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ガルトルード侯爵の城へは、馬で北に半日と少し。急いだ甲斐あって、夕暮れ前には辿り着いた。
「何者だ!」
跳ね橋を渡ろうとしたところで、城門に設けられた見張り台から声を掛けられ、かまえた弓を向けられた。
「ベアハルト家がグレッグの妹、アイリーンでございます」
「グレッグ卿の妹御が何用か」
「兄が急死しました。兄の代わりに騎士家の義務を果たすべく、招集に応じて馳せ参じました」
「しばし待たれよ」
レヴィンが肩をすくめてウィンクする。侯爵の城はいつもこんなもんですよ、緊張しないでとください、と言われてるのがわかった。気遣いに、笑みを浮かべて応える。
私は馬に乗ってきたが、レヴィンたちは歩きだ。日暮れ前には辿り着きたいと急がせたから、早く休ませてやりたい。
しかし、待てど暮らせど音沙汰はなく、どんどん日だけが傾いていく。だんだん心配になってきた。
もしも入れてもらえなかったら、戻って近隣の知り合いに助けを求めようか、いや、それでは時間がかかりすぎる、村娘に変装して城に潜り込み侯爵を探そうか、どうしようかと考えを巡らせはじめたところだった。
ギイッと内側から通用門が開かれ、中から人影が滑り出てきた。金色の巻き毛でサーコートを着ている。どことなく見覚えのあるシルエットに、まさかと思いつつも、私は口をへの字に引き締めた。
その人物が走り寄ってくる。それにつれ、容姿がはっきり見えるようになった。……なぜ彼が、ここにいるのだろう。それも、騎士として。
「……アイリーン、なぜそんな姿で。グレッグが死んだというのは本当なのか!?」
「本当です。侯爵への目通りを願います」
「まさか。そんな」
私を見上げたエルバートの表情は、驚きと、痛みに彩られたものだった。彼はしばらく呆然としていたが、やがて溜息とともに目を瞑ると、十字を切った。
「彼女はたしかにベアハルト家のアイリーンだ。我、エルバート・ランドが保証する。本物だった場合、侯爵に彼女をすぐに連れて来るよう言いつけられている。彼女たちのために門を開けてくれ」
門が重たい音を立てて開かれ、私たちはそこをくぐり抜けた。中は馬と人でいっぱいで、雑然としていた。
「ライオニー、彼らを厩に案内してやってくれ。それから、城内の案内も。面倒をみてやるんだ」
エルバートは、浅黒い肌の酷薄そうな男に、レヴィンたちを任せようとした。
「私の従者をどこに連れていこうっていうの」
「彼は俺の従者だ。よくこの顔で疑われるが、信頼の置ける男だ」
「べつに、顔で疑うなんて失礼なことはしてないわ」
「そうか。じゃあ、俺が信用ならないってわけか。
だったら心配いらない。俺は今、侯爵に仕えている。あの方に背くようなことはしない。それとも侯爵の目が、いつ裏切るとも知れない者を傍に置くような節穴だとでも?」
「馬鹿言わないでちょうだい。ただ、あなたは狡猾に人を欺くのが上手いようだから。……いいえ、私たちの目が節穴だったんでしょう」
「いいや、俺は誰も欺いていない」
彼は強い調子で、挑むように顔を近付けて言った。火花が散りそうな勢いで睨みあう。そのうち彼から目をそらし、ふん、と鼻を鳴らした。
「いや、いい。君は良くも悪くも人の話に耳を貸すような人ではないからな」
ムカアッとした。彼の顔を見てからムカムカが止まらなかったが、脳天を突きあげるような怒りが湧きあがり、思わず声を荒げて反論しようと口を開いた。
『アイリーン、怒りに我を失ってはいけない。そら、脇ががら空きだ』
ふいに、耳元で兄さんに囁かれた気がして、私はあたりに目を向けた。多くの騎士や従者が歩きまわっている。……ああ、そうだ。ここで失態を犯すわけにはいかない。
女だというだけで侮られるだろうに、感情的になれば、だから女はと見下げ果てられるに違いない。
もしかしたら、彼は私を怒らせて、失態を狙っているのかもしれなかった。そうすれば、一番近い血筋として、彼が兄さんの後継として据えられるだろう。それが本来なら順当なのだ。まして、彼が今、侯爵の騎士だというなら、よけいに。
兄さんから、彼が領地を賜ったなんて話は聞いていない。侯爵がたくさん城に置いている、有象無象の騎士の一人なのだろう。だったら、喉から手が出るほど領地が欲しいはずだ。
「俺の言うことなど、怒るにも値しないか……」
小声が横から聞こえてきたが、話しかけてきたというより、呟きに近かったので、私は遠慮なく無視した。
大きな広場を抜け、開け放たれた扉から、城の中に入った。たくさんのタペストリーのかかった立派な広間を通り抜け、人通りの少ない奥へと入って行く。
扉の前に護衛が立つ部屋で、彼は声を張り上げた。
「エルバートです。ベアハルト家のアイリーンを連れてきました」
