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チュートリアル 推理・交渉編
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森に差し掛かったところで事態が変わった。監督と一緒にいた事が幸いするとは思わなかった。練習がてら索敵魔法を展開していたら、とんでもない速さでこちらに近づいてくる魔物とも人間とも言えない何かが近づいてきた。警戒するよりも前に監督は叫ぶ。
「エリス後ろ!いや上!やっぱ前から来る!」
「どっちだよ!ってえ⁈」
黒い影が背後からジャンプして私たちの前に飛び込んできた。月明かりと索敵魔法でギリギリだが襲撃者の姿を認識できる。二メートル以上はある黒い大型犬。正確には大型犬のように見える生き物がヨダレを垂らしながら二足歩行でこちらを見下ろしている。
「キミ、美味しそうな匂いシテルね……暖かくて、優しくて、陽だまりみたいな、カミサマの側にいるような匂いだ」
「……生憎あたしは食用のお肉じゃないんですけど?」
「わかってるよぉ、人間殺しは大罪だもん。神様に罰せられるんだもん。……でもさぁ、オレずっとお腹減ってて仕方ないんだよ。おじいさんが貴族に連れていかれてから、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと……物足りなかったんだ。野菜のスープも動物の肉も、パンも、ミルクも、酒も、何を食べても足りなくて、あとはもう、人間の魔力しか無いんだよ」
大型犬?は錯乱したように叫び続ける。正直話が通じる気がしない。監督は知ってか知らずか目を輝かせてカメラを向けてる。
「これは第1号の事件にふさわしいんじゃ無いかねエリス!」
「事件っつうより第1話最終回みたいな死亡フラグじゃ無いですかねこれ?」
「キミ……誰と話してるの?もしかして……あの匂い、加護持ち?」
つい監督にキレると大型犬は不思議そうに首をかしげる。彼には本当に監督が見えていないらしい。
「加護持ち?」
「キミ……知らないの?神様に愛されて、祝福を貰ってる人のことだよ」
監督を横目に見ると、テヘペロと言わんばかりのお茶目な表情を見せた。やっぱりお前のことか。そしてどこまで私の記憶覗いてスラングを習得してんだ全くもう。
「ご親切にドーモ。アンタこそ、腹ペコのわりには随分とおしゃべりしてくれるんだね」
「だって、神様が言ってたんだよ『隣人とは対話せよ』『そして許し給え』って」
なんかこの大型犬、チグハグ過ぎる。姿は大型犬、もはや人狼みたいな恐ろしさがあるのに言動は純粋すぎる子供そのもの。もしかして、体は大きいけどこいつ自身はまだ子供なんじゃないか?面倒だから今後は人狼で通すか。
「そりゃ知らんかった。生憎無神論者なんだよあたし」
監督が嘘でしょ?って驚いた顔で私を見る。口パクで『前の世界での話だ』と返して落ち着かせた。勝手についてきてる以上、今更神様否定しても仕方ないからね。
「神様を否定するんだ、キミ異教徒なの?」
「異教徒もなにもこの辺の宗教なんざ知らんわ」
「そっか……じゃあ、オレがキミを罰して許してもらえるようにお祈りしなきゃ。だから……オレに食べられてよ」
そういい終えると人狼は私に襲いかかってきた。人狼が正面から飛びかかるところを寸前で避ける。避けて避けて、ひたすら避ける。
「エリス、魔法!魔法撃って!」
「無茶言うな!さっきの大惨事忘れたとは言わせないから!」
「……確かに今のキミが魔法撃つには狭いねココ」
今使えるのは地図がわりに展開してる索敵魔法だけ。これで事態を乗り切れるのか?何か手がかりは……そういえば監督は私に探偵役を依頼していた。探偵役ってそもそもなにをする存在?事件に遭遇して、手がかりを集めて、犯行の流れや犯人の動機を解明して、それを証明するために犯人や関係者と対峙する。
「つまり……私が直接戦う必要はないってこと?だとしても……この状況じゃコイツを落ち着かせる方法なんて。いや、直接見せてもらうしかないか」
「ねえ、さっきから誰と話してるの?神様がいるの?なんでずっと信じてるオレじゃないの?なんで異教徒のキミなの?おじいさんはオレに人間としての生き方を教えてくれたのに!オレが人間じゃないから神様はオレを祝福してくださらないの⁈オレたちの技術が神様の教えに背いてるって言うの⁈」
