叶わぬ約束

伊簑木サイ

文字の大きさ
9 / 14

9 部屋で

しおりを挟む
 謁見室を出ると、ライオニーと呼ばれていた従者が待っていて、エルバートは彼の部屋の隣に、私の部屋と食事を用意するよう申し付けた。
 すぐにきびきびと行ってしまいそうなライオニーに、躊躇いがちに声を掛ける。

「あの、私の従者たちは?」
「馬の世話と、自分たちの寝床の用意をしています。この後、アイリーン様のお部屋まで案内いたします」
「そう。彼らの面倒を見てくれて、どうもありがとう」

 彼は一瞬目を見開いて私をまじまじと見ると、視線を伏せ、堅苦しく頭を下げた。

「いえ。当然のことをしたまでですので。……失礼いたします」

 エルバートの従者を見送り、私たちもゆっくり同じ方向へ歩きはじめる。

「部屋の用意ができるまで少しかかるだろう。その間に、簡単に城内を案内する。もう暗いから、とりあえず必要な場所だけ」
「ええ、お願い」

 大勢が集まって食事をしている大広間、小腹がすいたときに無心する厨房、付き従えてきた者たちが寝泊まりしている棟へ続く廊下(絶対に行くなと念を押された)、侍女たちが使用する御不浄、井戸、厩。
 城を歩きまわっている間中、誰かに会うと、その誰かは一様に手を上げて声を掛けてきそうに口を開いた。……ところで表情をかたくして、うろ、と視線を彷徨わせ、見ない振りを決めこんだ。
 隣を窺えば、エルバートが剣呑な顔で、あっちへ行けと横柄に顎をしゃくっていた。誰に対してもこんな態度がとれるほど、彼はこの城で一廉ひとかどの人物らしかった。
 そして、私を紹介してくれる気がないこともわかった。
 ……怒っているのだろう。彼女の泣き声にすっかり騙され、彼を信じなかった私を。
 とにかく部屋に着いて二人きりになったら、謝らなければ。

「ここが俺の部屋で」

 と言いながら扉の前を通り過ぎ、

「こちらが君の部屋だ」

 と、扉があけ放してある部屋に入った。中で、ライオニーと私の従者たちが、城の侍女と一緒に、部屋を整えていた。
 灯りを灯し、窓を開け放して、衣装箱の覆いを払い、ベッドに真新しい詰め物をしてシーツを張っている。床を掃き清め、馬に積んであった荷物が衣装箱やその傍に片付けられると、埃っぽさがなくなるのを見計らったかのように、食事も運ばれてきた。

「テーブルを俺の部屋から運んできてくれ」

 男たちが出ていき、すぐに四角い小ぶりのテーブルと椅子を二脚持ってきて、部屋の空いた場所に据えた。食事も置かれる。
 最後にレヴィンが、出窓に置いてあった蝋燭台をテーブルの上に持ってきて火を灯した。

「花が欲しいところですね」

 陽気にウィンクする。……たぶん、私のエルバートへの怒りが解けたことを悟ったのだろう。レヴィンだけでなく、ホークやエルンも。知らん顔を決め込んでいるが、ちらちらと私たちを窺っているのがわかる。
 私が散々エルバートを罵っていたことを知っている彼らの、無駄に刺激しないよう気遣っている態度が腫れ物に触るようだ。……とても恥ずかしかった。
 私はそれに気付かない振りで、明るく一つ手を叩いた。

「みんなありがとう! 居心地のいい部屋になったわ。もう今日は遅いから、下がってちょうだい。ゆっくり休んでね」
「あの、お嬢様、俺は従者としてあそこが寝床なんですが」

 レヴィンが隅に置かれた衝立を指差した。

「えっ、そうなの!?」
「とりあえず、レヴィンは俺の部屋にライオニーと居るといい。食事をしながら、彼女に話があるんだ。……彼は呼べばすぐ来られる隣にいる。それでいいだろう?」
「え、ええ。あなたがいいならかまわないけれど」
「では、お嬢様、俺は隣の部屋にいますんで、御用がありましたら、叫んでくだされば、すぐに参ります」

 レヴィンが『叫んで』を強調して、大仰な従者の礼をした。

「叫ぶようなことにはならないと思うわ。……その、冷静に話し合うから」

 喧嘩腰じゃいけませんよと言われたのだと思って、胸の前で掌を合わせたり離したりしながらしどろもどろに弁解してみると、彼は作ったような笑顔になって、

「俺のことは叫んで呼んでくださってけっこうなんで」

 と繰り返した。
 もしかしたら、城内にいる従者を呼ぶときは、叫んで呼ばう慣習でもあるのかもしれない。私が知らないそれを、暗に伝えてくれようとしているのかも。
 私は神妙にうなずいた。

「わかったわ。そうするわ」

 彼はやっと陽気ないつもの様子に戻って、ライオニーたちと部屋を出て行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

さよなら 大好きな人

小夏 礼
恋愛
女神の娘かもしれない紫の瞳を持つアーリアは、第2王子の婚約者だった。 政略結婚だが、それでもアーリアは第2王子のことが好きだった。 彼にふさわしい女性になるために努力するほど。 しかし、アーリアのそんな気持ちは、 ある日、第2王子によって踏み躙られることになる…… ※本編は悲恋です。 ※裏話や番外編を読むと本編のイメージが変わりますので、悲恋のままが良い方はご注意ください。 ※本編2(+0.5)、裏話1、番外編2の計5(+0.5)話です。

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

王子様への置き手紙

あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯ 小説家になろうにも掲載しています。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

ガネス公爵令嬢の変身

くびのほきょう
恋愛
1年前に現れたお父様と同じ赤い目をした美しいご令嬢。その令嬢に夢中な幼なじみの王子様に恋をしていたのだと気づいた公爵令嬢のお話。 ※「小説家になろう」へも投稿しています

元恋人が届けた、断りたい縁談

待鳥園子
恋愛
シュトルム辺境伯の末娘ソフィに隣国の帝国第二皇子から届けられた『縁談』の使者は、なんと元恋人のジョサイアだった。 手紙ひとつで別れることになったソフィは、素直になれずジョサイアから逃げ回る。 「私に届けなければ、彼は帝国に帰ることが出来ない」 そう思いようやく書状を受け取ろうと決意したソフィに、ジョサイアは何かを言い掛けて!?

処理中です...