お飾り妻は離縁されたい。「君を愛する事はできない」とおっしゃった筈の旦那様。なぜか聖女と呼んで溺愛してきます!!

友坂 悠

文字の大きさ
5 / 65

社交の夜。

しおりを挟む
 今夜はフォルクス公爵家の御曹司マクシミリアンの婚約披露パーティに呼ばれたスタンフォード侯爵夫妻。
 馬車で公爵家のお屋敷の馬車まわしにつけると、先に降りた侯爵が手を差し伸べてくれた。

「どうぞ」

 スマートに差し出される手をとって優雅に降りる。

 もうこういうのも何回目だろうか。
 シルフィーナもようやくこうした貴族の社交に慣れた気がする。

 どこに行くにも必ず紳士的にエスコートしてくださるサイラス様に、シルフィーナはいまだに頬を染めながら答える。
 その初々しい所作に、周囲からは感嘆の声が上がった。

 紺に染め上げられた布地、その微妙なグラデーションをゆったりとしたトレーンに設え、白銀の髪は全てアップにはせずその豊な髪を一部流すようにして。
 サイラスの方はといえば、その濃紺の艶やかな髪を背中に流し、妻の髪色と同じ白銀のスーツを身に纏う。
 二人並んだその姿は今や社交界で噂にのぼらない日が無いくらいなほどで。

(ああ。わたくしなんかがサイラス様の隣にいるなんて。きっと場違いに見られているに違いないわ)
 そう思い込んでいるのはシルフィーナだけであったけれど、いつまでも自信が持てない彼女だった。

 国内の雪も完全に溶け初夏の香りが漂ってくるこの季節。

 貴族の社交は活発になり一番のピークを迎える。

 大量に消費される食べ物と、大量に消費される物資を眺めながら、「なんてもったいないことを」とそう思ったシルフィーナであったけれど。
 これもまた、国内の経済を活性化させるために必要なことなのですよ、と、そうスタンフォード家の執事、セバスから学んだ彼女。

 侯爵夫人としての勤めを果たすため。
 そう頭を固くして臨んだこの社交も、

 貴族同士の情報交換のため。
 労働市場の活性化のため。
 そして。
 消費することによる国内経済の活性化のため。
 そうした深慮を学ぶことによって、納得して参加することができるようになっていた。

 そう。

 貴族の社交というのは、
 国内の流行を作り出し市民のファッション市場の先端を行くこと。
 市民に娯楽を提供すること。
 そのための働き手、労働市場を守ること。

 貴族同士の交際といった些事に収まらない、そうした効果ももたらされるものだったのだ。

(貧乏なマーデン領では考えられないことでしたけど……、いえ、であるからこそこういったことも必要だったのかしら?)

 今ならそうも思える。

 貧乏から抜け出せない最大の原因が、領内に産業がないこと、だったから。
 産業がないから人口が増えない、その悪循環が続く限り、いくら節約してもどれだけ自分が働いても貧乏から抜け出すことなどできはしなかったのだ、と。

(お父様とお話しする機会があったなら……)

 こんな話もしてみたい、そんなふうにも思う。

 それでもきっと。

『女はそんな事考えなくてもいい』

 と言われそうで、怖い。

 しばらくの間は自分が婚姻したことによる結納金で凌げるだろう。
 シルフィーナの代わりの侍女も雇ったと聞いた。
 少しづつでもそうやってマーデンも変わっていけばいいな。
 そんなふうにも思って。

 ♢

 パーティも佳境に入り、男性は男性たちで話があるからと、別室に移動して行った。
 残された女性陣は女性陣でそれぞれ輪を作り、食事をとりながらの歓談を続けて。

 こうした立食形式のパーティであっても壁には椅子が用意してある。
 給仕に飲み物を頂いたシルフィーナは、誰と話すでもなく壁際に座り美味しい食事に舌鼓をうっていた。

(まだまだ大量にお食事は余って居ますよね。これはどうなってしまうのでしょうか……)

 経済をまわすため、そう聞かされ納得はしたシルフィーナであったけれど、それでもこうした食材がもし捨てられてしまうのであれば、と思うと心が痛む。
 せめて。

 食材が痛んでしまって食べられなくなる前に、貧しい人々に施されるのであればいいのだけれど。
 そう願ってやまない。



「あらあら。そちらにいらっしゃるのはスタンフォード侯爵夫人でいらっしゃいますか? そんな壁の花をしていては、せっかくのそのお美しさが霞んでしまわれましてよ?」

 数人の女性たちがシルフィーナのそばに近づいて。

(ああ、こちらはたしかサドレス侯爵夫人とそのお友達の、えーと)

 挨拶はしたはず。でも皆を全て覚えるのは大変で。
 そう、どなただったかしらと思案していると。

「ほらほらこちらにいらっしゃって」

 と、唐突に手を引かれ。
 はっと思った時には手に持ったワインをドレスにこぼしてしまったシルフィーナ。

「あらあら、せっかくの青いドレスに赤いワインのシミがついてしまいましたわ。どうしましょう」

「ああでもシルフィーナ様がご自分でおこぼしになったのですもの。しかたがありませんわ」

「そうですわね。ご自分でなさったのですもの」

 と、パラパラと逃げるように去っていくご婦人方。

(ああ、どうしましょうか。旦那様に断らず勝手に帰るわけにはいかないでしょうし。どこか控室でもあればこのシミを洗いおとすのですけれど)

