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3 決意
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兄さんは寝室に運び込まれたが、手の施しようはなかった。皆、呆然と寝室に集まり、立ち尽くすしかなかった。
フィアンは兄さんにすがって泣いていた。私もその隣で彼女の肩を抱いて、とめどなく流れる涙にくれる。
「なぜこんなことに」
思わずつぶやくと、庭師のフォンテがおそるおそる尋ねてきた。
「……奥様、こんな時にお聞きするのはなんですが、旦那様は蜂に刺されやしませんでしたか?」
「……蜂?」
フィアンは少し顔を上げ、ぼんやりとフォンテを見た。
「なぜ知ってるの? そうよ、グレッグは蜂に刺されたわ。アイリーンが来る、少し前に」
「ああ、なんてことだ、そいつは悪魔が姿を変えた蜂だったんだ!」
フォンテは素早く十字を切り、祈る形に指を組み合わせた。
「普通の蜂なら一刺しで人を殺せねえですが、悪魔が姿を変えた蜂なら別です! 誰かが悪魔と契約して旦那様を呪ったんだ!」
「いったい誰が。旦那様は侯爵の覚えもめでたく、高潔な騎士として名を馳せていらっしゃる。旦那様のような方が、なぜ」
料理長のラモンが、料理帽を胸の前で揉みしだきながら言った。それに、家令のビルが抑えた声音で答えた。
「……だからかもしれません。テュルソーとの戦では、多くの高名な騎士を討ち取ったと聞いています。わが国では英雄でも、あちらでは恨む者も多いでしょう」
沈黙が落ち、侍女たちがすすり泣く声が大きく聞こえた。
ビルが進み出てきて私たちの傍らで膝をついた。彼の目も真っ赤だった。彼が一度、深く頭を下げた。
「奥様、お嬢様、このような時に、このようなことを申し上げることをお許しください。……ベアハルト家の後継のことでございます。それに、侯爵からの招集の期限も迫っています」
はっと息をついて、フィアンが、いやいやをするように頭を振った。
私は手で顔を覆った。そうだった。今、一番ベアハルト家に切迫した問題。
兄さんの他に男子のないこの家に、男子が生まれるかもしれないと、フィアンの腹の子を皆で待ち望んでいたのだ。
我が家は騎士家だ。騎士として仕えることのできる者がいなければ、その権利は義務を果たすことのできる者へと移譲される。そうすれば所領はその者の物となり、フィアンも私もこの屋敷を出ていかなければならない。もちろん、騎士家の名も、兄さんとフィアンの子に受け継がせることはできない。
「……エルバート様を呼び戻されてはいかがでしょうか」
「冗談じゃないわ!」
私は反射的に叫んでいた。
「あんな男を呼び戻せば、フィアンがどんな目にあうか! 家は、私が継ぎます。兄さんとフィアンの子が大きくなって、義務を負えるようになるまで、私が騎士として仕えます!」
「お嬢様」
「ビルも皆も知ってるでしょ? 私だって兄さんがこんなことになった時のために、兄さんと同じ訓練を受けてきたの。そのいざまさかが、今よ。そうでしょ?」
「アイリーン……」
フィアンが私の腕を掴み、顔を覗きこんできた。
「心配しないで、フィアン。あなたとお腹の子は、私が絶対守るから」
私は力強く頷いてみせた。
フィアンは兄さんにすがって泣いていた。私もその隣で彼女の肩を抱いて、とめどなく流れる涙にくれる。
「なぜこんなことに」
思わずつぶやくと、庭師のフォンテがおそるおそる尋ねてきた。
「……奥様、こんな時にお聞きするのはなんですが、旦那様は蜂に刺されやしませんでしたか?」
「……蜂?」
フィアンは少し顔を上げ、ぼんやりとフォンテを見た。
「なぜ知ってるの? そうよ、グレッグは蜂に刺されたわ。アイリーンが来る、少し前に」
「ああ、なんてことだ、そいつは悪魔が姿を変えた蜂だったんだ!」
フォンテは素早く十字を切り、祈る形に指を組み合わせた。
「普通の蜂なら一刺しで人を殺せねえですが、悪魔が姿を変えた蜂なら別です! 誰かが悪魔と契約して旦那様を呪ったんだ!」
「いったい誰が。旦那様は侯爵の覚えもめでたく、高潔な騎士として名を馳せていらっしゃる。旦那様のような方が、なぜ」
料理長のラモンが、料理帽を胸の前で揉みしだきながら言った。それに、家令のビルが抑えた声音で答えた。
「……だからかもしれません。テュルソーとの戦では、多くの高名な騎士を討ち取ったと聞いています。わが国では英雄でも、あちらでは恨む者も多いでしょう」
沈黙が落ち、侍女たちがすすり泣く声が大きく聞こえた。
ビルが進み出てきて私たちの傍らで膝をついた。彼の目も真っ赤だった。彼が一度、深く頭を下げた。
「奥様、お嬢様、このような時に、このようなことを申し上げることをお許しください。……ベアハルト家の後継のことでございます。それに、侯爵からの招集の期限も迫っています」
はっと息をついて、フィアンが、いやいやをするように頭を振った。
私は手で顔を覆った。そうだった。今、一番ベアハルト家に切迫した問題。
兄さんの他に男子のないこの家に、男子が生まれるかもしれないと、フィアンの腹の子を皆で待ち望んでいたのだ。
我が家は騎士家だ。騎士として仕えることのできる者がいなければ、その権利は義務を果たすことのできる者へと移譲される。そうすれば所領はその者の物となり、フィアンも私もこの屋敷を出ていかなければならない。もちろん、騎士家の名も、兄さんとフィアンの子に受け継がせることはできない。
「……エルバート様を呼び戻されてはいかがでしょうか」
「冗談じゃないわ!」
私は反射的に叫んでいた。
「あんな男を呼び戻せば、フィアンがどんな目にあうか! 家は、私が継ぎます。兄さんとフィアンの子が大きくなって、義務を負えるようになるまで、私が騎士として仕えます!」
「お嬢様」
「ビルも皆も知ってるでしょ? 私だって兄さんがこんなことになった時のために、兄さんと同じ訓練を受けてきたの。そのいざまさかが、今よ。そうでしょ?」
「アイリーン……」
フィアンが私の腕を掴み、顔を覗きこんできた。
「心配しないで、フィアン。あなたとお腹の子は、私が絶対守るから」
私は力強く頷いてみせた。
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