完全にヒステリックになってる人狼に向けて索敵魔法を集中させる。彼の攻撃を避けつつも全身、上半身、下半身と索敵範囲を細分化して手がかりを探す。索敵魔法は人狼の首元のアクセサリー、爪に挟まってる粉末、そして彼の基本情報に反応した。
[索敵結果]
個体名: アレクシオス
種族名: 獣人(狼派生)
職業:薬師・狩人
特記事項:
・善良な神職者に育てられた為熱心なモルガナ教(一神教)の信者である。隣人愛に重きを置き、同じ教えを守る者の殺人を禁じている。
・獣人は本能的には獣寄りなので弱肉強食思考が根底にある。また人間は捕食対象にカウントされる。
・薬師・医術は反魂の術ともされていた為、自然の摂理に反するとしてモルガナ教では数十年前まで禁忌とされていた。
ここまでの手がかり手に入れたところで、集中力が切れた。具体的に言うとすっ転んだ。そこを人狼が飛びかかり私の上に馬乗りになった。イヌ科特有の黒ずんだ鼻先を私に向けて荒い呼吸を繰り返し、悦に浸る。黒い体毛が闇夜に溶け込んでいるのに彼の銀色の眼だけは満月みたいに輝いている。
正直マウント取ってる人狼が怖いけど、一か八か。ここで彼を解明しかない。
「あぁ……本当にいい匂い。名前も知らない異教徒さん。神よ、我が罰を持って彼女を許し給え。それじゃあ、いただきま」
「食事前にお祈りできるなんて、さぞ良い人に育てられたんだね、アレクシオス」
「……何でキミ、オレの名前知ってんの?」
「それぐらい、索敵魔法で一発だよ」
嘘です、本当は基本情報を短時間に何回も掛け直して索敵魔法の練度を無理やりあげたからです。ただしこの状況では人狼を怯ませることが第一なので、あえてハッタリかましてます。
「索敵魔法……加護持ちの固有魔法でもかなり珍しい祝福だね。イイなぁ……」
「神様に愛されて羨ましいから?」
「んなっ、オマエに何がわかる⁈生まれてからずっとずっと信じてるモノに裏切られ続ける苦しさが!」
「わからないよ。でも理解しようと向き合うことならできる」
「嘘だ!おじいさんは神様が認めた薬師だった、なのに貴族の連中はおじいさんに禁忌薬を作ったって言いがかりをつけて……教会の裁判にかけて……無実の罪で殺しやがった!オレたちは無罪だって訴えたのに!ケダモノの話は証言にならんとかほざきやがった!」
人狼の号哭に、見覚えがあった。かつての忘れかけていた頃の私だ。友達を庇って、クラスからハブられて、信じたはずの友達が共犯だった時に絶望した、子供の怒りと絶望だ。
「……コレだけは言える。悪いのはその貴族と関係者だ。オマエや神様でも祝福でもないよ。それにアンタが苦しい原因はそれ以外にもある、例えば獣人の本能とアンタの神様の教えの矛盾。それは人間も同じだ。ただアンタほど純粋じゃないから取り繕って正当化できるだけ。神様の教えとやらも一番数が多かった人間が都合よく解釈して幅を利かせていただけだ。腹立たしいけど……よくある話だ」
人狼は呆気にとられていた。自分を動かしてた燃料を抜き取られた機械のように見えた。監督は呆気にとられつつもカメラを止めない。
「そんな……そんな簡単に言うなよ。貴族なんて罰しようとしても、オレじゃ……会うことも叶わないのに。こんなオレじゃあ、もう神様を信じる気にもなれない。オレも異教徒じゃんか。ねぇキミ、教えてよ。オレは……これから何を信じて生きればイイんだよ?」
「ンなもの、自分の目で見てその頭使って考えなよ」
「オレ、キミみたいに頭良くないよ?」
「爪に薬草の粉末が何種類ものこってる。アンタ薬師なんだろ。だったら薬の作り方、その話ぶりからして神様の教えもわかるんでしょ?元々頭使う素質はあるし、アンタが生きたいのなら私の得意な考え方をいくらでも教える。その代わり条件がある」
「なに?」
「アタシと契約すること。アタシは契約を通してアンタの魔力をいつでも好きなだけ供給できるから飢える心配はない。その代わり、アタシが死ぬか契約解除するまでは絶対服従……要は嫌でも命令に従ってもらうことになる。さぁ、どうする?」
こんな当てずっぽうの言いくるめ、正直自分でも如何なものかと思う。けどコレ以外になにも思いつかなかった。最悪の場合、餓死寸前のは人狼には申し訳ないが初級の水属性魔法を打ち込んで逃げるしかない。万が一契約されても私の魔法の威力がメガ盛りから大盛りに落ち着く事、彼の飢えは当面凌げること以外正直メリットはない。なにより、今の言いくるめだけで簡単に不安定な変化に飛び込もうなんて考える可能性はそうそう無い。
