聖女追放。

友坂 悠

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魔獣。

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 ガタガタ、ガタガタと扉が揺れていた。
 それが、ゴンゴンと扉を叩く音に変わったことにしばらく気が付かなかった。

「レヒト、レヒト、頼む、助けてくれ!」
 そんな声が聞こえたと思った時には家中の灯りが灯り、皆起き出して玄関にまで駆けつけていた。
「どうした!? おお、ヤックじゃないか。どうしたんだこんな夜中に!」
 まだ夜半なのに人が訪ねてくるなんて。それも村の人が?
「ああレヒト、レヒト、すまない……。村が、魔獣に襲われてーー」

 え? 魔獣? 
 魔獣と言ったら野獣や魔物よりも大型で一匹であっても倒すのに軍隊が一個師団必要だって言われるほどの魔物だ。こんな小さな村、襲われたらひとたまりもないだろうに。
 に、しても。
 普通はもっと人里離れた場所に生息しているはずの魔獣。
 この辺りの薄いマナじゃなく、もっと魔の濃い場所に生息しているはずの魔獣がなんで?

「他の皆は!? 村の皆は無事なのか?」
「ああ、わからない……皆は防災壕に立てこもったが、いつまで持つか」
「いったいどんな魔獣が、どうして!」
「あれは、ドラゴワームだと思う。初手で村の中央結界が噛み砕かれちまった」
「じゃぁ」
「ああ、他の魔物もいくつか村に侵入している。もう終わりだ……」

 ドラゴワーム。
 その外皮は剣も通さず、蛇のような体で地中に潜るという巨大な魔獣だ。
 吐き出すブレスが竜のそれに酷似していることからドラゴワームという名で呼ばれている。

「村のみんなを助けにいかなければ」
「待て、レヒト、危険だ。だいたいお前、村の皆には恨みこそあれ助けに行くようなスジはないだろう?」
「だがなヤック。俺には黙って見ている事はできない。ここに篭っていても村が全滅したら次は俺たちの番かもしれないだろ? それなら」
「待って、あんた」
「病み上がりの父さんには無理だ。村には俺が行く!」
「おお、マキナ」
「マキナ坊、お前ーー」
「ヤックおじさん。うちの家が俺のせいで村八分になった後もおじさんだけは色々助けてくれたの、ほんとに感謝してるよ。それに、俺も襲われている村の人たちを見捨てるなんてできない」
「だが……」
「俺なら。俺のこの特殊な魔力なら、魔物たちを村から追い出すこともできるかもしれない。ドラゴワームには敵わなくても追い出すくらいの事はできるかもしれないから!」

「わかった、マキナ」
 レヒトさんはそうマキナの顔をじっと見つめると、奥の物置から一本の剣を持ってきて。
「これを持っていけ。俺が若い頃に使っていた剣だ」
 真っ赤な刀身のその剣、ってこれ、かなりの魔力が篭った魔剣。ううん、知ってる、これ、魔王が持っていたグラムスレイヤー? だよね? なんでこんなところに!

「グラムスレイヤー、ですよねそれ。なんでこんなところに?」
「ああ、マリアンヌ様にはやはり分かるのか。これはマキナを授かる直前に神から預かった聖剣だ。俺が使うにはちと荷が重かったが」
 っとに!
 デウス様ったら!
 こんなところにも干渉してたのね!

 だとしたらやっぱりマキナは……。

「この剣、なんだか手にしっくりくるよ。うん、なんだかやれそうだ」
 その剣を手にしたマキナのマナが膨れ上がっていくのがわかる。
 うん。
 でも、それならそれであたしが抑えてあげなきゃダメ、かな。

「あたしも行きます。マキナ、あんたのことはあたしが守ってあげるから」
「はは。ああ、信頼してるよ。俺の女神さま」

 村には真っ赤な火の手が上がっていた。時間の猶予はあまりなさそうだ。

「じゃぁ、行ってくる!」
「ああ、任せたよマキナ。マリアンヌ様もお気をつけて」

 うん。頑張ってみるよ。



「大丈夫? 俺、走るけどもし無理ならゆっくりくればいいからね?」

 なんだか力がみなぎった感じになっているマキナ、あたしにそう気を遣って。
 まあここまで来るまでのあたしを見てたらこの獣道を走っていくなんてできそうにないって思うよね。

「ええ、ちょっと姿、変えますから」

 あたしはそういうと心のゲートを開けマナを放出、そしてそのマナの膜を眼前に現した。
 あたしを写す等身大の鏡のようなそんな膜が目の前に現れ。そしてその鏡の表面に手を合わせる。
 前世の姿のキオク。そのキオクから作り上げたマトリクスという写身をその鏡の膜に描く。
 そして。

 ふわんとその鏡の幕に身体を預け、通り過ぎるように横切った時。

 あたしの姿はそれまでのみすぼらしい麻の貫頭衣ではなく真っ白な光沢のあるワンピースに変わる。
 背には真っ白な鳥の翼がはえ、頭には白銀のティアラが嵌った。

 足元は編み上げのブーツ。腕にも同じように編み上げの手甲がはまる。

「ああ。やっぱり。綺麗だ」
 見惚れるようにそう声を漏らすマキナ。

「ふふ。ありがとうマキナ。これであなたの足手纏いにはならないですむわ」
 あたしもそうにっこりと微笑む。

 このマキナがデウスによってこの世に誕生した魔王の後継者なのはもう間違いない。
 あたしが封印した魔王から、どうかして魔王石を抜き取って新たに命を吹き込んだに違いないの。
 そうじゃなかったらデウスがグラムスレイヤーをこの子の父親レヒトに託すわけがないもの。

 その辺はちょっと今度デウスさまに会ったら文句の一つも言ってやらなきゃなんないと思うけどそれでも今はね。
 この子の、マキナの心を汚しちゃいけない。
 魔王が魔王たる所以ゆえん、それはその負の感情にある。
 負の感情が強くなればなるほど魔王石は真っ赤に燃え、そして力を増幅させる。
 しまいには理性がその感情をコントロールできなくなり、暴走するのだ。
 そうして魔に飲まれた強大な魔力の持ち主は、魔王と呼ばれることとなる。

 この子のレイスはまだ真っ白で。
 まだまだそんな魔王になるような片鱗はカケラも見えていない。
 だから。

 この子はあたしが守る。
 魔に堕ちないように、きっと。





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