上 下
30 / 53

29

しおりを挟む
 部屋に戻るとむうちゃんは静かに漫画を描いていた。猫背で、前髪をピンでとめて、息をするのも忘れてしまっているようだ。そう、この集中力がたーくんにはなかった。ふっーっと息を吐くように色を塗るのだけれど、厚みがない。真剣味が足りない。それを補う努力もしない。たーくんは気づいていたのかな。

 むうちゃんの邪魔をしたくはなかった。幸いなことに、廊下の隅に本棚があり、漫画から洋書まで揃っていた。それを読んでいるとむうちゃんが、
「学校の授業と同じ科目をしたら?」
 と言った。
「勉強はそこそこできるんだ。たぶんむうちゃんとたーくんのおかげ」
「たーくんは頭がいいっていうか、いいふりをしていただけよ。それでも私も助かったな。いろんなこと知っていたから」
「うん」
「気を抜くとすぐに同級生に抜かされちゃうよ」
「わかったよ」
 花の辞典があったのでそれを開いて勉強しているふりをした。久々にむうちゃんが仕事をしている姿を見たら、やはり人間離れしていると思う。素早く手を動かす。手描きのときはなにかを貼り、ふうっと息を吐いてカスを払っていたな。
 淡々と、一貫して同じことを繰り返す。たまに自分の手を握ってみたり、足を見たり、目を閉じてイメージしている。手のひらサイズの人体模型を動かしてみたりもする。むうちゃんの恋愛漫画はわかりやすい。女の子が男の子を好きというだけ。大きな邪魔は入らないし、事件も起きない。でもそれが共感を呼んでいるようにも思う。魔族の血を受け継いでいる女の子なんてゼロに等しい。普通の女の子が普通に恋をしたって、なにかしらある。むうちゃんはそういうのを描いている。エッセイは大人向けで、下世話な話も書く。まさか今回のたーくんのことまでネタにしないだろうか。やりかねない。おもしろく脚色しそうだ。

 昼食はパスタだった。
「おいしい」
「生めんなの」
 と原沢さんが言った。
「それでこの弾力なんですね」
 むうちゃんのせいにするつもりはないけれど、大きくなったら私は何かのお店を持とうと思う。パン屋でも美容室でもいい。そう、パスタ屋さんでもいい。私は一階で仕事をしてむうちゃんは二階で漫画を描く。大きな努力をしなくても、きっとそうなる。問題なのは、それを許容してくれる恋人はいらないから、旦那さんを早く見つけよう。見つけられるだろうか。変わり者でいいから優しい人がいい。贅沢を言うと既にお店を持っている人を探したい。職人さんでもいいし、第一産業に関わる人でもいい。むうちゃんの仕事は手伝えない。何度も挫折した。だから自分でやるか、何かをやる人を手伝ってむうちゃんと生きてゆきたい。むうちゃんがまた誰かを好きになって、気楽にその人についてゆくというのならそれでもかまわない。親の老後よりもむうちゃんの心配をするのはお門違いだろうか。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

幼馴染の女の子と電気あんまをやりあう男の子の話

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:227pt お気に入り:18

長編「地球の子」

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:285pt お気に入り:1

月曜日の方違さんは、たどりつけない

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:8

【完結】龍神の生贄

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:447pt お気に入り:345

あの世はどこにある?

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:23

幽霊が見える私、婚約者の祖父母(鬼籍)に土下座される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,441pt お気に入り:81

溺愛されても勘違い令嬢は勘違いをとめられない 

恋愛 / 完結 24h.ポイント:447pt お気に入り:380

ライオンガール

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:20

千早さんと滝川さん

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:9

一行日記 2024年1月 🐉

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:3

処理中です...