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8 思いがけない真実
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小ぶりの部屋だが、ここも綺麗なタペストリーが掛かっていた。奥に一段高くなった場所があり、そこに立派な椅子が置いてあって、いかめしい顔の初老の男性が腰かけていた。
ガルトルード侯爵だ。幼い頃に、家にいらしたことがある。あの頃より白髪と皴が増えたが、さらに威厳が増していた。
「アイリーン、久しいな」
「侯爵におかれてましては、ますますのご清栄お喜び申し上げます」
「うむ。して、グレッグが急死したと聞いたが」
「昨日、戸外で毒蛇に咬まれまして。そのまま」
蜂では通りが悪かろうと、家令のベンや従者のレヴィンと相談して、人には蛇に咬まれたと語ることにした。
「なんと。……葬儀はどうした」
「今朝早くに済ませてまいりました」
「そうか。辛かったであろう。悔やみを申し述べる。まこと、惜しい男を亡くした」
「ありがとうございます。侯爵に忠誠を誓っていた兄も、そのお言葉だけで報われることでしょう」
部屋に沈黙が落ちた。兄さんを亡くしてからまだたったの一日しかたっていない。侯爵に話すほどに、生々しく痛みと悲しみが心に満ちあふれていった。……いや、感傷に浸っている暇はない。ここからが難所だ。
「ところで、その恰好は、アイリーン?」
「ベアハルト家の責を果たすべく、招集に馳せ参じましたしだいです」
「私はそこまで人情のない男であるつもりはないが」
「お気に障ったなら謝罪いたします。ただ、私がベアハルト家を継ぐことをお許しいただきたく、この度の盗賊狩りで、侯爵にお仕えするにふさわしい技量を披露いたしたいと気が逸ったしだいです」
「グレッグには妻と、まだ生まれていないが子ができていたはずだが」
「いずれ生まれてくる甥に家を継がせたいと思っております」
「それまでおまえが騎士として仕えると?」
「はい。父には子が兄と私しかありませんでしたので、私も幼い頃から兄と共に、騎士に足る技量を教え込まれてまいりました。兄が亡くなるまで、手合わせの相手も務めてまいりました。必ずや侯爵のお役に立てるものと自負しております」
「うむ。おまえの父アイザックにも、兄グレッグにも、聞いておる。男勝りで嫁にいくつもりがないと自慢しておった」
「……自慢、でございますか?」
「可愛い娘、可愛い妹を、なかなか手放したくなかったようでな。たびたび諫めておったのだが、そのような話は聞いてないか?」
「はい、まったく」
「そうか。それはまた難儀なことだ」
「は?」
「まあ、よい。ベアハルト家が盗賊狩りに参加することを歓迎しよう」
「ありがとうございます!」
「うむ。アイリーンは、この城は不案内であろう。エルバートに世話係を申し付けるから、頼りにするといい。彼とは知らぬ仲でもなかろう? 従兄弟でもあることだしな。部屋も隣に用意させよう」
「いえ、申し訳ございませんが、他の方にしてはいただけないでしょうか。彼は父に追放された者にございます。面通しの必要あってのことと思い、彼の案内に従いましたが、慣れあうことはできません」
「ふむ」
侯爵は足を組み替え、ひじ掛けに寄り掛かるように姿勢を崩した。それでかなりくだけた様子になった。
「それは、躾のなってない小娘に無実の罪をなすりつけられて責任を取らされそうになったエルバートを、アイザックが私の許に寄こしたことを指しておるのかな。正確には、グレッグと間違えてエルバートを誑かそうとしてしそこねた小娘、だが」
私は、まさか、と思わず横に立つ彼を見た。彼はこちらを見もしなかった。まっすぐに立って、侯爵に視線を向けていた。
「エルバートは、さすがアイザックが仕込んだだけあって、忠実で腕の立つ良い騎士に育った。領地を与えると再三言っておるのだが、誓いを立てているとかで、頑として受け入れぬ。まったくもって傲岸甚だしいが、私はこやつの利に敏くない愚直なところも気に入っている故、しかたない」
侯爵は親しみのこもった笑みを浮かべ、彼を見やった。
