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11.交渉のその後
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「…それで?結局、お嬢様は辺境伯に婚約者どころか、ビジネスパートナー認定された、と」
「…はい」
とりあえず結果を報告しようと、私はレオのいる温室へとやって来た。てっきりレオだけがいると思っていたのだがどうやら先客がいたようだ。レオと一緒にいたナタリーは、私の存在に気が付くと交渉の方はいかがでしたかと聞いてきた。私はナタリーとレオがいつの間にか顔見知りになっていたことに驚きつつも、ナタリーに交渉のために色々と用意をしてもらったこともあり、直ぐに結果を報告した。
結果を聞いたナタリーは案の定、あきれ顔で「何をやってるんですか…」と呟く。一方のレオはぶるぶると肩を震わせると面白可笑しそうに笑い始めた。
「あははは!腹いてぇ。流石エリィ。ある意味天才だな」
震えた声でそういうレオに、それ絶対誉め言葉じゃないよねと内心突っ込む。しかし、結果が結果なだけに何も言えないので私はそのまま静かに黙り込んだ。
「…でも、一応園芸商会を作る許可を貰う目的は達成できたわけだし、少なくとも株は上がったんだからいいんじゃないか?」
一通り笑い終えたレオがそうフォローをいれると、ナタリーも「まぁ、そうですね」と頷いた。
「とりあえず、商会の件に関しては私の方で手配を整えておきます。準備が終わるまで、お嬢様は他の使用人とも仲良くなれるように全力を尽くしてください」
基本的に商会の事務的手配を回してくれているのはナタリーだ。私はアイデアを提案するだけで、諸々の詳しい手続きについてはあまり詳しくない。私はナタリーの指示通り、大人しく自分にできることに専念することにした。
その後、ナタリーはここの使用人について集めてきた色々な情報を私に教えてくれた。時折、レオからの情報の付け足しもあり、この城にいる使用人のある程度の情報が掴めた。
「そう言えば、料理長のフレンツさん、最近奥さんと喧嘩して仲直りができてないって凹んでたな」
「喧嘩?」
レオの言葉に私はおや?と話を聞き返す。
「最近、奥さんが観劇にハマっているらしいんだが、そこに出ている俳優の若い男に惚れているらしくて、嫉妬したらしい。旦那の自分がいるのに、他の男に目を映すなって奥さんに訴えたら、「服も身体もだらしない貴方より、引き締まっててお洒落な若い子に目がいくのは当たり前でしょ」と言われたんだとさ」
レオの話を聞いて、ナタリーは確かに些か贅肉が多く、服もセンスはありませんねと賛同した。…哀れ、料理長。
「なぁ、さっきの話だとエリィは紳士服を売る仕事をしてるんだよな?」
「ええ。服以外にも売ってはいるけど、メインは紳士服ね」
「じゃあさ、料理長をかっこよくコーディネートしてやって、奥さんとの不仲を解消してやれば、料理長も少しはエリィのこと認めてくれるんじゃねぇの?」
レオの言葉に、その手があったか!と私は手を叩いた。チラッと見たことしかないのだが、料理長はふくよかさと服のセンスのせいでイケているように見えなが、元は悪くない顔をしていた記憶がある。何となく、勿体無いなぁと思っていたのだ。だって、女性が家事を担当することが多いこの国では料理ができる男性って全体的に少ないし、貴重なんだよ?!料理ができるだけで女性からの好感度高いのに、だらしない見た目のせいでその魅力がかき消されるなんて勿体ないにも程があるよ!
全国のイケオジの魅力を、服飾によって磨くのが私の使命。これは人肌脱ぐしかないよね!
「よし!次のターゲットは料理長に決めたわ!奥さんがもう一度惚れ直すくらいのイケオジにして、その悩みを解決してあげる!」
うふふ。そして、あわよくばあの味のしない料理からもおさらばだ!
