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閑話-猫村さんと猫村さん
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それは、ほなみさんが我が家にやってきて二日目の昼下がりのことだった。
「ふぅ……いい天気ですねぇ」
ほなみさんは縁側で、洗濯物を干し終えて一息ついていた。
昨日の「虫パニック」や「極寒の洗礼」を乗り越え、少しずつだがこの田舎の空気に馴染んできているようだ。
俺は庭で、冬野菜の手入れをしていた。
「おーい、喜多くーん!」
敷地の外から、よく通る声が聞こえてきた。
軽トラを停めてこちらに手を振っているのは、お隣の猫村さんだ。
「あ、猫村さん! こんにちは!」
「こんにちはー。いやぁ、今日は暖かいねぇ」
猫村さんはニコニコと笑いながら、敷地に入ってきた。
その手には、泥のついた立派な長ネギの束が抱えられている。
「おや? そちらのお嬢さんは……もしや?」
猫村さんの視線が、縁側にいるほなみさんに注がれる。
ほなみさんは慌ててサンダルを履き、ペコリと頭を下げてこちらへ小走りでやってきた。
「は、初めまして! えっと……喜多さんの友人でお世話になっております、ほなみと申します!」
「おぉ、なんと丁寧な。私は隣に住んでる猫村と言います」
「えっ?」
ほなみさんが、キョトンとした顔で固まった。
猫村さんも、不思議そうに首を傾げる。
「どうしたんだい? 私の顔に泥でもついてるかい?」
「あ、いえ! あの……『猫村』さん、ですか?」
「そうだよ。猫に村で、猫村」
「……奇遇です! 私も、猫村なんです!」
「……は?」
今度は猫村さんが目を丸くする番だった。
そして俺も、改めてその事実に「あぁ、そういえばそうだった」と思い出す。出会ってから「ほなみさん」としか呼んでなかったからすっかり忘れてたなぁ。
「いやはや、驚いた。まさか猫村が被るなんて。この付近の出身なのかい?」
「違いますよ。私、出身はこの辺りじゃないですし……おじいちゃんは疎遠ですが別にいますし」
「なんということだ……。こんな珍しい苗字が同じなんだ、てっきり私の隠し孫か遠縁の親戚かとばかり思っていたよ!」
猫村さんが豪快に笑い出した。
そう、この「猫村」という苗字の一致。
周囲の人々の中には「ほなみさんの祖父=お隣の猫村さん」という図式を勝手に描いていた人もいたかもしれない。
だが現実は小説よりも奇なり、というか単なる偶然だったのだ。
「いやぁ、世間は狭いねぇ! まさか赤の他人で同じ苗字が揃うとは!」
「ふふっ、私もビックリしました。でも、なんだか親近感が湧きますね」
「違いない! 同じ猫村同士、今日から君は私の孫みたいなもんだ!」
猫村さんは上機嫌で、抱えていた長ネギをほなみさんに突き出した。
「ほれ、これは出会いの祝いだ! 持っていきなさい!」
「えっ、い、いいんですか!? こんな立派なネギ……」
「いいのいいの! あ、ちょっと待ってな。これだけじゃ寂しい」
猫村さんは一度軽トラに戻ると、荷台から次々と段ボール箱を降ろし始めた。
「これは白菜! 今朝採れたてだ!」
「わぁっ! おっきい!」
「こっちは里芋! 煮っ転がしにすると美味いぞ!」
「す、すごいです……!」
「あと、これは干し柿! 私が作ったやつだ!」
「そ、そんなに!?」
あっという間に、ほなみさんの腕の中は野菜で埋め尽くされ、持ちきれなくなった分が足元に積み上げられていく。
これぞ田舎の洗礼・その二。『物理的な豊かさ(重量)』のプレゼントだ。
「わわわ……猫村さん、ありがとうございます! でも、こんなに貰っちゃって悪いですよ……」
「何を言うか! 他人行儀な。同じ猫村じゃないか!」
論理が飛躍している気がするが、田舎では「もらう」ことがコミュニケーションの基本なのだ。
「ほなみさん、ありがたく貰っておきましょう。その代わり、美味しく料理して感想を伝えるのが一番のお返しですから」
「はいっ! ……ふふ、猫村さんの野菜、ずっしり重くて、温かいですね」
ほなみさんは泥だらけの白菜を抱きしめて、満面の笑みを浮かべた。
その笑顔を見て、猫村さんも「いい孫ができたわい」と満足げに髭をさする。
血の繋がりなんてなくても、苗字がたまたま同じなだけでも。
ここでは、そんな些細なきっかけで「家族」のように温かい関係が生まれる。
「さて、今日の夕飯はネギたっぷりの鍋にしようか?」
「賛成です! 私、腕によりをかけちゃいますね!」
赤の他人の「猫村さん」同士の対面は、大量の野菜と共に、賑やかに幕を閉じたのだった。
⚫︎あとがき
烏骨隊長「完全に騙されたである……」
作者「へへっ、騙されてやんのー! 完全にミスリードじゃん!」
烏骨隊長「……もしや、最初から仕組んでいたな?」
作者「その通り。構成の段階で主人公、ヒロインは決めてたけどお隣の猫村さんは後付けだけどね。いつか明かせたら、って思ったけど随分と遅くなってしまった」
サクラコ「わ、わたしは気付いてたもん!」
