いくるそれから逃れる術はあまり無い。一匹一匹の強さではハイゴブリンにさえ負けるそんなウルフハウンドも、数十、数百、数千ともなる群れともなれば、それを殲滅することもまたそれから逃れることも容易では無かったのだ。
マキナの魔力の特性は、そんな野獣や魔物を素で避けることができるもので。
特に他の人間と一緒ではなくソロで活動する限り、彼に襲い掛かろうとする魔物はほぼ存在しなかった。
まるで。
かつてこの世界に存在したとされる漆黒の魔王の様に。
真っ黒な髪を持った彼は、魔物にとって忌避される存在ではなく主人のように付き従うべき存在だとでもいうかのように。
マキナのその魔力は魔物を魅了する、そんな力を持っていたのだった。
子供の頃からのそんなマキナの特異性は村の人々からは逆に忌避され恐れられた。
ペットとでも遊ぶようにホワイトタイガーの子供と戯れるマキナを見て、人々は恐れ恐怖し。
マキナの両親もまた、そんな隣人たちから距離を置かざるをえなかったのだ。
「ねえ、あなた。そんなところでじっと観てられると恥ずかしいわ」
泉に服のまま浸かり、髪には雫を垂らしたままで。
マリアンヌは自分を見つめるマキナにそう語りかけた。
冷たい清浄な泉に心まで洗い流すように。
そんな行水中に気がつくと自分を覗き見る少年に、少し恥ずかしかったけれどそれでも興味の方が優った。
こんな場所に、少年がこんな軽装で現れるとは正直思っていなかった。
大人でも踏み込むことに二の足を踏む、そういった場所だという認識はマリアンヌにもあったのだ。
その分、こうして少しくらい羽目を外して命の洗濯をしても大丈夫。そう思っていたのに。
「俺は、えっと、そこの花を。花を摘みにきただけ、だから」
真っ赤になってそういう少年に。
「ふふっ」
マリアンヌは思わず吹き出すと。
「ああ、ごめんなさい。あまりにもあなたが可愛いものだから」
と、そう謝って。
ふわっとした笑顔を彼に向けた。
よく見ると泉のふちにピンク色の可愛らしい花が咲いている。
ああこれは、とマリアンヌはその一輪を手折ると彼のそばまで近づいていった。
「これ、必要なのよね?」
「ええ、ありがとうございます。父に飲ませる薬を煎じようと思って」
顔を赤くしたままのマキナは手渡されたその花を見つめ、そして腰のビクに仕舞うと、もう一度マリアンヌの顔を見た。
水に濡れ、きらきらと輝いている白銀の髪。肌も透き通るように白く碧い瞳はどこまでも見通すように澄んでいる。ほおと唇だけ、うっすらとピンクに色づいて。
着ている服は粗末な生成りの布のように見えるけれど、それでも彼女が羽織っているだけで綺麗に見えてくる。
「お父さん、ご病気なの?」
鈴の音のような声で彼女がそう尋ねた。
「はい……。もう何年も寝たきりなので少しでも滋養がつくようにと思って」
「そう。このお花を煎じたものは確かに色々な病気に対する効能があるけれど……、それでも何にでも効くわけじゃないわ。ねえ、もしよかったらあたしもついて行っていい? これでも医術の心得が少しはあるのよ?」
「あ、ありがとうございます!」
「ふふ。ごめんねいきなりで」
「いえ。ありがたいです。うちには教会の方も近づかないですから」
「え? どうして? 曲がりなりにも正教会は弱者の保護を謳っているでしょ? 病のあるものも助けを求めれば答えてくれるのではなくて?」
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