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2.母の実家にやってきました。
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「おかえり」
およそ歓迎はされていないであろう声で、私たちを出迎えたのは前髪をきっちり後ろにまとめあげた黒髪の男性であった。鋭く光る赤い眼光に、荷台から降りた私は思わず身を震わせる。
(ここまで帰還を歓迎しない、おかえりは初めて聞いたよ……)
もはや歓迎を通り越して殺意すら感じるそれに、私は内心ビクビクしながらも、ふらふらと荷台から降りようとする母に手を貸し、なんとか荷台から下ろす。そして、とりあえずは母に挨拶をさせようと母をその人の前にだした。
「……に、いさん……」
「言っておくが、私はお前を妹だとは思っていない。戸籍上、仕方がなく引き取っただけだ」
うわぁ。ナニこの気まずい状況。今すぐこの場から立ち去りたいんですけど……!?
(……いかんいかん。どんな環境においても人間関係は非常に大事。これからの快適な魚食生活のためにも、ここで第一印象を良くしておかなければ……)
「初めまして。母の娘のナディアと申します。この度は、我が一族が皆様にご迷惑をおかけし大変申し訳ございませんでした。親族に見切られてもおかしくないこの状況で、私たちがこの敷居を跨ぐことをお許しいただきましたこと、心より感謝申し上げます」
(やば、緊張で後半、日本のかたぎみたいな表現しちゃったけど、これここの国で通じる?!)
内心冷や汗をかきながらも、母の前にでた私は何とか穏やかな微笑みを浮かべ挨拶をする。何かを見定めるような鋭い眼差しを向けられたが、下手にでる挨拶が功をそうしたのか、若干彼の眼光が和らいだ気がした。
「……こいつの娘の割には、ある程度の良識があるようだな。私はカルロ。戸籍上はお前の母の兄に当たる。とりあえずこれ以上ここにいても目立つので、家の中に入りなさい。……ああ、家が砂だらけになるのは困るので外で埃をはらってから入るように」
「はい」
カルロさんの言葉に頷くと、私は服についた埃を払ってから母と共に彼の屋敷に入った。
(すっごい立派なお屋敷。やっぱりかなり売り上げのある商会なのね)
石造りの4階建ての建物。シックな赤色に塗装されたその家は、中も見るからに上質な家具で上品に整えられていた。いくら外で埃を払ったとはいえ、こんな汚れた姿で入るのは何だか申し訳ない。
「先にお召し物を取り替えましょう。浴室にご案内します」
使用人らしき女性が、そう言って私たちを浴室まで案内してくれた。お湯をかけ流すだけのスネラルツと違い、ここにはお湯につかるためのお風呂がある。前世日本人の私はそのことに凄く興奮した。私たちはありがたく長旅で付着した汚れを洗い落とすと、用意された新しい服を身にまとう。非常にシンプルなワンピースみたいな服。母は非常に不満そうだったけど、もともと動きやすい簡素な服が好みだった私は喜んでそれを着た。
着替えが終わると3階にある大広間に案内された。どうやら夕食を取りながら、カルロさん以外の屋敷の人たちと顔合わせをするらしい。
(うわぁ……凄く広い部屋。しかもテーブル大理石じゃない?たっかそー)
大理石のテーブルに等間隔に設置された燭台。天井にはシャンデリアが輝き、まるで貴族のお屋敷のようである。
「イザベラッ……!」
「お母様……」
ガバリと隣にいた母に抱きついたのは、母に似た髪色を持つ女性だった。どうやらこの人が母のお母さん、つまり私の祖母にあたる人物らしい。
「生きていてよかった……」
心の底から安堵したように漏れた祖母の声。きっと娘の生死をずっと心配していたのだろう。家出してから実家とは絶縁状態だったわけだし、母はきっと何の連絡も入れていないはずだ。
(……なぁんだ。てっきり全然家族から歓迎されていないのかと思ったら、ちゃんと生還を喜んでくれる人もいるんじゃん。良かったね、ちゃんと愛情を注いでくれる人がいて……)
バチンッ!
「……っ!」
(……え?)
