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4 裏切り
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家令のビルを引き連れ、相談しながら廊下を歩きつつ、窓から見える丘の上の木に視線が行った。
兄さんが息を引き取った場所。……幼い頃、同じあの場所で交わした誓いは、これで完全に何一つ叶うことはなくなった。
まるであの誓いが裏返って、呪いとなってしまったかのように。
……それとも、彼が呪ったのかしら。彼の言い分を聞き入れず、追放した私たちを恨んで。
まさか、と思う。そんな人じゃなかった。そう思う先から、疑念がむくむく湧き出してくる。
だって、彼があんなことをする人だなんて、あの時まで私たちは思っていなかった。彼は、お父様も兄さんも私も家の者たちも、誰も彼もを騙し、ずっと本性を隠していたのだ。
くるくるの金の巻き毛を太陽の光のように揺らして笑う、快活で裏表のない人だと、誰もが思っていたのに。
母方の従兄弟で、病で相次いでご両親を亡くした彼が、この館にやってきて以来、私たち三人は一緒に育った。稽古も、勉強も、食事も、遊ぶのも、遊びが過ぎて叱られるのも。
私は彼が大好きだった。兄さんも。だから、本格的な騎士の修行をするためにガルトルード侯爵の城へ二人が遣られる前日に、彼があそこであんな誓いをしてくれた時、本当に嬉しかった。
離れ離れになるのは、しばらくの間だけだって。二人が帰ってきたら、私たちはずっと一緒にいられるんだって、そう思ったから。
……馬鹿だった。騙されていた。
修行の年限が明け、二人が帰ってきて、父のもとで今度は実戦に出るようになって数年、私たちの未来は順風満帆だ、そう信じて疑わなくなった頃。
彼は、狩猟小屋で女性に無体をはたらいた。
ロレン家のナタリー。小柄で胸の大きい、豊かな栗色の髪が素敵な、可愛らしい人だった。近隣の村の名士のお嬢様で、我が家の開いた狐狩りに、ご家族そろっていらっしゃった。
彼女はドレスの胸元が破れた格好で、泣きながら訴えていた。
「彼にあそこに呼び出されたんです。ホストの家の方のおっしゃることだからおかしいと思いませんでした。だけど行ったら彼しかおらず、いきなりキスされて押し倒されて……。逃げようとしたけどかなわなかったんです。それで服を裂かれて、体をまさぐられて……」
彼女は自分の体を抱きしめ、ぶるっと震えて言葉に詰まった。
そこで兄さんが口を挿んだ。
「俺が狩猟小屋に入って行った時、彼女は床に倒れて泣き叫んでいた。その傍らにエルバートがいて、彼女の肩に手を掛けていた」
「俺が行った時には、彼女はもうその恰好だった! 泣いていたから、何があったか聞こうとしていただけだ。俺は何もしていない!」
「嘘です! ずっと愛していたって、この機会を待っていたって、言ったじゃないですか!」
「言ってない、俺が愛しているのは、あんたじゃない!」
「ひどい! ひどい! こんなことをしておいて、私、もう、誰とも結婚できないのに!」
ナタリー嬢は、わっと泣き伏した。
「嘘をつくな! 神に誓って、俺は何もしていない! こんな女狐、願い下げだ!」
「うちの娘に、なんてことを言うんだ、この小僧は! こんな無体をはたらいたあげく、……っ、大切に育てた娘をっ」
ロレン氏が顔を真っ赤にして怒鳴って、ぶるぶる拳を震わせた。ナタリー嬢の泣き声が大きくなった。
「暴言は許さんぞ、エルバート。謝罪しなさい」
お父様が彼をたしなめた。
「俺は、謝罪するようなことをしていません!」
「女性に言っていい言葉ではなかった」
「女性? 平気で嘘をつき人を嵌めようとしているこいつが? こいつがロレン氏の娘だっていうんなら、きっともう本物は悪魔に喰われちまっているんですよ。こいつは、その悪魔が化けているに違いない。そうでなきゃ、こんなひどい嘘をつけるわけがない!」
「エルバート、悪魔などと軽々しく口にしてはならない。重ねての暴言、これ以上逆らうのは許さんぞ。これが最後の機会だ。謝罪しなさい」
「嫌です!」
「ならば出ていけ。おまえはもう、ベアハルトの一員ではない。二度とこの地に近付くな」
彼は悔しそうに唇を噛んだ。しばらくそうしてお父様を睨んでいたが、はっと短い息を吐いて踵を返した。
そして、壁際で騒ぎを見守っていた私の方へと視線を向けてきた。そのまなざしに、心が揺らいだ。信じてくれと、自分と一緒に来てくれと、言っている気がした。
でも私は、深く傷ついて声を上げて泣いているナタリーを見て、何を信じればいいのかわからなかった。ナタリーの言うことを信じたくなかったけれど、その泣き声は痛々しすぎた。
だいたい、どうしてナタリーが自分の評判も価値も下げる嘘をつく必要があるのだろう。こんなことが噂になったら、嫁ぎ先なんか見つからなくなるのに。
結局私は、目をそらして下を向いた。エルバートの言うことを信じることもできなかった。
そうしてエルバートは足音荒く出ていった。
あれ以来、彼とは会っていない。当然だ。戻ってきたら、お父様に殺されただろう。
「……裏切者」
「お嬢様、なんと?」
「いいえ、なんでもないわ。……何のお話の途中だったかしら」
「墓地の場所についてご相談しておりました」
