枯れ専で何が悪い!

嘉ノ海祈

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5.陸の孤島

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「やっと着いたわね!ブルーナイト辺境!」

 時が経ち、私とナタリーは遂に目的の地、ブルーナイト辺境へとやってきた。広大な川と雄大な山々に囲まれた国境に位置するこのブルーナイト辺境は、この国を隣国から守る重要な要塞都市だ。

「自然に囲まれているだけあって景色は最高ね。…来るのは大変だったけど」

 私たちが普段過ごしている首都ブランセントからこのブルーナイト辺境にたどり着くには山脈を一つ越え、さらにはこの国の最大流域面積を誇るミリル川を越えなければならない。特にミリル川は水深が深いうえに川幅が広すぎて、この国の技術では橋すら掛けることができていない川だ。そのためブルーナイト辺境は実質、この国の他の領地から完全に孤立した状態にあり、人々はブルーナイト辺境を陸の孤島と呼んでいる。

 そして、そんなブルーナイト辺境に首都から向かう交通手段はただ一つ。飛竜タクシーというものである。その名の通り、1匹の飛竜に人間が乗っている車(馬車の人が乗っている部分の車輪がついていないもの)を足に吊るさせ飛行するものである。陸地の状態に左右されず、時間も馬車に比べてかなり短縮されるため、空の移動手段として非常に重宝されている飛竜タクシーだが、一つだけ欠点がある。

「…ナタリー、大丈夫…ではないわね」

 私は先ほどから川辺にうずくまり、真っ青な顔で口を押えている専属メイドへと視線を向けた。彼女は目に涙をためながら苦しそうに言った。

「…申し訳ございません。お嬢様。…私など捨て置いてお嬢様は先に…う゛っ…!」
「飛竜タクシーは揺れが酷いものね。流石の私も気分は最悪だわ…」

 飛竜の飛び方は上昇と降下を繰り返すため揺れが酷いのだ。そのため、大体の人間は乗り物酔いを引き起こすのである。馬車ですら酔いがちなナタリーにとって、飛竜タクシーの相性は最悪であった。うずくまるナタリーに私は近づくと、彼女の背中を優しくさすってやる。ナタリーは申し訳なさそうにしながらも、やってくる吐き気としばらく格闘し続けたのだった。

※※※

「さてと気を取り直して、ブルーナイト辺境伯の住む城に向かうわよ」
「はい!」

 乗り物酔いが落ち着いてきたところで、私たちは辺境伯が住む城を目指して町を歩き始めた。高層のレンガ造りの建物が隙間なく立ち並ぶ首都と違って、低層の小さな石造りの家が点々と並んでいる。城へとつながるメインストリートに店が集中しているのは首都と変わらない作りだが、露店が多い首都と違い、家の一つ一つが店になっているようだ。

「…なんか少し寒いわね」
「まだ夏が終わったばかりとは言え、やはり北は少し冷えるようですね。今、外套をご用意します…」
「ちょっと待って」

 ふと、視界に入ったものにあることを思いつき、私は荷物から外套を取り出そうとするナタリーを止めた。ナタリーは手を止めると、不思議そうに私を見つめる。

「あれにしましょう!」

 私は店に飾られている服を指さすとナタリーにそう提案した。ナタリーは私の指さすものに視線を移すとなるほどと納得したように頷く。

「あれはこの土地の伝統衣装、動物の毛皮を利用した服ですね」
「ええ!郷に入っては郷に従えって言うじゃない?せっかくならここで買っていきましょう!」

 こういうご当地の伝統衣装ずっと着てみたいと思っていたのよね。しかも、この土地の伝統に興味がありますよっていう辺境伯へのアピールにもなるし一石二鳥じゃない?我ながら名案だわ。