親子愛にしみじみとしていたら、祖母がいきなり母の頬をひっぱ叩いた。……あれ、先ほどの感動の再会はいずこへ?
「このバカ娘が……!」
呆然とする母の肩をガシッと掴んだ祖母はそのまま説教を始めた。
「いきなり家を飛び出して、姿を消したと思ったら、悪い男に捕まって、よその国で迷惑をかけるだなんて……ああ、一体どこで教育を間違えたのか。いい?今後は…ゴホッゴホッ」
「母上、これ以上はお体に障ります」
「止めないで頂戴、カルロ。この子にはきちんと言い聞かせないと……」
「母上っ!」
ふらっと倒れそうになった祖母をカルロさんが慌てたように支えた。どうやら祖母は体調が優れないらしい。女性の使用人が祖母のもとにやってくるとカルロさんから祖母を預かった。そして、使用人に肩をかしてもらいながら祖母は自分の部屋へと戻っていったのであった。
「はぁ、だから反対したのだ。ただえさえ体調を崩しているというのに、これ以上興奮させてはならないと……」
「でもさぁ、ずっと義姉さんのこと心配してたんだし、知らせないのも可哀想だろ。結果はどうであれ、生きてはいたわけだしさ」
カルロさんがため息をつく中、そう口を言葉を返したのは赤毛を遊ばせた男性だった。
「やぁ、義姉さん。おかえり。まさか生きて会えるとは思っていなかったよ」
「……ロベルト」
母にハグをしながらそう言ったロベルトさん。カルロさんのように母を嫌悪している雰囲気はなさそうだ。
「はじめまして、お嬢さん。カルロ兄さんのイザベラ義姉さんの義弟のロベルトです。流石、義姉さんの娘。凄く美しい顔をしているね」
すっごく笑顔でそう挨拶をしてくれるロベルトさん。でも、なんか褒められている気がしないのはなぜだろう。緑色の瞳の奥に、皮肉めいた副音声が隠されている気がする。
「はじめまして、ロベルト叔父さま。母の娘のナディアです。この度は一族の不始末でご迷惑をおかけしてしまったにも関わらず、母娘共々受け入れてくださり心より感謝しております。極力ご迷惑はおかけしないようにしますので、どうぞよろしくお願いいたします」
歓迎されていないことは分かっているので、極力丁寧に挨拶をする。今失礼なことをしてこの家を追い出されるのは非常に困るのだ。ある程度、この地域の生活に慣れて収入が得られるようになるまでは、どうにかしてここでお世話にならなければならない。
返事がないことを不思議に思い、私が顔をあげるとそこにはきょとんとした表情を浮かべるロベルトさんがいた。
「……驚いた。君、本当に義姉さんの子?俺、子供がいないから分からないけど、親がこうだと子供はしっかりするもんなの?」
心底意外だというようにそう呟くロベルトさん。私は思わず小声で彼にツッコミを入れた。
「否定はしませんけど、それ本人目の前にして言いますか?」
「ははっ!いいんだよ、義姉さんはそれくらい言わないと分からないだろうし。……それより、叔父さんは辞めてほしいな。俺、まだまだ若いし。ロベルトでいいよ」
「じゃあ、ロベルトさんと」
「うん」
ひそひそと会話している私たちにカルロさんがしびれをきらしたように声をかけてきた。
「挨拶はそこらへんで済んだだろう。遅くなったが、夕食にするぞ」
カルロさんとロベルトさんと向かい合うように席についた私達。使用人たちがテキパキと料理が盛られた皿を運んできてテーブルに並べてくれた。
(これは!魚介類のパスタに、エビが入ったスープ!それに白身魚のムニエルまである!)
目の前の料理にもう私は釘づけだ。18年間ずっと我慢していた食べ物が今、ようやく食べられる。興奮のあまり涙が出そうになってしまった。
「……私、いらないわ。食欲ないの……。もう、寝る」
そう言うと気だるげに立ち上がり部屋へと戻っていった母。そんな母に私は啞然とした。
(噓でしょ!?魚だよ!?スネラルツでは絶対に食べることのできなかった、あの幻食材だよ!?目の前にあるのに食べないとか勿体ないよ!?)