「決めたよ。オレはキミのこと……」
彼のその言葉に自分の耳を疑った。
「エリス後ろ!いや上!やっぱ前から来る!」
「どっちだよ!ってえ⁈」
黒い影が背後からジャンプして私たちの前に飛び込んできた。月明かりと索敵魔法でギリギリだが襲撃者の姿を認識できる。二メートル以上はある黒い大型犬。正確には大型犬のように見える生き物がヨダレを垂らしながら二足歩行でこちらを見下ろしている。
「キミ、美味しそうな匂いシテルね……暖かくて、優しくて、陽だまりみたいな、カミサマの側にいるような匂いだ」
「……生憎あたしは食用のお肉じゃないんですけど?」
「わかってるよぉ、人間殺しは大罪だもん。神様に罰せられるんだもん。……でもさぁ、オレずっとお腹減ってて仕方ないんだよ。おじいさんが貴族に連れていかれてから、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと……物足りなかったんだ。野菜のスープも動物の肉も、パンも、ミルクも、酒も、何を食べても足りなくて、あとはもう、人間の魔力しか無いんだよ」
大型犬?は錯乱したように叫び続ける。正直話が通じる気がしない。監督は知ってか知らずか目を輝かせてカメラを向けてる。
「これは第1号の事件にふさわしいんじゃ無いかねエリス!」
「事件っつうより第1話最終回みたいな死亡フラグじゃ無いですかねこれ?」
「キミ……誰と話してるの?もしかして……あの匂い、加護持ち?」
つい監督にキレると大型犬は不思議そうに首をかしげる。彼には本当に監督が見えていないらしい。
「加護持ち?」
「キミ……知らないの?神様に愛されて、祝福を貰ってる人のことだよ」
監督を横目に見ると、テヘペロと言わんばかりのお茶目な表情を見せた。やっぱりお前のことか。そしてどこまで私の記憶覗いてスラングを習得してんだ全くもう。
「ご親切にドーモ。アンタこそ、腹ペコのわりには随分とおしゃべりしてくれるんだね」
「だって、神様が言ってたんだよ『隣人とは対話せよ』『そして許し給え』って」
なんかこの大型犬、チグハグ過ぎる。姿は大型犬、もはや人狼みたいな恐ろしさがあるのに言動は純粋すぎる子供そのもの。もしかして、体は大きいけどこいつ自身はまだ子供なんじゃないか?面倒だから今後は人狼で通すか。
「そりゃ知らんかった。生憎無神論者なんだよあたし」
監督が嘘でしょ?って驚いた顔で私を見る。口パクで『前の世界での話だ』と返して落ち着かせた。勝手についてきてる以上、今更神様否定しても仕方ないからね。
「神様を否定するんだ、キミ異教徒なの?」
「異教徒もなにもこの辺の宗教なんざ知らんわ」
「そっか……じゃあ、オレがキミを罰して許してもらえるようにお祈りしなきゃ。だから……オレに食べられてよ」
そういい終えると人狼は私に襲いかかってきた。人狼が正面から飛びかかるところを寸前で避ける。避けて避けて、ひたすら避ける。
「エリス、魔法!魔法撃って!」
「無茶言うな!さっきの大惨事忘れたとは言わせないから!」
「……確かに今のキミが魔法撃つには狭いねココ」
今使えるのは地図がわりに展開してる索敵魔法だけ。これで事態を乗り切れるのか?何か手がかりは……そういえば監督は私に探偵役を依頼していた。探偵役ってそもそもなにをする存在?事件に遭遇して、手がかりを集めて、犯行の流れや犯人の動機を解明して、それを証明するために犯人や関係者と対峙する。
「つまり……私が直接戦う必要はないってこと?だとしても……この状況じゃコイツを落ち着かせる方法なんて。いや、直接見せてもらうしかないか」
「ねえ、さっきから誰と話してるの?神様がいるの?なんでずっと信じてるオレじゃないの?なんで異教徒のキミなの?おじいさんはオレに人間としての生き方を教えてくれたのに!オレが人間じゃないから神様はオレを祝福してくださらないの⁈オレたちの技術が神様の教えに背いてるって言うの⁈」
完全にヒステリックになってる人狼に向けて索敵魔法を集中させる。彼の攻撃を避けつつも全身、上半身、下半身と索敵範囲を細分化して手がかりを探す。索敵魔法は人狼の首元のアクセサリー、爪に挟まってる粉末、そして彼の基本情報に反応した。
[索敵結果]
個体名: アレクシオス
