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エピローグ
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しおりを挟む村瀬 冬馬です。
フリーカメラマンしてます。
ある日、フリー冊子 “熊本タウン情報誌 くまたん” の編集部に、弥生さんはやってきた。
熊本育ちの編集長と、同じく熊本育ちの弥生さんのお母さんが同級生、ということが面接の時に分かった。
そんな縁で採用がすんなり決まったらしい。
弥生さんは中学まで熊本に住んでたけどその後名古屋へ、大学で東京へ出たそうだ。
同じ熊本出身の女性でも、夢は素朴なのに、弥生さんは洗練された感じ。
それが東京で培われたものなのか、元々の素材の違いなのか、俺には分からない。
弥生さんの第一印象は、“綺麗なお姉さん”。
でも話をしてみると印象とは違って、可愛らしく親しみやすい人だった。
ただ、憂いのある翳りのようなものがいつまでも消えることはなかった。
弥生さんは初めは編集長と出かけて、取材の仕方を教わった。
いざ一人で取材へ行ってもらったら、写真の出来がそれはそれは酷かった。
デジカメでどうしたらこんなに下手くそに撮れるの?ってくらい、何を伝えたい画像なのかさっぱり分からなかった。
それから弥生さんの取材には俺の同行が必須となった。
景色の撮り方や、消え物の撮り方、人物の撮り方をその都度教えてあげた。
カメラの腕は徐々に上達させるとして、取材の方は弥生さんの外見と人柄からすぐにスムーズに進むようになった。
特に取材相手が男性なら、デレデレにさせてしまう傾向があった。
哀しい男の性だ。
弥生さんが詐欺師だったら相当稼げたに違いない。
今日は漁協の取材があった。
競りや出荷の様子を遠巻きに撮影して、邪魔にならないよう取材は一段落してからという手筈だった。
待機の時間に海岸の堤防を歩いてみた。
弥生さんが物憂げな顔をして、水平線を見つめてた。
シャッターチャンスのような気がして、そっとそばから離れた。
シャッターを切る頃には、弥生さんは両腕を天に向かって伸ばして、全身に余すことなく太陽を浴びさせていた。
フレアスカートが秋風を孕ませて揺れた。
波と太陽と風を、まるで操ってるかのように見えた。
響く写真が撮れたと思う。
後で本人に確認してから、コンテストに応募しようかと考えた。
「仁王立ちの、いい画が撮れました。」
俺の存在をすっかり忘れていたように、振り返った弥生さん。
さっきの姿勢をデフォルメして真似して見せた。
「そんなにガニ股じゃない。モデル料もらうから。」
「じゃ、夕飯奢りますよ。何食べます?」
弥生さんがこうした誘いにほとんど乗らないことは分かってた。
まただ、返事は憂いのある笑顔で誤魔化された。
編集部に帰ると何やら夢が怪しかった。
カクカク歩く姿はまるでゾンビだ。
弥生さんも異変を感じつつも、笑いを堪えてる節が見えた。
夢はゾンビのまま、美女弥生を感染させるかの如く後を追った。
もう止めろ夢…
耐えられない。
弥生さんもとうとう吹き出した。
さっき一度、“真田 圭”とつぶやいてたけど、もう一度その名前を呼んだ。
夢にはここ数年、真田ブームが来てる。
だから、あぁ、またかと。
弥生さんは、真田圭にあまり興味がなさそうなのに夢は構わず語りかけてる、いつも。
「うん、圭さんがどうしたの?」
本日二度目の真田圭の名前が出た時、珍しく弥生さんが反応を見せた。
「居ます。」
「います?」
夢が指差したのは会議室とは名ばかりの物置室。
会議なんて、年に数回あればいい方。
そこは今、ブラインドが下りて中は見えない。
夢の奴、居ますって、妄想もここまで来たか。
良くてソックリさん、最悪ポスターか等身大パネルとか?
弥生さんの後を追って俺もドアから中を覗いた。
「ホントだ、真田圭だ。」
本人を目の前にして、お茶の間感覚で呼び捨てにしてしまった。
真田圭はハンパないオーラを放ってそこに座ってた。
一度チラッと俺を見たけど、その後の視線は完全に弥生さんにロックされてた。
「なんで、こんなとこに?」
俺に話しかけるなオーラを醸し出してる真田圭。
目の前の弥生さんは首を横に振った。
真田圭様はどうやら観光したいらしい。
女子共の憧れに誘われてるのに、回りくどく断る弥生さんはチャレンジャーだった。
攻守せめぎあう中、挙句には俺まで巻き込まれた。
「編集長、今日は仕事が終わった後、約束があるんです、ね、冬馬君?」
仕事が終わった後?
何かあったっけ?
もしかして、さっき海で話したアレか。
でも、アレはいつもの通り断られた認識だったけど?
しかしながら弥生さんのウルウルとした瞳で「ね、」と言われて、否定できる男がこの世にいるだろうか?
「ん、あぁ、夕飯奢る約束ね。」
哀しい男の性だ…
この瞬間、真田圭を敵に回したことは間違いない。
落ちない弥生さんに真田圭は、編集長を買収しにかかった。
結果、編集長は俺に真田圭を撮れと言い出した。
「はぁ?」
くまたんの表紙ごときに真田圭とか、前代未聞だ。
弥生さんはというと、真田圭の接待役として身を売られた。
話がまとまると、グズグズとする弥生さんは、真田圭に引き摺られるように編集部から連れ出されて行った。
一体何だったんだ…
夢を見れば、閉じたドアにいつまでも手を振り続けてた。
俺は一抹の不安を感じながら、嶋さんに確認の電話を入れた。
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