母の行動が想定内だったのか、カルロさんとロベルトさんは気に留める様子もなく食事を始めた。魚のムニエルをナイフで切り分けたカルロさんが呆れたように呟く。
「ふん、相変わらず魚嫌いは顕在か」
疲労と精神的なショックはあるだろうが、もう半日以上何も食べていないから母もお腹が空いているはずだ。それでも食事を拒むあたり、本当に魚が嫌いなんだなぁと思う。
「……なんだ?お前も磯臭い料理は嫌いか?嫌なら食べなくていいぞ。食事はこれしかないがな。……生憎我が家はしがない商人だ。向こうでは何を食べていたのか知らんが、我が家ではこれが最上のおもてなしだ」
「いえ!磯の香り、ウェルカムです!寧ろ、ご褒美です!」
じろりとカルロさんに見つめられ、私は慌ててフォークとナイフを手に持つ。どれから食べようか一瞬悩んだが、まずはメインのムニエルを食べることにした。
カリッと焼き上げられた表面にナイフを入れれば、繊維にそってほぐれるふわふわの白身。肉にはない久々の感触に心が踊った。
(いただきまーす!)
ふわっと広がるオリーブの香りと後からやってくる磯の香り。口の中でほろほろとほぐれた白身が淡白な味わいをみせる。ちょうどよく振られた塩と胡椒が味のいいアクセントになっていた。
(……ああ幸せ。追放されてよかった)
じんわりと感動に浸りながら、私は黙々と目の前の料理を食べ続ける。イカ、貝、エビ。懐かしい魚介の味に前世の記憶が蘇った。
「……随分と美味そうに食うな。そんなに料理が気に入ったか?」
興味深そうにこちらに話しかけてきたロベルトさんに、私は口の中にあった料理を飲み込むと頷く。
「はい!すっごく美味しいです!こんなに沢山魚介が食べられるなんて幸せです」
「ははは!……君、本当に義姉さんとは似てないね。義姉さんは魚介大っ嫌いなのに」
「こんなに美味しいものが嫌いだなんて、私には理解できないです。獣臭い肉より、こっちの方が断然美味しいと思いますけどね」
「へぇ、こっちじゃ寧ろ肉の方が手に入らないからな。……まぁ、魚が食べられるなら食事の心配はないね。魚が食べられないと、ここじゃ生きてくのは困難だろうからさ」
そっか。ここら辺は山がないから獣が住んでいないんだ。家畜を飼うにも、水の都みたいな感じでスペースなさそうだったもんな。魚の方が手短な食材なのかもしれない。
「言っておくが、明日からはメインは海藻だからな。魚が食べたければ自分で調達してくるのがここのルールだ」
「え……」
フォークを持ったままフリーズする私に、ロベルトさんが補足を加えてくれた。
「うちは卸売商会だから、買い付け専門なんだよ。売れ残りとかがあれば料理に出てくるけど、基本的にこの国の人たちは魚が好きだし、多少値段を下げれば売れ残りも商品として売れるんだよ。うちは商売で成り立っている一族だから、売れるものは全部売るがモットーなんだ」
なるほど。自分たちで魚を捕っているわけじゃないから、魚が食べたければその分を購入する必要があるというわけか。で、その分の費用は提供しないぞと。魚が食べたければ、自分で調達してこいと。
「それに、義姉さんみたいに魚が嫌いな人や、魚に飽きている人もいるだろう。そんな人の分まで用意するのは資源が勿体ないからね。だから、自分で食べたい魚介は自分で調達して用意するのがここのルールなんだ」
確かに食品ロスは重大な問題だからね。母みたいに魚料理を残す人に提供するのは勿体ないというのは理解できる。
「分かりました。魚を用意して料理人さんに渡せば、こうして料理をして食事時にだしてくれるということですね?」
「うん。そういうこと」
毎回魚を用意する必要があるのは大変だけど、言い方をかえれば毎回自分の食べたい魚を自由に持ち込めるってことだよね。うわぁ、テンション上がるなぁ。異世界の魚、一体どんな種類があるんだろう。楽しみ……。
(あ、でも魚を捕まえる道具がない。餌を買うお金もない。まずはそこを何とかしないと)
「あの、魚を捕まえるための道具をお借りすることはできますか?」
「……魚を捕まえるには漁業ギルドへの登録が必要だ。水産資源の保護のため、登録のないものの捕獲は禁止されている」