「ああ、そうだったわね。そうね、これから行って、場所を決めてしまいましょう」
私はまっすぐ前を見つめて、廊下を行く足を速めた。
兄さんが息を引き取った場所。……幼い頃、同じあの場所で交わした誓いは、これで完全に何一つ叶うことはなくなった。
まるであの誓いが裏返って、呪いとなってしまったかのように。
……それとも、彼が呪ったのかしら。彼の言い分を聞き入れず、追放した私たちを恨んで。
まさか、と思う。そんな人じゃなかった。そう思う先から、疑念がむくむく湧き出してくる。
だって、彼があんなことをする人だなんて、あの時まで私たちは思っていなかった。彼は、お父様も兄さんも私も家の者たちも、誰も彼もを騙し、ずっと本性を隠していたのだ。
くるくるの金の巻き毛を太陽の光のように揺らして笑う、快活で裏表のない人だと、誰もが思っていたのに。
母方の従兄弟で、病で相次いでご両親を亡くした彼が、この館にやってきて以来、私たち三人は一緒に育った。稽古も、勉強も、食事も、遊ぶのも、遊びが過ぎて叱られるのも。
私は彼が大好きだった。兄さんも。だから、本格的な騎士の修行をするためにガルトルード侯爵の城へ二人が遣られる前日に、彼があそこであんな誓いをしてくれた時、本当に嬉しかった。
離れ離れになるのは、しばらくの間だけだって。二人が帰ってきたら、私たちはずっと一緒にいられるんだって、そう思ったから。
……馬鹿だった。騙されていた。
修行の年限が明け、二人が帰ってきて、父のもとで今度は実戦に出るようになって数年、私たちの未来は順風満帆だ、そう信じて疑わなくなった頃。
彼は、狩猟小屋で女性に無体をはたらいた。
ロレン家のナタリー。小柄で胸の大きい、豊かな栗色の髪が素敵な、可愛らしい人だった。近隣の村の名士のお嬢様で、我が家の開いた狐狩りに、ご家族そろっていらっしゃった。
彼女はドレスの胸元が破れた格好で、泣きながら訴えていた。
「彼にあそこに呼び出されたんです。ホストの家の方のおっしゃることだからおかしいと思いませんでした。だけど行ったら彼しかおらず、いきなりキスされて押し倒されて……。逃げようとしたけどかなわなかったんです。それで服を裂かれて、体をまさぐられて……」
彼女は自分の体を抱きしめ、ぶるっと震えて言葉に詰まった。
そこで兄さんが口を挿んだ。
「俺が狩猟小屋に入って行った時、彼女は床に倒れて泣き叫んでいた。その傍らにエルバートがいて、彼女の肩に手を掛けていた」
「俺が行った時には、彼女はもうその恰好だった! 泣いていたから、何があったか聞こうとしていただけだ。俺は何もしていない!」
「嘘です! ずっと愛していたって、この機会を待っていたって、言ったじゃないですか!」
「言ってない、俺が愛しているのは、あんたじゃない!」
「ひどい! ひどい! こんなことをしておいて、私、もう、誰とも結婚できないのに!」
ナタリー嬢は、わっと泣き伏した。
「嘘をつくな! 神に誓って、俺は何もしていない! こんな女狐、願い下げだ!」
「うちの娘に、なんてことを言うんだ、この小僧は! こんな無体をはたらいたあげく、……っ、大切に育てた娘をっ」
ロレン氏が顔を真っ赤にして怒鳴って、ぶるぶる拳を震わせた。ナタリー嬢の泣き声が大きくなった。
「暴言は許さんぞ、エルバート。謝罪しなさい」
お父様が彼をたしなめた。
「俺は、謝罪するようなことをしていません!」
「女性に言っていい言葉ではなかった」
「女性? 平気で嘘をつき人を嵌めようとしているこいつが? こいつがロレン氏の娘だっていうんなら、きっともう本物は悪魔に喰われちまっているんですよ。こいつは、その悪魔が化けているに違いない。そうでなきゃ、こんなひどい嘘をつけるわけがない!」
「エルバート、悪魔などと軽々しく口にしてはならない。重ねての暴言、これ以上逆らうのは許さんぞ。これが最後の機会だ。謝罪しなさい」
「嫌です!」
「ならば出ていけ。おまえはもう、ベアハルトの一員ではない。二度とこの地に近付くな」
彼は悔しそうに唇を噛んだ。しばらくそうしてお父様を睨んでいたが、はっと短い息を吐いて踵を返した。
そして、壁際で騒ぎを見守っていた私の方へと視線を向けてきた。そのまなざしに、心が揺らいだ。信じてくれと、自分と一緒に来てくれと、言っている気がした。
でも私は、深く傷ついて声を上げて泣いているナタリーを見て、何を信じればいいのかわからなかった。ナタリーの言うことを信じたくなかったけれど、その泣き声は痛々しすぎた。
だいたい、どうしてナタリーが自分の評判も価値も下げる嘘をつく必要があるのだろう。こんなことが噂になったら、嫁ぎ先なんか見つからなくなるのに。
結局私は、目をそらして下を向いた。エルバートの言うことを信じることもできなかった。
そうしてエルバートは足音荒く出ていった。
あれ以来、彼とは会っていない。当然だ。戻ってきたら、お父様に殺されただろう。
「……裏切者」
「お嬢様、なんと?」
「いいえ、なんでもないわ。……何のお話の途中だったかしら」
「墓地の場所についてご相談しておりました」
「ああ、そうだったわね。そうね、これから行って、場所を決めてしまいましょう」
私はまっすぐ前を見つめて、廊下を行く足を速めた。
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