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第6話

齟齬2

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 だけど、それにしたって、

「事と場合によるだろう。気分で人を殺すな。いくらなんでも、それだけはさせられないぞ」
「だって、とっくに殺されてても文句言えない犯罪者だよ?」
「今は違う」
「ブラッドは、どうしてそう、自分の足を引っ張る人が好きなのかなあ」
「どういう意味だ?」

 そこに何か巨大な齟齬を感じて、俺はルシアンに詰め寄った。

「そのまんまだよ。でも、自覚できないんだよね」
「だから、何を!」
「昨夜の閣下や俺の説教の意味」

 それは、その通りだった。
 だって俺、少しも危なくなかったし、必要なことしただけだし、なんとかなってるし、これからもなんとかするし。最悪を想定したもしもの話なんて、起きなかったんだからどうでもいいし、起こさせないし、起きたらねじ伏せるし。
 説明してもぜんぜんわかってもらえなかった反論が、再び腹の中でぐるぐると渦を巻く。

「理解してくれなかったのは、そっちも一緒だろう」

 思わず辛辣な口調で言い返した。

「そうか。そうだね」

 溜息みたいにルシアンが笑った。俺たちは気まずい雰囲気に、しばらく黙り込んだ。
 わからないし、わかってもらえない。それがひどくもどかしかった。

 俺は視線をそらした先で、日の影が形を変えているのに気付いた。いつまでもこうしているわけにはいかなかったのを思い出す。
 最後通牒のつもりで提案した。

「とにかく、俺の手下たちを殺さないと約束できないなら、連れていけない」
「わかった。とりあえず、今日は殺さない。それで妥協して?」

 柔らかな表情で、物騒なことを、事も無げに言う。
 そこには微塵も、汚いものも後ろめたいものも見出せない。
 ルシアンは、本当にまっさらなのだ。

 綺麗な綺麗な、俺の弟。
 どうしたら、こいつの中を埋めてやれるのだろう。
 俺は胸が軋んで、すぐに返事ができなかった。一つ息をついてから頷く。

「わかった。今日はそれでいい」
「どうしたの、ブラッド。元気ないね。おなかすいた?」

 ルシアンが、俺の顔を覗き込むようにして聞いてくる。

「ああ、うん。だけど、もう急がないと。だいぶ遅くなってしまった」
「だめだめ。ブラッドはおなかがすくと、とたんに元気なくなるからね。パンの一つや二つ、齧ってから行こうよ。配膳所に行けば、もう用意できてるはずだから。ね?」

 俺の腕をとって、先にルシアンが立ち上がる。それに引かれて、俺も立った。

「誰か、閣下を呼んできて。俺たち配膳所にいるから」

 ルシアンが王子様然として命令を出し、廊下へと出る。
 確かに腹が減って元気が出ないと思いながら、俺はおとなしくその後をついていったのだった。
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