ウキウキと早速、頭の中で計画を練り始め完全に自分の世界に入っている私に、レオとナタリーはやれやれと顔を見合わせたのだった。
※※※
「よろしいんですか?旦那様、あのようなことを許可してしまって」
エリワイドが立ち去り、一気に静けさを取り戻した執務室で、書類仕事を続けるエドゥアールに、ウォルターはお茶をだしながら声をかけた。エドゥアールは書類に記入する手を止めることもなく、淡々と口を開く。
「構わん。もともとこの辺境にも新しい職を増やすべきだとは考えていた。他にも改善するべきことがありすぎて手が回っていなかっただけでな。…こちらが隣国のことで手一杯な今、向こうが勝手にやってくれると言うならやって貰った方がいい」
「…珍しいですね、旦那様が女性に対してそこまでおっしゃるとは」
エドゥアールはこれまで、他の貴族が自分の辺境に関わることを良しとしなかった。相手が女性であれば尚更だ。だから、今回のことは正直ウォルターにとって、意外であったし、理解できなかった。
「ただの侯爵令嬢なら話は別だが、相手はグシュマック会長だからな」
ウォルターの不可解そうな表情を見て、エドゥアールは書類を書く手を止めると更に説明を付け加えた。
「彼女はこの国の紳士服業界に革命をもたらした存在だ。この国の服はもともとデザインがシンプルで、種類もあまり豊富ではなかった。衣装として特注で豪華な服を作ることはあっても、普段の外出着にまで装飾にこだわるものは少なかったのだ。そもそも、派手な装飾の服は総じて高価なものばかりだった。一昔前の金が余っていた時代ならまだしも、全国各地で干魃や冷害がおき収入が減った今、地方貴族にとってにはそんなところに金を出す余裕もない。そのため、服飾の文化は発展しなかったのだ」
ここまで説明をすると、エドゥアールは一息つくように先ほど出されたお茶に口をつける。そして、再び説明を続けた。
「しかし、外交が盛んになるにつれて、他国の文化からの遅れを取り戻すため、服のデザインを進化させる必要性が貴族の間で騒がれるようになった。そんな時、頃合いを見計らったかのようにふって湧いてきたのが彼女の紳士服だ。派手すぎず、他国の文化を上手く取り入れながらもこの国の文化を残した洗練されたデザインが特徴の彼女の服は、瞬く間に貴族からの注目を浴びた」
「まさか、時期を計算して商会の設立を?」
わずかに目を見開いてそう尋ねるウォルターに、エドゥアールはさぁなと首を横に振る。
「そこまではわからない。だが、彼女の作る紳士服は、自分好みにカスタマイズできる上に、他の商会の服より遥かに優れていて安価だった。それにより、貴族の間で一気に広まったのだ」
「そうだったのですか…」
貴族の間では有名な話だが、ウォルターがこのことを知らないのも無理はない。長年、ここに仕えている彼ではあるが出身は平民で、この辺境から出たことがない。そのため、貴族の流行や王都の事情にはあまり精通していないのだ。
「一度、安さの理由を聞いた時、その聡明さに驚いた。彼女は全ての工程を自分の商会で済ませていたのだ」
「なるほど。通常はそれぞれの過程に専門の商会がいて、その手数料分、費用が上乗せされる。それを自分の商会で全て済ませることで、費用を抑えたわけですか」
エドゥアールが彼女を1番評価しているのはこの点であった。伝統を重んじ、従来のやり方を貫く普通の商人では思いつくことができない発想。よく思いついたものだと感心した。だが、今なら分かる。それを思いついたのは、彼女が商人ではなく、貴族出身であったからだろうと。ガチガチの固定概念などなく、貴族の目線で商売に取り組めたからこその発想だったのだろうと彼は思った。
「しかし、それでは他の商人から苦情がくるのでは?」
布を用意する商会、縫製を行う商会、それぞれの作業工程でそれを生業とする者がいる。それを通さず、商売を行うということは彼らの利益を侵害することに繋がる。簡単にそれを良しとするとは思えない。
「それも上手いところでな。彼女は経営難に陥っていたそれを専門とする商会を買収して取り込んだんだ。しかも、そこで開発した技術は積極的に商会ギルドに開示し、他の商会もその技術を取り入れられるようにしている」
「つまり、グシュマーク商会が利益を上げるほど、他の商会も特をするシステムを構築したということですか」
ウォルターの言葉にエドゥアールは肯定するように頷いた。まさか、あの令嬢がそこまでの功績を残していたと思ってなかったウォルターは驚愕の表情を浮かべる。
「ここ最近、冬の狩猟でとれた毛皮がよく売れているだろう。あれも彼女の恩恵だ」
「…というと?」
「元々毛皮の服を着る習慣があまりなかった王都に、毛皮の服を浸透させたんだ。冬の寒さをしのげるうえに、上品な仕上がりになるからな。見栄を張りたがる貴族にはおあつらえ向きだった」
「そうだったのですか」
そこまでの実力があれば、流石の旦那様も信用せざる負えないということかと内心ウォルターが納得したところで、別の使用人がウォルターを呼びに来た。彼は直ぐに行くとその使用人に告げると、エドゥアールにそう言えばと確認をする。
「…ご依頼いただいた養子の件ですが、候補者をいくつかに絞りました。リストを用意しましたがいかがなさいますか」
「貰おう」