「そうなんですね。……漁業ギルドへの登録に条件はありますか?」
「この町の住人であれば問題はない。必要な証明書は後で渡そう」
「ありがとうございます!」
よし、ならば明日は早速漁業ギルドに行って登録をしてこよう。海藻も美味しいけど、さすがに海藻だけじゃ寂しすぎる。
「道具は漁業ギルドで借りることができるよ。それに、沢山釣れた場合は漁業ギルドで買い取ってくれるから売るといいよ。少しはお金になるからね」
おお!それはありがたい。財産は向こうで全て没収されてしまったので、私は今、無一文なのだ。これから生活するうえでお金は絶対に必要だから、収入になるのは大変助かる。
「……まぁ、あまり期待はしないことだな」
え、なんですか、その不穏な言い回し。ロベルトさんもカルロさんの言葉に苦笑いで頷いている。なんだか最後は不安になったが、それでも異世界転生初の魚料理に舌鼓をうって幸せを満喫した追放生活初日であった。
およそ歓迎はされていないであろう声で、私たちを出迎えたのは前髪をきっちり後ろにまとめあげた黒髪の男性であった。鋭く光る赤い眼光に、荷台から降りた私は思わず身を震わせる。
(ここまで帰還を歓迎しない、おかえりは初めて聞いたよ……)
もはや歓迎を通り越して殺意すら感じるそれに、私は内心ビクビクしながらも、ふらふらと荷台から降りようとする母に手を貸し、なんとか荷台から下ろす。そして、とりあえずは母に挨拶をさせようと母をその人の前にだした。
「……に、いさん……」
「言っておくが、私はお前を妹だとは思っていない。戸籍上、仕方がなく引き取っただけだ」
うわぁ。ナニこの気まずい状況。今すぐこの場から立ち去りたいんですけど……!?
(……いかんいかん。どんな環境においても人間関係は非常に大事。これからの快適な魚食生活のためにも、ここで第一印象を良くしておかなければ……)
「初めまして。母の娘のナディアと申します。この度は、我が一族が皆様にご迷惑をおかけし大変申し訳ございませんでした。親族に見切られてもおかしくないこの状況で、私たちがこの敷居を跨ぐことをお許しいただきましたこと、心より感謝申し上げます」
(やば、緊張で後半、日本のかたぎみたいな表現しちゃったけど、これここの国で通じる?!)
内心冷や汗をかきながらも、母の前にでた私は何とか穏やかな微笑みを浮かべ挨拶をする。何かを見定めるような鋭い眼差しを向けられたが、下手にでる挨拶が功をそうしたのか、若干彼の眼光が和らいだ気がした。
「……こいつの娘の割には、ある程度の良識があるようだな。私はカルロ。戸籍上はお前の母の兄に当たる。とりあえずこれ以上ここにいても目立つので、家の中に入りなさい。……ああ、家が砂だらけになるのは困るので外で埃をはらってから入るように」
「はい」
カルロさんの言葉に頷くと、私は服についた埃を払ってから母と共に彼の屋敷に入った。
(すっごい立派なお屋敷。やっぱりかなり売り上げのある商会なのね)
石造りの4階建ての建物。シックな赤色に塗装されたその家は、中も見るからに上質な家具で上品に整えられていた。いくら外で埃を払ったとはいえ、こんな汚れた姿で入るのは何だか申し訳ない。
「先にお召し物を取り替えましょう。浴室にご案内します」
使用人らしき女性が、そう言って私たちを浴室まで案内してくれた。お湯をかけ流すだけのスネラルツと違い、ここにはお湯につかるためのお風呂がある。前世日本人の私はそのことに凄く興奮した。私たちはありがたく長旅で付着した汚れを洗い落とすと、用意された新しい服を身にまとう。非常にシンプルなワンピースみたいな服。母は非常に不満そうだったけど、もともと動きやすい簡素な服が好みだった私は喜んでそれを着た。
着替えが終わると3階にある大広間に案内された。どうやら夕食を取りながら、カルロさん以外の屋敷の人たちと顔合わせをするらしい。
(うわぁ……凄く広い部屋。しかもテーブル大理石じゃない?たっかそー)
大理石のテーブルに等間隔に設置された燭台。天井にはシャンデリアが輝き、まるで貴族のお屋敷のようである。
「イザベラッ……!」
