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山にいます。何県だろう。山です。代藤という地名です。藤君、元気かな。私のことを好きだと公言したときはうざいと思いましたが、今年のホワイトデーに巨大などら焼きをくれて、去年はクッキーでその前はマシュマロだったので、今年はいつもよりも嬉しかったです。しかも粒あんにもちがへばりついていて、おいしかったです。まだそれを伝えていないのは、あなたに気持ちがないからでしょう。こんな子どもの好きだけでは付き合えなくてごめん。恋愛には責任が伴うって私は知ってるから。今回おことでますます恋愛からは遠ざかりそう。人を好きになって、その人がいなくなったら寂しくなって自分の生活もままならない。そんなの無理。
私とめっきり弱ったむうちゃんはしばらく山近くの民宿に滞在することになった。なにも考えずに仕事に打ち込むなんて世界中のどこでもできそうにないけれど、今はとにかくむうちゃんをのんびりさせてあげようということになり、私が同行することになった。こういうとき、暇な大人が一人いると便利だが少子化で我が家にもそんな人はおらず、私に白羽の矢が立った。むうちゃんは小学生の私を休ませることを申し訳ないとママに訴えたが、ママも仕事を休めないし、むうちゃんをどうしても一人にはさせられないというママの気持ちが私にも伝わった。学校の先生はプリントをたくさん用意してくれて、ネット環境もあるならそれで連絡をするということになった。ちょっと前なら無理だっただろう。子どもは学校へ、大人は仕事をするべきと決まっていた世の中だった。
新幹線と電車を乗り継いで、人がいない駅で迎えの車を待った。移動中、むうちゃんはあまり話さなかった。風景に見とれているようでもあった。山が近いな、似た風景をたーくんと見たなと考えているに違いない。その横顔は、私の胸をまたちくりとさせた。
大事な人を失うっていうことを私はやっと思い知っている。寒いときは上着を一枚羽織ればいいけれど、どうしたってたーくんはいないし、あの体温を思い出すことすら辛い。私がこうなのだから、むうちゃんはもっと辛いのだろう。
「民宿初めて」
「旅館と変わらないよ」
とむうちゃんは言ったけれど、部屋を見て言葉が出なかった。洋室と和室がつながっていて、そこそこ広いけど、ベッドが近すぎる。隙間は数センチ。落ちる心配はなさそうだ。
「ユリカ、犬がいるよ」
二階の窓から見下ろすと茶色い犬がしっぽを振った。
「柴犬かな」
「いえいえ、雑種ですよ」
とオーナーの原沢さんが言った。
むうちゃんの担当の白金さんが選んでくれたのは女性客のみしか受け付けないこじんまりした民宿だった。ちょっと大きい普通の家のようだが、大小の温泉があり、しかもかけ流しだった。
「いいところ」
むうちゃんが言った。ここはたーくんと来てはいないだろうか。その横顔に聞けなかった。死んでからのほうがたーくんを意識する。
「夕食は6時でいいですか?」
「はい」
とむうちゃんが頷く。
「今日は塚本さまだけですから」
「じゃあ静かでいいですね」
大人の顔で返答したからほっとした。
「はい。なにかありましたらフロントのベルを鳴らしてください」
「わかりました」
原沢さんが部屋を出てゆくと同時に、むうちゃんは畳に寝そべった。
「畳だ。嬉しい」
「うちはないからわからないな。嬉しいの?」
「うん」
むうちゃんが大の字になるから真似てみた。
「むうちゃんちだってないじゃん」
「子どもの頃の家にはあったよ。畳の部屋しかなかった」
「今の家建てるとき、ママは畳ほしいって言わなかったよ」
天井が変な柄。
私とめっきり弱ったむうちゃんはしばらく山近くの民宿に滞在することになった。なにも考えずに仕事に打ち込むなんて世界中のどこでもできそうにないけれど、今はとにかくむうちゃんをのんびりさせてあげようということになり、私が同行することになった。こういうとき、暇な大人が一人いると便利だが少子化で我が家にもそんな人はおらず、私に白羽の矢が立った。むうちゃんは小学生の私を休ませることを申し訳ないとママに訴えたが、ママも仕事を休めないし、むうちゃんをどうしても一人にはさせられないというママの気持ちが私にも伝わった。学校の先生はプリントをたくさん用意してくれて、ネット環境もあるならそれで連絡をするということになった。ちょっと前なら無理だっただろう。子どもは学校へ、大人は仕事をするべきと決まっていた世の中だった。
新幹線と電車を乗り継いで、人がいない駅で迎えの車を待った。移動中、むうちゃんはあまり話さなかった。風景に見とれているようでもあった。山が近いな、似た風景をたーくんと見たなと考えているに違いない。その横顔は、私の胸をまたちくりとさせた。
大事な人を失うっていうことを私はやっと思い知っている。寒いときは上着を一枚羽織ればいいけれど、どうしたってたーくんはいないし、あの体温を思い出すことすら辛い。私がこうなのだから、むうちゃんはもっと辛いのだろう。
「民宿初めて」
「旅館と変わらないよ」
とむうちゃんは言ったけれど、部屋を見て言葉が出なかった。洋室と和室がつながっていて、そこそこ広いけど、ベッドが近すぎる。隙間は数センチ。落ちる心配はなさそうだ。
「ユリカ、犬がいるよ」
二階の窓から見下ろすと茶色い犬がしっぽを振った。
「柴犬かな」
「いえいえ、雑種ですよ」
とオーナーの原沢さんが言った。
むうちゃんの担当の白金さんが選んでくれたのは女性客のみしか受け付けないこじんまりした民宿だった。ちょっと大きい普通の家のようだが、大小の温泉があり、しかもかけ流しだった。
「いいところ」
むうちゃんが言った。ここはたーくんと来てはいないだろうか。その横顔に聞けなかった。死んでからのほうがたーくんを意識する。
「夕食は6時でいいですか?」
「はい」
とむうちゃんが頷く。
「今日は塚本さまだけですから」
「じゃあ静かでいいですね」
大人の顔で返答したからほっとした。
「はい。なにかありましたらフロントのベルを鳴らしてください」
「わかりました」
原沢さんが部屋を出てゆくと同時に、むうちゃんは畳に寝そべった。
「畳だ。嬉しい」
「うちはないからわからないな。嬉しいの?」
「うん」
むうちゃんが大の字になるから真似てみた。
「むうちゃんちだってないじゃん」
「子どもの頃の家にはあったよ。畳の部屋しかなかった」
「今の家建てるとき、ママは畳ほしいって言わなかったよ」
天井が変な柄。
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