上 下
27 / 53

26

しおりを挟む
 それから私とむうちゃんはお風呂に入った。温泉は、じんわりと体に沁み入って来た。
「ユリカ、ちょっとおっぱいできてきた?」
 むうちゃんが私の胸を覗き込む。
「やっぱり? それで痛いのかな」
「痛いの?」
「うん、ずっと」
「巨乳になりそうな血筋ではないけど、なるのかもね。急にぼんって」
 とむうちゃんは笑った。
「なりたくないよ」
 こんな脂肪の塊だけで惚れられても厄介だ。
「ふう、気持ちいい」
 むうちゃんが素っ裸で広い風呂に浮かんだ。
「死体みたい」
「死体って自分じゃ動けないのよ」
 そうなのか。

「たーくんて、刺されただけ?」
 聞かれたくないだろうことを私は聞いた。
「そうよ」
「女の人の力でも死んじゃうの?」
「だって新品の包丁買ってきちゃうんだもん。安いのならわからないけど、2万2千円の刺身包丁だって。そりゃ切れ味いいわ」
むうちゃんの裸は、ほんのりママに似ているようだった。ということは私も似るのだろうか。
「新品の包丁を買うって計画性があるの? ないの?」
 私は聞いた。
「どっちだろうね」
 とむうちゃんも首を捻った。人とお風呂に入るのが苦手だった。体を見られるのが恥ずかしいのではなくて、他人の垢とか悪いものが無防備な体に侵入するような気がしていて。思い違いだ。湯治という言葉があるくらいだもん。治るんだ。たーくんがいないことは直せないけど、私とむうちゃんは少し自分の細胞を整えられた気がした。そういう温泉だった。よく見ると少し茶色い。幾度も体にかけて自分を労わった。

 部屋にはテレビもトイレもついていた。
「冷蔵庫もあるじゃん」
 むうちゃんは冷蔵庫を開けた。
「ビールとコーラか。私、炭酸苦手なんだ」
「古そうだし、値段がわからないな」
 とむうちゃんは冷蔵庫を閉めた。
「明日、私歩いてコンビニ行って来るよ。飲み物と果物くらい買っておいたほうがいいでしょ?」
「タクシー呼ぶか、原沢さんに聞いてみようか?」
「犬の散歩の途中で、来たときにタクシーで通った広い道に出たから行けると思う」
「そう。じゃあもう寝よう」
「まだ8時だよ」
「だってすることないもん。電気の無駄」
 とむうちゃんはベッドのほうに歩いて行ってしまった。寝転がるとベッドはさほど狭くはない。でもむうちゃんが隣に寝ているくらいに近かった。
「もう少し離せないものかね?」
「ベッドの間にはまっちゃいそう?」
「うん」
 むうちゃんは夜に仕事をすることを嫌う。入り込みすぎて、後から読み返すと書き直すことが多いので、なるたけ明るいうちに描きたいそうだ。だから締め切り前以外は夜は常人と同じ生活をしている。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

幼馴染の女の子と電気あんまをやりあう男の子の話

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:227pt お気に入り:18

長編「地球の子」

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:285pt お気に入り:1

月曜日の方違さんは、たどりつけない

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:8

【完結】龍神の生贄

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:447pt お気に入り:345

あの世はどこにある?

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:23

幽霊が見える私、婚約者の祖父母(鬼籍)に土下座される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,441pt お気に入り:81

溺愛されても勘違い令嬢は勘違いをとめられない 

恋愛 / 完結 24h.ポイント:447pt お気に入り:380

ライオンガール

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:20

千早さんと滝川さん

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:9

一行日記 2024年1月 🐉

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:3

処理中です...