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厄災。
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♢ ♢ ♢
その年はあとから厄災の年と言われるほど、世界に異変が起きた年だった。
それはこの国、神に護られた筈の剣と魔法の国、アルメルセデスにおいても例外ではなく。
魔王が誕生しただのと、そして遠く離れたその国では大聖女がその魔王と対峙しているだのという話が聞こえてきたかと思うと、このアルメルセデスにおいても至る所に魔界へ繋がる門が開き、そこから魔獣が湧いてきて、人々を襲い始めた。
元々聖なる氣に覆われたこの国ではそういった魔獣が現れることも少なく、人々が平和に慣れすぎていた弊害で、被害は拡大していった。
魔界とは閉じた泡状のブレーンの内側に存在する魔だまりの世界だった。
その空間が破れ、こちらの側の世界に溢れてきた生命体とよく似た存在、それが魔獣と呼ばれるものだったのだ。
まず対処にあたったのは王国の騎士団だった。
あちらこちらに開いた魔だまり。
溢れ出る漆黒の魔と多くの魔獣。
まだ小さいうちに対処が間に合った地域では、それは騎士たちのみでも何とか片付けることが可能だった。相応の被害はあったがそれでも、そこまで大事にならずに収まったのだ。
しかし。
中には魔界の門が開ききり、スタンピードと呼ばれる魔獣の大発生が起こった地域もあって。
そのうちの特に二ヶ所。
東のスタンフォード侯爵領と西のマーデン男爵領が特に大きい被害に見舞われたのだった。
スタンフォード侯爵領は、その陣頭指揮に立つべき侯爵が騎士団長という職にあったため、自身の地元を後回しにした上で各地を転戦していたが為。
マーデン男爵領は、元々力の無い男爵家であったことと最も遠方の領土のため、騎士団が派遣されるまで領内の兵士では対処が間に合わなかった所為。
結局、最終的に騎士団を二つに分けその対処に当たったのだったけれど。
斥候の調査の結果、より大きい被害の出ているスタンフォード侯爵領に主力が向かい、マーデン領には騎士団長の息子サイラスが率いる小隊が向かうこととなった。
そこまでの被害の大きな魔獣が溢れる漆黒の次元の裂け目を閉じるには既存の魔術具では不可能であったため、希代の聖女と呼ばれた先代聖女アデリーンを同行させて対処する必要があり。
国の東と西に離れた二ヶ所を同時に対応するには無理があった。
サイラスに任されたのはマーデンの領民を護ること。
魔獣の被害を極力防ぎ、父騎士団長アッシュバルトが到着するまで持ち堪えること。
だったのだ。
サイラスが小隊を率いマーデンの地に到着したのは秋も深まったある日。
森林の多いこの地では紅葉樹も多く、樹々は真っ赤に色づいていた。
普段だったらそんな赤とて綺麗な色だと感じた騎士団の面々も、その赤い色から森の中に蠢く大量の魔獣と、被害にあった領民の血を連想し。
陰鬱な気分のまま領都に入って。
しかし不思議と、その領都の城壁の内側だけは清浄な空気に満ちていた。
魔獣が現れるため秋の刈り入れができず困っている領民の姿はあったが、この城壁の中までは魔獣も押し寄せてこないのだと安心して、ほっとしている雰囲気もある。
領主の館に入った騎士団。
「どういうことなのだ」
と思わず声に出していたサイラス。
まるで。
そこだけは神に護られた空間だとでもいうように。
魔を寄せ付けない清浄な、まるで聖域とでもいうような、そんなシェルターであるようにさえ感じられた。
気の弱そうな男爵夫妻。
負けん気が強そうな長女と、そしてまるで人形のように整った容姿の次女。
亜麻色の髪の父親と薄い金色の髪の母親から産まれたにしては稀な白銀の髪を持ったその次女は、侍女のお仕着せを真似たような小さなエプロンドレスを着て、ちょこまかと皆の手伝いをしていた。
長女の髪が黄金の豪奢な髪に対して、次女のそれが白銀で糸のように細いストレートな髪質をしていたことから、屋敷の中でもよく区別がつく。
男爵夫人や大人に混じり騎士団の面々に弁当を運んだり、飲み物を運んだりと頑張っているその姿は微笑ましかった。
「騎士様、お茶をどうぞ」
頬をピンクに染めながら、小さな手でお茶を差し出すその少女に。
サイラスは笑みを返し、「ありがとう」と受け取って。
時々そうしてお弁当や飲み物を渡してくれるその少女。近づいてきてはくるくるとした瞳で興味深そうにサイラスの顔を覗き見て。
お礼を言うと満面の笑みをこぼす。
食べ物のお礼にと頭をくしゃくしゃっと撫でてやるとすごく喜んで。
次第に猫の子のように懐くようになった彼女が。
殺伐としていた戦いの中、サイラスにとってそのふれあいが唯一の安らぎだった。
突然。
伝書鳩によってそんな知らせが舞い込んだのは、雪が降り出した頃だった。
父、アッシュバルトの訃報。
騎士団は壊滅。女だてらに剣をもち、援護に出ていた母も重傷を負ったという。
母を庇った父は魔獣のボスと差し違え、聖女エデリーンの浄化によって魔界の門は閉じた。
東のアルルカンドにおける戦線は終結したとのことだったけれど。
援軍は絶望。
今いる戦力でこの領都を囲む魔獣たちを倒し突破口を開かないことには、食糧もわずかとなったこの状態では冬を越すのも難しい。
