お飾り妻は離縁されたい。「君を愛する事はできない」とおっしゃった筈の旦那様。なぜか聖女と呼んで溺愛してきます!!

友坂 悠

文字の大きさ
4 / 65

桜。

しおりを挟む
 昼間の真っ青な空。
 そして夕刻のオレンジ色。
 紅く染まっていく夕陽。

 夜の空はそんな青と赤が混ざって、他にも本当に色々な色が混ざった深い深い紫だとシルフィーナは感じている。

 群青色にも近い。
 そこにもう少し紅が混ざっているような。

 夜の空を真っ黒だと表現する人は、きっと本当の漆黒を知らないのだ、と。
 そうも思う。

 あの、魔が凝縮した漆黒。
 空間にぽっかりと穴が空いたようなあの漆黒の恐ろしさを。



 目の前の美麗な侯爵様は、そんな夜の色、艶のある髪色を肩まで伸ばし、白磁のように滑らかな肌、月の光のような黄金の瞳をしている。

 その全てがシルフィーナにとっては理想の王子様の姿を再現したような。そんな気がして。
 どうしても、見惚れてしまう。

 あんなことを言われたばっかりなのに、と、そうは思うけれど。
 だめだ。

「奥様。さあお席に」

 立ち尽くしていたところをリーファに促されて席につく。

 左手には大きく開いた窓があり、綺麗なピンクの花びらが風に舞っていた。

「おはよう。ああそうか、マーデンには桜は無かったな。珍しいかな?」

 見惚れていた自分が恥ずかしく、目を逸らして外を見ていたのに気がつかれたのか、侯爵がそう優しく言った。

「おはようございます旦那様。いえ、あの、はい、あのような可憐なお花、初めてで」
 頬を染め、そう答えるシルフィーナ。

「あれは東方でよく見られる樹で、この季節にああして綺麗な花をつけ、そして散るのだ。その儚さが気に入ってこうして取り寄せた。毎年この季節は本当に見頃だよ」

 そう桜を眺めながら優しく話すサイラス・スタンフォード侯爵。
 その横顔は、どことなく寂しげに見える。


 運ばれてきた朝食は、新鮮なお野菜がふんだんに使われたサラダに、柔らかい真っ白なパン。
 白身魚のマリネを頂いた後、デザートにはイチゴのジャムをほんのりのせたヨーグルト。
 全てシルフィーナの大好きなもので。

(旦那様はこれで足りるのでしょうか……?)

 サイラスが口にしたのはそのうちほんの少量で。
 成人男性の朝食としてはあまりにも少ない量に感じたシルフィーナ。

 でも。
 そう声をかけるのも恥ずかしい。

 もしかしたら、この後お仕事の会食が控えているのかもしれない。
 お昼にたくさんお召し上がりになるのかもしれない。
 朝食を共にする、そうしたお約束のために、自分にお付き合いしてくれているだけかもしれない。

 そう考えると余分な事は言えなくて。

 ご馳走様でしたと手を合わせ。
 今度もまたリーファに促されるままお部屋に戻ることに。

 帰り際。

 もう一度だけ窓の外の桜に目を向けて。


 ああ。あの花が、あと3回咲いて散る時。

 この契約が終わるのだ、と。



 ♢

 昼食はいつも一人。

 夕食は、侯爵の仕事の都合でご一緒したりしなかったり。
 朝食だけに条件がつけられていたあれは、別に他所で食べてくるという意味ではなしに、お仕事で遅くなった夜までシルフィーナを待たせないでおこうという侯爵なりの気の使い方だったのだと知るのに、そう日にちは掛からなかった。

(旦那様は優しい、でも……)

 侯爵は優しかった。
 全てにおいてシルフィーナを第一に考えてくれるよう采配してくれ、なんの不自由もなく過ごすことができていた。

 一緒にいる時間も。
 まるで本当の夫婦でいるかのように。
 家人の前でもそれは全く変わらずに、優しく接してくれる。

 いつも、どんな時も、その優しい瞳は絶やさずシルフィーナに向けられていた。

「お似合いのご夫婦でいらっしゃいますね」

 会う人会う人そう声をかけてくれる。

 幸せそうに寄り添う二人に、家人も皆笑顔を向けてくれていた。

 けれど。

(旦那様は、わたくしの名を呼んでくださらない……)

 サイラスは、決してシルフィーナをその名で呼ぼうとはしなかった。

 呼ぶときは、『君』とだけ。

 そこにどうしても壁があるような、そんな気がして。

 悲しかった。


 ♢


 桜ももう全て散ってしまい、すっかりと緑に覆い尽くされた頃。

 お屋敷には大勢の針子が呼ばれていた。
 そろそろ社交のシーズンも本番。

 連日にわたるそういった社交の場に顔を出すには、シルフィーナには所有しているドレスの数が足りなかった。

 男爵家から持ってきたものは姉のお古だけ。
 数着は婚姻前にサイラスより贈られたものがあったけれど、それもそう種類があるものでもない。

 一張羅の白銀のドレスは婚姻のパーティで着てしまった。
 他にあるドレスも、令嬢としてはまあ許せても、侯爵夫人となった今では皆見劣りするものばかり。

「お直ししますから!」

 そう、自分で直して着ようと思っていたシルフィーナに、

「奥様? それでは私どもが笑われます。どうか侯爵夫人としてふさわしい装いをお願いします」

 と、その言葉を一刀両断に切って捨てるリーファ。

 その勢いに負けた彼女、渋々ではあったけれど新しいドレスをつくることを承諾する。

 でも。

 実際に沢山の色とりどりの布地を目にすると、その素敵な色合いに目を奪われて。

「奥様のその白銀の御髪は映えますから、こちらの青系の布地がお似合いになりますわ」

 シルフィーナのドレス作成を請け負ったデザイナー、リリーアンナのその言葉に。

 頬を染めて頷くことしか出来なかった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

【完結】今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~

コトミ
恋愛
 結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。  そしてその飛び出した先で出会った人とは? (できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)

氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。 しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。 「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」 屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え―― 「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。 「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」 愛なき結婚、冷遇される王妃。 それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。 ――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

結婚5年目のお飾り妻は、空のかなたに消えることにした

三崎こはく
恋愛
ラフィーナはカールトン家のお飾り妻だ。 書類上の夫であるジャンからは大量の仕事を押しつけられ、ジャンの愛人であるリリアからは見下され、つらい毎日を送っていた。 ある日、ラフィーナは森の中で傷ついたドラゴンの子どもを拾った。 屋敷に連れ帰って介抱すると、驚いたことにドラゴンは人の言葉をしゃべった。『俺の名前はギドだ!』 ギドとの出会いにより、ラフィーナの生活は少しずつ変わっていく―― ※他サイトにも掲載 ※女性向けHOT1位感謝!7/25完結しました!

愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます

天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。 王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。 影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。 私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

処理中です...