種族名: 獣人(狼派生)
職業:薬師・狩人
特記事項:
・善良な神職者に育てられた為熱心なモルガナ教(一神教)の信者である。隣人愛に重きを置き、同じ教えを守る者の殺人を禁じている。
・獣人は本能的には獣寄りなので弱肉強食思考が根底にある。また人間は捕食対象にカウントされる。
・薬師・医術は反魂の術ともされていた為、自然の摂理に反するとしてモルガナ教では数十年前まで禁忌とされていた。
ここまでの手がかり手に入れたところで、集中力が切れた。具体的に言うとすっ転んだ。そこを人狼が飛びかかり私の上に馬乗りになった。イヌ科特有の黒ずんだ鼻先を私に向けて荒い呼吸を繰り返し、悦に浸る。黒い体毛が闇夜に溶け込んでいるのに彼の銀色の眼だけは満月みたいに輝いている。
正直マウント取ってる人狼が怖いけど、一か八か。ここで彼を解明しかない。
「あぁ……本当にいい匂い。名前も知らない異教徒さん。神よ、我が罰を持って彼女を許し給え。それじゃあ、いただきま」
「食事前にお祈りできるなんて、さぞ良い人に育てられたんだね、アレクシオス」
「……何でキミ、オレの名前知ってんの?」
「それぐらい、索敵魔法で一発だよ」
嘘です、本当は基本情報を短時間に何回も掛け直して索敵魔法の練度を無理やりあげたからです。ただしこの状況では人狼を怯ませることが第一なので、あえてハッタリかましてます。
「索敵魔法……加護持ちの固有魔法でもかなり珍しい祝福だね。イイなぁ……」
「神様に愛されて羨ましいから?」
「んなっ、オマエに何がわかる⁈生まれてからずっとずっと信じてるモノに裏切られ続ける苦しさが!」
「わからないよ。でも理解しようと向き合うことならできる」
「嘘だ!おじいさんは神様が認めた薬師だった、なのに貴族の連中はおじいさんに禁忌薬を作ったって言いがかりをつけて……教会の裁判にかけて……無実の罪で殺しやがった!オレたちは無罪だって訴えたのに!ケダモノの話は証言にならんとかほざきやがった!」
人狼の号哭に、見覚えがあった。かつての忘れかけていた頃の私だ。友達を庇って、クラスからハブられて、信じたはずの友達が共犯だった時に絶望した、子供の怒りと絶望だ。
「……コレだけは言える。悪いのはその貴族と関係者だ。オマエや神様でも祝福でもないよ。それにアンタが苦しい原因はそれ以外にもある、例えば獣人の本能とアンタの神様の教えの矛盾。それは人間も同じだ。ただアンタほど純粋じゃないから取り繕って正当化できるだけ。神様の教えとやらも一番数が多かった人間が都合よく解釈して幅を利かせていただけだ。腹立たしいけど……よくある話だ」
人狼は呆気にとられていた。自分を動かしてた燃料を抜き取られた機械のように見えた。監督は呆気にとられつつもカメラを止めない。
「そんな……そんな簡単に言うなよ。貴族なんて罰しようとしても、オレじゃ……会うことも叶わないのに。こんなオレじゃあ、もう神様を信じる気にもなれない。オレも異教徒じゃんか。ねぇキミ、教えてよ。オレは……これから何を信じて生きればイイんだよ?」
「ンなもの、自分の目で見てその頭使って考えなよ」
「オレ、キミみたいに頭良くないよ?」
「爪に薬草の粉末が何種類ものこってる。アンタ薬師なんだろ。だったら薬の作り方、その話ぶりからして神様の教えもわかるんでしょ?元々頭使う素質はあるし、アンタが生きたいのなら私の得意な考え方をいくらでも教える。その代わり条件がある」
「なに?」
「アタシと契約すること。アタシは契約を通してアンタの魔力をいつでも好きなだけ供給できるから飢える心配はない。その代わり、アタシが死ぬか契約解除するまでは絶対服従……要は嫌でも命令に従ってもらうことになる。さぁ、どうする?」
こんな当てずっぽうの言いくるめ、正直自分でも如何なものかと思う。けどコレ以外になにも思いつかなかった。最悪の場合、餓死寸前のは人狼には申し訳ないが初級の水属性魔法を打ち込んで逃げるしかない。万が一契約されても私の魔法の威力がメガ盛りから大盛りに落ち着く事、彼の飢えは当面凌げること以外正直メリットはない。なにより、今の言いくるめだけで簡単に不安定な変化に飛び込もうなんて考える可能性はそうそう無い。
「決めたよ。オレはキミのこと……」
彼のその言葉に自分の耳を疑った。
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