「お母様……」
ガバリと隣にいた母に抱きついたのは、母に似た髪色を持つ女性だった。どうやらこの人が母のお母さん、つまり私の祖母にあたる人物らしい。
「生きていてよかった……」
心の底から安堵したように漏れた祖母の声。きっと娘の生死をずっと心配していたのだろう。家出してから実家とは絶縁状態だったわけだし、母はきっと何の連絡も入れていないはずだ。
(……なぁんだ。てっきり全然家族から歓迎されていないのかと思ったら、ちゃんと生還を喜んでくれる人もいるんじゃん。良かったね、ちゃんと愛情を注いでくれる人がいて……)
バチンッ!
「……っ!」
(……え?)
親子愛にしみじみとしていたら、祖母がいきなり母の頬をひっぱ叩いた。……あれ、先ほどの感動の再会はいずこへ?
「このバカ娘が……!」
呆然とする母の肩をガシッと掴んだ祖母はそのまま説教を始めた。
「いきなり家を飛び出して、姿を消したと思ったら、悪い男に捕まって、よその国で迷惑をかけるだなんて……ああ、一体どこで教育を間違えたのか。いい?今後は…ゴホッゴホッ」
「母上、これ以上はお体に障ります」
「止めないで頂戴、カルロ。この子にはきちんと言い聞かせないと……」
「母上っ!」
ふらっと倒れそうになった祖母をカルロさんが慌てたように支えた。どうやら祖母は体調が優れないらしい。女性の使用人が祖母のもとにやってくるとカルロさんから祖母を預かった。そして、使用人に肩をかしてもらいながら祖母は自分の部屋へと戻っていったのであった。
「はぁ、だから反対したのだ。ただえさえ体調を崩しているというのに、これ以上興奮させてはならないと……」
「でもさぁ、ずっと義姉さんのこと心配してたんだし、知らせないのも可哀想だろ。結果はどうであれ、生きてはいたわけだしさ」
カルロさんがため息をつく中、そう口を言葉を返したのは赤毛を遊ばせた男性だった。
「やぁ、義姉さん。おかえり。まさか生きて会えるとは思っていなかったよ」
「……ロベルト」
母にハグをしながらそう言ったロベルトさん。カルロさんのように母を嫌悪している雰囲気はなさそうだ。
「はじめまして、お嬢さん。カルロ兄さんのイザベラ義姉さんの義弟のロベルトです。流石、義姉さんの娘。凄く美しい顔をしているね」
すっごく笑顔でそう挨拶をしてくれるロベルトさん。でも、なんか褒められている気がしないのはなぜだろう。緑色の瞳の奥に、皮肉めいた副音声が隠されている気がする。
「はじめまして、ロベルト叔父さま。母の娘のナディアです。この度は一族の不始末でご迷惑をおかけしてしまったにも関わらず、母娘共々受け入れてくださり心より感謝しております。極力ご迷惑はおかけしないようにしますので、どうぞよろしくお願いいたします」
歓迎されていないことは分かっているので、極力丁寧に挨拶をする。今失礼なことをしてこの家を追い出されるのは非常に困るのだ。ある程度、この地域の生活に慣れて収入が得られるようになるまでは、どうにかしてここでお世話にならなければならない。
返事がないことを不思議に思い、私が顔をあげるとそこにはきょとんとした表情を浮かべるロベルトさんがいた。
「……驚いた。君、本当に義姉さんの子?俺、子供がいないから分からないけど、親がこうだと子供はしっかりするもんなの?」
心底意外だというようにそう呟くロベルトさん。私は思わず小声で彼にツッコミを入れた。
「否定はしませんけど、それ本人目の前にして言いますか?」
「ははっ!いいんだよ、義姉さんはそれくらい言わないと分からないだろうし。……それより、叔父さんは辞めてほしいな。俺、まだまだ若いし。ロベルトでいいよ」
「じゃあ、ロベルトさんと」
「うん」
ひそひそと会話している私たちにカルロさんがしびれをきらしたように声をかけてきた。
「挨拶はそこらへんで済んだだろう。遅くなったが、夕食にするぞ」
カルロさんとロベルトさんと向かい合うように席についた私達。使用人たちがテキパキと料理が盛られた皿を運んできてテーブルに並べてくれた。
(これは!魚介類のパスタに、エビが入ったスープ!それに白身魚のムニエルまである!)