「アイリーンは疲れたであろう。今日はもう、ゆっくり休むがいい。明日また話す時間をもうけよう」
もう行けとばかりに、軽く手を振られる。
私は言葉もなく頭を下げ、じろりとこちらを見たエルバートの視線に小さくなって、部屋を出ていく彼の後に続いた。
ガルトルード侯爵だ。幼い頃に、家にいらしたことがある。あの頃より白髪と皴が増えたが、さらに威厳が増していた。
「アイリーン、久しいな」
「侯爵におかれてましては、ますますのご清栄お喜び申し上げます」
「うむ。して、グレッグが急死したと聞いたが」
「昨日、戸外で毒蛇に咬まれまして。そのまま」
蜂では通りが悪かろうと、家令のベンや従者のレヴィンと相談して、人には蛇に咬まれたと語ることにした。
「なんと。……葬儀はどうした」
「今朝早くに済ませてまいりました」
「そうか。辛かったであろう。悔やみを申し述べる。まこと、惜しい男を亡くした」
「ありがとうございます。侯爵に忠誠を誓っていた兄も、そのお言葉だけで報われることでしょう」
部屋に沈黙が落ちた。兄さんを亡くしてからまだたったの一日しかたっていない。侯爵に話すほどに、生々しく痛みと悲しみが心に満ちあふれていった。……いや、感傷に浸っている暇はない。ここからが難所だ。
「ところで、その恰好は、アイリーン?」
「ベアハルト家の責を果たすべく、招集に馳せ参じましたしだいです」
「私はそこまで人情のない男であるつもりはないが」
「お気に障ったなら謝罪いたします。ただ、私がベアハルト家を継ぐことをお許しいただきたく、この度の盗賊狩りで、侯爵にお仕えするにふさわしい技量を披露いたしたいと気が逸ったしだいです」
「グレッグには妻と、まだ生まれていないが子ができていたはずだが」
「いずれ生まれてくる甥に家を継がせたいと思っております」
「それまでおまえが騎士として仕えると?」
「はい。父には子が兄と私しかありませんでしたので、私も幼い頃から兄と共に、騎士に足る技量を教え込まれてまいりました。兄が亡くなるまで、手合わせの相手も務めてまいりました。必ずや侯爵のお役に立てるものと自負しております」
「うむ。おまえの父アイザックにも、兄グレッグにも、聞いておる。男勝りで嫁にいくつもりがないと自慢しておった」
「……自慢、でございますか?」
「可愛い娘、可愛い妹を、なかなか手放したくなかったようでな。たびたび諫めておったのだが、そのような話は聞いてないか?」
「はい、まったく」
「そうか。それはまた難儀なことだ」
「は?」
「まあ、よい。ベアハルト家が盗賊狩りに参加することを歓迎しよう」
「ありがとうございます!」
「うむ。アイリーンは、この城は不案内であろう。エルバートに世話係を申し付けるから、頼りにするといい。彼とは知らぬ仲でもなかろう? 従兄弟でもあることだしな。部屋も隣に用意させよう」
「いえ、申し訳ございませんが、他の方にしてはいただけないでしょうか。彼は父に追放された者にございます。面通しの必要あってのことと思い、彼の案内に従いましたが、慣れあうことはできません」
「ふむ」
侯爵は足を組み替え、ひじ掛けに寄り掛かるように姿勢を崩した。それでかなりくだけた様子になった。
「それは、躾のなってない小娘に無実の罪をなすりつけられて責任を取らされそうになったエルバートを、アイザックが私の許に寄こしたことを指しておるのかな。正確には、グレッグと間違えてエルバートを誑かそうとしてしそこねた小娘、だが」
私は、まさか、と思わず横に立つ彼を見た。彼はこちらを見もしなかった。まっすぐに立って、侯爵に視線を向けていた。
「エルバートは、さすがアイザックが仕込んだだけあって、忠実で腕の立つ良い騎士に育った。領地を与えると再三言っておるのだが、誓いを立てているとかで、頑として受け入れぬ。まったくもって傲岸甚だしいが、私はこやつの利に敏くない愚直なところも気に入っている故、しかたない」
侯爵は親しみのこもった笑みを浮かべ、彼を見やった。
「アイリーンは疲れたであろう。今日はもう、ゆっくり休むがいい。明日また話す時間をもうけよう」
もう行けとばかりに、軽く手を振られる。
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