5 / 14
5.朝食の続き
しおりを挟む
「そういえば、あの後、貴方高熱出して大変だったわよね」
セシリアは事件から帰った当時のことを思い出していた。あの後クラウスが高熱で寝込み、死んじゃうんじゃないかと不安で眠れなかったことをよく覚えている。
「まぁ、狼でしたので。そこは仕方がありません。寧ろ、お嬢様にあのような目をさせずに済みよかったです」
クラウスの言葉にセシリアは肩をすくめた。
「貴方って本当に執事の中の執事よね。忠実すぎて逆に心配だわ」
「買い被りすぎですよ、お嬢様。私はただ己のしたい事に素直に従っているだけです」
クラウスは謙遜を述べると、カップに口をつけ紅茶を飲む。なんとなくそれにつられてセシリアもカップに口をつけた。
逆行前の人生、つまり死ぬ前の人生では狼に噛まれたのはセシリアの方だった。あの時はクラウスは王宮に付いてきておらず、侯爵家にいたため現場にいなかったのだ。だから今回、クラウスが王宮にいたことがセシリアには驚きだった。
「…そういえば、あの時は気が動転しすぎて聞きそびれたけど、なぜあそこにクラウスがいたの?」
王宮に行くとき、クラウスは一緒にいなかったはずだ。なぜあのタイミングでクラウスが現れたのかセシリアは気になっていた。
「お嬢様をお迎えに行ったのです。想定外の出来事により、私がお嬢様を屋敷へお送りすることができず、旦那様にお嬢様をお願いしましたけれど、本来は旦那様はそのまま王宮で仕事をされる予定でした」
「そうだったのね」
なるほどなとセシリアは思った。きっと急に父に仕事が入ったに違いない。それでクラウスに迎えを頼んだのだろう。逆行したとはいえ、こうした小さな違いは結構あった。何が原因で流れが変わっているのかはわからない。ただ、必ずしも前回の人生と同じように時間が進むとは限らないことだけは確かだった。
「私にとってこの傷跡はお嬢様をお守りできた勲章であり、そして希望でもあるのです」
「希望?」
「ええ、希望です。この先もお嬢様をお守り出来るという」
そう言ってクラウスは目を細めた。その瞳には、何だか力強い光が宿っていた。
※※※
朝食を終え、セシリアが椅子に座って刺繍の練習をしていると、布巾を片手にクラウスが部屋に入ってきた。
そして、そのまま静かに棚を拭き始める。クラウスの努力のおかげで、この部屋の家具は埃一つ被ってない。非常に快適である。
長年一緒にいるせいか、互いに無言でも気にならない。寧ろ、心地よかったりする。
しばらく刺繍に集中していると、いつのまにか掃除を終えていたクラウスがお茶を持ってきてくれた。
セシリアはううっと伸びをすると、クラウスの用意したお茶に手をつける。
「王子殿下がこの度正式にと王太子となられたようです」
その言葉にセシリアは飲む手を止めると、はぁと溜め息をついた。
「…もう、そんな時期なのね。婚約破棄のハードルがさらに上がってしまったわ」
正式に王太子になった今、アランは次期国王だ。以前よりも発言力は高まるし、何より下手に婚約破棄をすると、空いた座を貴族が狙って争いかねない。情勢を揺らがすようなことは簡単にはできない立場に彼はなってしまったのだ。
「そもそも殿下はお嬢様をいたく気に入っておられますからね。婚約破棄は中々難しいかと」
「不思議だわ。私のどこに惹かれる要素があるのか。…いや、そうよね。侯爵家の力は偉大だものね。みすみす捨てるわけないわね」
ハードウェル侯爵家はこの国でも中々歴史の古い家系だ。しかも、長年政治の中枢にいる家系なので結構な権力を持っている。だから覇権争いの絶えない王族にとって、ハードウェル家の後ろ盾を手に入れることは地位の安定にもつながる重要なことだった。
「それだけではないと思いますが」
「いいえ、政略結婚なんてそんなものよ。…まぁ、結局その侯爵家の力もマリアの魅力に敵わないんだけども」
ガシャン
突然、大きな音が部屋に響いた。音の方を見るとどうやらクラウスが窓を閉めた音だったらしい。いつもはこんな大きな音を立てないので不思議に思っていると、クラウスは少し焦った表情でセシリアを見た。
「…申し訳ございません。お話し中に。…どうやら窓の建付けが少し悪くなっているようです。少々、細工師のデイビットに相談してきてもよろしいですか」
「そう、建付けが…。ええ、構わないわ。そういうのは早めに修理した方がいいだろうし」
「ありがとうございます。では少々相談してまいります」
そう言って軽くセシリアにお辞儀をすると、クラウスは颯爽と部屋を出ていった。