目の前の料理にもう私は釘づけだ。18年間ずっと我慢していた食べ物が今、ようやく食べられる。興奮のあまり涙が出そうになってしまった。
「……私、いらないわ。食欲ないの……。もう、寝る」
そう言うと気だるげに立ち上がり部屋へと戻っていった母。そんな母に私は啞然とした。
(噓でしょ!?魚だよ!?スネラルツでは絶対に食べることのできなかった、あの幻食材だよ!?目の前にあるのに食べないとか勿体ないよ!?)
母の行動が想定内だったのか、カルロさんとロベルトさんは気に留める様子もなく食事を始めた。魚のムニエルをナイフで切り分けたカルロさんが呆れたように呟く。
「ふん、相変わらず魚嫌いは顕在か」
疲労と精神的なショックはあるだろうが、もう半日以上何も食べていないから母もお腹が空いているはずだ。それでも食事を拒むあたり、本当に魚が嫌いなんだなぁと思う。
「……なんだ?お前も磯臭い料理は嫌いか?嫌なら食べなくていいぞ。食事はこれしかないがな。……生憎我が家はしがない商人だ。向こうでは何を食べていたのか知らんが、我が家ではこれが最上のおもてなしだ」
「いえ!磯の香り、ウェルカムです!寧ろ、ご褒美です!」
じろりとカルロさんに見つめられ、私は慌ててフォークとナイフを手に持つ。どれから食べようか一瞬悩んだが、まずはメインのムニエルを食べることにした。
カリッと焼き上げられた表面にナイフを入れれば、繊維にそってほぐれるふわふわの白身。肉にはない久々の感触に心が踊った。
(いただきまーす!)
ふわっと広がるオリーブの香りと後からやってくる磯の香り。口の中でほろほろとほぐれた白身が淡白な味わいをみせる。ちょうどよく振られた塩と胡椒が味のいいアクセントになっていた。
(……ああ幸せ。追放されてよかった)
じんわりと感動に浸りながら、私は黙々と目の前の料理を食べ続ける。イカ、貝、エビ。懐かしい魚介の味に前世の記憶が蘇った。
「……随分と美味そうに食うな。そんなに料理が気に入ったか?」
興味深そうにこちらに話しかけてきたロベルトさんに、私は口の中にあった料理を飲み込むと頷く。
「はい!すっごく美味しいです!こんなに沢山魚介が食べられるなんて幸せです」
「ははは!……君、本当に義姉さんとは似てないね。義姉さんは魚介大っ嫌いなのに」
「こんなに美味しいものが嫌いだなんて、私には理解できないです。獣臭い肉より、こっちの方が断然美味しいと思いますけどね」
「へぇ、こっちじゃ寧ろ肉の方が手に入らないからな。……まぁ、魚が食べられるなら食事の心配はないね。魚が食べられないと、ここじゃ生きてくのは困難だろうからさ」
そっか。ここら辺は山がないから獣が住んでいないんだ。家畜を飼うにも、水の都みたいな感じでスペースなさそうだったもんな。魚の方が手短な食材なのかもしれない。
「言っておくが、明日からはメインは海藻だからな。魚が食べたければ自分で調達してくるのがここのルールだ」
「え……」
フォークを持ったままフリーズする私に、ロベルトさんが補足を加えてくれた。
「うちは卸売商会だから、買い付け専門なんだよ。売れ残りとかがあれば料理に出てくるけど、基本的にこの国の人たちは魚が好きだし、多少値段を下げれば売れ残りも商品として売れるんだよ。うちは商売で成り立っている一族だから、売れるものは全部売るがモットーなんだ」
なるほど。自分たちで魚を捕っているわけじゃないから、魚が食べたければその分を購入する必要があるというわけか。で、その分の費用は提供しないぞと。魚が食べたければ、自分で調達してこいと。