作者「おっと、ここにもミスリードが一人」
サクラコ「わたしは分かってたもんー!」
「ふぅ……いい天気ですねぇ」
ほなみさんは縁側で、洗濯物を干し終えて一息ついていた。
昨日の「虫パニック」や「極寒の洗礼」を乗り越え、少しずつだがこの田舎の空気に馴染んできているようだ。
俺は庭で、冬野菜の手入れをしていた。
「おーい、喜多くーん!」
敷地の外から、よく通る声が聞こえてきた。
軽トラを停めてこちらに手を振っているのは、お隣の猫村さんだ。
「あ、猫村さん! こんにちは!」
「こんにちはー。いやぁ、今日は暖かいねぇ」
猫村さんはニコニコと笑いながら、敷地に入ってきた。
その手には、泥のついた立派な長ネギの束が抱えられている。
「おや? そちらのお嬢さんは……もしや?」
猫村さんの視線が、縁側にいるほなみさんに注がれる。
ほなみさんは慌ててサンダルを履き、ペコリと頭を下げてこちらへ小走りでやってきた。
「は、初めまして! えっと……喜多さんの友人でお世話になっております、ほなみと申します!」
「おぉ、なんと丁寧な。私は隣に住んでる猫村と言います」
「えっ?」
ほなみさんが、キョトンとした顔で固まった。
猫村さんも、不思議そうに首を傾げる。
「どうしたんだい? 私の顔に泥でもついてるかい?」
「あ、いえ! あの……『猫村』さん、ですか?」
「そうだよ。猫に村で、猫村」
「……奇遇です! 私も、猫村なんです!」
「……は?」
今度は猫村さんが目を丸くする番だった。
そして俺も、改めてその事実に「あぁ、そういえばそうだった」と思い出す。出会ってから「ほなみさん」としか呼んでなかったからすっかり忘れてたなぁ。
「いやはや、驚いた。まさか猫村が被るなんて。この付近の出身なのかい?」
「違いますよ。私、出身はこの辺りじゃないですし……おじいちゃんは疎遠ですが別にいますし」
「なんということだ……。こんな珍しい苗字が同じなんだ、てっきり私の隠し孫か遠縁の親戚かとばかり思っていたよ!」
猫村さんが豪快に笑い出した。
そう、この「猫村」という苗字の一致。
周囲の人々の中には「ほなみさんの祖父=お隣の猫村さん」という図式を勝手に描いていた人もいたかもしれない。
だが現実は小説よりも奇なり、というか単なる偶然だったのだ。
「いやぁ、世間は狭いねぇ! まさか赤の他人で同じ苗字が揃うとは!」
「ふふっ、私もビックリしました。でも、なんだか親近感が湧きますね」
「違いない! 同じ猫村同士、今日から君は私の孫みたいなもんだ!」
猫村さんは上機嫌で、抱えていた長ネギをほなみさんに突き出した。
「ほれ、これは出会いの祝いだ! 持っていきなさい!」
「えっ、い、いいんですか!? こんな立派なネギ……」
「いいのいいの! あ、ちょっと待ってな。これだけじゃ寂しい」
猫村さんは一度軽トラに戻ると、荷台から次々と段ボール箱を降ろし始めた。
「これは白菜! 今朝採れたてだ!」
「わぁっ! おっきい!」
「こっちは里芋! 煮っ転がしにすると美味いぞ!」
「す、すごいです……!」
「あと、これは干し柿! 私が作ったやつだ!」
「そ、そんなに!?」
あっという間に、ほなみさんの腕の中は野菜で埋め尽くされ、持ちきれなくなった分が足元に積み上げられていく。
これぞ田舎の洗礼・その二。『物理的な豊かさ(重量)』のプレゼントだ。
「わわわ……猫村さん、ありがとうございます! でも、こんなに貰っちゃって悪いですよ……」
「何を言うか! 他人行儀な。同じ猫村じゃないか!」
論理が飛躍している気がするが、田舎では「もらう」ことがコミュニケーションの基本なのだ。
「ほなみさん、ありがたく貰っておきましょう。その代わり、美味しく料理して感想を伝えるのが一番のお返しですから」
「はいっ! ……ふふ、猫村さんの野菜、ずっしり重くて、温かいですね」
ほなみさんは泥だらけの白菜を抱きしめて、満面の笑みを浮かべた。
その笑顔を見て、猫村さんも「いい孫ができたわい」と満足げに髭をさする。
血の繋がりなんてなくても、苗字がたまたま同じなだけでも。
ここでは、そんな些細なきっかけで「家族」のように温かい関係が生まれる。
「さて、今日の夕飯はネギたっぷりの鍋にしようか?」
「賛成です! 私、腕によりをかけちゃいますね!」
赤の他人の「猫村さん」同士の対面は、大量の野菜と共に、賑やかに幕を閉じたのだった。
⚫︎あとがき
烏骨隊長「完全に騙されたである……」
作者「へへっ、騙されてやんのー! 完全にミスリードじゃん!」
烏骨隊長「……もしや、最初から仕組んでいたな?」
作者「その通り。構成の段階で主人公、ヒロインは決めてたけどお隣の猫村さんは後付けだけどね。いつか明かせたら、って思ったけど随分と遅くなってしまった」
サクラコ「わ、わたしは気付いてたもん!」
作者「おっと、ここにもミスリードが一人」
サクラコ「わたしは分かってたもんー!」
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