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10.明かされる真実
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あの事件から数日経ったある日、クラウスが新聞を片手に部屋にやってきた。そこにはあの社交界での事件の犯人が捕まったと書かれていた。
つまり、これでセシリアがマリア殺害の濡れ衣を着せられるということはない。その事実にセシリアはほっと胸をなでおろした。
「まさか犯人がゲーリッヒ男爵だったなんて。父親が娘の命を狙わせるなんて…酷いものね…」
だが言われてみれば納得がいく。ゲーリッヒ男爵は前回も必死にマリアをアランにアピールしていた。王太子妃の座にマリアをつけることで自分もその甘い蜜を吸おうという魂胆が丸見えだった男だ。逆に、どうして今までその可能性に気づかなかったのかとさえ思えてくる。
「セシリアお嬢さまを婚約者の座から引き下ろし、マリアを王太子妃の座に据えることで、権力を持つことを狙っていたようでございます」
「…そう」
どうやら前回の自分はこの男に上手く嵌められたようだ。こんな男のために己の首をきったのかと思うと嫌気がさした。
「もっとお怒りになっていいのですよ。お嬢様への濡れ衣が解けたとは言え、彼は許されないことをお嬢様にしたのですから」
「いえ、別にいいわ。罪を償ってくれればそれで」
不思議と今のセシリアに男爵に対する怒りはなかった。怒りよりも寧ろ死を回避した安心感が強い。
「…正直、拍子抜けしたのよ。まさか、こんな形で終わるとは思っていなかったの」
「そうですね。私もこうしてお嬢様をお守りすることができてよかったです。…もうお嬢様を自害させるようなことにはさせません」
「そうね、自害が回避できて安心…って、え?クラウス、今、なんて?」
普通に頷こうとして、クラウスが知るはずのないワードが出てきたことに気づいたセシリアは思わずクラウスを二度見した。
「ですから、お嬢様が濡れ衣を着せられ、自害しなければならない状況にはさせませんと」
「…なんでそれを?」
それは私の死ぬ前の記憶。今のクラウスが知るはずのない、別の人生での出来事なのに―
「やはり、お嬢様にも記憶があるのですね。前回の」
「―まさかクラウスも?」
「ええ。ございます。お嬢様を最後までお守りすることができなかった不甲斐ない過去の記憶が」
そんな…クラウスにも記憶があったなんてじゃあまさか今回の流れがこんなに大きく変わったのって―
「…もしかして私が今まで危険な目にあったとき、いつも貴方が助けてくれたのは…」
「…知っていたからですよ。全て。あなたが過去に何が原因でどんな怪我を負ったのか。私は覚えておりました。大切なお嬢様の体が傷つけられて帰ってくるたびに、ああ、なぜ私は御そばにいなかったのかと後悔しておりましたので。今回は全て阻止させていただきました」
「どうしてそこまで…」
知っていたなら逃げることだってできただろうに。いずれ没落し、命を絶つ人間に仕える義理だってそんなになかったはずなのに。前回の人生で私はクラウスに何もしてなかったし、寧ろ当たって酷いことも沢山したのに…。
「お嬢様を愛しているからですよ」
「…え?」
(…あ、あいってあの愛?)
クラウスの瞳は真剣だ。セシリアはその深紅の瞳をただ吸い込まれるように見つめることしかできない。
「私はお嬢様を心からお慕いしているのです。それは執事としての敬愛ではなく、一人の男としての下心。かつての私は執事として、このような感情を持つなど許されないと思い、自分の心に気づかぬふりをしてきましたが、…お嬢様を失い、私は気づきました。自分の行動は全て無意味なものだったのだ、と。貴方を失い私に残ったのは後悔だけでした。このような形でお嬢様を失うくらいなら、私は貴方に思いを告げればよかったと。お嬢様を貴族社会から連れ出して遠い異国で幸せにして差し上げたかったと」
そう言うとクラウスはふっと視線を下に下ろした。かなり力が入っているのか彼の握られた拳は震えている。
「もしかしたら私の後悔が天に届いたのかもしれません。あの日、私はお嬢様を追って確かに死んだはずなのに―なぜか気づいたら自室のベッドにいた。そして、お嬢様が生きていたのです。それも10年前の姿で。私は確信いたしました。これは神が与えてくださった最後のチャンスなのだと。だから今まで必死に運命を変えようと抗ってきたのです。こうして、今もお嬢様の傍にいるために…」
「クラウス…」
スッとクラウスの紅の瞳がセシリアに向けられる。そこには力強い光が宿っていた。
「お嬢様、好きです。愛しています。いや、愛しているなどという可愛らしい感情ではないのかもしれませんね。私にとってお嬢様は人生の全てなのです。」
「…」
クラウスの言葉にセシリアは何も答えられなかった。いや、簡単に答えてはいけないと思った。クラウスの想いは真剣だ。だが、セシリアの心は完全に定まっていない。だから安易に答えるのは違うと思った。
クラウスもきっと何かを察してくれたのだろう。ふっと柔らかな笑みを浮かべると軽く腰を折った。
「申し訳ございません。王太子の婚約者であらせられるお嬢様にこんなことを…。…本日はこれで失礼します。…解雇される覚悟はできています。お嬢様が私の想いを受け止めるのが難しいようであれば旦那様におっしゃってください。では」