サイラスは残る騎士を鼓舞し、門の外に向けて打って出たのだった。
その年はあとから厄災の年と言われるほど、世界に異変が起きた年だった。
それはこの国、神に護られた筈の剣と魔法の国、アルメルセデスにおいても例外ではなく。
魔王が誕生しただのと、そして遠く離れたその国では大聖女がその魔王と対峙しているだのという話が聞こえてきたかと思うと、このアルメルセデスにおいても至る所に魔界へ繋がる門が開き、そこから魔獣が湧いてきて、人々を襲い始めた。
元々聖なる氣に覆われたこの国ではそういった魔獣が現れることも少なく、人々が平和に慣れすぎていた弊害で、被害は拡大していった。
魔界とは閉じた泡状のブレーンの内側に存在する魔だまりの世界だった。
その空間が破れ、こちらの側の世界に溢れてきた生命体とよく似た存在、それが魔獣と呼ばれるものだったのだ。
まず対処にあたったのは王国の騎士団だった。
あちらこちらに開いた魔だまり。
溢れ出る漆黒の魔と多くの魔獣。
まだ小さいうちに対処が間に合った地域では、それは騎士たちのみでも何とか片付けることが可能だった。相応の被害はあったがそれでも、そこまで大事にならずに収まったのだ。
しかし。
中には魔界の門が開ききり、スタンピードと呼ばれる魔獣の大発生が起こった地域もあって。
そのうちの特に二ヶ所。
東のスタンフォード侯爵領と西のマーデン男爵領が特に大きい被害に見舞われたのだった。
スタンフォード侯爵領は、その陣頭指揮に立つべき侯爵が騎士団長という職にあったため、自身の地元を後回しにした上で各地を転戦していたが為。
マーデン男爵領は、元々力の無い男爵家であったことと最も遠方の領土のため、騎士団が派遣されるまで領内の兵士では対処が間に合わなかった所為。
結局、最終的に騎士団を二つに分けその対処に当たったのだったけれど。
斥候の調査の結果、より大きい被害の出ているスタンフォード侯爵領に主力が向かい、マーデン領には騎士団長の息子サイラスが率いる小隊が向かうこととなった。
そこまでの被害の大きな魔獣が溢れる漆黒の次元の裂け目を閉じるには既存の魔術具では不可能であったため、希代の聖女と呼ばれた先代聖女アデリーンを同行させて対処する必要があり。
国の東と西に離れた二ヶ所を同時に対応するには無理があった。
サイラスに任されたのはマーデンの領民を護ること。
魔獣の被害を極力防ぎ、父騎士団長アッシュバルトが到着するまで持ち堪えること。
だったのだ。
サイラスが小隊を率いマーデンの地に到着したのは秋も深まったある日。
森林の多いこの地では紅葉樹も多く、樹々は真っ赤に色づいていた。
普段だったらそんな赤とて綺麗な色だと感じた騎士団の面々も、その赤い色から森の中に蠢く大量の魔獣と、被害にあった領民の血を連想し。
陰鬱な気分のまま領都に入って。
しかし不思議と、その領都の城壁の内側だけは清浄な空気に満ちていた。
魔獣が現れるため秋の刈り入れができず困っている領民の姿はあったが、この城壁の中までは魔獣も押し寄せてこないのだと安心して、ほっとしている雰囲気もある。
領主の館に入った騎士団。
「どういうことなのだ」
と思わず声に出していたサイラス。
まるで。
そこだけは神に護られた空間だとでもいうように。
魔を寄せ付けない清浄な、まるで聖域とでもいうような、そんなシェルターであるようにさえ感じられた。
気の弱そうな男爵夫妻。
負けん気が強そうな長女と、そしてまるで人形のように整った容姿の次女。
亜麻色の髪の父親と薄い金色の髪の母親から産まれたにしては稀な白銀の髪を持ったその次女は、侍女のお仕着せを真似たような小さなエプロンドレスを着て、ちょこまかと皆の手伝いをしていた。
長女の髪が黄金の豪奢な髪に対して、次女のそれが白銀で糸のように細いストレートな髪質をしていたことから、屋敷の中でもよく区別がつく。
男爵夫人や大人に混じり騎士団の面々に弁当を運んだり、飲み物を運んだりと頑張っているその姿は微笑ましかった。
「騎士様、お茶をどうぞ」
頬をピンクに染めながら、小さな手でお茶を差し出すその少女に。
サイラスは笑みを返し、「ありがとう」と受け取って。
時々そうしてお弁当や飲み物を渡してくれるその少女。近づいてきてはくるくるとした瞳で興味深そうにサイラスの顔を覗き見て。
お礼を言うと満面の笑みをこぼす。
食べ物のお礼にと頭をくしゃくしゃっと撫でてやるとすごく喜んで。
次第に猫の子のように懐くようになった彼女が。
殺伐としていた戦いの中、サイラスにとってそのふれあいが唯一の安らぎだった。
突然。
伝書鳩によってそんな知らせが舞い込んだのは、雪が降り出した頃だった。
父、アッシュバルトの訃報。
騎士団は壊滅。女だてらに剣をもち、援護に出ていた母も重傷を負ったという。
母を庇った父は魔獣のボスと差し違え、聖女エデリーンの浄化によって魔界の門は閉じた。
東のアルルカンドにおける戦線は終結したとのことだったけれど。
援軍は絶望。
今いる戦力でこの領都を囲む魔獣たちを倒し突破口を開かないことには、食糧もわずかとなったこの状態では冬を越すのも難しい。
サイラスは残る騎士を鼓舞し、門の外に向けて打って出たのだった。
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