もしや養子がいらなくなるかもしれないと思い、念のために確認をしたウォルターだったが、どうやらエドゥアールは婚約する気がないのは変わらないようだ。そのことに少し安堵した彼は、後ほど書類を持ってくることを伝え執務室を後にした。
執事がいなくなった部屋でエドゥアールは一人、先ほど受け取ったハンカチを見つめながらエリワイドのことについて考える。
あのグシュマーク会長である彼女と商談を結べたのは行幸だった。彼女は気づいていないようだが、グシュマーク商会がこの国にもたらした恩恵は大きい。それを知っているから、他の貴族も何度もグシュマーク商会を自分のところへ取り込もうとしている。しかし、未だにそれを成し遂げたものは誰もいない。それくらい彼女の持つ権力と力は大きいのだ。
きっと婚約を承諾してしまえば彼女を手に入れるのは容易いのだろう。幸い、なぜこんな顔に傷がある父親よりも歳のいった男に興味を持ったのかは不明だが、彼女は自分との婚約を望んでくれているという。それを利用してしまえは彼女を取り込むのは簡単だ。しかし…
そこまで考えて、エドゥアールは次に思い浮かんだ映像に身を震わせた。継母に狂わされ、この辺境の民を死に追いやった自分の父。そんな父を見て、自分は絶対にこうはならないと誓ったあの日。自分にだってあの父親の血が流れているのだ。絶対にそうはならないとは言い切れない。ましてや、相手は国も畏怖を抱くほどの資産と権力を持つ実力者。仮に結婚したとしても、自分が彼女を上手く扱えなければこの辺境はどうなるか分からない。彼女には己の野望を実現できるだけの条件が揃っているのだ。万が一、この辺境を乗っ取り自分の思い通りにしようと彼女が考えれば、それを簡単に実現できるだろう。
商人としての信頼はおいているが、婚約者としての話は別だ。結婚をして人格が変わったかのように男を狂わせていった女をこれまで数多く見てきた。その様子を見るたびに、結婚で身を亡ぼすなどなんと愚かなことかと内心鼻で笑ったものだ。そして、やはり女性を信用するなど無理だと強く実感したのだ。
やはり、婚約のリスクは大きい。彼に関わった女性たち残したトラウマが彼にそう思わせた。なんとかこのままビジネスパートナーとして彼女との関りを続けられないものかと頭を悩ませるエドゥアールなのであった。
「…はい」
とりあえず結果を報告しようと、私はレオのいる温室へとやって来た。てっきりレオだけがいると思っていたのだがどうやら先客がいたようだ。レオと一緒にいたナタリーは、私の存在に気が付くと交渉の方はいかがでしたかと聞いてきた。私はナタリーとレオがいつの間にか顔見知りになっていたことに驚きつつも、ナタリーに交渉のために色々と用意をしてもらったこともあり、直ぐに結果を報告した。
結果を聞いたナタリーは案の定、あきれ顔で「何をやってるんですか…」と呟く。一方のレオはぶるぶると肩を震わせると面白可笑しそうに笑い始めた。
「あははは!腹いてぇ。流石エリィ。ある意味天才だな」
震えた声でそういうレオに、それ絶対誉め言葉じゃないよねと内心突っ込む。しかし、結果が結果なだけに何も言えないので私はそのまま静かに黙り込んだ。
「…でも、一応園芸商会を作る許可を貰う目的は達成できたわけだし、少なくとも株は上がったんだからいいんじゃないか?」
一通り笑い終えたレオがそうフォローをいれると、ナタリーも「まぁ、そうですね」と頷いた。
「とりあえず、商会の件に関しては私の方で手配を整えておきます。準備が終わるまで、お嬢様は他の使用人とも仲良くなれるように全力を尽くしてください」
基本的に商会の事務的手配を回してくれているのはナタリーだ。私はアイデアを提案するだけで、諸々の詳しい手続きについてはあまり詳しくない。私はナタリーの指示通り、大人しく自分にできることに専念することにした。
その後、ナタリーはここの使用人について集めてきた色々な情報を私に教えてくれた。時折、レオからの情報の付け足しもあり、この城にいる使用人のある程度の情報が掴めた。
「そう言えば、料理長のフレンツさん、最近奥さんと喧嘩して仲直りができてないって凹んでたな」
「喧嘩?」
レオの言葉に私はおや?と話を聞き返す。
「最近、奥さんが観劇にハマっているらしいんだが、そこに出ている俳優の若い男に惚れているらしくて、嫉妬したらしい。旦那の自分がいるのに、他の男に目を映すなって奥さんに訴えたら、「服も身体もだらしない貴方より、引き締まっててお洒落な若い子に目がいくのは当たり前でしょ」と言われたんだとさ」
レオの話を聞いて、ナタリーは確かに些か贅肉が多く、服もセンスはありませんねと賛同した。…哀れ、料理長。
「なぁ、さっきの話だとエリィは紳士服を売る仕事をしてるんだよな?」
「ええ。服以外にも売ってはいるけど、メインは紳士服ね」
「じゃあさ、料理長をかっこよくコーディネートしてやって、奥さんとの不仲を解消してやれば、料理長も少しはエリィのこと認めてくれるんじゃねぇの?」
レオの言葉に、その手があったか!と私は手を叩いた。チラッと見たことしかないのだが、料理長はふくよかさと服のセンスのせいでイケているように見えなが、元は悪くない顔をしていた記憶がある。何となく、勿体無いなぁと思っていたのだ。だって、女性が家事を担当することが多いこの国では料理ができる男性って全体的に少ないし、貴重なんだよ?!料理ができるだけで女性からの好感度高いのに、だらしない見た目のせいでその魅力がかき消されるなんて勿体ないにも程があるよ!