(うっかりマリアの話をしてしまったわ。あそこで窓の建付けが悪くてよかったかもしれない。あの音のおかげでクラウスには会話が聞こえてなかったでしょうし)
ついつい小声が漏れてしまったが、マリアの存在はまだ誰も知らない未来であり、極秘事項だ。扱いには十分に気を付けなければならない。
「―あれ?そもそもマリア登場する…?」
ふと、狼事件の犯人がすでに捕まっていることを思い出す。マリアはゲーリッヒ男爵の養子だが、彼が彼女を養子に迎えた背景には、スレンダル伯爵の手引きがあった。
だが、庭園に狼を放った犯人はそのスレンダル伯爵で、彼の目的はセシリアを傷物にし、王子の婚約者から下ろすことだ。彼は自分の娘を王太子妃にすることを狙っていた。
しかし、彼はセシリアを座から引き下ろすことはできないばかりか、娘を病で失い太刀打ちが行かなくなったのだ。それでゲーリッヒ男爵に話を持ちかけている。
だが、今回はそのスレンダル伯爵は既に捕まっていて、ゲーリッヒに話を持ちかけることができない。
「…え、まさかマリア登場しないんじゃ」
もし彼女が登場しなかったらこの先の未来はそうなるのだろうか。全く先の読めない未来に、少し不安になるセシリアだった。
セシリアは事件から帰った当時のことを思い出していた。あの後クラウスが高熱で寝込み、死んじゃうんじゃないかと不安で眠れなかったことをよく覚えている。
「まぁ、狼でしたので。そこは仕方がありません。寧ろ、お嬢様にあのような目をさせずに済みよかったです」
クラウスの言葉にセシリアは肩をすくめた。
「貴方って本当に執事の中の執事よね。忠実すぎて逆に心配だわ」
「買い被りすぎですよ、お嬢様。私はただ己のしたい事に素直に従っているだけです」
クラウスは謙遜を述べると、カップに口をつけ紅茶を飲む。なんとなくそれにつられてセシリアもカップに口をつけた。
逆行前の人生、つまり死ぬ前の人生では狼に噛まれたのはセシリアの方だった。あの時はクラウスは王宮に付いてきておらず、侯爵家にいたため現場にいなかったのだ。だから今回、クラウスが王宮にいたことがセシリアには驚きだった。
「…そういえば、あの時は気が動転しすぎて聞きそびれたけど、なぜあそこにクラウスがいたの?」
王宮に行くとき、クラウスは一緒にいなかったはずだ。なぜあのタイミングでクラウスが現れたのかセシリアは気になっていた。
「お嬢様をお迎えに行ったのです。想定外の出来事により、私がお嬢様を屋敷へお送りすることができず、旦那様にお嬢様をお願いしましたけれど、本来は旦那様はそのまま王宮で仕事をされる予定でした」
「そうだったのね」
なるほどなとセシリアは思った。きっと急に父に仕事が入ったに違いない。それでクラウスに迎えを頼んだのだろう。逆行したとはいえ、こうした小さな違いは結構あった。何が原因で流れが変わっているのかはわからない。ただ、必ずしも前回の人生と同じように時間が進むとは限らないことだけは確かだった。
「私にとってこの傷跡はお嬢様をお守りできた勲章であり、そして希望でもあるのです」
「希望?」
「ええ、希望です。この先もお嬢様をお守り出来るという」
そう言ってクラウスは目を細めた。その瞳には、何だか力強い光が宿っていた。
※※※
朝食を終え、セシリアが椅子に座って刺繍の練習をしていると、布巾を片手にクラウスが部屋に入ってきた。
そして、そのまま静かに棚を拭き始める。クラウスの努力のおかげで、この部屋の家具は埃一つ被ってない。非常に快適である。
長年一緒にいるせいか、互いに無言でも気にならない。寧ろ、心地よかったりする。
しばらく刺繍に集中していると、いつのまにか掃除を終えていたクラウスがお茶を持ってきてくれた。
セシリアはううっと伸びをすると、クラウスの用意したお茶に手をつける。
「王子殿下がこの度正式にと王太子となられたようです」
その言葉にセシリアは飲む手を止めると、はぁと溜め息をついた。
「…もう、そんな時期なのね。婚約破棄のハードルがさらに上がってしまったわ」
正式に王太子になった今、アランは次期国王だ。以前よりも発言力は高まるし、何より下手に婚約破棄をすると、空いた座を貴族が狙って争いかねない。情勢を揺らがすようなことは簡単にはできない立場に彼はなってしまったのだ。
「そもそも殿下はお嬢様をいたく気に入っておられますからね。婚約破棄は中々難しいかと」
「不思議だわ。私のどこに惹かれる要素があるのか。…いや、そうよね。侯爵家の力は偉大だものね。みすみす捨てるわけないわね」
ハードウェル侯爵家はこの国でも中々歴史の古い家系だ。しかも、長年政治の中枢にいる家系なので結構な権力を持っている。だから覇権争いの絶えない王族にとって、ハードウェル家の後ろ盾を手に入れることは地位の安定にもつながる重要なことだった。
