上 下
21 / 86

ノワール。

しおりを挟む
「師匠! 戻ってきたんですね! 良かった。やっぱり師匠は死んでなんか居なかった!」

「あはは。ごめん。この間まで死んでたから」

「また、冗談を。僕があなたの魔力紋を見間違えるはずありません。ラギレス師匠。ほんと、よかった」

 そういうと窓からあたしを迎え入れてくれたノワ。

 椅子を出してくれたからそこに座って。

「先日魔界の門の結界が消滅していたと報告がありました。あれは師匠の作られた結界ですよね? 僕は師匠が力尽きてしまったのかと心配していました」

 手慣れた感じで茶器に紅茶を注ぎ、ブランデーを垂らしてあたしに差し出すノワ。

「あったまりますよ」

 そうにっこり微笑むその姿はもう女性だったら誰もが落ちてしまうんじゃないかっていうほどの威力を秘めていた。

 そういうあたしも。まあ、あたしはもともとそんなノワが好きだから。

「ありがとう」

 そう素直に受け取ると一口飲もうとして。ちょっと熱いのに気がついてフーフー冷ます。

「相変わらずの猫舌ですね。なら」

 パチンと指を鳴らすと、カップにコロンと氷が浮かんだ。

「紅茶をそのまま一部凍らせましたから。溶けても薄まりませんから大丈夫ですよ」

 そうウインクをよこす。 

 もう。そういうところだよ。ほんと優しいんだから。



「僕は師匠によってこちらの空間に飛ばされた時、本気で恨んだんですからね。あれだけ死ぬ時も一緒ですよって、そう誓い合った仲なのにって」

「ちょっとノワ、それはちょっと語弊があるよ? それ、魔王城での最終決戦に臨む時にみんなで誓い合ったって話じゃない。そんな言い方したらまるで恋人みたいで……」

「僕は……。そう思ってましたよ?」

 まっすぐにこちらを見つめるノワールの黒い瞳。ほんとこの子はまっすぐだから当時もすぐ茶化したくなっちゃったものだけど。

「ごめんね。ノワール」

「まだ許せませんよ? ハルカ姉さん……」

 二人きりの時呼び合ってたその名前。

 当時のことがほんの少し前のことのように思い出される。

 甘酸っぱい思い出。

 あたしは本当にこの年下の男の子に恋してた。

 でも。

 この子からの好意に素直に答える自信もなくて。

 あたしのことは姉さんって呼んでいいからね、って、そう、ごまかして。

 まあ。

 今では立場も違うしあたしはねこだ。

 ノワールにももう奥さんがいてもいい頃合いだしね。



「貴女が還ってきたのなら国王陛下やヴァインシュタイン公爵もお喜びになりますね。もうそちらには顔をだしたんですか?」

「えっとね……。まだ、かな。っていうか、さっきも言ったけどあたし死んだから。最近まで死んでてこの間生まれ変わったばっかりだから」

「え? 転生……、ですか? それも魔力そのままに?」

「うん。今はミーシャていう名前。まだ生まれて半年だから、他の人には内緒にしてほしいの」

「貴族です? ああ、でも、ここ半年で生まれた女児の話は聞こえてきませんね……」

「平民だから。今回はあたし、まったり平穏に過ごすの。だから……」

「そうですか。わかりました。姉さん嫌がってましたよね。戦いばっかりの人生って。いいですよ。内緒にしておきます。でも、ときどきこうして会いに来てください。お願いします」

「うん。約束する……。ごめんねノワール」


「しかし……。やっぱりハルカ姉さんは規格外ですね。こんな大きな魔力持ったままそのまま転生した人間なんて、この500年の王国史にも記録にありませんよ?」

「あうあう、そうなの?」

「僕もこの十年修行を積んで以前よりも力をつけた筈なんですけど、それでもまだ敵う気がしませんし」

 うー。そうかなぁ?


 まあ。でも。

 まだたぶんあたしの方が強いな。それはわかる。
しおりを挟む

処理中です...