全国のイケオジの魅力を、服飾によって磨くのが私の使命。これは人肌脱ぐしかないよね!
「よし!次のターゲットは料理長に決めたわ!奥さんがもう一度惚れ直すくらいのイケオジにして、その悩みを解決してあげる!」
うふふ。そして、あわよくばあの味のしない料理からもおさらばだ!
ウキウキと早速、頭の中で計画を練り始め完全に自分の世界に入っている私に、レオとナタリーはやれやれと顔を見合わせたのだった。
※※※
「よろしいんですか?旦那様、あのようなことを許可してしまって」
エリワイドが立ち去り、一気に静けさを取り戻した執務室で、書類仕事を続けるエドゥアールに、ウォルターはお茶をだしながら声をかけた。エドゥアールは書類に記入する手を止めることもなく、淡々と口を開く。
「構わん。もともとこの辺境にも新しい職を増やすべきだとは考えていた。他にも改善するべきことがありすぎて手が回っていなかっただけでな。…こちらが隣国のことで手一杯な今、向こうが勝手にやってくれると言うならやって貰った方がいい」
「…珍しいですね、旦那様が女性に対してそこまでおっしゃるとは」
エドゥアールはこれまで、他の貴族が自分の辺境に関わることを良しとしなかった。相手が女性であれば尚更だ。だから、今回のことは正直ウォルターにとって、意外であったし、理解できなかった。
「ただの侯爵令嬢なら話は別だが、相手はグシュマック会長だからな」
ウォルターの不可解そうな表情を見て、エドゥアールは書類を書く手を止めると更に説明を付け加えた。
「彼女はこの国の紳士服業界に革命をもたらした存在だ。この国の服はもともとデザインがシンプルで、種類もあまり豊富ではなかった。衣装として特注で豪華な服を作ることはあっても、普段の外出着にまで装飾にこだわるものは少なかったのだ。そもそも、派手な装飾の服は総じて高価なものばかりだった。一昔前の金が余っていた時代ならまだしも、全国各地で干魃や冷害がおき収入が減った今、地方貴族にとってにはそんなところに金を出す余裕もない。そのため、服飾の文化は発展しなかったのだ」
ここまで説明をすると、エドゥアールは一息つくように先ほど出されたお茶に口をつける。そして、再び説明を続けた。
「しかし、外交が盛んになるにつれて、他国の文化からの遅れを取り戻すため、服のデザインを進化させる必要性が貴族の間で騒がれるようになった。そんな時、頃合いを見計らったかのようにふって湧いてきたのが彼女の紳士服だ。派手すぎず、他国の文化を上手く取り入れながらもこの国の文化を残した洗練されたデザインが特徴の彼女の服は、瞬く間に貴族からの注目を浴びた」
「まさか、時期を計算して商会の設立を?」
わずかに目を見開いてそう尋ねるウォルターに、エドゥアールはさぁなと首を横に振る。
「そこまではわからない。だが、彼女の作る紳士服は、自分好みにカスタマイズできる上に、他の商会の服より遥かに優れていて安価だった。それにより、貴族の間で一気に広まったのだ」
「そうだったのですか…」
貴族の間では有名な話だが、ウォルターがこのことを知らないのも無理はない。長年、ここに仕えている彼ではあるが出身は平民で、この辺境から出たことがない。そのため、貴族の流行や王都の事情にはあまり精通していないのだ。
「一度、安さの理由を聞いた時、その聡明さに驚いた。彼女は全ての工程を自分の商会で済ませていたのだ」
「なるほど。通常はそれぞれの過程に専門の商会がいて、その手数料分、費用が上乗せされる。それを自分の商会で全て済ませることで、費用を抑えたわけですか」
エドゥアールが彼女を1番評価しているのはこの点であった。伝統を重んじ、従来のやり方を貫く普通の商人では思いつくことができない発想。よく思いついたものだと感心した。だが、今なら分かる。それを思いついたのは、彼女が商人ではなく、貴族出身であったからだろうと。ガチガチの固定概念などなく、貴族の目線で商売に取り組めたからこその発想だったのだろうと彼は思った。
