逆行令嬢と執事

嘉ノ海祈

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5.朝食の続き

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「そういえば、あの後、貴方高熱出して大変だったわよね」

 セシリアは事件から帰った当時のことを思い出していた。あの後クラウスが高熱で寝込み、死んじゃうんじゃないかと不安で眠れなかったことをよく覚えている。

「まぁ、狼でしたので。そこは仕方がありません。寧ろ、お嬢様にあのような目をさせずに済みよかったです」

 クラウスの言葉にセシリアは肩をすくめた。

「貴方って本当に執事の中の執事よね。忠実すぎて逆に心配だわ」
「買い被りすぎですよ、お嬢様。私はただ己のしたい事に素直に従っているだけです」

 クラウスは謙遜を述べると、カップに口をつけ紅茶を飲む。なんとなくそれにつられてセシリアもカップに口をつけた。

 逆行前の人生、つまり死ぬ前の人生では狼に噛まれたのはセシリアの方だった。あの時はクラウスは王宮に付いてきておらず、侯爵家にいたため現場にいなかったのだ。だから今回、クラウスが王宮にいたことがセシリアには驚きだった。

「…そういえば、あの時は気が動転しすぎて聞きそびれたけど、なぜあそこにクラウスがいたの?」

 王宮に行くとき、クラウスは一緒にいなかったはずだ。なぜあのタイミングでクラウスが現れたのかセシリアは気になっていた。

「お嬢様をお迎えに行ったのです。想定外の出来事により、私がお嬢様を屋敷へお送りすることができず、旦那様にお嬢様をお願いしましたけれど、本来は旦那様はそのまま王宮で仕事をされる予定でした」
「そうだったのね」

 なるほどなとセシリアは思った。きっと急に父に仕事が入ったに違いない。それでクラウスに迎えを頼んだのだろう。逆行したとはいえ、こうした小さな違いは結構あった。何が原因で流れが変わっているのかはわからない。ただ、必ずしも前回の人生と同じように時間が進むとは限らないことだけは確かだった。

「私にとってこの傷跡はお嬢様をお守りできた勲章であり、そして希望でもあるのです」
「希望?」
「ええ、希望です。この先もお嬢様をお守り出来るという」

 そう言ってクラウスは目を細めた。その瞳には、何だか力強い光が宿っていた。

※※※

 朝食を終え、セシリアが椅子に座って刺繍の練習をしていると、布巾を片手にクラウスが部屋に入ってきた。

 そして、そのまま静かに棚を拭き始める。クラウスの努力のおかげで、この部屋の家具は埃一つ被ってない。非常に快適である。

 長年一緒にいるせいか、互いに無言でも気にならない。寧ろ、心地よかったりする。

 しばらく刺繍に集中していると、いつのまにか掃除を終えていたクラウスがお茶を持ってきてくれた。
 
 セシリアはううっと伸びをすると、クラウスの用意したお茶に手をつける。
 
「王子殿下がこの度正式にと王太子となられたようです」

 その言葉にセシリアは飲む手を止めると、はぁと溜め息をついた。

「…もう、そんな時期なのね。婚約破棄のハードルがさらに上がってしまったわ」

 正式に王太子になった今、アランは次期国王だ。以前よりも発言力は高まるし、何より下手に婚約破棄をすると、空いた座を貴族が狙って争いかねない。情勢を揺らがすようなことは簡単にはできない立場に彼はなってしまったのだ。

「そもそも殿下はお嬢様をいたく気に入っておられますからね。婚約破棄は中々難しいかと」
「不思議だわ。私のどこに惹かれる要素があるのか。…いや、そうよね。侯爵家の力は偉大だものね。みすみす捨てるわけないわね」

 ハードウェル侯爵家はこの国でも中々歴史の古い家系だ。しかも、長年政治の中枢にいる家系なので結構な権力を持っている。だから覇権争いの絶えない王族にとって、ハードウェル家の後ろ盾を手に入れることは地位の安定にもつながる重要なことだった。

「それだけではないと思いますが」
「いいえ、政略結婚なんてそんなものよ。…まぁ、結局その侯爵家の力もマリアの魅力に敵わないんだけども」

ガシャン

 突然、大きな音が部屋に響いた。音の方を見るとどうやらクラウスが窓を閉めた音だったらしい。いつもはこんな大きな音を立てないので不思議に思っていると、クラウスは少し焦った表情でセシリアを見た。

「…申し訳ございません。お話し中に。…どうやら窓の建付けが少し悪くなっているようです。少々、細工師のデイビットに相談してきてもよろしいですか」
「そう、建付けが…。ええ、構わないわ。そういうのは早めに修理した方がいいだろうし」
「ありがとうございます。では少々相談してまいります」

 そう言って軽くセシリアにお辞儀をすると、クラウスは颯爽と部屋を出ていった。 

(うっかりマリアの話をしてしまったわ。あそこで窓の建付けが悪くてよかったかもしれない。あの音のおかげでクラウスには会話が聞こえてなかったでしょうし)

 ついつい小声が漏れてしまったが、マリアの存在はまだ誰も知らない未来であり、極秘事項だ。扱いには十分に気を付けなければならない。

「―あれ?そもそもマリア登場する…?」

 ふと、狼事件の犯人がすでに捕まっていることを思い出す。マリアはゲーリッヒ男爵の養子だが、彼が彼女を養子に迎えた背景には、スレンダル伯爵の手引きがあった。

 だが、庭園に狼を放った犯人はそのスレンダル伯爵で、彼の目的はセシリアを傷物にし、王子の婚約者から下ろすことだ。彼は自分の娘を王太子妃にすることを狙っていた。

 しかし、彼はセシリアを座から引き下ろすことはできないばかりか、娘を病で失い太刀打ちが行かなくなったのだ。それでゲーリッヒ男爵に話を持ちかけている。

 だが、今回はそのスレンダル伯爵は既に捕まっていて、ゲーリッヒに話を持ちかけることができない。

「…え、まさかマリア登場しないんじゃ」

 もし彼女が登場しなかったらこの先の未来はそうなるのだろうか。全く先の読めない未来に、少し不安になるセシリアだった。
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