逆行令嬢と執事

嘉ノ海祈

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13.遠い異国で

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「おとーさーん!おかーさーん!」

 カランカランというベルと共に少女が元気よく店に入ってきた。客に紅茶を出していた男性店員は声のする方へと視線を向ける。

「おっと!」

 会計が終わり、ちょうど戸を開けようとしていた男は咄嗟に自分に迫ってきた戸をよける。そんな様子を見て、男性店員は少女を叱った。

「…アリーシャ。ドアはゆっくりあけなさいと何度言えばわかるのですか?お客様に戸が当たったら危ないのですよ?」
「う、ごめんなさい…」

 しゅんとうなだれる少女の姿に、この店の常連である男はまぁまぁと男性店員をなだめた。

「元気があっていいじゃねえか。俺のことは気にするな。この通り怪我もなかったしな。次、気をつけてくれればいいさ」

 そう言って少女の行動を許してくれる男に店員は怒りを鎮めるように息を吐きだすと、男に頭を下げた。

「…すみません。誰かと似てじゃじゃ馬に育ったもので―「ちょっと、聞こえているわよ。誰がじゃじゃ馬ですって?」…」

 カウンターの奥から一人の女性が顔を出す。白いエプロンを身にまとった様子は一般の平民によくあるそれなのに、不思議と品位が感じられる女性であった。

「あなた以外に誰が居ます?」

 いつの間にか通常営業に戻り、カップを布巾で磨きながらすまし顔でそう述べる男性店員。女性はそんな彼の様子によけいにイラっとさせられたようだった。

「失礼ね。そんなじゃじゃ馬を好きになったのは誰かしら」
「私ですね」

 からかうつもりで言ったのに綺麗な笑顔でさらっと認めてしまうと何だか自分だけが意地を張っているようでやりずらい。女性はつっかかるのを諦め、ぷいっとそっぽを向いた。

「…たく、相変わらず顔だけはいいんだから」
「おや?顔だけですか?」

 女性の呟きが聞き捨てならなかったのか、ただからかっているだけなのか。男性店員は女性をのぞき込みそう尋ねる。

「…知らない!」

 居心地が悪くなったのか、女性は店の奥へと引っ込んでしまった。そんな女性の様子を見て、男性店員はクスクスと小さく笑う。

「…おやおや、すねられてしまいましたか」
「…おとうさん嬉しそう」

 目の前で繰り広げられるまるで子供のようなやり取りを少女はうろんげにその光景を見つめた。そんな少女の様子に男性客はわっはっはと豪快な笑みを浮かべる。

「セシリア嬢も厄介な旦那に捕まって大変だな」
「おかあさん、たいへん?」

 少女の問いかけに男はああと頷くと、少女に視線を合わせニヤリと笑った。

「アリーシャ嬢も変な男に捕まらないように気を付けるんだぞ。いくら顔がよくても中身が厄介だと大変だからな」

 男の言葉に少女は首をかしげる。そんな様子を見て男は「まだわかんないよなぁ」と苦笑いすると「いずれ分かるから気にするな」と言い、少女の頭をわさわさと撫でた。

「問題ありません。そんな男は私がアリーシャに近づけませんから」

 綺麗な笑顔でそう言い放った男性店員に男はああこれは将来苦労するなと苦笑いする。きょとんとした表情を浮かべる少女に少しばかり同情の念を抱いた。

「…幸運を祈るよ、アリーシャ嬢」
「…?」

 小さな声で内緒話をするように少女の耳にそうつぶやくと男は手をひらひらさせながら扉に手をかける。

「じゃ、俺は帰るわ。今日も相変わらずの旨さだったよ。ごちそうさん」

 すると男性店員はふっと笑みを浮かべ男を見送った。

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」

※※※※※

「セシリア」
「…」

 夜。誰もいなくなった店内で男性は女性の名前を呼ぶ。しかし、女性はそっぽを向いたまま男性に向き合おうとしなかった。

「ふふ、すねた貴方も魅力的ではありますが、私としてはいいかげん貴方の笑顔が見たいですね」
「…」

 本当は女性の方も別にこれほどすねるつもりはなかった。ただ、ちょっとやめるタイミングを見失って身動きが取れないだけだ。男性はそれを分かっていた。だから、スッと女の目の前にカップを置いた。

「どうぞ」
「…これ」

 カップに満たされた甘く芳醇な香りのする黄金の液体。忘れることのない思い出の品だった。

「昔はよく作っていたのですが、最近はすっかり作らなくなりましたから。久々に作ってみました。気分を落ち着ける効果もあるので今の貴方にはぴったりだと思って」

 女性は静かにカップに手を伸ばし、口元に運ぶとその液体を喉に流し込んだ。懐かしい味わいにふっと息がこぼれる。そんな女性の様子を見て男性はクスッと笑った。

「ふふ、ようやく笑ってくれましたね」

 結局ほだされてしまった状況が面白くなかった女性はムッと口を尖らせた。

「…別に、まだ許してるわけじゃないわ」

 女性の言葉に男性は困ったように眉を下げる。そしていかにも残念そうなそぶりを見せた。

「そうですか。では、どうしたらお許しいただけますか」
「…それくらい自分で考えなさいよ」

 ボソッとそう告げられた女性の言葉に、男性は手を口元に寄せながら少し考える。そして、いいことを思いついたというようにふっと笑みを浮かべると女性の耳元に口を寄せた。

「…先ほどはじゃじゃ馬などと言ってすみませんでした。ですが、私は貴方のそういうとこも含めて貴方が好きですよ。手がかかるほうが可愛らしいですからね」

 そして、チュッという可愛らしい音と共に女性の額から顔を離す。突然額に感じた唇の柔らかな感触に女性は顔を赤くした。

「愛しています。これで許してくれますか?」
「…っ!…もうっ!」

 やっぱりこの人には敵わない。それは異国で色々と乗り越えていく中で度々実感したことだ。恥ずかしさに耐えきれず男性の胸に顔を埋めると、男性は嬉しそうに迎え入れあやすように背中をポンポンと叩いた。

 お互いの熱が程よく交じりあった頃、男性は女性からさっと身体を離した。そして、座っていた椅子から立ち上がると女性に手を差し出す。

「さて、そろそろ明日の仕込みをしませんと。我々の料理を楽しみしてくださるお客様がいらっしゃいますからね」
「そうね。美味しい料理とお茶で皆に元気を届けましょ」

 女性は差し出された男性の手を取り、立ち上がった。暗く寝静まった街に小さな明かりが灯る。トントントンと包丁が小刻みに動く心地よい音が小さな店内に響いた。

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