パタンと戸が閉まる音がする。衝撃を受け止めきれずにいたセシリアはボフンとベッドに沈み込むと一人悶々と考え込むのだった。
つまり、これでセシリアがマリア殺害の濡れ衣を着せられるということはない。その事実にセシリアはほっと胸をなでおろした。
「まさか犯人がゲーリッヒ男爵だったなんて。父親が娘の命を狙わせるなんて…酷いものね…」
だが言われてみれば納得がいく。ゲーリッヒ男爵は前回も必死にマリアをアランにアピールしていた。王太子妃の座にマリアをつけることで自分もその甘い蜜を吸おうという魂胆が丸見えだった男だ。逆に、どうして今までその可能性に気づかなかったのかとさえ思えてくる。
「セシリアお嬢さまを婚約者の座から引き下ろし、マリアを王太子妃の座に据えることで、権力を持つことを狙っていたようでございます」
「…そう」
どうやら前回の自分はこの男に上手く嵌められたようだ。こんな男のために己の首をきったのかと思うと嫌気がさした。
「もっとお怒りになっていいのですよ。お嬢様への濡れ衣が解けたとは言え、彼は許されないことをお嬢様にしたのですから」
「いえ、別にいいわ。罪を償ってくれればそれで」
不思議と今のセシリアに男爵に対する怒りはなかった。怒りよりも寧ろ死を回避した安心感が強い。
「…正直、拍子抜けしたのよ。まさか、こんな形で終わるとは思っていなかったの」
「そうですね。私もこうしてお嬢様をお守りすることができてよかったです。…もうお嬢様を自害させるようなことにはさせません」
「そうね、自害が回避できて安心…って、え?クラウス、今、なんて?」
普通に頷こうとして、クラウスが知るはずのないワードが出てきたことに気づいたセシリアは思わずクラウスを二度見した。
「ですから、お嬢様が濡れ衣を着せられ、自害しなければならない状況にはさせませんと」
「…なんでそれを?」
それは私の死ぬ前の記憶。今のクラウスが知るはずのない、別の人生での出来事なのに―
「やはり、お嬢様にも記憶があるのですね。前回の」
「―まさかクラウスも?」
「ええ。ございます。お嬢様を最後までお守りすることができなかった不甲斐ない過去の記憶が」
そんな…クラウスにも記憶があったなんてじゃあまさか今回の流れがこんなに大きく変わったのって―
「…もしかして私が今まで危険な目にあったとき、いつも貴方が助けてくれたのは…」
「…知っていたからですよ。全て。あなたが過去に何が原因でどんな怪我を負ったのか。私は覚えておりました。大切なお嬢様の体が傷つけられて帰ってくるたびに、ああ、なぜ私は御そばにいなかったのかと後悔しておりましたので。今回は全て阻止させていただきました」
「どうしてそこまで…」
知っていたなら逃げることだってできただろうに。いずれ没落し、命を絶つ人間に仕える義理だってそんなになかったはずなのに。前回の人生で私はクラウスに何もしてなかったし、寧ろ当たって酷いことも沢山したのに…。
「お嬢様を愛しているからですよ」
「…え?」
(…あ、あいってあの愛?)
クラウスの瞳は真剣だ。セシリアはその深紅の瞳をただ吸い込まれるように見つめることしかできない。
「私はお嬢様を心からお慕いしているのです。それは執事としての敬愛ではなく、一人の男としての下心。かつての私は執事として、このような感情を持つなど許されないと思い、自分の心に気づかぬふりをしてきましたが、…お嬢様を失い、私は気づきました。自分の行動は全て無意味なものだったのだ、と。貴方を失い私に残ったのは後悔だけでした。このような形でお嬢様を失うくらいなら、私は貴方に思いを告げればよかったと。お嬢様を貴族社会から連れ出して遠い異国で幸せにして差し上げたかったと」
そう言うとクラウスはふっと視線を下に下ろした。かなり力が入っているのか彼の握られた拳は震えている。
「もしかしたら私の後悔が天に届いたのかもしれません。あの日、私はお嬢様を追って確かに死んだはずなのに―なぜか気づいたら自室のベッドにいた。そして、お嬢様が生きていたのです。それも10年前の姿で。私は確信いたしました。これは神が与えてくださった最後のチャンスなのだと。だから今まで必死に運命を変えようと抗ってきたのです。こうして、今もお嬢様の傍にいるために…」
「クラウス…」
スッとクラウスの紅の瞳がセシリアに向けられる。そこには力強い光が宿っていた。
「お嬢様、好きです。愛しています。いや、愛しているなどという可愛らしい感情ではないのかもしれませんね。私にとってお嬢様は人生の全てなのです。」
「…」
クラウスの言葉にセシリアは何も答えられなかった。いや、簡単に答えてはいけないと思った。クラウスの想いは真剣だ。だが、セシリアの心は完全に定まっていない。だから安易に答えるのは違うと思った。
クラウスもきっと何かを察してくれたのだろう。ふっと柔らかな笑みを浮かべると軽く腰を折った。
「申し訳ございません。王太子の婚約者であらせられるお嬢様にこんなことを…。…本日はこれで失礼します。…解雇される覚悟はできています。お嬢様が私の想いを受け止めるのが難しいようであれば旦那様におっしゃってください。では」
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