 そうと決まると私とナタリーはさっそく伝統衣装を売っている店へと足を踏み入れた。

「いらっしゃいませ…おや、初めて見る顔だね。お客さんかい?」

 私たちを出迎えたのはふくよかで優しい雰囲気の高齢の女性だった。女性は一瞬驚いた顔をしながらも、笑顔で私たちに声をかけてくれた。

「こんにちは。ええ、ちょっと観光にね。せっかくだからこの地域で着られている服を身につけようと思うんだけど。…そこの窓から見えるこの服が気になっちゃって」
 
 すると女性は嬉しそうに私が示した外套を持ってきてくれた。

「そうかい、そうかい。そりゃ嬉しいねぇ。最近は若い子もすっかり減っちまてねぇ。こうやって若い子が店にやってきてくれるのは久ぶりだよ。…これはこの地域で採れるウサギの毛皮で作った服でね。夏の毛皮だから暑すぎなくてこの時期の冷えにちょうどいいんだよ」

 女性に勧められて、私はその外套を羽織ってみた。丈は腰の少し上くらいの高さで少し短めだ。色も綺麗な白で今日きている緑色のドレスによく合う。

「やっぱり綺麗な若い子が着ると服がよく映えるねぇ。よく似合っているよ」
「ふふ、きっとこれを作っている方の腕がいいからですよ。決めました。これを下さい!」

 私の言葉に女性は嬉しそうに微笑む。

「ありがとね。…そっちのお嬢さんはどうするんだい?」
「えっと、私は…」

 ナタリーは困り顔で私を見た。きっと自分の分を買っていいのか悩んでいるのだろう。私は最初からナタリーの分も購入するつもりでいたので、彼女に助け舟を出した。

「ナタリーにはこれが合うんじゃない?」

 そう言って私が手に取ったのは同じ型の色違いでちょっと濃い目の茶色の外套だ。はちみつ色のワンピースを身にまとっているナタリーによく合いそうだ。ナタリーもこの色が気に入ったようで、嬉しそうに目を輝かせた。

「お嬢様にそうおっしゃっていただけるのなら、こちらにします!」
「そうかい。ありがとね」

 私は女性から外套を受取ると二つ分の代金を渡し店を出た。女性は嬉しそうに手を振りながら見送ってくれる。首都でも服を購入したことは何度もあるが、こうして温かな気持ちになるのは初めてだ。

「そう言えばお腹が空いたわね」

 しばらく歩いて私は自分が空腹であることに気が付いた。ぎゅーとなったお腹の音にナタリーはお嬢さまったらと苦笑いしながらも、今日は朝が早かったですからねと相槌を打った。

「城に着く前に軽くお腹に入れておきましょうか。辺境伯の前でみっともなくお腹を鳴らすわけにはいきませんから」
「賛成!」

 ナタリーの提案に私は嬉々として頷く。偶々近くに喫茶店があるのを発見し、二人で店の中に入った。

「閑散としているけど、意外と人々の暮らしは悪くなさそうね」

 注文した料理を口にしながら、私はこれまでの町の様子を思い出す。首都と比べで歩いている人は少ないが、店内にはそれなりにここの住人であろう人々が出入りしているのを見かけた。来ている服もそれなりの物だし、極端にやせ細った人々も見かけない。高齢な人が多いが皆元気そうだ。

「そうですね。…あ、お嬢様。これ、凄く美味しいです」

 焼いた肉の腸詰を食べていたナタリーは私の言葉に相槌をうちながら、私に腸詰を差し出してくる。正直、肉の腸詰は臭みが強くあまり好きではないが、ナタリーがフォークで切り分けて私に差し出してくれたので、私は口で迎え入れた。

「どれどれ…ん、ふぉんとだ。めっひゃおいひい」

 想像以上の美味しさに私は思わず感嘆の声を上げる。そんな私を呆れたように見ながら、ナタリーは再び残りの腸詰をナイフで切り分けた。

「口にものをいれながらしゃべらないでください。お嬢様」
「…ごめんごめん。あまりにも美味しかったからつい。…肉の腸詰ってこんなに美味しかったっけ?」

 臭みがないどころかなんだかいい匂いすらする。香ばしくて、でも爽やかな香り。

「いえ、普通はもっと獣臭いです。この地域では腸詰の中身にこの地域で採れる香辛料を混ぜて作っているみたいで、それが肉特有の臭みを消してくれて美味しくなるんだそうですよ。ちなみにこれを提案したのは今のブルーナイト辺境伯だそうです」
「え!天才じゃない!流石辺境伯様ね!」

 やっぱブルーナイト辺境伯様素敵だわ!武芸だけでなく、料理にも精通しているなんて!