「それに、義姉さんみたいに魚が嫌いな人や、魚に飽きている人もいるだろう。そんな人の分まで用意するのは資源が勿体ないからね。だから、自分で食べたい魚介は自分で調達して用意するのがここのルールなんだ」
確かに食品ロスは重大な問題だからね。母みたいに魚料理を残す人に提供するのは勿体ないというのは理解できる。
「分かりました。魚を用意して料理人さんに渡せば、こうして料理をして食事時にだしてくれるということですね?」
「うん。そういうこと」
毎回魚を用意する必要があるのは大変だけど、言い方をかえれば毎回自分の食べたい魚を自由に持ち込めるってことだよね。うわぁ、テンション上がるなぁ。異世界の魚、一体どんな種類があるんだろう。楽しみ……。
(あ、でも魚を捕まえる道具がない。餌を買うお金もない。まずはそこを何とかしないと)
「あの、魚を捕まえるための道具をお借りすることはできますか?」
「……魚を捕まえるには漁業ギルドへの登録が必要だ。水産資源の保護のため、登録のないものの捕獲は禁止されている」
「そうなんですね。……漁業ギルドへの登録に条件はありますか?」
「この町の住人であれば問題はない。必要な証明書は後で渡そう」
「ありがとうございます!」
よし、ならば明日は早速漁業ギルドに行って登録をしてこよう。海藻も美味しいけど、さすがに海藻だけじゃ寂しすぎる。
「道具は漁業ギルドで借りることができるよ。それに、沢山釣れた場合は漁業ギルドで買い取ってくれるから売るといいよ。少しはお金になるからね」
おお!それはありがたい。財産は向こうで全て没収されてしまったので、私は今、無一文なのだ。これから生活するうえでお金は絶対に必要だから、収入になるのは大変助かる。
「……まぁ、あまり期待はしないことだな」
え、なんですか、その不穏な言い回し。ロベルトさんもカルロさんの言葉に苦笑いで頷いている。なんだか最後は不安になったが、それでも異世界転生初の魚料理に舌鼓をうって幸せを満喫した追放生活初日であった。
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「錬金術士様だ!この村にも錬金術士様が来たぞ!」
最低ランク錬金術士エリセフィーナは錬金術士の学校、|王立錬金術学園《アカデミー》を卒業した次の日に最果ての村にある|工房《アトリエ》で一人生活することになる、Fランクという最低ランクで錬金術もまだまだ使えない、モンスター相手に戦闘もできないエリナは消えかけている前世の記憶を頼りに知り合いが一人もいない最果ての村で自分の夢『みんなを幸せにしたい』をかなえるために生活をはじめる。
この物語は、最果ての村『グリムホルン』に来てくれた若き錬金術士であるエリセフィーナを村人は一生懸命支えてサポートしていき、Fランクという最低ランクではあるものの、前世の記憶と|王立錬金術学園《アカデミー》で得た知識、離れて暮らす錬金術の師匠や村でできた新たな仲間たちと一緒に便利なアイテムを作ったり、モンスター盗伐の冒険などをしていく。
錬金術士エリセフィーナは日本からの転生者ではあるものの、記憶が消えかかっていることもあり錬金術や現代知識を使ってチート、無双するような物語ではなく、転生した世界で錬金術を使って1から成長し、仲間と冒険して成功したり、失敗したりしながらも楽しくスローライフをする話です。
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