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 むうちゃんは寝息を立て始めたけれど、私は寝られそうにない。家以外に泊ったことは数えるほどしかなく、旅行であれば親がいた。興奮はちょっとしている。不安はもっと大きい。むうちゃんのために来たはずなのに、むうちゃんのほうが大人だから順応は速い。

 静かだ。周りには民家も少ない。カーテンを開けたら真っ暗だった。星が見える。無音にびっくりした。風が吹かなければ、獣が鳴かなければ音もしないのだ。
 私も、ママも絶対に聞きたくないのだ。むうちゃんの口から死を連想させる言葉が出なければそれでいい。少しは考えているのかな。今日は楽しそうだったからいいけれど、これが続くとも思えない。

 私の人生の全てに両親は関わっている。むうちゃんもそう。たーくんもそうだ。でもむうちゃんは大人だから違うでしょ? たーくんと一緒にいたのは人生の3分の1くらいじゃない。関わった体積が違うから比較はむつかしい。私はたーくんのことがそんなに好きだったわけじゃない。むうちゃんと一緒にいるから同じように見てしまっていただけ。メインに添えてあるパセリくらいの存在って言ったら、たーくんはきっと怒るだろう。

 嫌いだ、たーくんなんて。むうちゃんを苦しめて、自分はさっさと死んじゃって。仮に、刺されたけれど生きていたらどうしていたんだろう。2万2千円の刺身包丁ではなくて刃の欠けた文化包丁だったら死なずにすんだのかな。むうちゃんはまだたーくんと付き合っていて、背中を刺されたたーくんのお見舞いに私を誘ったかな。そして退院したら、何事もなかったようにあの家でまた暮らしたのかな。ちょっと前と同じように。一ミリも変わることなく、背中合わせで絵を描き続けていたのかな。

 むうちゃん、怒っていいよ。たーくんにもたーくんを殺した女にも怒りをぶつけたらいいのに。その権利があるよ。ママに頼ればいいし、私に弱音を吐いてもいいよ。むうちゃんと濃く血がつながっているのはママと私くらいなんだから。体にため込んだらだめだし、仕事にぶつけてももっとだめ。だってむうちゃんの漫画は人を幸せにしているんだもの。辛い思いを微塵も醸し出してはいけない。私でいいよ。折檻を受けるよ。
 幸いなことに殴られたことが一度もない。いい子のつもりはないけれど、悪くないから叩かないのだろう。

 むうちゃんが金縛りに遭わないようにこのまま見てあげようか。それくらいしかできない。無力で無知。手はむうちゃんより小さいし、慰めの言葉をかけられるほど利口じゃない。むうちゃんよりも私はもっと語彙が少ないよ。

 こんな離れたところにいるのに、家が雨漏りする夢を見た。なにかを不安に感じている証拠かもしれない。
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