 そう思案していたところで、一人の女性に声をかけられた。

「あら、お義姉様。こちらにいらして」

 そう手をひいてくれたのは、サイラスの妹であり筆頭公爵家、ロックフェラー公爵夫人でもあるエヴァンジェリンだった。

 ♢

「こちらの控室なら今は誰も居ませんから。給仕に声をかけておきましたからじきお湯とタオルが届きますわ」

 そう優しく微笑んでくれるエヴァンジェリン。

「ああ、ありがとうございますエヴァンジェリン様。でも、これくらいなら」

 そう言って。

 シルフィーナは両手を合わせ妖精たちにお願いをする。

 アーク、バアル、アウラ。
 お願い、このワインのシミをきれいにして。

 火のアーク。
 水のバアル。
 風のアウラ。

 彼らにそう願う。

(わかったよシルフィーナ)
(任せて。シルフィーナ)
(大好き、シルフィーナ)

 彼らはそうシルフィーナの心に返事をして、そしてその権能を駆使していった。

 バアルの水が湧きあがり、ドレスのシミ、ワインの部分を洗い流し。
 アウラの風とアークの熱が温風となって、そのドレスを乾かしていく。

 それはあっという間の出来事だった。

(人前ではあんまりこういうのしたくなかったけど、それでもエヴァンジェリン様なら、まいいかな)

 控室で他の人の目もなかったことがシルフィーナを大胆にさせて。

 すっきりとワインのシミも落ち、乾いてサラサラになったドレスを見て。
 エヴァンジェリンは驚きの声をあげた。

「すごいですわシルフィーナ様、貴女の魔力特性値は人並みはずれて高い数値だとは伺っておりましたけど、ここまでとは」

「え、そんな」

「普通、それだけ複雑な魔法をお使いになる場合は、上級魔道士クラスが複雑な詠唱を組み合わせないと難しいと言われています。それを、無詠唱でそこまで」

「いえ、エヴァンジェリン様、わたくしは魔法の使い方など学んではおりませんから。今のは神の子にお願いしただけなのです」

「ああ、それであの効果ですか。それは本当に凄いことですわ」

「わたくしは魔法は使えませんから、本当に、お願いしただけなのです……」

 最後は声も小さくなってしまっていた。

 エヴァンジェリンもそんなシルフィーナの恐縮した姿を見て。

「ええ、わかりましたわ。このことは誰にも言いませんから。わたくしとお義姉様だけの秘密にしておきますわ」

「すみません、ありがとうございますエヴァンジェリン様……」

 恐縮しきりのシルフィーナに、エヴァンジェリンはそれでも好意を持って。

「さあ、広間に戻りましょう。そろそろお兄様たちも帰ってくる頃ですし」

 そう促すのだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?

Debby
恋愛
 キャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢とその婚約者のシアン・フロスティ公爵令息の前に、昨年までシアンが留学していた隣国での友人が現れた。  その友人はロベリーと名乗り、シアン不在の時を狙い、キャナリィに何かと声をかけてくる。  キャナリィの幼馴染み兼親友のクラレット・メイズ伯爵令嬢の「必要以上にキャナリィに近付くな」と言う忠告も無視するロベリーと何故かロベリーを受け入れるキャナリィ。  キャナリィの不貞の噂が学園に流れる中開かれた新入生歓迎のガーデンパーティーで、ロベリーに心惹かれた令嬢によってそれは取り返しのつかない事態にまで発展してしまう。 「で、まずはあなたが私に嫌がらせをする理由をお聞かせいだいても宜しいかしら?──」  キャナリィに近付くロベリーの目的は?  不貞を疑われたキャナリィは無事にその場を収めることが出来るのだろうか? ---------- 覗いて頂いてありがとうございます。 ★2025.4.26HOTランキング1位になりました。読んでくださったかた、ありがとうございます(^-^) ★このお話は「で。」シリーズの第二弾です。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入りました。良かったら覗いてみてくださいね。 (*´▽`人)アリガトウ

【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ

・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。 アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。 『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』 そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。 傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。 アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。 捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。 --注意-- こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。 一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。 二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪ ※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。 ※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。

氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―

柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。 しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。 「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」 屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え―― 「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。 「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」 愛なき結婚、冷遇される王妃。 それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。 ――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

【完結】 メイドをお手つきにした夫に、「お前妻として、クビな」で実の子供と追い出され、婚約破棄です。

BBやっこ
恋愛
侯爵家で、当時の当主様から見出され婚約。結婚したメイヤー・クルール。子爵令嬢次女にしては、玉の輿だろう。まあ、肝心のお相手とは心が通ったことはなかったけど。 父親に決められた婚約者が気に入らない。その奔放な性格と評された男は、私と子供を追い出した! メイドに手を出す当主なんて、要らないですよ!

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

処理中です...