「というかやけに詳しいわね、ナタリー。どこでそんな情報を仕入れたの?」
「いえ、さきほどお手洗いに行くついでに店員にちらっと聞いてきました」
「流石は我が家一の情報屋。抜かりないわね」

 ナタリーは人から情報を聞き出すのがとても上手いのだ。人当たりの良い外見を活かし、さりげなく人の懐に入り込んではとことん情報をかっさらっていく。そのため我が家ではナタリーを情報屋としても重宝しているのである。

「もちろん、お嬢様のためですから。…ちなみに、この地域に昔から住む人は今の辺境伯をかなり尊敬しているようですよ」
「…それって、噂とはかなり違うということ?」
「なんでも、この辺りは昔かなりの貧困地域だったみたいです。このあたりの土地は水はけがよく農業に適さないうえに、雪が酷いので冬は植物が育たない環境だったらしく、食べ物が常に不足していたみたいですね。だから、飢餓で苦しむのが当たり前だったようです」
「それはかなり深刻ね」
 
 私は空腹が一番嫌いだ。一食抜かすだけでも辛いのに毎日碌に食べ物が食べられない生活など絶対に耐えらない。想像するだけで反吐が出そうだ。
 
「はい。しかも、ここは陸の孤島。食べ物を輸入するにも北と東は山脈、南と西は川、今でこそ飛竜タクシーのおかげで物流が良くなりましたが、当時は飛竜タクシーすらありませんでしたから入手が困難だったようです」
「それでよく生きてこれたわね」

 逆にそんな状況でどうやって食いつないできたのかが不思議である。

「幸い家畜を育てる技術と山で狩猟する技術はありましたので、それで何とか食いつないできたようですね」
「そうなんだ」

 それってほぼサバイバルだよね。凄いなここで昔から生きてきた人たち。

「そんな暮らしを改善したのが今のブルーナイト辺境伯なんだそうですよ。水はけがよい土地でもよく育つ果物やイモ類の栽培を勧め、家畜の大量生産ができる環境を整えたそうです。さらには飛竜タクシーも開発したようで」
「え、あれって辺境伯の提案だったの!?」

 あの趣味の悪い乗り物を良く思いついたなとか思ってたけど、発案者ブルーナイト辺境伯だったんだ。一体、どんな暮らしをしていたら飛竜を従えようとか思いつくんだろう…。

「もともと飛竜はこの辺りの山に住み着く魔物だったみたいですよ。人間に危害を加えることはあまりなかったみたいですが、森の動物を大量に食べてしまうので駆除をしてたみたいです。ですが、それももったいないので何かに利用できないかと考えていたみたいですね。ある日、一匹の飛竜が領城に迷い込んできたみたいで辺境伯に妙に懐いたんですって。それで辺境伯がその飛竜を交通手段にし始めたみたいで、次第に飛竜の調教法を産み出して、貴族でも使える飛竜タクシーを作り上げたみたいですよ」
「…なんか凄すぎて言葉もでないわ」
「ですよね。魔物を駆除するどころか調教して利用するあたり辺境伯の性格が垣間見えます」

 飛竜を調教って一体どうしたらそうなるのかしら…。あ、でも飛竜に乗って颯爽と大空を翔るブルーナイト辺境伯って絶対かっこいいわよね。姿を想像しただけでも萌えるわ。ぜひとも生で見てみたいかも!

「でも、少なくとも噂のような悪い人ではなさそうね。やっぱり私の勘は間違っていなかったわ」

 よかった!やっぱり噂なんて当てにならないわね!

「…確かに悪い人ではありませんが、この話を聞いても俄然辺境伯への愛を燃やすお嬢様を私は尊敬します」
「なんで…?」

 逆に幻滅するような要素って今までの話にあったかしら?

 首を傾げる私にナタリーは苦笑しながら言った。

「…分からなくていいです。お嬢様はそのままでいてください」
「…よく分からないけどわかったわ。きっと褒めてるのよね?」
「そうです。褒めてます」
「それならよし」

 これから出会うであろうブルーナイト辺境伯に期待を募らせながら、私はナタリーと共にこの土地の料理を堪能するのであった。
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