「それだけではないと思いますが」
「いいえ、政略結婚なんてそんなものよ。…まぁ、結局その侯爵家の力もマリアの魅力に敵わないんだけども」
ガシャン
突然、大きな音が部屋に響いた。音の方を見るとどうやらクラウスが窓を閉めた音だったらしい。いつもはこんな大きな音を立てないので不思議に思っていると、クラウスは少し焦った表情でセシリアを見た。
「…申し訳ございません。お話し中に。…どうやら窓の建付けが少し悪くなっているようです。少々、細工師のデイビットに相談してきてもよろしいですか」
「そう、建付けが…。ええ、構わないわ。そういうのは早めに修理した方がいいだろうし」
「ありがとうございます。では少々相談してまいります」
そう言って軽くセシリアにお辞儀をすると、クラウスは颯爽と部屋を出ていった。
(うっかりマリアの話をしてしまったわ。あそこで窓の建付けが悪くてよかったかもしれない。あの音のおかげでクラウスには会話が聞こえてなかったでしょうし)
ついつい小声が漏れてしまったが、マリアの存在はまだ誰も知らない未来であり、極秘事項だ。扱いには十分に気を付けなければならない。
「―あれ?そもそもマリア登場する…?」
ふと、狼事件の犯人がすでに捕まっていることを思い出す。マリアはゲーリッヒ男爵の養子だが、彼が彼女を養子に迎えた背景には、スレンダル伯爵の手引きがあった。
だが、庭園に狼を放った犯人はそのスレンダル伯爵で、彼の目的はセシリアを傷物にし、王子の婚約者から下ろすことだ。彼は自分の娘を王太子妃にすることを狙っていた。
しかし、彼はセシリアを座から引き下ろすことはできないばかりか、娘を病で失い太刀打ちが行かなくなったのだ。それでゲーリッヒ男爵に話を持ちかけている。
だが、今回はそのスレンダル伯爵は既に捕まっていて、ゲーリッヒに話を持ちかけることができない。
「…え、まさかマリア登場しないんじゃ」
もし彼女が登場しなかったらこの先の未来はそうなるのだろうか。全く先の読めない未来に、少し不安になるセシリアだった。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました
山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。
※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。
コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。
ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。
トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。
クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。
シモン・グレンツェ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。
ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。
シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。
〈あらすじ〉
コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。
ジレジレ、すれ違いラブストーリー
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜
咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。
もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。
一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…?
※これはかなり人を選ぶ作品です。
感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。
それでも大丈夫って方は、ぜひ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる