あなたを許せるまで

まめしば

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8.憎む相手は

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「そこで何をしている?」

 商人は後ろからかけられた言葉に振り返った。
 わしの邪魔をするとは・・・と思いながら。

 しかし振り返ってみて、視界に入った黒髪と深紅の瞳の男の姿に一瞬で顔を蒼褪めさせた。

「グ・・グライア公爵様!?」

「用事でこの辺に来ていたのだが、帰り道で馬車が動かないと言うではないか。様子を見ているとトラブルになっていると聞いてな」

 そう言いながらゆっくり歩み寄って来る公爵の赤い瞳は商人を素通りし、じっとフィーネに注がれていた。
 フィーネは近づいて来るアルバートの姿に信じられない思いで愕然としてその場から一歩も動けずにいた。

 見つめ合う二人。
 しかし、目を先に反らしたのはフィーネの方だった。

「こ、公爵様!これは大変失礼致しました!ちょっと騒ぎになってしまいましたが、無事大きな事故になることもなく解決致しましたので!すぐに移動させます!」

「ああ。そうしてもらえると助かるな。私も暇ではないのでね」

「ももも、もちろんでございます!!!こら!ぼーっと見てないでさっさと出発する準備をしろ!!」

 商人の男は近くで待機していた御者に唾を飛ばしながら指示を出した。
 周りの野次馬たちも居心地悪そうに目を逸らして去ってゆく。
 アルバートも特にこれ以上問題を大きくするつもりは全く無かったので黙って見ていた。

 グライア公爵。
 彼はこの帝国で皇族の次に身分が高い、というのももちろんだが彼の名は国内外に知れ渡っていた。
 特徴はこの漆黒の黒髪と深紅の瞳。
 その色はグライア公爵家特有の唯一無二の色だった。
 元々、この国に黒髪は生まれにくい。更に赤い瞳は希少であると同時に畏怖の対象だった。
 貴族や平民に至るまで大体茶髪か金髪が一般的。
 異国の血が混じっているとも言われているが、かの公爵家は建国当時から存在している由緒ある家柄だ。
 また今代の公爵であるアルバート・グライアは先の内戦での一番の立役者。
 彼がいなければこの内戦は更に長引いたかもしれないと言われている。

 皇帝の最も信頼厚き忠臣である。
 そんな彼に誰も逆らおうなどとは思わない。

「グライア公爵様。では我々はこれで。お手を煩わせてしまい申し訳ございませんでした」
「ああ。早く行きたまえ」

 商人の男はアルバートに詫びの声を上げ、丁寧に頭を下げる。

「おい、そこのお前たち。お前たちはわしと一緒に来るんだ」

「・・・何?」


 立ち去ろうとした商人の男はアルバートの目の前でフィーネの腕を掴み、強引に立たせた。傍らの小さな男の子は無言で商人の男を睨み付けながらもフィーネから離れない。

 その光景を見たアルバートは、一気に頭に血が上るのを感じた。

「おい。その女性をどうするつもりだ」
「へ?あ・・いやこれはお恥ずかしい。とはまだ話がありますので連れて帰るのです」
・・・?」

 アルバートのこめかみに青筋が立つ。

「いやぁ、この親子に私が軽度ですが怪我をさせられましてね。詫びに私の世話をさせようと思っているのですよ」

 ニヤニヤと笑いながらフィーネとアランを見る男の目に、フィーネは怯えた表情をし、アランはただ睨み付けた。

「・・・・・そうか。ならばその女性の代わりに治療費及び怪我の経過を公爵家専属の医師を派遣し負担して診てやろう」

「め、滅相もありません!!公爵様にそのような事をして頂くわけには!!」

 アルバートの提案に焦ってしどろもどろになりながら商人は拒否する。

「何故だ?私が出してやると言っているのだから、貴様は黙って従えば良い」

「そ、そんな・・・」

「わかったならその女性と子供を置いて立ち去れ」

「くっ・・・失礼いたします」

 商人は悔しそうに未練の目でフィーネを見ながら立ち去るしかなかった。
 ようやく解放されたフィーネとアランはお互いに息を吐く。

「アラン・・・!大丈夫!?」
「母上ごめんなさい・・・!うわぁぁぁん」

 アルバートはフィーネに抱き着いて泣き出した男の子の存在を見て、「彼女の息子か・・・」とどこかでショックを受ける自分に苦笑した。
 あれから5年も経っている。彼女に夫や子供がいてもおかしくない。
 生きていることさえ奇跡だ。彼女を長年探していたが、どこかでもう亡くなっているかもしれないと最近は少し思っていた。しかし、貴族派の粛清名簿に彼女の名は無かった。

 だから一縷の望みをかけて密かに探していたのだ。

 探し出してどうするかなんて何も考えてなかった。
 ただ、見つけたとしてもフィーネが幸せに暮らしているのを確認出来ればそれで良かったのだ。

 だが、どうだ。


 目の前にいる彼女は。


 当時と変わらず凛とした美しさを持つ彼女はドレスではなく継ぎ接ぎだらけの衣服を着ていた。
 綺麗に整えられていた髪は後ろで緩く縛っただけ。
 あの時私を救ってくれた令嬢がスラムに身を落としていた。
 その事実に私は打ちのめされる。

「・・・怪我をしているな。手当をしよう」

 そう声をかけた私の言葉に息子を宥めていた彼女がこちらを見た。

「・・・グライア公爵様とお見受けします。私どもを救って頂き感謝致します。ですが、これは公爵様とは何も関係のない事です。どうぞお捨て置きください」

 感情の籠らない声ではっきりと断ってくるフィーネにアルバートは切ない気持ちになる。


 そして再確認する。


 ああ、やはり彼女は私を憎んでいる。







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