「しかし、それでは他の商人から苦情がくるのでは?」
布を用意する商会、縫製を行う商会、それぞれの作業工程でそれを生業とする者がいる。それを通さず、商売を行うということは彼らの利益を侵害することに繋がる。簡単にそれを良しとするとは思えない。
「それも上手いところでな。彼女は経営難に陥っていたそれを専門とする商会を買収して取り込んだんだ。しかも、そこで開発した技術は積極的に商会ギルドに開示し、他の商会もその技術を取り入れられるようにしている」
「つまり、グシュマーク商会が利益を上げるほど、他の商会も特をするシステムを構築したということですか」
ウォルターの言葉にエドゥアールは肯定するように頷いた。まさか、あの令嬢がそこまでの功績を残していたと思ってなかったウォルターは驚愕の表情を浮かべる。
「ここ最近、冬の狩猟でとれた毛皮がよく売れているだろう。あれも彼女の恩恵だ」
「…というと?」
「元々毛皮の服を着る習慣があまりなかった王都に、毛皮の服を浸透させたんだ。冬の寒さをしのげるうえに、上品な仕上がりになるからな。見栄を張りたがる貴族にはおあつらえ向きだった」
「そうだったのですか」
そこまでの実力があれば、流石の旦那様も信用せざる負えないということかと内心ウォルターが納得したところで、別の使用人がウォルターを呼びに来た。彼は直ぐに行くとその使用人に告げると、エドゥアールにそう言えばと確認をする。
「…ご依頼いただいた養子の件ですが、候補者をいくつかに絞りました。リストを用意しましたがいかがなさいますか」
「貰おう」
もしや養子がいらなくなるかもしれないと思い、念のために確認をしたウォルターだったが、どうやらエドゥアールは婚約する気がないのは変わらないようだ。そのことに少し安堵した彼は、後ほど書類を持ってくることを伝え執務室を後にした。
執事がいなくなった部屋でエドゥアールは一人、先ほど受け取ったハンカチを見つめながらエリワイドのことについて考える。
あのグシュマーク会長である彼女と商談を結べたのは行幸だった。彼女は気づいていないようだが、グシュマーク商会がこの国にもたらした恩恵は大きい。それを知っているから、他の貴族も何度もグシュマーク商会を自分のところへ取り込もうとしている。しかし、未だにそれを成し遂げたものは誰もいない。それくらい彼女の持つ権力と力は大きいのだ。
きっと婚約を承諾してしまえば彼女を手に入れるのは容易いのだろう。幸い、なぜこんな顔に傷がある父親よりも歳のいった男に興味を持ったのかは不明だが、彼女は自分との婚約を望んでくれているという。それを利用してしまえは彼女を取り込むのは簡単だ。しかし…
そこまで考えて、エドゥアールは次に思い浮かんだ映像に身を震わせた。継母に狂わされ、この辺境の民を死に追いやった自分の父。そんな父を見て、自分は絶対にこうはならないと誓ったあの日。自分にだってあの父親の血が流れているのだ。絶対にそうはならないとは言い切れない。ましてや、相手は国も畏怖を抱くほどの資産と権力を持つ実力者。仮に結婚したとしても、自分が彼女を上手く扱えなければこの辺境はどうなるか分からない。彼女には己の野望を実現できるだけの条件が揃っているのだ。万が一、この辺境を乗っ取り自分の思い通りにしようと彼女が考えれば、それを簡単に実現できるだろう。
商人としての信頼はおいているが、婚約者としての話は別だ。結婚をして人格が変わったかのように男を狂わせていった女をこれまで数多く見てきた。その様子を見るたびに、結婚で身を亡ぼすなどなんと愚かなことかと内心鼻で笑ったものだ。そして、やはり女性を信用するなど無理だと強く実感したのだ。
やはり、婚約のリスクは大きい。彼に関わった女性たち残したトラウマが彼にそう思わせた。なんとかこのままビジネスパートナーとして彼女との関りを続けられないものかと頭を悩ませるエドゥアールなのであった。
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