入れ、と中から聞こえ、彼が自分で扉を開けた。
「何者だ!」
跳ね橋を渡ろうとしたところで、城門に設けられた見張り台から声を掛けられ、かまえた弓を向けられた。
「ベアハルト家がグレッグの妹、アイリーンでございます」
「グレッグ卿の妹御が何用か」
「兄が急死しました。兄の代わりに騎士家の義務を果たすべく、招集に応じて馳せ参じました」
「しばし待たれよ」
レヴィンが肩をすくめてウィンクする。侯爵の城はいつもこんなもんですよ、緊張しないでとください、と言われてるのがわかった。気遣いに、笑みを浮かべて応える。
私は馬に乗ってきたが、レヴィンたちは歩きだ。日暮れ前には辿り着きたいと急がせたから、早く休ませてやりたい。
しかし、待てど暮らせど音沙汰はなく、どんどん日だけが傾いていく。だんだん心配になってきた。
もしも入れてもらえなかったら、戻って近隣の知り合いに助けを求めようか、いや、それでは時間がかかりすぎる、村娘に変装して城に潜り込み侯爵を探そうか、どうしようかと考えを巡らせはじめたところだった。
ギイッと内側から通用門が開かれ、中から人影が滑り出てきた。金色の巻き毛でサーコートを着ている。どことなく見覚えのあるシルエットに、まさかと思いつつも、私は口をへの字に引き締めた。
その人物が走り寄ってくる。それにつれ、容姿がはっきり見えるようになった。……なぜ彼が、ここにいるのだろう。それも、騎士として。
「……アイリーン、なぜそんな姿で。グレッグが死んだというのは本当なのか!?」
「本当です。侯爵への目通りを願います」
「まさか。そんな」
私を見上げたエルバートの表情は、驚きと、痛みに彩られたものだった。彼はしばらく呆然としていたが、やがて溜息とともに目を瞑ると、十字を切った。
「彼女はたしかにベアハルト家のアイリーンだ。我、エルバート・ランドが保証する。本物だった場合、侯爵に彼女をすぐに連れて来るよう言いつけられている。彼女たちのために門を開けてくれ」
門が重たい音を立てて開かれ、私たちはそこをくぐり抜けた。中は馬と人でいっぱいで、雑然としていた。
「ライオニー、彼らを厩に案内してやってくれ。それから、城内の案内も。面倒をみてやるんだ」
エルバートは、浅黒い肌の酷薄そうな男に、レヴィンたちを任せようとした。
「私の従者をどこに連れていこうっていうの」
「彼は俺の従者だ。よくこの顔で疑われるが、信頼の置ける男だ」
「べつに、顔で疑うなんて失礼なことはしてないわ」
「そうか。じゃあ、俺が信用ならないってわけか。
だったら心配いらない。俺は今、侯爵に仕えている。あの方に背くようなことはしない。それとも侯爵の目が、いつ裏切るとも知れない者を傍に置くような節穴だとでも?」
「馬鹿言わないでちょうだい。ただ、あなたは狡猾に人を欺くのが上手いようだから。……いいえ、私たちの目が節穴だったんでしょう」
「いいや、俺は誰も欺いていない」
彼は強い調子で、挑むように顔を近付けて言った。火花が散りそうな勢いで睨みあう。そのうち彼から目をそらし、ふん、と鼻を鳴らした。
「いや、いい。君は良くも悪くも人の話に耳を貸すような人ではないからな」
ムカアッとした。彼の顔を見てからムカムカが止まらなかったが、脳天を突きあげるような怒りが湧きあがり、思わず声を荒げて反論しようと口を開いた。
『アイリーン、怒りに我を失ってはいけない。そら、脇ががら空きだ』
ふいに、耳元で兄さんに囁かれた気がして、私はあたりに目を向けた。多くの騎士や従者が歩きまわっている。……ああ、そうだ。ここで失態を犯すわけにはいかない。
女だというだけで侮られるだろうに、感情的になれば、だから女はと見下げ果てられるに違いない。
もしかしたら、彼は私を怒らせて、失態を狙っているのかもしれなかった。そうすれば、一番近い血筋として、彼が兄さんの後継として据えられるだろう。それが本来なら順当なのだ。まして、彼が今、侯爵の騎士だというなら、よけいに。
兄さんから、彼が領地を賜ったなんて話は聞いていない。侯爵がたくさん城に置いている、有象無象の騎士の一人なのだろう。だったら、喉から手が出るほど領地が欲しいはずだ。
「俺の言うことなど、怒るにも値しないか……」
小声が横から聞こえてきたが、話しかけてきたというより、呟きに近かったので、私は遠慮なく無視した。
大きな広場を抜け、開け放たれた扉から、城の中に入った。たくさんのタペストリーのかかった立派な広間を通り抜け、人通りの少ない奥へと入って行く。
扉の前に護衛が立つ部屋で、彼は声を張り上げた。
「エルバートです。ベアハルト家のアイリーンを連れてきました」
入れ、と中から聞こえ、彼が自分で扉を開けた。
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